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戦国の詐欺師~異世界からの脱却譚~  作者: 赤巻たると
第二章 対決、中国地方の覇者・毛利
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第二十六話「宇喜多家への仕官」

 


 聞く所によると、宇喜多の殿様は『石山城』という所に身を置いているらしい。

 現在の岡山の観光名所、岡山城の前身となった城だっけか。

 旭川という一級河川をまたいで君臨する城は、守るに易き、攻めるに難しといった中々の堅城だ。


 その城下を、俺と風薫、アヤメに紫、そして先導役の女武士が闊歩していた。

 そう言えば、この女武士の名前を聞いてないな。

 甲冑の装飾から見るに、重臣っぽい感じなんだが。

 こうして共に歩く以上、この女武将の名前くらいは知っておくべきかもしれない。


 「……ところで、あんたの名前はなんて言うんだ?」


 紫を探しに来ていた女武者に、名前を問う。

 すると、彼女は甲冑による重量をものともせず、身軽に振り向いてくる。

 どうやら、相当着こなしてるようである。


「私ですか?」


「いや、あんた以外に誰がいるよ」


「ああ、そういえば名乗ってなかったですね。

 私の名前は花房風鈴はなぶさふうりん花房正幸はなぶさまさよしの娘です」


 ああ、黒田家と同じく、元々は赤松家だった家系だ。

 そこそこ猛将を排出した一家だっけか、花房家ってのは。


「そうかい。ところで、この領地の状況が知りたいんだけどな」


「殿の前でお話しますので、しばしお待ちを」


 そう言って、風鈴は城門を指さした。

 何人かの兵士と職人が、必死に門を補強している。

 汗水垂らして仕事に勤しむお姉さん方の横を通り過ぎ、本丸へと進入する。

 元の世界ではもう見ることすら叶わない石山城の中に入ることができて、胸が熱くなる思いだった。

 


 

     ◆◆◆

 


 

