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戦国の詐欺師~異世界からの脱却譚~  作者: 赤巻たると
第一章 少女たちとの出会い
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第十六話「果心の森」

 


「さて、一人一人相手にするのも面倒なので、一斉攻撃してきていいですよ」


 風薫が、頭領を含む3人に向かって剣を構える。

 こいつは先程から、汗一つ掻いていない。全く、つくづく恐ろしい。


「…………」


 この山賊達はなんか様子が変だ。

 最初から思っていたが、その違和感がここで浮き彫りになる。

 味方が倒されても何一つ顔色を変えず、作戦を練っていた時も一切言葉を発していない。

 何かのアイコンタクトでもやっているのかと思ったが、たかが旅人を襲撃するためにそこまでしないだろう。第一、意味がない。

 なら、こいつらはどうやって意思疎通をしているんだ? 


 そう思った時、あんまり人道的ではない、ある方法が頭をよぎった。

 流石にそれはないはずだが、万一ということもある。


「風薫。気をつけてくれ。こいつらなんか様子がおかしい」


「……ご主人様も気付きましたか。私もつい先ほど分かったんですが――

 この人達、目に意志が宿っていないんです」


「意志が、宿ってない?」


「はい。まるで夢遊状態で戦っているみたいな、そんな雰囲気なんです」


 要領を得ないが、とりあずこの山賊は普通じゃないな。

 何かを仕掛けられても対応できるよう、細心の注意を払う必要がありそうだ。

 と、俺が風薫と話していた刹那、山賊たちが三方に散った。

 風薫の言った通り、頭領を含む3人は、包囲しながらの波状攻撃を狙っているようだ。


「利口ですね」


 笑み混じりに風薫は言い捨て、右方向から迫る山賊に剣を定める。

 どうやら、波状攻撃を仕掛けられる前に、敵を各個撃破する思惑らしい。

 風薫は両手を顔の横に運び、典型的な刺突の構えを取った。


「――竹中撃剣術・『偃臥』」


 そう言って、木刀を山賊の鳩尾に叩き込んだ。

 強烈な回転を加えた刺突が、山賊の急所を直撃する。


「……かっ、はっ?」


 山賊は口をパクパクと開いて、そのまま倒れこむ。

 唾液を口から垂れ流し、そのまま気絶してしまった。


 風薫は、ほぼ同時に左方から強襲してきた山賊に振り向き、一閃を振るう。

 持っていた太刀を下から打ち払い、空手になった山賊の頭部に、柄殴りを加えた。

 あまりにも綺麗な一撃が入った。

 すると山賊は声も上げずにうずくまり、そのまま意識を閉塞させた。


「――さて、残るはあなた一人ですが、まだやりますか?」


「……」


 山賊の顔色は以前変わらないが、もはや勝敗は決した。

 既に5人もの仲間を片付けられたのだ。

 いくら度胸があっても、これ以上は挑んでこないだろう。

 そう思って、俺は風薫の奮闘を労おうと彼女の方に手を置いた。

 だがその瞬間、風薫が急にふらつき出した。

 平衡感覚を失い、前のめりに倒れそうになる。


「お、おいっ!?」


 俺は慌てて風薫の身体を支える。

 風薫は今、奴隷商から逃げる時とは比べ物にならないほど、憔悴していた。

 まさか、体力切れか? 

 いや、それはない。

 さっきまですこぶる元気だったじゃないか。

 敵を千切っては投げ、千切っては投げの奮迅っぷりだったというのに。


「……どうしたんだ? 空腹で倒れそうなのか?」


「いえ、何故か、急にめまいが……」


 フラフラしつつも風薫は剣を握ろうとするが、握力が足りないのか取り落としてしまう。

 そして、俺に体重を預け切った後、苦しそうに呻き始めた。

 俺はまさかと思い、風薫の額に手を当てた。


「……熱いな」


 ……何だ、この発汗は? 異常な熱もある。

 風薫は竹中半兵衛に似て、重病を患ってるとでも言うのか?

