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星屑のテオレム  作者: 柘植加太
第六話
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Nowhere hope

 桜庭湊叶は人気のない公園のブランコに腰掛け、項垂れていた。

 放課後、何の気もなしに訪れた学校のカフェテリア。そこには偶然光汰も居て、しかも一緒に居たのはあの賀川いつひだ。話しかけるか、どうするか、僅かに逡巡している間だった。

「桜庭くんは推薦しないんだ」

 大声というわけではないが、いつひの声はやたらと通る。聞こえてしまった湊叶は相変わらずゴシップ記者みたいな質問をしているな、とこっそり肩を竦める。いつひの問いかけに光汰は淀みなく答えている。普段通りの光汰だ。ちなみに光汰の声もハキハキと発音が良いため、遠くからでもよく聞こえる。

「──桜庭ってば、何にすんの」

 食券機の前で友人が不思議そうな顔で待っている。全面タッチパネルの画面には商品イメージ画像とともにメニューが並んでいる。

「わり、ぼーっとしてた」

 そうやって適当に注文したものを食べ、友人と別れ、一人ブランコで黄昏れる午後七時前というところだ。

 ブランコが立てるキイキイと錆びた金属の音が物悲しい気分をますます助長させる。

 正直、光汰の大助に対する態度がどうしても理解できない。なぜ信用し、頼るのか。確かに能力はある。それは認める。けれど、どうしても自分には飲み込めない。光汰にはこの気持ちはもう伝えるまいとは思っているが、そうすると鬱屈する思いはますます自身の中で澱のように沈んで溜まっていく一方だった。

 馬鹿らしいとは思う。

 光汰の隣に並び立てるような人間になろうと意識するほど、空回りしている気もする。

 ぼんやりとした思考の中、安土唯誓のことを思い出していた。異能強化薬を無理矢理渡してきたとき、あいつは言った。「会長と双璧を為すことだって出来る」と。

「なんか思い出してムカついてきたな」

 荒々しくブランコから立ち上がる。がしゃがしゃと音を立てるブランコを後にし、とりあえず空腹を満たしに夕食を食べに帰ることにした。人間、腹が減っているとろくなことを考えない──。

 そんな湊叶の鼓膜を劈くような悲鳴が公園の外から聞こえる。考えるよりも早く、身体が動いていた。声の方へ駆け出す。公園の敷地から出て、周囲に素早く目を走らせた湊叶は思わず息を飲んだ。湊叶の右手、道を塞ぐように黒い何かが蠢いている。それが夥しい数の黒い触手で構成されているのだと気がついたとき、湊叶は言いようのない怖気(おぞけ)に襲われた。

「相馬か……?!」

 黒い触手状の何かを操る能力を持った星憑きを、湊叶は二人知っている。相馬大助と五月女泰人だ。そのうちの五月女はショッピングモールでの騒動の際に総能研によって対応されたと聞いているが、その後の消息は不明だ。彼の言うことを信じるならば、総能研とは何らかの繋がりがあったようだし、再び野放しにされていてもおかしくはない。

 ぎぢぎぢ、ぐじゅぐじゅ、湿っぽい音を立てる触手の群れは、改めて見ると何かを包みこんでいるような形をしていた。そう、ちょうど人二人か三人くらいを触手で覆い尽くしたかのような──。

 術者は触手(かい)の向こうだろうか。ともかくあの塊を突破しなければ、と湊叶は両腕に異能の炎を(とも)した。そのときだ。一面黒の中に、僅かに見えた、白色。それはきっと中に囚われている人間のものだ。そう確信すると同時、湊叶は文字通り火の玉となり、触手塊に突っ込んでいた。

 触手の群れは湊叶の煌々たる炎に焼かれて蒸発するように消えていく。中心を殆ど貫かれた触手塊は形を保てなくなり、ぼとぼとと大きな音をふたつ立てて瓦解した。音の正体は中に居た人間二人が地面に落ちた音だ。二人とも極度の恐怖からか、目を見開いた状態で意識を失っている。

「登場から魅せてくれるね、桜庭湊叶くん」

 触手塊の術者は歌うように言う。顔を上げた湊叶は術者と目を合わせ、「五月女か」と呻くような低い声を返した。五月女は前と同じカラーグラスに柄シャツ姿だ。お世辞にも紳士的とは言えない外見で口調だけは紳士的なのは何かへの皮肉なのだろうか。