 ――評定の間。

 重臣たちが集まって、内政の方針や侵略の画策などをする場所だ。

 その末席に、俺達は座っていた。すると、当然視線が俺たちに集まる。

 ヒソヒソと、何かを話している重臣もいた。

 さすがに失礼じゃないかな、と思ったが、そういえば俺達はイレギュラーな存在なんだったか。


 指名手配されてる策士に、絶滅寸前の男、そして猫耳を頭から生やして上機嫌に寝っ転がっている猫娘。注目を浴びるのも無理はない。

 とりあえず俺は正座を組み直して、行儀の悪いアヤメの頭をひっぱたいた。

 張り手によって、彼女の頭頂部がペシンと音を立てる。


「に゛ゃっ!?」


「ちょっとくらい真面目にしてろよ」


「……痛いじゃにゃいか」


 渋々と文句を吐くが、アヤメは姿勢を正しくした。

 無礼な態度を取る者が皆無になったので、場が少しずつ緊張で張り詰めてくる。

 ……ふむ、それにしても、戦傷者が多いな。

 周りを見渡せば、歴戦の武士っぽい女性もいれば、文官系のナリをしている女もいる。

 だが、全員が例外なく疲労しているように見えた。

 毛利との戦いでその身と精神を削られてしまっているのだろう。


 向かいだけでなく、左右も見てみると、神妙な面持ちの家臣がズラーッと並んでいる。

 若いのは17歳くらい。老けてるのは50歳くらいまで。

 俺の右横に座る風鈴が、その重い鎧を脱ぎ去り、後ろに置いている。

 地面に甲冑が触れた瞬間、ずしりとした振動が伝わってきた。


「……本当に重そうだな、それ」


 鎧を指さすと、風鈴は俺の方に顔を向けてきた。


「ああ、これですか。大丈夫ですよ。

 人をもう一人背負っていると思えば、苦じゃないです」


「いや、どう考えても苦だろ……」


 俺も風薫を背負ったことあるけど、人を担ぐってのは尋常じゃなく辛いぞ。

 あの時は風薫が軽かったからどうにかなったものの。

 恰幅のいい男なんてのを背負った日には、確実に腰骨がイカれるだろう。

 こう……バキバキッと。


「槍や砲撃を軽減しようと思えば、これでも足りないくらいなんですけどね。

 ……おっと、準備が整ったようです。それでは静粛に」


 口の前にピンと指を立て、風鈴は静かにするようジェスチャーしてきた。

 どうやら、君主さんのお出ましらしい。

 俺を含む全員の視線が、評定の間の上座に集中する。


 すると、上座の横から、スゥっと人影が出てきた。

 二十歳を僅かに超えるかという容貌。背は平均的か。

 だが、細い体がその姿を一層小さく見せている。

 しかし、謙虚な光を宿しながらも、確固たる意志が見受けられる瞳は、凛とした威厳に満ちていた。

 闇の深淵のように黒光りする髪は、どこまでも優雅である。


 この城に来る途中で聞いた話だが、宇喜多直家とは伯父の関係に当たるらしい。

 なるほど、『梟雄』の名にふさわしい威圧感は、どうやら血の中に健在らしい。

 先ほどまで雑談を重ねていた家臣たちが、見惚れるように上座の彼女を見つめている。

 熱のこもった視線を一心に受けながら、彼女は口を開いた。


「集結、ご苦労。皆の壮健な顔が見られて、私は嬉しい」


 透き通るような声、だが心に染み入ってくる錯覚を引き起こすそれは、求心力に満ちていた。

 他の家臣同様、俺は彼女の姿に釘付けになっていた。


「さて、つい先刻だったかな。

 毛利が我が領土に踏み入り、皆と領民を傷つけてくれたそうじゃないか。

 食客として招いた黒田紫殿の指揮あって、被害は最小限で済んだとか。

 ――そうだったかな、風鈴」


 不意にこちらへ顔を向けてくる。

 すると、俺の近くにいた家臣に緊張が走ったのが分かった。

 恐れているわけではないだろうが、彼女の放つ神々しい雰囲気は、平伏する態度を取らせるには十分な威力だ。

 しかし、慣れているのだろうか、風鈴は気後れすることなく愛想よく答えた。


「はい、紫殿の采配は神の軍略。

 守戦において、彼女の右に出るものはおりません」


 風鈴は美辞麗句を並び立てる。

 というより本気で感心したような表情で、紫を褒め立てる。

 ……おいおい、紫の性格から言って、そんな褒め方をしたら――


「ふん、私の実力を持ってすれば当然のこと。

 それに、私は守ってばかりの臆病者ではない。

 確かに、軍師として従軍した戦いは劣勢の防衛戦ばかり。

