表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星屑のテオレム  作者: 柘植加太
第六話
45/45

担ぎ込んだり、乗り込まれたり

 光汰はご機嫌だった。鼻歌まじりに下駄箱に下靴をしまい、軽やかなステップを踏むように上靴を履く。今日は爽やかな秋空が広がり、とても気分がいい。

「今日もご機嫌すね、会長」

「ああ、おはよう、湊叶」

 後輩に声をかけられ、光汰は弾んだ声で挨拶を送る。湊叶は「はよっす」と返した。

「湊叶、顔色が随分悪いぞ。何かあったかい?」

 普段と違う湊叶の様子に、光汰は明るい表情をさっと引っ込めた。湊叶の顔はぞっとするほど青白く、目の下にははっきりと隈が出来ている。

「あー……。だいじょぶっす。昨日ちょっと妙なことに巻き込まれたんで、寝不足で」

 声もどこか弱々しい。

「そんな状態で登校するものじゃない」と、光汰はますます表情を険しくさせた。「今からでもいい、早退してゆっくり休む──」湊叶を説得しようとした光汰の後ろから「あ! 羽澄くーん!」と陽気で暢気な声がかかる。

 ぱたぱたと足音を立ててこちらに走り寄ってきたのはいつひだった。「言ってたちびっこたち、納得してくれた?」

 件の『予言』の話だ。光汰はぱっと明るい表情を作った。

「ああ、安心してくれた子たちがほとんどだ」

「一応暴露系にも情報投げつけといたからしっかり燃やされるんじゃないかな」

 光汰の答えにいつひは一仕事終えたように満足げな顔で頷いた。@ORACLE_MIMI3のアカウントは非公開になり、フォロー・フォロワーともにゼロになったが、DMでのやり取りはSNSの仕様上消えない。残っていたDM画面のスクリーンショット(と作り物ではないという証拠)をインフルエンサーに送信しておいたところ反応があり、早ければ今日、遅くとも明日には動画を上げるという旨の返信があったのだ。

「俺はあまりその手の活動者は好まないが……、色々手を回してくれてありがとう、賀川」

「どいたま〜。えー? 結構面白いよ?」

 傍で聞いていた湊叶はぼんやりといつひ(こいつ)安全地帯から観る喧嘩好きそうだもんな、などと思っていた。するといつひが急にこちらに視線を向けてくるので湊叶は思わず顔を引きつらせる。

「いや桜庭くん顔色悪すぎでしょ!」

「……あー……」

 答えあぐねている湊叶に構わず、いつひは自分の話を続ける。

「さっき由瀬くん見かけたけど、由瀬くんは眼帯してるし、桜庭くんはエグい顔色だし、仲良し二年でなんかあったの?」

 由瀬という名前を聞き、身体が自然と緊張状態になった湊叶にもたらされるのは「通が眼帯をしていた」という事実である。少し前までなら、「どうせしょうもない悪戯をしてしっぺ返しを食らったんだろ」と思い気にも留めなかったであろう事柄を、今や「俺を逃がしてしまったから相馬にやられたのではないか」などと考えてしまう。

 質問に答えずただ黙する湊叶に怪訝な表情を浮かべたいつひは「え、ホントに調子悪いんじゃない?」と光汰に視線を送った。眉を下げた光汰は肩をすくめる。「そうなんだ」

「武藤くん呼んできて家まで運んでもらおっか?」

「……それだけはやめろ……」

 恐ろしい提案をされた湊叶は殆ど懇願に近い声色で呟く。

「やばいって! ここで大声が出ない桜庭くんはマジでやばい! なんか、物凄い病気かも!」

「確かに。湊叶、不安なら俺も病院に付き合うぞ」

「病院怖い系なの? 桜庭くん」

「……騒ぐな……」

 いつひと光汰に挟まれている湊叶は消え入りそうな声で呟く。寝不足の頭に大声は響くのだ。そんな湊叶の声など聞こえていない光汰は業を煮やしたように「すまない!」と短く謝罪したかと思えば、次の瞬間には湊叶のことを抱き上げていた。縦抱っこである。

