第10話 〝永遠の輝き〟 2/2
保険の手続きを終えると、斉藤さんに役場の倉庫へ案内された。
倉庫の重そうな扉を「よっ」と斉藤さんが声を出して開け、キミはその中を覗いた。
ひんやりとした倉庫内にはパイプ椅子やテーブル、村の行事やお祭りで使用されるパイプテント等が仕舞われている。その隅に、嫁入り道具だと思われる大きな箪笥や汚れて鏡の抜けた鏡台や食器棚、もう使えなさそうな電化製品などの家財道具、それに仏壇までもが運び込まれてあった。埃よけとして、透明のビニールシートが被せられている。
斉藤さんが電気をつけて両手を広げ、「この一角だ」と遺品の置かれた所を示した。
「普通だとこの遺留金品は葬儀費用に充当されるけどね、土地柄やトトさんの亡くなった経緯を考えると、どうしても手が付けられないんだよ。役場の人間としては、もっと早くに気がついてあげられたらとやりきれなくてねえ」
ま、よろしく頼んだよ、と言って、斉藤さんは倉庫を後にした。
「申し訳なさそうに言う割りには何もしないんだなあ」
キミは去って行く背中を見た。
「愚痴を言っても始まらないし、早く手がかりを探しましょ」
千秋は汚れた鏡台に被さっているシートを取り払う。
「ぅぁ、カビ臭い……」
ツンと鼻をつく臭いに、千秋は顔をしかめた。
鏡台は雪解け水に浸かっていたらしく、鏡が嵌っていた板の部分に白カビが点々と生えて、引出しの金具の把手が取れかかっている。相当に傷みが激しい。
「引出しの中を確信な、俺はこっちを調べるから」
千秋に鏡台を任せることにして、キミは箪笥を調べことにした。
箪笥は胸の高さ程で、引き出しは五段ある。表面の塗装が剥げてしまい、こちらにもカビが繁殖している。
箪笥に被さるシートを捲りながら、キミは言う。
「あの婆ちゃんの服装、たくさん着込んでいたのは冬の寒さに堪えるためだったんだな。俺、何だか悪いこと言っちゃったな……」
「じゃ、お婆ちゃんが探していた物を見つけてあげないとね」
千秋が把手を引いて、引き出しを開けた。その中には化粧用具が入っている。が、コンパクト中身のファンデーションがドロドロに溶け、肌色の絵の具をぶちまけたようになっている。
「でも、いったい何を探していたんだろう……?」
キミは箪笥の引き出しを開ける。こちらは品柄が良いのか、引き出しの中に水気はなく、浸食の被害を免れていた。下から順々に開けて、4段までは着物が入っていた。
と、鏡台を調べていた千秋が、
「写真見っけ。若い頃のかな?」
ティッシュで汚れを拭き取って見れば、それは若い男女が写っている白黒写真だった。
和服姿で寄り添う2人はとても幸せそうで、こちらに頬笑んで写る写真。
それは結婚写真だった。
「隣に写っているのは先に亡くなった旦那さんか」
「……うん。そうだろうね」
と千秋は写真に目を落とし、
「一番幸せな時じゃないかな。好きな人と結婚して夫婦になって、これからの毎日が楽しくて幸せで、一緒の生活だよ?」
寂しく湿っぽい声で千秋は続ける。
「辛いことを分け合って時々怒ることもあって……いろんなことが始まる時の写真だもん。その写真を大事にしていたんだね、きっと」
でも、誰にも気づかれない最後はやっぱり悲しいよ……、と千秋は言った。
しんみりとした空気と情感にキミは、
「成仏できずに幽霊となって出てくるのには理由がある。それを探そうぜ」
千秋を励まして、箪笥上段の引き出しを開けた。
――そこに入っていたのは着物ではなかった。
隙間なくびっしりと、桜の花で彩色された櫛型のかんざしや、色とりどりの中玉かんざしが、引き出しの中を埋め尽くしていた。
「おい千秋、これ見てみろよ。すごいぞ」
写真から視線を上げて、きらきらと輝くかんざしを目にして千秋は、溜息を漏らした。
「綺麗ね、自分で揃えたのかな? それとも旦那さんからのプレゼントだったりして」
何本か手に取って眺めると、
「これは何かしら?」
引き出しの枠に張り付くようにして茶色の封筒があるのを千秋が発見した。
封筒をペタペタと押して確認する千秋に、キミは、
「昔のお金が入っていたりしてな」
「何か丸いものが入っているみたい。開けても良いかな?」
言うが早いか、千秋は封筒を逆さまにした。
そこから、小さな煌めきある物がころんと、千秋の手の平へ落ちた。銀色に輝く輪。
「指輪……」
そして千秋は封筒の中から、日焼けして色あせた古い便箋を取り出した。
「なんて書いてある?」
「達筆すぎて読めないけど……ラブレターじゃないかな。昔で言う恋文」
「指輪とそれが一緒になって封筒に入っていたなら……」
「一番大切なものだよ」
千秋は興奮して言う。
「多分これ、婚約指輪かも!」
「宝石がないぜ? 婚約指輪ってダイヤとかあるんじゃないのか? 給料3ヶ月分」
「ううん。昔は高くて買えなかったって、うちのお婆ちゃんが言ってた。結婚指輪と一緒なんだって。農作業もするから、指輪をしないのが普通みたいだよ。なくすと大変だもん」
「へぇー、そんなもんか」