「久しぶり。九月だって言うのに外は暑いね」

 そう言って五月女は眉尻を下げる。「外に出るのが久々だからかな」

「何しに外に出てきたんだよ。聞いた話に総能研に収容されたってのもあったぞ」

「私のことをよく知らないひとはそう思うだろうさ」

 大仰に肩を竦めた五月女に、湊叶はからかうような視線を送る。

「んでも、派手にやらかしたからって引きこもらされてたのはマジみたいだな」

 五月女はカラーグラスの下で瞳を忙しく一往復させてから「身体と精神の回復に充てていたんだ」と返した。意地でも総能研に処分を下されていた(おそらくこれが事実だ)ことを他人の前で認めたくないようだ。

「どーでもいいけどよ。そんでまたこうやって人襲ってんだ」

 再び、湊叶は腕に炎を宿す。今度は利き腕である右腕のみ。

「龍行高校の近くで適当な騒ぎを起こせば、きみや羽澄光汰が釣れるかなと思って。そうしたら、本当に釣れた」

「おーおー、釣り上手だなあ。そんで、釣ってどうすんだ? まさか餌あげて飼うとかじゃねえだろうな」

 気だるげな声色で尋ねた湊叶はしかし、その声音とは裏腹に今にも五月女へと躍りかからんと構えを取っている。五月女もゆったりとした態度でありながら湊叶の動きに備えていることは明らかだった。

「そりゃあ、もちろん。私の創る理想の世界に君たちのような存在は必要ないからね」

 五月女はさらりと答える。聞いているだけで皮膚の下がむず痒くなる。堪えきれず失笑を漏らした湊叶に五月女の冷ややかな視線が突き刺さった。

「ただ、少しくらいなら協力させてあげてもいい。相馬大助をここに呼ぶんだ」

「しねーよ」

 刹那、衝撃音。湊叶の炎を宿した腕と五月女が顕現させた黒い触手がぶつかり、鍔迫り合いが起こる。それも僅かの間。湊叶の炎が触手を焼滅させた。

「お前の考えた理想の世界と相馬をここに呼び出すのと、何の関係があんだよ。どう考えても私怨だろ」

 武器(異能)を破壊され、後退しようとした五月女に前蹴りをお見舞いした湊叶が呆れ調子で言う。対する五月女は数歩後ろにたたらを踏んだものの倒れることはなく、「私怨ではないけれど、個人的な理由ではあるかもしれない。改革者の精神衛生の確保というのも大事なものだ」と言葉を紡いだ。いちいち鬱陶しいな、と湊叶は自身のこめかみが僅かに引きつるのを感じた。

「まあどんだけ御託を並べてくれよーが、聞かねえけど、よっ!」

 五月女から放たれる触手の群れを炎で焼きつつ、接近する。大助の能力とよく似ているが、嫌悪感が幾らかマシだ。大助が使役するアレ(・・)はどこか赤黒く、錆のような臭いの錯覚すら起こす。

「そぉいや、賀川がお前のオリジナルは相馬だなんだって中二みてぇなこと言ってたな」

 進路の邪魔をする触手を大方焼き払った湊叶は五月女に肉薄しながら呟く。反応を伺ってみるが、凪のような──いや、殆ど感情など見当たらないガラス玉のような目がこちらを見ていた。湊叶の腕を捕まえようとしている触手ごと五月女を殴り飛ばす。吹き飛びざま、触手だけは湊叶に伸ばしてくるのをやはり焼き払う。

「わ、またやってるの。好きだなあ」

 呆れた、と言わんばかりの声が横を通り過ぎようとする。片手にコンビニの袋を、齧りかけのアイスをもう一方の手に持った私服姿の相馬大助が、湊叶の横に立っていた。

「は? 何でお前」

「家、近くだし」

 触手を伸ばしている五月女が居る方角を指差す。「それじゃ、怪我に気をつけて」

 ひらひらとレジ袋ごと手を振った大助は五月女の姿を見つけると、「きみも頑張るね」と一言声をかけていた。その身体を五月女の触手が容赦なく貫く。肉の裂ける音。

 かすれた声を零して動けなくなった湊叶の前で、腹部を貫かれた大助の身体が触手に持ち上げられる。触手を伝い滴り落ちた大助の血液がみるみるうちに地面に血溜まりを作った。その中に落ちたソーダ味のアイスが生暖かい血液の中で形を失くしていく。