「は」

 もはや声も出ない湊叶をよそに「最寄りの医院はどこだったかな」と呟いた光汰はすでに走り出している。話をしながら下靴に履き替えていたらしい。

「いや! 分かりましたって! 下ろして──」

 さすがにジタバタと暴れたりはしないが、抵抗はする。この年になって抱き上げられて運ばれるのは辱めに他ならない。不意に光汰が立ち止まった。慣性の法則に従い、湊叶の頭ががくんと進行方向に揺れる。「急に止まってすまなかった」と軽く頭を撫でられたあと、そろりと地面に下ろされた。その扱いに不満が大いにあった湊叶は光汰に一言物申さんと顔を上げ、光汰の他にもう一つ大きな人影があることに気がつく。

「あー、拉致だ拉致」

 光汰の前に立ち塞がるようにして立っていたのは重光である。首をかくんと横に曲げ、とぼけた表情でこちらを見ていた。

「強制的に病院に連れて行こうとした行為は拉致と咎められても仕方ないな。けれど、こうでもしないと湊叶は無理をするから──」

「言い訳がましいなー」

 つつくのに丁度いい弱みを見つけたと気が付いた重光の目が嬉しそうに光る。

「非難は後から受けよう。今は湊叶を休ませることが先決だ」

 重光はちらりと湊叶に視線を向けると、目を細めてじいっとその様子を観察した。それから首を傾げる。

「怪我してねーじゃん」

「顔色や様子がおかしいだろう」

 光汰が真面目な顔で返すも、重光は理解が出来ないと言いたげに眉を寄せた。

「ともかく、湊叶は今は休むべきだと生徒会長である俺が判断した」

 そう言うと光汰は「悪いな、湊叶」と声をかけながら湊叶を再び担ぎ上げる。先程よりは少しマシな絵面になった(気がする)湊叶は安堵のため息を吐いた。

「は〜? それ生徒会長関係ないだろ」

「その辺りの話も後でしよう。そうだ武藤、今なら昇降口に賀川がいるんじゃないかな」

「いつひを餌みたいに言うな」

「それは悪く取りすぎだろう」

 肩を竦める光汰を一睨みした重光は素直に昇降口のほうへ向かって行った。

「……会長、武藤の扱い慣れてきたっすね」

 驚いたように目を見開いた湊叶が呟く。「こんなに上手くいくとは。さあ、とりあえず今は病院だ」とはにかんだ光汰は風のように駆けた。


「寝不足だね」

「……そっすね」

「一応点滴打って行きなさい。普段は二徹くらい平気だろうに、数値はそれなりに悪いのが出てるから」

 龍行高校から一番近い診療所に連れてこられ、一通りの検査と問診を終えた湊叶に下された診断は『寝不足』であった。予想通りである。担当医は月に数回大病院から派遣されている女医だった。テキパキと看護師に点滴の指示を出すと顔を上げ、湊叶の後ろに控えている光汰に目を向けた。

「きみは、お友達?」

「はい。あまりにも調子が悪そうだったので」

「前に、うちに来てたよね。息子──大助に会いたいって」

 目を瞬かせた光汰は女医のネームカードを確認する。相馬瑠夏、とあった。インターホン越しの対応はもっとおっとりとした口調と声色だったので、全く気が付かなかった。

 目を瞬かせている光汰に、相馬瑠夏は「オンオフの切り替えは上手い方なんだ。息子ほどではないけれど」と笑った。

「大助は元気でやっているかな」

 光汰と湊叶は思わず顔を見合わせた。一年生の手首を切り落としたり、拉致ったり、同級生──眼の前の患者だ──をひどい目に合わせたりしている、ことは知らなさそうだ。咄嗟の言葉が出てこず、答えに窮する光汰を目の端で捉えた湊叶は口を開く。

「元気っすよ。ええ、元気っす。俺、同じクラスなんで」

 抑揚のない声で答える。「点滴、どこすか」

「プライベートな話に付き合わせて申し訳なかったね。処置室はここを出て左だよ」

「どうもっす」

「湊叶、肩を貸そう」

「大丈夫っすよ、自分で歩けます」

 光汰の肩を借りずとも歩けたのは本当だが、それ以上に大きく跳ねる心臓の音を聞かれたくなかった。


 ベッドに寝転がった湊叶は点滴が落ちるのをぼんやりと眺める。光汰はベッド脇のスツールに腰掛けている。過保護だと思うが、ありがたかった。

 大助のことを光汰に伝えなければという思いと、光汰を巻き込みたくない、という思いがぶつかり合ったまま処理出来ない。寝不足のせいだろうが、頭に霞がかかったような感じだ。