 だが、それは我が元君主が愚昧だっただけのこと」


 ……こうなるんだって。

 しかし、どこから出るんだろうなその自信は。

 紫はその場でふんぞり返って、冷めた視線をその身に受けている。

 だが、冷めた視線といっても、俺のように白い目で見ているわけではない。

 周りの家臣の一部が、冷えた敵意を込めて、紫を見つめているのだ。

 すると、中堅あたりの地位に就いていると思われる家臣が、向かいに座る紫を糾弾した。

 叱責するような口調で、彼女に語り掛ける。


「……黒田殿。

 今回の指揮は目が覚めるほどの手際だったが、もう少し謙遜なされてはどうだ。

 こう言っては何だが、貴殿は新参の将なのだ。

 それをゆめゆめ忘れなきよう……」


 もっともな注意だ。

 そもそも紫は食客として仕えているのであって、歴戦の古将ではない。

 まだ周囲の信頼を得てはいないだろう。

 それなのに、大衆の場でそんな尊大な態度を取れば、気分を害する者がいるに決まっている。

 だが、紫は口元を意地悪に歪め、その家臣に言い返した。


「おや、私としては十分謙虚でいるつもりなのだがな。

 それに、新参に手柄を取られて悔しいのは分かるがな。

 この程度でいちいち檄を飛ばすべきではないぞ? 古参武将の里が知れるというものだ」


「……貴様、言わせておけば!」


 まずい。あの家臣、頭に血が上っている。

 なんとか左右の将がなだめようとしているが、それを振り払いかねない勢いだ。

 俺は小声で左側に座る風薫に話しかける。


「……風薫、仲裁に入れないか?」


「無理ですね。ここに来たばかりの私達が止めても、全く効果がないでしょう」


「……むぅ」


 諦めて視線を戻すと、中堅の家臣はよりヒートアップしていた。

 今にも紫に殴りかかりそうな挙動だ。

 だが紫も、その姿を見て嘲るだけで、全く自己防衛をしようとしない。

 ……血を見ることになりそうなんだけど。

 そう思った瞬間、再び上座から声が聞こえてきた。

 俺達を含め、全員の行動が凍結する。


「双方口を開くな。ただでさえ戦続きで鬱屈としているというのに、仲間内で争ってどうする」


 その一言で、ピタリと紛糾が収まった。

 鶴の一声では生ぬるい、凄まじい鎮静効果だ。

 紫もその言葉を受けて、不満気に鼻を鳴らしながらも、耳を傾け始めた。


「黒田殿の言う通り、お前たちは変なところで特別意識を持っていてタチが悪い。

 内紛はそういうところで始まるのが常だ、控えろ。

 それともお前たちは、宇喜多家を滅亡させたいのか?」


「……そ、そのようなことは決して」


 先ほどまで憤怒で制御が効かなくなっていた家臣が、慌てて頭を下げる。

 それを見て満足すると、今度は紫の方に顔を向けた。


「黒田殿。此度の功績は見事だった。

 風鈴の言うとおり、神の如き軍略といえよう。

 だが、歴史に鑑みる限り、有能な傑物とは尊大であっても高慢ではない。

 そなた自身の意識では感じないかも知れないが、周りへの配慮が欠けて見える。

 もう少し謙遜をしてみてはどうだ。

 ……それはそれとして、この勢力でも守勢ばかりですまないな。これではそなたも退屈だろう」


 清涼剤のような爽やかさで、彼女は紫に声をかける。

 その真摯な物腰を前にして、紫も毒気を抜かれたらしい。

 素直に頭の角度を大きくして、非礼を詫びた。


「いや、こちらこそすまない。評定の間を乱して悪かった」


 ……すごいな。いさかいを一瞬で鎮めた。

 俺にはとても出来ない芸当だ。

 せいぜい争いを見守って、最終的に漁夫の利を得ようとするくらいだろう。

 うむ、骨の髄まで詐欺師で辛い。


「さて、毛利の一時撤退も喜ばしいことだが、もう一つ朗報がある」


 そう言うと、今度は俺達が座る方向を注視してきた。

 風薫でも見ているのだろう、そう思っていたのだが、背筋がゾワリと震えた感触を味わって、それが間違っていることを知った。

 遙か高みを衝くようなその視線は、余すことなく俺に注がれていたのだ。


「……?」


 俺の身体を頭頂部から足の先まで、品定めをするように見据える。

 そして、口元に妖艶な笑みを浮かべて話を切り出した。


「知っての通り、中国の黒田。畿内の竹中という歌がある」


 ……あるの? 知らないよ俺。

 少なくとも、俺の戦国知識の中からでは発掘できない話だ。