 大助の口から吐き出された血を顔で受け止めた五月女の表情は満足げ、というよりもどこか恍惚としていた。

「う、そだろ」

 引き攣った湊叶の口からこぼれた言葉を拾うものはいない。それどころか、顔を宿敵の血で染めた五月女が不意に湊叶の方を向いたかと思うと、「これも一つの縁だと思って、わたしの半生を聞いてほしい」などと宣うのだ。無論、湊叶の反応など確認もされない。

「わたしは隕石災害で死にかけたところを運悪く、相馬三千彦に救命された。それで、相馬三千彦を命の恩人だと崇めるわたしの親に『年に数回定期検査のための入院が必要だ』とか何とか言って、わたしの身体を好きに弄る承諾書にサインさせ、わけの分からない能力を植え付けた。最終的には能力を扱いきれず暴走させたわたしを保護すると言って総能研に閉じ込めた相馬大助の父、相馬三千彦は正真正銘稀代の大悪党だ。SDRsのメンバーは殆ど彼によって人生を滅茶苦茶にされている」

 五月女の無理矢理感情を押さえつけたような声は最早抑揚を失くしている。目元もぴくりとも動かない。

「それで、相馬を……」

 眼の前のショッキングな光景を飲み込めないままの湊叶は、やっとのことで掠れた声を絞り出した。五月女の演説(プロパガンダ)中も、湊叶の視界には宙ぶらりんになっている大助の足が見えていて、湊叶は呼吸すら意識しなければままならなかった。そんな湊叶の耳朶を、ごぽりと言う水音が震わせた。水中に空気が放り出されたときのような、そう、気泡の音に似ている。目を逸らす。情けない。ごぷり、どちゃ、ごぼごぼ。おおよそ聞き馴染みのない音が湊叶の鼓膜を震わせ続ける。三半規管をめちゃくちゃに振り回されたかと思うような目眩と吐き気が襲う。音を聞いているだけで、ここまで気が狂いそうになるのか──。

 不意に生暖かい液体が湊叶の頭と腕にかかる。青白い顔を上げた先、立っていたのは服に大穴を開けた相馬大助だった。生きていたのか、傷は、一体。見開いた目の中に先ほど頭に注がれた液体が入る。慌てて目元を擦った手には血液がべっとりと付着していて、今更この鉄臭さにむせ返った。そんな湊叶を前にして、目を細めた大助が口を開く。

「ごめんね、ちょっとこぼしちゃった」

 こぼす? 意味が分からず反応を返せずにいた湊叶は、大助の後ろに得体の知れない大きな袋のようなものがあることに気がついた。大助の肩辺りまでの高さで、幅はちょうど大助よりも一回り大きい。全体的には黒く、ところどころ赤黒さを帯びている円柱状の物体だ。自立しているのかと思ったが、よく見るとそれは大助の身体から伸びていた。ちょうど、彼の異能が発現するときのように。

 反射的に、湊叶は五月女の姿を探していた。どうか、倒れていてくれ。そう願いながら。けれど、そんなことしなければ良かったのかもしれない。

「五月女なら、もういないよ。あーあ、桜庭も気絶してればよかったのに」

 ぎゅ、ぎゅう。湊叶の微かな希望を打ち砕くかのように、大助の後ろで赤黒い何かは蠢動する。筋肉の塊みたいだ。動くたびにその大きさは縮小していて──、それは中のもの(・・・・)が圧縮されているのだと理解した湊叶の心臓は大きく跳ね、身体からは冷や汗がどっと吹き出す。

 目を見開き、硬直した湊叶の顔を腰を折った大助が覗き込む。そうして、大助はにこりと笑った。

「桜庭も一緒に食べちゃおうか」

 爆ぜた。恐怖なのか、憤怒なのか、もう、自分の感情が分からない。咳き込む。熱い。自分の炎で熱さを感じたことなんか無かったのに。ちかちかと網膜の裏側で光が明滅している。熱い、訳が分からない。