 昨日のことを思い出すと叫びそうになる。大助に遭う(・・)たびに『最悪』が更新されていく。

「おや、賀川からビデオ通話だ」

「……賀川の声量だと迷惑になるっすよ」

「冷静な意見だ」

 光汰は苦笑すると「少し席を外す。すぐに戻って来るから」と処置室から姿を消した。

 不安だとか、そういうものが伝わってしまっているのだろうか。光汰の態度を思い返しながら、湊叶は目を閉じる。

 しばらくして、人の気配を感じたのでうっすらと目を開ける。スタッフだろうか、光汰だろうか。果たして、目の端に映り込んだ桃色に湊叶の心臓は大きく跳ねた。心電図をモニターされていたら異常な波形を記録していただろう。

「さすがの桜庭も、さすがに大助のアレ(・・)見たら病むか〜」

 湊叶の顔を覗き込んだ通は笑い声を上げた。見開かれた湊叶の目はしかし、通の瞳がちっとも笑っていないことを捉える。それが何を意味するかまでは、今は不明だが。そして、いつひの言っていたとおり、通の左目は眼帯で保護されていた。

「由瀬も見たことあるのかよ。つーか、わざわざ見舞いかよ? お前も怪我してるってのに」

 精一杯の強がり。大助の元へ連れ去られるかもしれないと思うと、震えだしてしまいそうなくらいの恐怖に襲われる。

「あー、これな」通は眼帯を指差すと「大助に怒られた」と淡々と答えた。

 一瞬、息が止まる。湊叶が言葉を失くしている間にも通は続けた。なんてことない、世間話のように。

「桜庭が逃げっから。大助は桜庭のことはそんな気にしてないと思ったんだけどな〜、いや、あれもしかしたら機嫌悪かったから八つ当たりかも」

 ぺらぺらと通は好き勝手話している。大助からの虐待は、よくある日常風景の延長だとでも言うように。愕然とした顔でこちらをただ見つめている湊叶に気がついたのか、通は「大助は、俺のことを大切に思ってくれてるから、ちょっと厳しいだけだし」と全くフォローになっていない補足を入れた。

「お手本みたいなDV男じゃねーか」

 思わずこぼれてしまった言葉。通の頬が引きつる。反応を見るに僅かにしろ自覚はあるらしい。また昨日みたいに暴発するか、と湊叶は身構えた。ところが通は思いもよらぬ反応を見せた。目を泳がせ、狼狽えたのだ。

「俺は、俺は大助の特別だから……」

 この状況の湊叶にとっては僥倖以外の何物でもない通の反応だが、昨日の怒りは何だったんだ、と首を傾げたくもなる。「相馬にいいように使われてるんじゃねぇのか。あいつとつるむのやめた方がいいんじゃないのか」というようなことを伝えた途端、激昂した通は殴りかかってきたのだ。それも、わざわざ瞬間移動して取ってきた鈍器で。ほとんど殺意だろう、と湊叶は思い返す。

「よっぽど応えたかよ、目」

「……痛かった」

 じわ、と通の目に涙が滲む。ふるふると首を横に振った通は溢れてしまった涙と言葉を取り繕うように「別に! こんくらいのこと、よくあるし!」と大声を上げた。どんな贔屓目に見たって、強がり以外のなんでもない。そもそも「よくある」のはどうかしているだろう。

「由瀬、ここは病院だぞ。もう少し小さな声でお話しよう」

 呆れる湊叶と虚勢を張る通の間に、にこやかな表情で朗と響く声で入り込んできたのは言わずもがな光汰である。珍しくスマホを手に持ったままなのはいつひとの通話は一時中断しているからだろうか。

「わァ……。会長さんいたの」

「ああ。湊叶が酷く調子を崩していたから付き添っていたんだが、着信があったから席を外して通話をしていた。それにしても、異能で来たのか? 行儀がいいとは言えないな」

病室(ここ)に直接移動はしてないぜ〜。会長さんだって、病院で通話は良くないんじゃないですかー?」

「通話はここで、と掲示があったんだ」

 光汰の行為をあげつらって批判しようとした通を穏やかな口調で諭す。つまらなさそうに口を噤んだ通に「そうやって話を逸らすのも、対話するときの態度としては褒められたものではないな」とお説教を一つ。