「――まもりをかためてってて、そのまもるは黒田くろだ軍略ぐんりゃく

 そのにぎわし参陣さんじんし、かのめるは竹中たけなか策謀さくぼう


 すらすらと、流暢な口調で詩を朗読する。

 なるほど、ちゃんと歌があったんだな。

 やはり聞いたことはないが、何となく言っていることは分かる。


「知っての通り、我が陣容には既に黒田家の軍師がいる。

 だがそれに加え、今回竹中の縁者を招くことに成功した」


 その瞬間、風薫に賞賛の声と視線が集中する。

 毅然としているつもりなのだろうが、風薫は若干照れていた。珍しい表情だな。


「内政面の不安も、彼女の力添えがあれば整備も難くないだろう。

 そして、だ。この男の枯渇した戦国の世において、招くことが困難な男性。

 その稀有な人物を、この度登用することができた」


 そう言って、妖しげな光のこもった瞳を俺に向けてくる。

 捕食者に喰われそうな危機敵意識が身体を通過したが、じわじわと慣れてきた。

 てか、アヤメはスルーなのか。

 幻術もここにいる人間には見せてないし、案外ただの面妖な格好をしている娘と思われているのかもしれない。

 そんなことを考えていると、君主様が上座から降りて、俺の方に歩いてきていた。

 一歩一歩、細やかな足取りで近付いて来る。


「竹中殿と、そこの少女……アヤメといったか。

 彼女たちを従えているのは、そなたらしいな」


「……従えてるって言っていいのか分からないけど、多分」


 俺の眼前に迫ってきて、彼女は手を袖から露出させる。

 白く美しい手が、俺の手を握る。温かい体温と重責が、手を包みこんだ。


「なにやら、当家に協力してくれるのには理由があるみたいだな。

 まあ、それは問わないでおこう。これからよろしく頼む」


 そう言って、手にぎゅっと力を入れてくる。

 くすぐったさが尋常でなかったが、なんとか握り返す。


「こっちこそ、よろしく」


 まずは、この勢力について行って、毛利家を出雲から撤退させる。

 おそらく毛利家の領地に単身で踏み入れば、一瞬で男狩りの餌食になってしまうだろう。

 それよりは、こうして協力してくれる奴の下に行って、好機を待つまでだ。

 しばらく手を握っていたが、流石に気恥ずかしくなったので、俺は手の力を緩めた。

 だがその瞬間、彼女は手に力を込めて、俺が離れることを阻止した。


「……なにか?」


「そなたの名前を、教えてくれ」


 また名前を名乗るのか。

 軽く戦隊物の隊員並みの頻度で名乗ってないか?

 まあ、この評定の間では冗談は吐けない。

 しかし、俺の場合は若干含みを持たせておくことを好む。

 全員の視線が集まる中、俺は半笑いで名乗りを上げた。


「万事院田吾作だ」


「そうか、伏見春虎か。春虎と呼ばせてもらおう」


 彼女はサラリとそう言って、俺の肩を叩いてきた。

 うむ、一瞬で看破されたな。

 経理をごまかしたのがバレたリーマンの気持ちが分かるような気がする。


 ……あれ? てかなんで俺の名前を知ってるんだ。

 少なくとも一瞬は疑問符を浮かべてくれると思ったのに。

 そこまで思考が至って、俺は右側に控える少女に視線を送る。

 風鈴は手を申し訳なさげに振っていた。

 なるほど、お前が下手人か。

 俺の名前を伝えてたんなら先に言ってくれよ。


「それで、あんたの名前は?

 悪いが、君主だってことは聞いてても、名前までは聞いてないんだ」


 君主の名前を知らないというのは、明らかに不都合が生じる。

 すると、彼女はより一層握る手に力を込めて、不敵に微笑んだ。


宇喜多日和うきたひよりだ。これより共闘し、毛利を倒そう」


 宇喜多、日和。

 柔らかそう名前だが、彼女の物腰には凛とした筋が通っている。

 その力強い声に応じて、俺も素直にうなずいた。


「ああ、帰還のためなら、俺は努力を惜しまないぜ」


 彼女以上の力をこめて、力強く肯定する。

 すると、あたりからは割れんばかりの拍手と歓声が響いてきた。

 照れくさかったが、なんとか表情には出さず、評定に参加した。


 ――これが、俺こと伏見春虎と、宇喜多日和の初めての出会いである。

 同時に、出雲へ至るために味わう、艱難辛苦の始まりでもあった。


 

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