「暴走しちゃった。火だるまだ」

 大助は困ったような声を上げた。しばらく観察していたが、湊叶が自分の能力で苦しんでいることに気がつくと、大きく拡げた黒い影で湊叶の体全体を包みこんだ。酸素の供給を止めるのが主な目的だが、湊叶本人が燃焼源なら無駄な行為かもしれない。一度意識を奪ったほうが楽に鎮圧できるか、と大助は細い触手を伸ばすと湊叶の喉を絞めた。湊叶の身体が大きく跳ねた後、がくがくと小さく震えだす。術者の意識が遠のくに従って、異能の炎も勢いを削がれていった。

「はあ、ちょっと疲れた」

 湊叶を雑に地面に横たえた大助は大きく息を吐いてその横に座り込んだ。それから自身の血液で汚れきっているスマホを取り出す。操作に難はあるが、通に連絡するくらいは出来そうだ。現在地の座標を送り、大助は重たくなった瞼を受け入れた。もう少ししたら、五月女を消化する反動で嘔気に苛まれもんどり打たなければならないのだ。すでに喉元まで上ってきていた悪心には、気づかないふりをした。


 ◆◆


 目が覚めた感覚はあった。自分が布団に寝かされていることも何となく理解していた。

 けれど、瞼を開ける気にはなれない。開けたら、現実を認めてしまいそうで。

 消毒液の匂いがした。救急外来だとか、診療所で嗅ぐようなそれだ。それから、こっそりと身体を動かしてみる。可動域が制限されていることはすぐに分かった。両手首と両足首、それから腰をベルトで拘束されているようだ。

(相馬のしそうなことだな)

 ぼんやりと思った湊叶の脳裏を駆け巡る、気を失う直前までの出来事の数々。あ、無理だ、と思うよりも早く、口から吐瀉物が雪崩出た。反射的に頭を横に向けたが、顔中吐瀉物まみれだ。ツンと鼻の奥を突く臭いに更に嘔気を催される。

「あっちでもこっちでもゲロ吐いてやんの」

 ため息混じりの声が湊叶の鼓膜を揺らした。通だ。「掃除するの俺なんだぞ〜。今日は疲れてんのに〜」などと言う声のあと、こちらを覗き込むような気配。

「狸寝入りやめろよなー」

 そんな声が聞こえた瞬間、大量の水が降ってきた。溺れる、苦しい。身を捩らせるも拘束されているせいで逃げ道がない。大きく咳き込みながらベッドもろとも暴れる湊叶を前にした通が「わり、上半身のベルト取っといたら良かったな」と今更なことを呟く。拘束ベルトを外され、跳ね起きた湊叶は見開き、半ば据わった目で通を見下ろした。通は吐瀉物を洗い流した水をモップで部屋の端にある排水溝へと送っているところだった。釣り人のような格好をしているが、通には少し大きめのサイズのものを着用しているように見えた。

「お、何だ、俺には強気じゃん」

 子どものように頬を膨らませた通はモップを湊叶に突きつける。

「うるせえ」

 言うや否や足首から炎を発現し、ベルトを焼き切る。「げ!」と声を上げた通が突きつけていたモップの柄を掴み、こちらに引き寄せた。半ば倒れ込むようにベッドの近くまでやってきた通の肩口に思い切り踵落としをお見舞いする。

「い゛ッぎ」

 悲鳴を上げた通はモップを手放し、後方によろめいた。モップが床に落ちる音が響いたときには、通の姿は湊叶の視界から消えている。今までの通の行動パターンから推測するに、今は武器(どうせ工具とかだ)を取りに向かい、このベッド付近に再出現する、といったところだろうか。

 通が持っていたモップを手に取ると、湊叶は部屋の扉を開けた。外に続くのは暗い廊下だ。いくつか扉はあるが、見える範囲には窓はなかった。湊叶は扉を後ろ手で閉めると、向かいにあった部屋へと飛び込んだ。

 薄暗い部屋だ。この部屋も湊叶が寝かされていた部屋と同じ、病室のような雰囲気であるが、この部屋には格子付きの窓があった。10センチ感覚で嵌められているそれは鉄製に見えるが、能力で熱して弛ませれば湊叶一人出るくらいの隙間は作ることが出来るだろう。短く安堵の息を漏らした湊叶は扉の正面にある窓へと向かう。