 そんな、それは流石にないだろう。血縁関係も何もないと言っていたんだ。

 だが、確認せずにはいられない。


「お前、まさか持病があるのか?」


「……いえ、そんなことはないです。ただ単に、血が足りないだけでしょう」


「……貧血でこんな症状が起きるかよ」


 とりあえず持病がないことが分かって、胸をなでおろす。

 だが、事態は一向に変わらない。


 くそっ、風薫の処置をしたいが、目の前に山賊の頭領が残っている以上、下手に動けない。

 ……どうすればいいんだ。

 混乱で俺が泣きそうになりかけた時、茂みから声がした。

 無言だった山賊とは打って変わって、随分と暢気な声である。


「にゃはははは。剣がどれほど強くても、幻術は避けられにゃいにゃ。

 妖しい月下の夜に、この私が参上ー」


 そう言って出てきたのは、風薫と大して歳の変わらない、軽装の少女だった。

 藁や牧草を繋ぎあわせたかのような、ラフな格好。

 金色に輝く短髪をなびかせ、軽やかな足取りでこちらに近付いて来る。


 ここまでの特徴程度だと、ちょっと髪の色が珍しいだけの、ただの農村少女だ。

 だがしかし、そういう存在と一線を画する特徴を、彼女は身に着けていた。


 金髪の隙間から覗く獣耳、細い腰の下あたりから生えるしっぽ。

 しかも、それらは少女の挙動に合わせてヒヨヒヨと動いている。

 ……どう見ても、ただの人間じゃない。


「……誰だ、お前」


「にゃに? お前、今私の名前を聞いたのかにゃ」


「そうだ。答えろ」


「にゃはは。私の名前を聞いて、生きていた人間はいにゃいにゃ。それでも良いのかにゃ?」


「くどい」


 あまりにも脳天気な対応が、著しく気に障る。

 俺が声を荒げると、少女は鼻を鳴らして嘲笑してきた。


「怒るにゃよ、からかっただけにゃのに。

 いいにゃ、教えてやる。耳かっぽじってよーく聞くにゃ。

 ――私の名前は果心かしんアヤメ。幻術に呑まれた半獣の人間だにゃ」


 少女は満足気に微笑み、しっぽを左右に振り始める。


「……半獣? てか、それより果心って……まさか」


「にゃ? 私の親父を知っているのかにゃ」


 いや、果心って言ったらアレしかいないだろう。

 戦国時代において、果心と名がつく者で、こんな異常な事態を引き寄せるような武将なんて、一人しか存在しない。


果心居士かしんこじ、か?」


「ご明察ー。ただし、母親は人間じゃにゃいけどにゃ」


 果心居士かしんこじ。謎の多い戦国時代の幻術士。

 数々の幻術を使って人々を混乱に陥れ、あの秀吉や怖いもの知らずの松永久秀らをも恐怖に陥れた。

 秀吉の過去を幻術によって暴いた時、殺されそうになったが、ネズミに変身して逃げたという逸話を持つ。


 あの幻術士の――娘か。

 しかもさっきの言い方だと、この少女は獣との混合種であるらしい。

 ……幻術でそんな事が可能なのだろうか。


 謎が多いとは言え、奇天烈すぎるだろ、果心居士。

 でも実際、半獣の少女が目の前にいる以上、疑う余地はない。

 半獣、か。

 その片方の動物って、どう見ても猫だよな。これは。


「それにしても、にゃ」


 少女――アヤメは眉根をひそめて周りを見た。

 未だ硬直している山賊頭領を視界に収める。


「本当に役に立たにゃい奴らだにゃ。

 元々期待はしてにゃかったけど、ここまでやられると気分が穏やかじゃにゃいにゃ」


 そう言って、胡乱な眼で佇む頭領に近づく。

 そのまま鋭利な爪で、頭領の首を掻き切った。

 皮膚、肉、そして骨が寸断される音が、生々しく響く。


「……ぇ、はっ……ひゅ……?」


「良かったにゃ。これで幻術から解放されるじゃにゃいか。