「ああそれと、うっかり耳にしてしまったんだが、その眼帯は相馬に怪我をさせられたからだというのは本当かい?」

 途端に通は気まずそうな顔をして視線を光汰から外し、質問にはだんまりを決め込んだ。ただし、その態度が明らかに肯定を示している。

「むう」

 光汰は困り調子で短く唸った。通が「喧嘩っすよぉ、よくある喧嘩」と投げやりな声を上げ、直後に湊叶が「何ですぐバレる嘘つくんだよ、めんどくせーやつだな。相馬の言うこと聞かなかったから怒られた(・・・・)んだろ」と白けた視線を通に注いだ。

「言うこと聞かなかったんじゃねーし! 俺がしっかり出来なかっただけ──」

「何にしても、暴力で人を従えるのは健全とは言えない」

 光汰から正論パンチを顔の中心にもらった通は再び黙り込んでしまった。感情が顔に出るのと言い、都合が悪くなると黙ってしまうのと言い、幼稚にも程があるだろう。

「暴力や恐怖で人を動かすのは手っ取り早いからな。そこに流れる気持ちは分からないでもない」光汰は眉を下げた。「また、龍行が襲撃を受けているらしい。賀川からの連絡はそのことについてだ。生徒会や武藤らが応じてくれているようだが……」

「そんなことになってたんすか」

 湊叶はちらりと自身に繋がれている点滴に視線を送った。光汰がすぐに首を横に振る。

「分かってるっすよ」

 肩を竦めて呟いた湊叶を横目に、通は「もしかして、大助も出てる?」と光汰に尋ねた。どこか不安そうにも聞こえる声色に、光汰は訝しげに「ああ、賀川に聞いた限りは」と返す。

「やばいかも。今日、大助調子良くないから……」

 親指の爪を齧りながらぶつぶつと呟いた通は、光汰に声をかけられる前に姿を消した。学校に移動したのだろう。

「相馬も調子が悪いのか」

「……昨日はっちゃけてましたからね」

 ぼそりと湊叶は呟いた。その言葉に不思議そうにする光汰を振り切るように「俺はちゃんと休んでるんで、会長も行ってきてください」と伝える。様々な感情が混ざった微妙な表情を浮かべた光汰はしかしすぐに真剣な顔に切り替える。

「ありがとう。ちょっと行ってくる」


 ◆◆


 いつも通りの一日が始まるはずだった龍行高校に異変が訪れたのは、朝のSHR(ショートホームルーム)前──つまり、湊叶と光汰が病院に向かってすぐ──のことだった。

 基本的に龍行高校の正門は登下校の時間帯以外は施錠され、閉じられている。三メートル程度の高さなのでよじ登ろうとすれば出来ないことはないのだが、大きな門扉が閉ざされているというだけで外部の人間に対する拒絶感はうっすらと伝わってきそうだ。

「あ、武藤くん。おはよ」

 昇降口にのそのそとやって来る重光を見かけたいつひは明るい声を上げる。重光は気だるげに「おー」と返した。

「このタイミングだと、校門前くらいで会長さんに会ったんじゃない?」

「いた。せんぱい拉致っててヤバかった」

「桜庭くんかなり深刻そうだよー。武藤くんにボコられたときより憔悴してると思う」

 クラスへと向かう道中のいつひの話に、重光の能面のような顔がピクリと反応を示した。なんてことない、世間話の一つのつもりだったが意図せず重光の競争心をたぎらせる結果になったかもしれない。いつひの読みでは湊叶がああなってしまった原因は由瀬通や相馬大助だ。通絡みだというのはかなり当たっていると思う。いつひが何気なく出した通の怪我の話題に、湊叶は明らかに動揺を示していたからだ。

 ただ、いつひは重光と大助を関わらせたくなかった。

 大助は唯一、いつひの秘密を把握している。重光といつひの今の関係性が、実は薄氷の上で組まれたものであるということを理解し、その壊し方を知っている。

「でもま、桜庭くんのことだから、すぐに回復すると思うけど。武藤くんのときもそうだったし」

 無理矢理、話題を終わらせる。それから「今日の学食の日替わりメニュー見た? パイナップル入り酢豚! ボク大好きなんだ〜!」と重光の前に駆け出してくるくると回る。足を止めた重光は「イッヒーって火種になる食べ物好きだよな」と目を細めた。