とキミは昔の田舎事情を知り、
「で、探し物はこれだと思うか? そこんと、俺には分かんないから、ここは女子の意見を仰ぎたい」
「何言ってんのよ、絶対そうだよ。好きな人からプロポーズされた大事なもの。ずっと大切なものだよ」
感情のこもった千秋の言葉にキミは頷いて、
「それじゃ、二人が眠る所に持って行くか? 夫と一緒の墓に埋葬したって斉藤さんが言ってたし」
「うん、そうだね」
と千秋はまたハッと思い出し、
「あ。お墓の納骨堂の石、1人で動かしてよ」
「ウエェ……供えるだけで良いじゃん、墓荒らしだと思われる」
「それだと、カラスにイタズラされて持って行かれちゃうでしょ。ちゃんと成仏してもらって、安心して通学路を通りたいから」
「じゃ、じゃあ……こういうのは2人でやろうぜ」
千秋は恋文と指輪を封筒に戻して、ぴしゃりと言う。
「イヤよ、間違って憑かれたらどうするの」
「憑かれたらって……」
キミは二の句がつげない。
日はまだ昇っている、といっても真っ赤に染まっている。入道雲が燃えているように見える夕焼けの空で、墓地には蝉の枯れたような鳴き声と湿気を含んでむっとする暑さが漂っていた。
墓を前にしてキミは言う。
「成仏の手助けと言ってもな、やっぱり、石を動かすなんてマネはできねーよ……、バチ当たりの極みだ」
「これはどうするのよ?」
手にした封筒をひらひらさせて千秋は、
「雨風に晒しておくわけ? 思い出の品なんだから、遺骨と一緒の方が嬉しいでしょ?」
「作業する俺はちっとも嬉しくねぇ。なっ、このまま供えて、手を合わせて帰ろうぜ。カラスに持って行かれたとしても、カラス自体が不吉の塊みたいなもんだから、不吉な物通し打ち消し合ってプラマイゼロだって」
「馬鹿じゃないの、通学路にまた現れたらどうするのよ」
千秋は怪訝な顔をして、睨むような目をキミに向けてくる。
「その時は俺も男だ。手をつないで一緒に登下校してやる。なんなら、足もつないで二人三脚でもいいし、お姫様抱っこでも、なんでもしてやるから勘弁してくれ」
「…………ホントに?」
少し考えたのち、千秋はそう言った。気のせいか、頬の火照りが増したように見える。
「約束なんだからね。嘘だったら怨むから!」
「そんなこと墓場で言うなよ、洒落にならない」
蒸し暑い中、キミは背中に冷たいものを感じつつ、
「とにかく、早く用を済ませてここを立ち去ろう。いつまでも居たい場所じゃない」
と千秋を急かした。
「そ、それも……そうね」と千秋は真っ赤な夕日に染まる墓地を見まわして、その独特な気味の悪さに怖じ気づいた。
「成仏してください」
墓に封筒を供えて、目を閉じて手を合わせた。キミも千秋の横で手を合わす。
冷やりとしたそよ風が吹いた。このタイミングでキミは顔を上げ、
「さ、帰ろうぜ」
この場をさっさと立ち去ろうと踵を返した、そのとき――
「……あ」
千秋がつぶやくような声をだした。
「どうした?」
振り返ると、千秋は空を見上げている。
「あれ見てみてよ」
千秋が上空を指さして、その先へ、キミは目をやった。
もやもやした白煙のようなもの、それでいて一つ一つの粒子が発光しているのが分かるものが、夕焼け空へと上って行く。更にその上で、同じもやもやが、まるで待っているようにゆらゆら、ふわふわと浮かんでいた。
それが何なのか、千秋にも分かっているようだった。
「お互い、好きなんだな」
キミは言った。
「忘れ物を取りに来ただけだったんだね。愛の証。これからも、ずっとずっと一緒」
ふわりと寄り添った輝きは、夕焼けに吸い込まれた。そして、一番星が見えた。
「帰ろうか」
「うん。帰ろう」
キミと千秋は歩き出す。
墓地を出たとき、千秋はまたまたハッと思い出して、
「手、つないでくれるんでしょ?」
「えっ? たった今、成仏していったじゃん」
「心の中に、まだお婆ちゃんはいるから、約束は約束として守ってよね」
「うわっ、きったねぇ! そんなのアリかよ。早く成仏させてやれよ!」
その言葉に構わず、千秋はきみの手をとった。
と、2つの人影が、こちらの方へドタドタ走って来た。
「ハル、急ぐのだ!」
「ちょっと待ってよ!」
栞乃とハルだった。
「……なにやってんだ? 今まで居残りさせられていたのか?」
「あっ!! こんなところで逢い引きしているのだ!」
学生鞄を片手に提げた制服姿の栞乃が言った。
「アホか。墓地で逢おうなんて頼まれても来ねえし」
「そっちこそ、何やってるの?」と千秋。
走って来たハルは肩で息をして、
「栞乃ちゃんが、こっちに異変を発見したって、」
「今さっき、キラキラ光る断層が見えたのだ! あれはきっと、時空の歪みに違いないのだ! 宇宙の神秘のカケラなのだ!!」
思わず噴き出しそうになった。
「あぁ、全然違う。真実を話すと長くなるけど……千秋、喋ってもいいか?」
千秋はこくりと頷いて、くすりと笑った。
みんな一緒に、仲良く帰り道を歩いて、キミは言う。
「そうだな。話の一番始めは、まず……」




