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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第3部・証明編 4月9日(火)
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第93話 相容れない一線

「いい子はママにでも甘えてお寝んねしてましょーね♪」


 人を小馬鹿にするような二宮の言葉が続く。

 さすがにこれには哲矢も体が自然と反応してしまった。


 無意識のうちに哲矢の拳が二宮へと伸びる。

 だが――。


 パシッ!


 勢いを欠いたそれは彼の正面でキャッチされてしまう。

  

「なんじゃこりゃっ? ヘボ過ぎっ」


 哲矢は掴まれた拳を素早く下に振り下ろされると、体もそれに従って床に吸い込まれる。


「ぐっ!?」


 ヒョロっとした体型の割りにもの凄い力だ。

 そのまま二宮のひざの辺りに顔が落ちる。


(マズいっ!) 


 哲矢がそう思った瞬間には手遅れであった。


「オラァッーー!!」


「んぬぐッ!?」 


 二宮の鋭いひざ蹴りが哲矢の頬を捉える。

強烈な衝撃が哲矢の脳天を激しく揺さぶった。


「あ゛ぁあぁッ……」


 顔を押え、床で転げながら哲矢は絶叫する。


 しかし、あと一歩で意識が途絶えようかというところで、哲矢は歯がみしてそれをなんとか堪えた。

 自分の名前を呼ぶ声が聞こえたからだ。

 

「哲矢君っ!?」


 花だ。

 彼女は人だかりをかき分けて教室の中に入ると、床で蹲る哲矢の元へ急いで駆けつける。


「ぐ……あ、ァ……」


 頭はガンガンと痛み気を失いそうであったが、花の温かい手に介抱され、寸前のところで哲矢は意識を保っていた。

 

「おい川崎ぃどけやオラァッ!!」


 近くの机を乱暴に蹴り上げ、助けが現れたことに二宮が怒りを露にする。


 朦朧とする意識の中、哲矢には状況がほとんど分からなかったが、花が優しく守ってくれていることだけは理解できていた。

 ひょっとすると、目の前で立ち塞がってくれているのかもしれない。

 

 それから暫しの後、哲矢は気づく。

 クラスメイトらの騒めきが先ほどよりも大きくなっているということに。


 最初、五時間目の公共の授業を担当する教師が現れたのかと思う哲矢であったが、徐々に晴れてきた視界が正解を教えてくれる。

 

 後方ドアの辺りで固まっていた生徒たちが自然と道を開けると、その奥から見覚えのある男子生徒が教室へと入ってくるのだった。


(……だい、き……)

  

 突如、哲矢の脳裏に廃校での出来ごとがフラッシュバックする。

 彼は昨日と違って制服を着ていたが、服装こそ違えど身に纏っている危険なオーラはまったく同じであった。

 

 大貴の後ろには三崎口、塚原、渋沢の姿も見える。

 彼は三人の取り巻きを従えて、さも当たり前のように教室ドア側の一番後方にある自分の席へと腰をかけるのであった。

 

 その瞬間――。


(……ぃっ!)


 哲矢は大貴と目が合った。


 相変わらずの凄まじい眼力だ。

 一瞬にして相手の戦意を喪失させるような鋭さがあった。

 

 けれど、大貴が哲矢の方を見たのはこの一回限りであった。

 不思議と哲矢は彼の視線を目で追ってしまう。

 その先にいたのは……。


(……いり、や……?)


 そう。

 大貴は彩夏たちが陣取っている教卓の方へ目を向けていたのだ。

 

 あれほど威勢よく吠えていた二宮が萎縮したようにしゅんと垂れて、彩夏を見て何かを確認している。

 よく見れば、華音も寒川も同じように牙を抜かれ、不安の眼差しで彩夏に目を向けていた。

  

 その一瞬、哲矢は初めて彩夏の焦った表情を目撃する。

 間違いなく大貴たちの登場に彼女は動揺していた。

 

 当の大貴はというと、教室での騒ぎを一部始終見ていたというような達観した目つきで彩夏のことをじっと見つめていた。

 

 依然として朦朧とする意識の中、哲矢は大貴に昨日のことで何か言い返してやりたいという思いを抱いていたが、今彼が本当に見ている相手は彩夏であるという事実に気づくと、込み上げてくる言葉はなぜか喉元で引っ込んでしまうのだった。

 

 彩夏の意識も哲矢から大貴へと完全に移行したようで、大勢のクラスメイトが状況を見守る中、彼らは二人だけの世界に入って会話を始める。

 

「今日は来ないのかと思った」


 大貴は彩夏のその言葉には答えず、椅子に凭れたまま別の問いを彼女に投げかける。

 

「なにやってたんだ?」


「ホモ野郎の相手」


 彩夏が哲矢の方を見て答えるも大貴はそれには一切の関心を向けず、同じ言葉を繰り返した。


「ここでなにをやってたんだ?」


「はぁ? だから言ったでしょ、そこの……」


「違う! 俺はなんでこんなことをしてるのかって訊いてんだッ!!」


 大貴の視線は彩夏をがっちりと掴んで離さない。

 

「……ッ……」


 彩夏も続く言葉が出てこないのか、口を小さく開いたまま動きを止めていた。


「ここで騒ぎを起こすなって、前に言ったよな?」

 

「うちはっ……」


 彩夏が焦った様子でそう口にすると、これまでずっと黙っていた大男の中井がガタンと音を立てて椅子から立ち上がる。

 すると、それに反応するように、大貴の取り巻き三人も一斉に身構えた。


 両者の間に相容れない一線があることを哲矢は微かに感じ取る。

 このままいけば彼らは激突するに違いない。

 そう思う哲矢であったが……。


「やめな」


 彩夏は中井を手で制すると、椅子から立ち上がってそのまま教室から出ていってしまう。

 

「ちょ、ちょっとぉっ、待ってくださいよぉ彩夏さぁん~っ!」


「アネキぃっ……!」


 そう弱々しく口にする華音と寒川を先頭に、対峙していた二宮も「ちっ……」と小さく舌打ちをするとその場から去っていくのだった。

 

「…………」


 中井だけが最後まで教室に留まり、大貴のことを黙って睨み続けていた。

 だが、最終的には彼も根負けしたのか。

 結局何をすることもなく、大股で教室から出ていく。


 そして、ちょうど彩夏一派全員が去ったタイミングで、公共の女性教師が教室へと現れるのであった。

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