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戦国の詐欺師~異世界からの脱却譚~  作者: 赤巻たると
第一章 少女たちとの出会い
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第十八話「決着」

 


 苛立っているのが丸分かりな状態で、アヤメは風薫に突撃した。

 足先に生えた爪で地面を噛みながら、猛然と風薫に迫る。

 しかし、動きが先ほどと違ってあまりにも直情的だ。


 風薫も気づいたのか、単調になった爪の斬撃を間一髪で避ける。

 すると、アヤメは大きくバランスを崩し、全面に隙が生じた。

 そこを突いて、風薫が続けざまに一閃を振るう。

 木刀とは思えないほどの痛烈な横薙ぎが、アヤメを襲った。

 しかし、その鋭い剣閃は空を切る。

 アヤメが急激にしゃがみ込み、その薙ぎ払いを躱したのだ。


 ……なんて身のこなしだ。

 身体に組み込まれていると思われる猫の部位が、あの異常な瞬発力を生み出しているのだろうけど。

 なるほど、あんな超反応が出来るんなら、俺の斬撃なんて当たるはずがなかった。

 今の回避で、攻撃を外した風薫の体勢が崩れてしまう。

 その姿を見て、アヤメはつまらなそうに呟いた。


「……終わりにゃ」


 冷めた視線を投げかけて、アヤメは爪を大きく振るった。

 あの鋭利な爪が直撃すれば、風薫の体躯はひとたまりもないだろう。

 数多の血を吸ってきた凶刃が、振り下ろされる。

 その爪が風薫の華奢な体に届こうとした時、アヤメの体が吹き飛んだ。


「に゛ゃ……?」


 数メートル後ろに投げ出され、腰の辺りから無様に着地した。


「にゃ゛あああああ! 痛いにゃああああ!」


 アヤメは苦しそうにのたうち回る。

 俺自身、驚きを隠せなかった。

 風薫は今、剣を使わずに、アヤメを蹴り飛ばしたのだ。

 あの小さな体からでは直接打撃はないと思ったのだろう。

 だが、直接打撃と言うには余りにもぬるい蹴撃が、アヤメの腹部に炸裂したのだ。


「体術は、あまり得意ではないんですけどね。

 意表を突けば、だいたい決まりますが」


 風薫の言う通り、意表を突かれて倒れこんだアヤメは苦しそうに腹部を抑えている。

 どうやら、胃のあたりに蹴りがダイレクトで決まったようだ。

 込み上げる嘔吐欲求に耐えながら、その場でうずくまる。

 その隙を逃さずに、風薫はアヤメの首元に木刀を突きつけた。


「抵抗するようなら、このまま高速で引きます。

 木刀の切れ味は知れたものですが、摩擦熱での斬撃ならば真剣にも勝りますよ?」


 相手の行動を奪った上で、降伏を勧告した。

 どうやら、勝負ありのようだ。

 この死にかけた激戦も、ようやく一段落、といったところか。

 俺はゆっくりと立ち上がる。


「……良くやってくれたな、風薫」


「いえ、これくらいは。

 それよりも、ご主人様のほうが重傷では?」


「はは、大丈夫……だって」


 全然大丈夫じゃないけど。むしろよくショック死しなかったものだ。

 それでも、まともに爪の一撃を食らってるから、あんまり余裕はない。

 俺は風薫とアヤメの元に行って座り込む。


「さて、吐き気はおさまったか?」


「……情けをかける気かにゃ」


「さあな。だけど、お前がこんな山の中で、何で人を殺したりしてるのか。

 それが疑問なんだよ」


「…………」


「話してくれるか?」


「知ってどうするのにゃ」


「いや、単純にお前のことが気になるだけ」


 だって、半獣とか見たことないもんな。

 あんまり流行りとかに乗るのは好まないが、さすがに興味湧くって。

 戦国時代にこんなファンタジーチックなのがいたなんて、初めて知ったぞ。


「……私のことが、気になるのかにゃ」


「そうそう。そのしっぽとかすげえ触ってみたい」


 先ほどまで殺されかけていたものだが、こうしてうずくまって捕縛状態にある少女を見ると、敵愾心なんて湧いてこない。

 そのかわり、そのヒヨヒヨと動くしっぽに俄然食指が動く。

 例えその少女が、何人も人を殺してきたんだとしてもだ。


「……触っていいにゃ。だけど、あんまり力入れて握られると困るにゃ」


「はいはい」


 力を弱めて、恐る恐触ってみる。

 すると、フサッとした、やわらかな感触が手に広がった。

 いやこれ、すげえ気持ちいい。

 興味本位で軽く握ってみると、アヤメはくすぐったそうに顔を緩ませた。


「あ、悪い。痛かったか」


「……んにゃ、落ち着くにゃ」


「そうか、そりゃ良かった」


 興奮状態にあったアヤメは、徐々に平静を取り戻していく。

 先ほどまでの殺気も消え、徐々に顔も和やかになってきた。


「ご主人様、人殺しの理由は聞かないのですか」


「いや、こいつが話してくれるまで、俺からは強制しないよ」


 強制して話させても、本人が話す意思がなければ何の意味もない。

 俺はどっかりと腰を下ろして、不動の態度を示した。

 すると、どこか俺の挙動を気にしながら、アヤメは口を開いた。


「……いいにゃ、話すにゃ。

 ここまで慰めを受けて、何もしない訳にはいかにゃいにゃ

 。猫は律儀に縛られにゃいけども、私の半分は人間。

 受けた恩は、多少なりとも返す義務があるにゃ」


 義務、ね。

 こんな人間からも離れた少女の口からも、義務という言葉が出るか、

 そりゃそうだよな。義務っていうのは、人間が生きていく内で必ず生まれるものだ。

 親父はその義務を全うしてくれなかった。

 その遺伝のせいか、俺も義務を意識することは少ない。

 それでも、半獣の少女ですら義務を守ろうとしてるんだ。

 俺も見習わなきゃ、いけないよな。


「分かった。気分が悪くなったらすぐ中止していいからさ。

 とりあえず風薫、その体勢はやめてやってくれ」


「し、しかし。また暴れだしては……」


「そんなことはしないよな。アヤメ?」


「ふん、親父以外の人間に名前を呼ばれることににゃるとは、思わなかったにゃ」


 風薫はしばらくアヤメの出方をうかがっていたが、敵意がないと分かったのか、剣を引いた。

 多少の警戒は残しているようだが、風薫は俺の横にちょこんと腰を下ろした。

 するとアヤメは、乱れたしっぽの毛や傷を舐めながら、こちらへ振り向く。

 そして、震えが混じった声で、救いを求めるような瞳で、自分の過去を語り始めた。


 人間にも猫にも生まれることが出来なかった、その凄惨な生い立ちを――


 

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