 ――ついでに、人生からも解放されたけどにゃ」


 喉笛に重大な損傷を負った山賊は、そのまま地に沈んでしまった。

 もう二度と動こうとはしない。

 なるほどな、またしても悪い予感が的中だ。

 この山賊たちは、あのアヤメという少女に操られていたようである。

 洗脳にも似た暗示か、そんなところだろう。少なくとも、俺にはできない芸当だ。


「……ふん、他の奴は生きているのかにゃ。

 殺せばよかったのに、随分と甘いことをするもんだにゃー。

 不殺を誓う青年淑女にゃのかお前らは」


 退屈そうにあくびをするアヤメ。

 暗い闇夜の中で猫のように眼が光っている。

 彼女がこちらに意識を向けてきた所で、俺は話しかけた。


「さて、用が終わったんなら通してくれ。俺らはそんなに暇じゃないんだ」


「にゃ? それは無理だにゃ。

 この森に入り込んだ人間をむざむざ通すのは、私の趣味じゃにゃい」


 大きく伸びをしながら、アヤメは俺の提案を拒む。

 随分と素っ気ないな。


「こいつの調子を狂わせたのは、お前か?」


「そうだにゃ。私がお楽しみの時に、抵抗されたら困るんだにゃ」


「……そうか。風薫に何をしたのかは知らないが、とりあえず解け」


 なによりもまず、これが先決だ。

 俺の腕の中で荒い息をついて苦しんでいる風薫をこれ以上見るのは、嫌だ。

 幻術だか呪いだか知らないが、さっさと解いてもらわなければ。


「断るにゃ」


「……何故だ」


「人が苦しんで死ぬ姿が、山での唯一の楽しみにゃのだ。

 それに、死体は幻術の生贄に使えるから、手放す気はにゃい」


「そうか……なら、実力行使しかないな」


 そう言って、俺はアヤメを睨みつける。

 何の役にも立たないが、俺は目に敵意を込めるのが得意だったりする。

 それが功を奏したのか、アヤメは瞬時に俺の敵愾心を悟った。


「にゃ? 私に挑む気かにゃ。

 酔狂もいい加減にしにゃいと、ここで殺すかもよ?」


「やってみろ猫耳娘。

 どこの喫茶店から逃げ出してきたのかは知らんが、屈服させて土下座させてやるよ」


「屈服? 土下座? 

 にゃは、にゃはははははははははははははは!

 私に、そんにゃことをさせるつもりかにゃ。

 ――だけど、そんな事が出来るかは別問題にゃよ」


 アヤメは俺を嘲るようにして笑い、長い舌をチラつかせる。


「楽しいにゃー。私は親父の掛けた幻術のせいでこの森から出られにゃい。

 だから娯楽はこれくらいしかにゃいんにゃ。

 分かった、その挑戦、受けて立ってやる」


 そう言って、アヤメは立ちふるまいを改め、隙のない姿勢になった。

 彼女なりの臨戦態勢、といったところか。

 それを見て、俺は風薫をゆっくり地面に下ろす。


「悪い、この木刀借りるぞ風薫」


 すると、風薫は弱い力で俺の裾を掴んできた。

 先程の活躍は、この猫耳少女のせいで見る陰もなくなっている。

 その姿を見ていると、酷く胸が痛む。


「……やめてください。その少女は、只者じゃないです」


「見りゃ分かるよ。けど、ここはこうするしかないだろ。少し休んでてくれ」


 俺は、風薫が大木よりへし折った木刀を握る。

 ……重い、気を抜いたら落としてしまいそうだ。

 こんな木刀を、あいつは使ってたのか。


「躾が足りない猫が。調教して二度とそんな口が聞けないようにしてやる」


「にゃはは。お前を負かした後、どうするかにゃー、悩むにゃー」


 『旅人の墓場』での第2戦、詐欺師対半獣。

 最初から勝敗が見えているに等しい戦いが、突如幕を開けた。


 

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