プロローグ
罪深い存在なのに、なんで生きているんですか――
「立花恭一郎、出所だ。もう戻ってくるなよ」
看守の暖かい言葉でシャバへと送り出される。
雲一つなくて、空が青かった。
五年の刑期を終えた俺を祝福しているかのように晴れやかな空の下、堂々と刑務所から出る。
狭くて閉鎖的な塀の中から、広くて開放的な世界に出ると、本当に生まれ変わった気がする。よし。記念に馬鹿を騙して金をせびるか――
「恭ちゃん! こっちだよ!」
聞き慣れた声に振り向くと、白い車の窓から手を振って俺を呼ぶ幼馴染が居た。
……あーあ。めんどうくせえ。
「杏子。声がでかいんだよ。刑務所の前だぞ」
周りはコンビニすらない僻地に立てられているとはいえ、通りかかる奴も居る。しかし出所したての奴に慣れているのかすぐに目を逸らす。
俺は白い車に近づいて、助手席の扉を開けて入る。
運転席には同い年の女の子で、週一で面会に来てくれた猪口杏子が座っていた。本当に嬉しそうに笑っている。眩しすぎるくらいだ。
杏子は長い髪を髪留めで留めていて、垂れ目の泣きほくろ、少しだけ低い鼻、かなり小柄な身長。そこは変わってないが、何故かリクルートスーツに身を包んでいる――いや、そういえば今日は金曜日だ。しかも十三日の。
「お帰り! いや、お勤めご苦労様って言ったほうがいいかな?」
「やくざじゃねえんだよ。いいから車出せ」
シートベルトを締めつつ、そう命令すると「はいはい」と言って車を発進させる。
今更ながら本当に運転免許取ったんだなあと感心する。運動神経悪いクセに。
俺が捕まる寸前、つまり二十歳の頃から取りたいって言ってたが……本当に五年経ったんだなあと実感する。
「とりあえずファミレスでもなんでもいい。何か食わせてくれ」
「うん? 朝ご飯抜いてきたの?」
「ムショの中は味が薄いんだ。塩っ気のあるもんが食べたい」
すると杏子は「後ろに恭ちゃんの好きなスイーツがあるよ」と言う。振り返るとレジ袋が置かれていた。手を伸ばして中のシュークリームを取って貪る。
「もう。お礼の一言はともかく、いただきますくらい言いなよ」
「うるせえな。もうそういうの面倒なんだよ」
「……反省してないの?」
俺は「してないね」と指に付いたクリームを舐める。
「くだらねえ。俺は人を騙しただけだ。ちょっと金のあるところからちょっといただいただけじゃねえか」
「五千万がちょっと?」
「実を言うと六千万だけどな」
「……後の一千万は?」
「秘密だ。そんなことよりどこに行くんだこの車」
さっきから見えている経路案内は明らかに俺ん家に向かっていない。どんどん知らないところへ向かっていく。このままだと都内から出てしまう。
「私ね。思ったの。恭ちゃん、全然反省してないって。看守さんを懐柔してタバコ吸ったり、賭け事を刑務所内でやったりしてたでしょ」
「……なんで知ってるんだ?」
「何回か看守さんに言われたの。多分私も仲間だと勘違いしたんだと思う」
まあ唯一面会してくれた存在だからな。ま、しかたねえか。
「このままだと大学中退の前科持ちの駄目人間になっちゃうよ?」
「前半二つはどうしようもねえだろ」
「そこで、恭ちゃんを真人間にするために、ASAプログラムに参加してもらいます」
ASAプログラム? なんだそりゃ?
「アンチ・セカンドコンビクション・アソシエーション。日本語に訳すと再犯対策協会だよ」
「はあ? つまり再教育を受けろってわけか?」
「そうだよう。今山梨県にある施設に――」
「嫌だね」
俺はちょうど信号が赤になった瞬間に助手席から降りた。どこだか分からんけど、まあなんとかなるだろう。
「ちょっと! どこに行くのー!」
杏子の泣きそうな声が遠くに聞こえるけど関係ない。
やっと自由になれたんだ。
さて。悪事を始めよう。
とりあえず近くに居た気弱な学生を脅して財布を奪った。いわゆるカツアゲだ。しかし五千円しか入っていなかったので、その学生を気絶するまでぼこぼこにしてやった。
その五千円を持って、俺は寿司屋に向かう。回転寿司だ。夢にまで見た寿司が目の前を泳いでいる。
片っ端から食いまくり、満腹になったときに金を払う必要ないなと思った俺は近くに居る四人家族に話しかけた。他愛のない話をしてそれなりに親密になった頃合で、トイレに行くと嘘をつき、様子を見せつけた店員に「実は親戚でお代を払ってくれるみたいだ」と言ってそのまま出て行く。
その後、コンビニでタバコとライターを買い、外で一服していると息を切らした杏子がやってきた。
「はあ、はあ、やっと見つけた……」
「おう。お前も吸うか?」
「吸わないよ……ていうかどうやって買ったの?」
「ムショで稼いだ金だ」
もちろん嘘である。稼いだ金は看守に渡した。俺をコケにしていた囚人たちをいじめるように頼むためだ。
「ねえ。お願いだからプログラムに参加してよ……」
「なんでだよ。参加したって意味がねえ」
「真人間にならないといけないんだよ。人は清く正しく生きないと駄目なんだよ」
紫煙を吐き出しながら「テロリストの言葉だな」と呟く。
「五年前、政府に喧嘩を売って死んじまった佐々義重の口癖だったな」
「…………」
「あいつはお前の恩人なんかじゃねえよ。お前の父親の――」
「黙って! 恭ちゃんなんかには分からないよ!」
無理矢理言葉を遮って、杏子は怒鳴った。
「恭ちゃんが詐欺罪で捕まったとき、私は独りぼっちになっちゃった! でも佐々さんのおかげで生きようと思ったんだよ!」
「人殺しは人殺しだ」
「そんな言い方しないで!」
俺は「まあいいさ」とタバコを投げ捨てて歩き出す。
「とにかく参加はしない。主催者か協会の人間かは知らんが、そう言ってくれ」
「どこに行く気?」
「実家だよ」
「……もう実家はないよ」
杏子は俯いたまま、悲しそうに言った。
「おじさんとおばさん、外国に行ったの。家も売っちゃって、今は更地だよ」
「……なんで言わなかったんだ?」
「言ってもどうしようもないでしょ。恭ちゃん、塀の中だったから」
はあ。あの糞夫婦、息子を見捨てたか。
「それなら別の街で生きていく」
「もし、参加してくれるなら、私をあげる」
立ち去ろうとして、その言葉に足を止める。
「ああん? お前何言ってるんだ?」
「私になんでもしていい。エッチなことでも、悪いことの手伝いでも、なんでもしてあげる」
杏子は真剣な表情だった。
「お願い。参加して真人間になって」
そんなにASAプログラムは信用できるのかねえ。
ま、いいさ。適当に受けて真人間になったフリをして。
そんで杏子を奴隷として生活費を稼がせればいい。
「俺は嘘をつかれるのが嫌いだ。分かっているよな?」
「……うん」
「OK。参加してやるよ」
杏子は複雑そうな顔で「……良かったよ」と言う。
無理矢理笑っている。
いつからだろう。こいつの本当の笑顔を見なくなったのは――