「えー? 唐揚げはマヨ派だよ。レモンはどっちでもいいし、ポテサラにはみかんとりんごが入ってると嬉しい」

 言いながらいつひはにまにまと頬を緩ませた。重光はあしらうような態度で「そういうとこだっての」と呟いた。

「今日一限何だっけ」

 いつひは再び歩き出す。小さなため息を吐いてそれに続きながら重光は伝えた。

「俺が知ってると思ってんの」

「思い出した、現国だ」

 普段通りマイペースないつひに重光は舌打ちをした。

 華奢で小さな身体。握って軽く力を入れれば簡単に壊れてしまいそうな。

 そんなことを考えながらいつひを後ろから見下ろしていると、視線を感じたのか不意にいつひが立ち止まるとこちらを向いた。大きく丸い菖蒲色の瞳がふたつ、重光を見上げている。

 瞬きをした重光は「あ?」と短い声を上げた。

「べーつに。変なこと考えてるかなって」

「何も考えてねーよ」

 重光はいつひをじっと見つめ返す。「なんか失礼の波動を感じた」と短く息を吐いたいつひは身体を元の向きに戻し、再び歩き出す──瞬間、二人を、否、龍行高校の校舎を大きな揺れが襲った。

「地震!?」

 一瞬の大きな揺れと地響きのような不穏な音。周囲の生徒たちもざわついている。

「震度4くらいかな……。この辺地震は少ないからびっくりするね」

 重光に話しかけると、彼は廊下の窓から正門の方角に険しい視線を向けていた。なにか見つけたのだろうか、といつひも背伸びをして重光の見ている方に目を向ける。

 そこ居たのは見覚えのある面々──、SDRs(五月女率いる謎団体)ではないか。しかし、五月女は居ない。寒川笑琉、春日井ほのかの影に隠れるように柿崎志門の姿もあった。

「わ……。うちの学校、乗り込まれすぎ?!」

 いつひがふざけたことを呟いている横で重光が眉を寄せる。

「なんか見たことあるやついる」

「この前モールで大暴れしてた一味だよ。何なら寒川くんはこれで三回目だし。後ろでコソコソしてるのが武藤くんを小さくしたヤツ──」

 いつひが柿崎を示した瞬間、重光は窓を開け放つと外へ飛び出していた。「恐るべき反射神経」と呟いたいつひは物凄いスピードで柿崎の元に向かう重光を眺める。窓枠に肘を置いて頬杖を突き、完全に観戦モードである。

 重光は寒川と春日井を雑に殴っていなすと、泡を食う柿崎に向けてたっぷり溜めた鉄拳をお見舞いしていた。

「ひょえ〜怖」

 最早「痛そう」とか言う域はとうに超えている。重光は気絶しているであろう柿崎の首根っこを引っ掴むと引きずって正門から外に出て行こうとしていた。

 寒川が重光の足元を凍結させ、動きを止める。鬱陶しそうに腰を捻って振り向いた重光は舌打ちをともに柿崎を寒川らに投げて寄越した。まるで手持ちの鞄を投げるような気軽さである。

「さっきの揺れは、マジで地震かな」

 いつひは観戦を中断するとスマホでニュースを確認する。ところが、地震速報は記録されていない。近くの野次馬に「さっき揺れたよね」と聞いてみると肯定が返ってきた。更新されていないだけだろうか、といつひは注意を重光に戻す。趨勢に目立った変化はないが、校舎の方から生徒会の面々と軽い武装をした警備員らが飛び出してきていた。学園祭襲撃事件を受け、龍行高校のセキュリティは強化されているのだ。恐らく総能研にももう連絡が入っているだろう。ここで襲撃者である五月女一派(SDRs)がどう出るか。というかしつこいなこの人たちも。また「これからの新世界に必要のない人間は排除する」とか厨二病もいい加減にしろとどつき回したくなるような妄言を吐きに来たのだろうか。

 いつひの脳内実況が盛り上がる中、再び突き上げるような揺れが校舎を襲う。

「おわわ」

 窓枠にしがみついたいつひは、校門前の地面に亀裂が走っていることに気が付いた。えっと驚く暇もなく、ちょうど警備員と重光たちの間に現れたその亀裂は大きな暗い口を開けた。