 その途中、部屋の右奥にカーテンで仕切られている空間に気が付いてしまった。病院の大部屋で見るような、ベッドを囲むそれだ。中に人の気配もある。耳を(そばだ)ててみると、電子機器の作動音と寝息のような音が聞こえた。

 気づかなかったことにしろ、と湊叶は自身に言い聞かせた。大助や通の仲間かもしれない。けれど、こんな場所にいるのは自分と同じように捕まった人間ではないのか。心臓の鼓動が早まる。廊下で物音がした。通だろうか。

 モップの柄をカーテンに向け、湊叶は一度大きく深呼吸をした。吸った空気を吐き出し終えると同時、湊叶はモップを横に薙いだ。カーテンが大きく揺れ、中の様子が顕になる。ベッドの上には呆けた顔で宙空を眺める男の姿があった。半ば(はだ)けた入院着、頭には電極を付けたヘッドギア。どこかで見た顔だ、と眉を寄せた湊叶の脳裏に浮かぶのは、ある日の生徒会室前の廊下。二年生たちや光汰を異能で操った星憑き、髭右近だ。

「おい、大丈夫か」

 そっと近づき、小さな声で話しかける。顔の前で手を振ってみても反応はない。変わらず何もないところに焦点を結んでいる。

 廊下から騒がしい空気を感じる。湊叶は一度扉の方を振り返り、次に格子付きの窓を見遣った。次に、髭右近に繋がれたモニターからケーブルを拝借し、引き戸である扉の取手と扉横にある手洗い場の蛇口とを繋いで固定する。せめてもの時間稼ぎだ。それから窓の格子を二本両手でしっかりと掴むと、湊叶は異能を行使した。熱を加えられ、赤く変色した鉄の棒は徐々に外側にたわんでいく。しばらく奮闘した湊叶は、人ひとり分くらいの隙間を作り出した。

「っし……、髭右近──」

 額の汗を拭いながら振り向けば、そこに髭右近の姿はなく、代わりににやにやと笑う通がベッドの上であぐらをかいていた。

「入口、頑張ってたみたいだけど、俺、知ってるとこなら入れちゃうからさあ」

「そりゃ、残念」

 湊叶が通の言葉に答え終わった刹那、通は姿を消した。それとほとんど同時、湊叶は全身に炎を宿すと格子の間に作った空間に身体をねじ込み、ガラスを割って外に飛び出した。

 ここが地上何階なのかも把握しないまま。


「や、馬鹿、ここ三階──」

 湊叶を捕まえようとしたものの異能の炎に阻まれた通が慌てた声を上げる。星憑きなら大丈夫だろう、という慢心と星憑きでも即死だったらどうしようもないぞ、という心配を同時に湧かせた通は湊叶が飛び出した窓の外を覗こうとして、熱された鉄格子に短い悲鳴を上げる。一呼吸置いてからそろりと身を乗り出す。

 地上に体の一部に炎を纏わせたまま走り去っていく湊叶を見つけ、通は安堵のため息を吐いた。それから「あー、どこに入れたらいいかな。どの部屋空いてるか知らねーや」と呟き、目を瞑って難しい顔で考え込み始めた。炎系の能力って収容が面倒だな、と通は片目を開けて湊叶がたわませた格子にちらりと視線を遣った。

 果たして出てきた結論は「今大助動けないし、勝手に逃げたってことにしておこう」。

 湊叶の性格なら、明日学校で大助を詰めに来るはずだ。

「大助が明日登校できるかどうかが問題なんだよなあ。大助、ああなるとまじで全然動けなくなるし……」

 ぶつぶつと独り言をつぶやきながら通は髭右近を元の位置に戻し、湊叶に散らかされた部屋を片付ける。その足元に、黒い影が密かに迫っていた。黒い影は通の足にしゅるりと巻き付くや否や物凄い力で部屋の外へと引っ張る。足を取られ、床に強か半身を打ち付けた通は悲鳴を上げるのも忘れて、ただただ恐怖した。この状況は初めてではない。廊下を引き摺られながら、全身の筋肉が強張るのを感じる。

 最早対話すら不要と判断した大助はこうやって問答無用で通を密室に引きずり込んで虐待を加える。まだ動けないだろうと高を括っていた。

「っ、ご、ごめんなさいっ」

 この期に及んでの嗚咽混じりの謝罪の言葉など、聞き入れられるはずもないのだ。

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