第十四話「旅人の墓場通過中」
「なるほど。それでこの世界に、ですか」
俺がこの世界に来た事の顛末を語ると、風薫は感慨深げに頷いた。
「ご主人様の世界では、日の本の形が上下逆なのですね」
「ああ。蝦夷が北で、琉球が南なんだ」
「暑い琉球……あんまり想像できないです」
「そうか?」
俺としては道産子が海でキャッキャウフフしてたり、うみんちゅが鬼気迫る勢いで雪合戦してるほうが想像できないんだけどな。
「さて、ご主人様は一体どちらへ向かっているのですか?
この山の中では、地図も役に立たないかと」
「ああ、一応もう決まってるんだ。目指す先は出雲。
そこにいる巫女さんなら、俺がどうしたら元の世界に帰れるか分かるらしい」
まあ最も、帰還の方法だけなら、あの京都の巫女も分かってたんだろうけどさ。
いかんせん意地が悪かった。教えてくれないどころか、説教までされる始末だ。
――あなたはもう少し、人に甘えることを覚えたほうがいいですよ。
甘える、ね。
簡単に言うが、俺には人への甘え方も分からないと言うのにな。
人に害ばっか与えてきた俺を許容してくれる人間なんて、そうはいない。
この少女――風薫も、いつか俺に失望してしまうのだろうか。
それは、嫌だ。嫌だけど、現状じゃどうしようもない。
俺が変わらないことには、事態は一歩も進展しないのだ。
「なるほど、出雲方面に行くんですか。
……でもご主人様、それには一つ問題があります」
「…………」
「ご主人様?」
風薫が心配そうに顔を覗きこんでくる。そこで俺の意識が現実に戻った。
心配をかけさせてはいけない。すぐに顔を明るくして、風薫に平静を伝えた。
「……ん、ああ悪い。考え事してて聞きそびれちまったみたいだ」
「大丈夫ですか? 顔色が悪いですよ」
「いや、何でもないんだ。それで? 何か気になることでもあったか」
「いえ……出雲を目指しているのでしたら、すぐに下山したほうがいいです」
「……そりゃまた何で」
「この山は――『旅人の墓場』と呼ばれているんです。
現地の人がつけた俗称なんですが、その名に違わぬ危うさを持ってます」
「というと?」
「早い話、京都近郊で山賊が一番多いところです」
「……わーお」
山賊。そういえば、この戦国時代にはそんなもんがいるんだっけか。
正直、俺の実力だと下っ端相手に一対一でも、負け越す自信がある。
その上、今はスタンガンが冷却中のため使えない。
準備もクソもない状態で飛ばされてきたから、武力面ですごい不安が残ってるな。
「確かに、この道を突っ切れば出雲への最短距離になります。
しかし、山賊の出没率は全国でも指折りだと聞きますが……」
「ぃよし、下山するか」
ひらりと踵を返す。
すると風薫はうんざりと言わんばかりに顔をしかめた。
「えぇ……。やっとの思いで登ってきたのに、まだ歩くんですか」
「ここまでほとんど俺が背負ってきたんだろうが。文句を言うんじゃない」
「それなら、下山時もおんぶしてください」
「俺に死ねと、お前はそう言ってるのか?」
「いいじゃないですか。大して困りませんよ、私は」
「そりゃそうだろうよ! ふざけるな、却下だ却下」
冗句で言ってるのか本気で言ってるのかわかりづらい。
どちらにせよ、俺にとって苦痛を伴うことであることは確かだ。
「冗談です。でも、これから下山するにも、お腹が減って辛いんですが」
「言うな……俺だって辛いんだ」
言われてみて気づいたが、もう丸一日近く何も食べてないよ。
最後に食べたのは、スルメ2本とビールだったか。量が少ない上に不摂生だな。
「確かに、この道を突っ切れば早いんだろうが……」
装備が心もとなさ過ぎる。スタンガンはお察しの状態だし……。
用心棒の一人や二人を雇っていれば、「先生お願いしゃあーす」「任されよ」が出来て恐れることもないのだが。
俺の傍にいる味方は、いかんせん細腕の少女。
先程は妙な動きを見せて剣戟を止めたが、明らかに体格が戦闘向きじゃない。
山賊の相手をしろなんていうのは無茶だろう。
仕方がない、ここはやはり逃げの一手か。
「危ない橋は渡りたくない。
手遅れになる前に帰るぞ。撤収だ撤収」
「……そうですねー。手遅れになる前に撤退するのは良策です。
でも、もし手遅れになった後だったとしたら、ご主人様はどうしますか?」
「あぁ? 何言って――」
妙に言い含むような口調になったので、俺は足を止める。
風薫が指差す方向――つまりは先ほどから通ってきている道を振り返ってみる。
するとそこには、武装した少女達の姿があった。
人数は5,6人。
傾きかけた日が、道を塞ぐ少女達を照らしだす。
「…………」
どうやら、恐れていたことが実現してしまったらしい。
詐欺師と策士(の娘)は、完全に退路を断たれてしまっていた。
「……マジかよ」
生気がなく濁ってはいるが、少女達の瞳は好戦的な光を宿していた。
俺は右ななめ後ろに控える風薫を庇うようにして、対策を立てる。
こちらの挙動を警戒してか、山賊らしき少女達は動かない。
「……どうするよ」
「どうするもなにも。返り討ちにすればいいじゃないですか」
風薫は「何で当たり前のことが分かんないんだコイツ」といった目で俺を見てくる。
「馬鹿か、武器を持ったのが6人だぞ? 俺のスタンガンに期待されても困るからな」
「あんな非効率的なものに期待しません。
亡国の士とはいえ、私は武士です。刀を使って対抗します」
そう言って、風薫は傍に生えている木に近寄った。
朽ち果てて長いと思われる木は、人の腕ほどもある大きな枝を持っていた。
「何をするつもりだ?」
「ご主人様が刀を持っていないようなので、自分で調達します」
そう言って、風薫はその枝に手をかけた。
……まさか、枝をへし折って剣代わりにする気か?
それは無茶だろう。その細腕で、どうやって枝を切断するのか――そう思っていたが、風薫は表情を帰ること無く、その太い枝を思い切りねじった。
――バギャッ
チープで乾いた音が、山中に響き渡る。
腕をもぎ取られた大木が、風薫のした行動が現実であることを認識させた。
……まただ。またこの少女は、出処すら分からない馬鹿力を出す。
その力は異常にも程があるだろうに。
「さて、痛みによる絶叫。それに伴う悲鳴。
そういうのを感じたくないのでしたら、ご主人様はそこに伏せていて下さい」
――すぐ、終わりますから。
そう呟いて、風薫は山賊達に近づいて行った。
彼女の接近に、山賊の顔が緊張で強張る。
「元斉藤家兵法指南役・現伏見春虎策士、竹中風薫――参ります」
いつの間に決まったのか知らない名乗りを上げる。
どうやら、戦いの火蓋が切って落とされたらしい。




