狂気集団《一》
「どうして僕を置いていっちやったの?………………………酷いよ、姉さん」
「全ては女王陛下が指揮する国軍の仕組んだことさ。お前の姉は奴らに奪われたんだ。どうだ、復讐したくはないか」
「国軍…?」
生気を失っていた瞳に再び光が宿る。それはメラメラと燃え上がる、憎しみの火だ。
「そう」
「そいつらが僕から姉さんを奪ったと言うのなら他に答えなんかないよ」
―ぶっ殺してやる…!
「…レイ、グレイ、聞いているのか」
「ん、あぁ……任務のことだろ。言いたいことはそれだけか、ジジイ」
うとうとしているといつものように叱責が飛んできた。でももうそれすらも慣れたものだ。
そもそも、話の長い奴は嫌いだ。用件は手短かである方が良い。最も、長くなると途中で眠さに耐えかねて大概聞いてはいないのだが。いつもそこで昔の夢を見る。
つまらない長話がいよいよ終わりに近付くと、それさえも待ちきれずに少年は勢いよく立ち上がった。長い銀の髪―平たい白い布で細かく細く後ろ側で下ろして一本に結っている―がゆらりと揺れる。サイドは短く乱雑に切られ、両側とも毛先がつんとはねている。
左右色の異なった瞳は、片方だけが狩りをする獣のようにギラギラと光を放つ。それとは対照的に、もう片方はまるで光を失ってしまったかのように暗く澱んでいる。
「待たんか、グレイ。まだ話は終わっとらん。それにその口の聞き方はなんだ。今の貴様があるのは誰のおかげだと思っている」
―またその話か。
飽き飽きした様子で、また自分もいつものように切り返す。
「わーってるよ、そう煩く言うんじゃねぇくそジジイ。大体俺が命令を聞かないことくらいあんただって分かってんだろうよ。だけどな、安心しろよ、ジジイ。言われなくたって奴らなんざ俺がぶっ潰してやるからよ。まぁあんたは高みの見物でもしててくれよ。くくくくふはははははは」
腕は確かだが、舵をとるのは至難のわざ。下手をすればかえって災いが己に降りかかってくる。言わばそれは諸刃の剣だ。
果たしてこの賭けは当たるだろうか…
グレイのいつになく機嫌の良さげな笑いは、そんな不安を煽るだけだった。
しかし、男の心配など全くグレイの耳には届いていなかった。届いていたところで、そんなことを気にする質でもなかった。任務だって本当はどうでもいいのだ。
姉さんさえ帰ってくるのであれば、何だっていい。
姉さんを奪った奴らも、邪魔する奴らも皆殺しだ。
「姉さん、待っててよね。今僕が姉さんを迎えに行くから。もうすぐ会えるから…」
愛おしそうに自分の左目を撫でる。
「愛してるよ、姉さん」
††††
前方に見えた一つの影がこちらに直進しているとわかった時、男はほぼ無意識的に方向を転換した。
が、すぐにいかにも不機嫌そうな声で呼び止められる。
「フェイク」
遅かったか…と、観念したフェイクはやむなく足を止めた。嫌々振り返ったなら、やはりその顔はとても自分に用があるとは到底思えない者の表情なのだった。
「……何か御用でしょうか、ユリウス王子。アシュリーならこの近くにはいませんが?」
「そうじゃない」
「は?」
予想に反する答えに訝しげにすれば、向こうもより一層表情を歪めてくる。
「母上がお呼びだ」
「………はぁ」
「どうした。母上が呼んでいるのだぞ。さっさと行かないか!私にいつまでもその顔を見せるな。虫唾が走る」
それを本人に言うのかとは思うが、成程…それは確かに同感だ。フェイクは納得して何度も頷く。女王の待つ場所をいざ目指さんとするが、ユリウスは再度それを呼び止めた。
「まて、フェイク。それで、アシュリーはどこへ行ったんだ」
††††
「只今フェイク・パーカー参じました!」
「うむ、ご苦労。他の者は下がれ」
フェイクが到着すると、すぐに女王は人払いをする。2人だけが残ると、先にフェイクが口を開く。
「陛下、ユリウス王子を使いに出すのはやめませんか?」
「何故だい?何か問題でも?」