 警備員はその場で立ち止まり、寒川と春日井も注目を重光から地面の亀裂の方へと切り替える。亀裂に動きはない。恐ろしいまでの静寂があるだけだ。

 代わりに騒がしいのは校舎内の方である。揺れとともに出現した地面の亀裂は、どう考えても地割れだ。逃げたほうがいいだとか、校舎の中に居たほうが安全だとか、生徒が好き勝手喚いているのを教師たちが必死に宥め、点呼をしながら体育館へ集まるよう指示していた。

「賀川さん!」

 人の流れに逆らっていつひの元にやってきた生徒が居た。華日だ。張り付けられたように動かないいつひを遠目に見つけ、わざわざやって来たらしい。

「聞いてましたか、体育館に避難って──」

「地割れじゃないと思うよ、あれ。学園祭のときに来た人たちのボスっぽい人の能力に似てる」

 八草千景(やくさちかげ)。いつひが能力を目の当たりにしたのは学園祭に乗り込んできた際の一度きりだから、確信があるわけではない。ただ、自然現象である地割れにしては様子がおかしいように思えた。静寂と静止を保っているように思えた亀裂は、静寂だけを保って拡がっていた。

「そう……なんですか……ね? でも、避難はしたほうがいいですよっ。生徒会の皆さんが対応に向かわれたようですけど、羽澄先輩が不在みたいで──」

「三笠ちゃんはパニック映画で異常に運がいい清楚ヒロインか、お人好しが過ぎて早めに退場しちゃうパンピ枠だね」

「冗談言ってる場合じゃないですよ!」

 へらへらと笑っているいつひに華日は肩を怒らせた。僅かに申し訳無さそうな顔をしたいつひが肩を竦め「武藤くんもまだあそこだし……もうちょっとだけここにいる」と答えると、華日は一瞬言葉に詰まってから「絶対避難してくださいね!」と言って体育館の方へと向かった。やっぱり異常に運が良いヒロイン枠かも、といつひは脳内で冗談を続けた。

 廊下から喧騒が遠のいて行く。華日と話している間に正門前の黒い亀裂はますます広がり、ゆうに3メートルはありそうだ。一番大きく開いた部分は1メートルほどの幅があるので、落ちようと思えば簡単に落ちることが出来るだろう。そんなことを思っていたいつひの視界の端、じりじりと後退する寒川たちの横をすり抜けた重光は柿崎を脇に抱えていた。

 あ、といつひは半笑いの口を引き攣らせる。重光がやろうとすることが分かってしまった。

 柿崎がじたばたと暴れるのも全く意に介すこともなく、重光は地面にぽっかりと開いた黒い亀裂の中に柿崎を放り込もうとしていた。寒川の氷と春日井がその前に立ち塞がる──瞬間、亀裂の中から大きな影が現れる。それは大きな掌だった。無骨な、金属で出来た骨格の掌。中指の先から手首のあたりまでで1.5メートルくらいはあるだろうそれに、いつひは見覚えがあった。

「この前のロボじゃん!」

 その大きな手は亀裂の縁をぐっと掴むと、こじ開けるような動作をした。地面が、いや、空間が割れる。倍程度の幅となった亀裂の中からもう一方の手の指先がぬうと現れた。いくら異能を持った星憑きが闊歩する佐波沼だったとしても、この光景は流石にインパクトがあった。生徒会もSDRsの面々も間抜け面をさらしている。

「……武藤くん、怒ってそうだな」

 遠目からでも重光が不機嫌になったことが見て取れる。重光の不穏の理由は自明である。自分が投げ込もうとした場所に割り込むように現れたことが気に入らないのだ。となると、重光が次に取る行動は。

 柿崎くんをその辺に打ち捨てて、巨大な手を無理やり引っこ抜いてぶん殴る。

 ぼそりといつひがそう呟いた直後、いつひの言葉をなぞるように重光は動き出した。武藤くんって分かりやすいなあ、と肩を竦めたいつひだったが、怖気付いて最早へたり込みそうな生徒会のもとに蜜柑色が近づいていることに気がつくと顔色を変える。

 生徒会の一人を助け起こしたのは、相馬大助だ。いつひは難しい顔をして数秒黙った後、スマホを取り出し、光汰に連絡を取ることにした。重光と大助の間に入る緩衝材(サンドバッグ)としてちょうどいい。

 いつひの頭上では避難を呼びかける校内放送が喧しく鳴り響いている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