そう聞き返しながらも、女王はクスクスと笑う。ユリウスがフェイクを嫌っているという話は有名な話だ。当然彼女の耳にもそのことは入っている。だとすれば意図的な悪戯だ。それも悪趣味な。
年齢不詳の女王は、無邪気に笑う。ユリウスくらいの子がいるなどとは全く感じさせない、不思議な雰囲気を彼女は有していた。完全実力主義の冷酷な一面を見せる一方で、少女のようにからからと笑うことも珍しくない。
「あー、もうその件はいいです。で、お呼びたてのご用件は」
「うむ、実はな、フェイク。お前に吉報がある。この所教会派に不穏な動きがあるらしい…。お前も聞いたことがあるだろうか」
「不穏な動きで『吉報』ですか」
教会過激派の情報は入っている。もともと武力で事を為す女王派と争いを厭う国王の教会派とは仲が悪い。最近では素性のわからない怪しい者を雇い、国軍や時に市民を襲撃し、本来の道を外れ、混迷をもたらす存在になりはてている。
それが吉報?むしろ由々しき事態では、とフェイクは苦笑した。これを他の者が耳にしたらどうするつもりなのだろうか。フェイクの心配に気付いたのか、女王はふっと口の端をあげて笑う。
「故に、人払いをした。早速退屈していると聞いている。腕が鈍っても困ろう、手すきなら少し憂さ晴らしでもしてくるとよかろう」
「お心遣い感謝致します」
女王に国の危機を憂う様子はない。ならば彼女は愚王だろうか。しかしこれが揺るぎない信頼の証明ならば、それに応えるのが最強部隊の務め。
「まぁ、ある意味では確かに吉報だ」
早々に戻ると、アシュリー、そしてエレノアを呼ぶ。レスターは敢えて呼ばなかったが、当たり前のようにそこに鎮座していた。
ついに待ち望んでいたものがきた。そう思うと、堪えきれずに笑みがこぼれた。上機嫌なフェイクをある者は不思議そうに見る。またある者は期待を込め、またある者は不審そうに見た。集められた隊員は各々、隊長の言葉を待つ。
「というわけでだ、俺たちはこれから奴らを釣る。昨日目撃されたというポイント付近まで向かうぞ」
女王からの命を伝えるフェイクには、危険な仕事になる可能性もある中で緊張感に欠けていた。それは他の者もまた同様だった。
「それって強いですかね?」
「さぁな…だが、任されたのが他の誰でもなく俺たちなのは間違いない。煮るなり焼くなりさせてもらおう」
「でも~、釣るって?」
「餌を撒く」
「餌……ですか?」
レスターが首を傾げると、フェイクは三人に真っ赤な布と鈴を手渡す。布には国軍のエンブレムがあしらわれている。
「何これ」
「目立つだろ。こいつが餌だ」
「こんなので釣れたら相手は相当の馬鹿ね。あからさますぎるわ」
いや、馬鹿だってこんな明け透けな罠にかかるだろうか。
期待薄と見たのか、アシュリーには端からやる気が見えない。下らない、と一蹴する。
「まぁそう言うな。来ないなら来ないでこっちから行けばいいんだから。まさかそれが出来ないなんて言うんじゃねえぞ?」
「だったら最初からそうすれば話が早いと思うけど…」
「それじゃつまらないだろ」
これはゲームなんだ。
折角巡ってきた機会を簡単に終わらせる気などない。
「……………まぁいいわ。どのみち結果は同じだもの」
アシュリーはようやく腰をあげる。
「そういうことだ」
「フェイク、楽しそうだね。私もなんかわくわくしてきたかもっ」
わかっているのかいないのか、エレノアは上機嫌に走り回る。
「エレノアは単純でいいわね。それくらいたまには張り合いがあるといいんだけど」
「そいつは直にわかる」
「なら、そういうことにしておくわ」
城にある詰所を出ると協会派の襲撃があったポイントを目指す。4人に合図はない。一斉に四方に散り、ミッションは音もなく開始された。
「問題は向こうがどれだけ迫ってきているか…。すぐかかったら馬鹿。でも、ただの馬鹿じゃない。さて………」
アシュリーはフェイクから受け取った赤い布を捨てる。それは宙で何度か翻りながらやがて地面に落ちた。
「私には必要ないわね
言って、くすりと笑う。その鮮やかなピンクの髪を風に靡かせ、彼女は駆けた。