第十三話「同行者が一人」
街を駆け抜け村を走り抜け、森の深い茂みの中まで来てようやく止まった。
不運なことに、走りくる途中で虚無僧帽子が脱げてしまった。
かと言って拾うわけにも行かず、そのまま置いてきてた。
ごめんね農婦のおばさん。
でも一応役に立ったよ、全然無駄じゃなかった。
後ろを振り向いて、追っ手が来てないことを確かめる。
ふむ、可愛らしい少女の姿が映るだけで、他に異常はない。
俺は風薫をゆっくり地面に下ろすと、激しく咳き込んだ。
「はぁ……はぁ。ゲホッ、ゲホッ。
っく、常日頃から長距離走をサボってたツケが、ここで回ってきたか」
正直、長距離走とか大嫌いだからな。
マラソン大会なんてのがあった日には、疲れた途端コースアウトして、水道の蛇口に一直線するほどだ。
体育の評定が悪かったのは、多分この辺の授業態度が原因だったんだろうな。
「……ありがとうございます」
吹き出す汗を拭い、乱れた裾を直していると、風薫が話しかけてきた。
「あ? 何が?」
「いえ、助けてくれてってことです。ここまで背負ってくれたことも含めて」
ほぉ、律儀だな。
そのままどこかに行ってしまっても、別に大して気にしないんだが。
「良いよ、軽いから大して苦にもならなかった」
前半は真実だが、後半は誇張が入っている。
もうこの森の中に入ってくるまでに何度死にかけたことやら。
体重云々の前に、走ることが辛い。自転車に頼りすぎた結果がこれか。
「それにしても……男だったんですね」
風薫が俺の顔をまじまじと見つめてくる。
あんまり悪い気はしないが、見世物みたいで何か抵抗がある。
「ああ、この世界じゃ珍しいらしいな」
「この世界?」
俺が流れの中で漏らした言葉に、風薫が反応する。
まさか信じないとは思うが、一応事情を掻い摘んで説明してみる。
「そう、この世界。俺は意味不明に次ぐ意味不明な事態によって、こんな所に飛ばされてきたんだ」
……うん、掻い摘んでっていうか、説明自体が意味不明だったな。
「それは――」
風薫の口が半ば開く。
恐らく続けられる言葉は『嘘ですね』だろうな。
まあ当然だけど。こんな話、信じろって方が無茶だ。
俺的にも、未だにこの事実を認めたくないし。
「それは、大変でしたね」
「……は?」
風薫は憐憫の目でこちらを見てくる。
そこには誇張や嘲りなどの負の感情は、一切混じっていない。
「いえ、何があったかは知らないですけど、その態度を見るに相当大変だったんだろうなって」
む、この少女。疑ってないのか?
いや、違うか。この感じは、理解した上で同情しているという風だ。
「って、あっさり信じるのかよ」
「心外ですね。私はかなりの高確率で嘘を付いているかいないかの判別ができるんですよ? 今の発言に虚偽は含まれていませんでした」
嘘の発見。
つまりは人工嘘発見器か。
何? そんな上等技術を駆使できるというのかお前は。
そういえば、何かの心理学の本で読んだことがあるが、読心術を極めた達人程になると、大体の応答の嘘が分かるそうな。
風薫は、自分がそうだとでも言うのか?
嘘をつくようには見えないが、半信半疑にならざるをえないな。
試してみるか。
「……読心術ね、そりゃすごいな。ところで聞いてくれ。俺は実は女なんだ」
「嘘です」
見破ったか。
……まあ、これくらいはな。男だってカミングアウトしてるし。
ていうか、見た目どう見ても男だし。
「俺の年齢は20なんだ」
「嘘です」
おお? これを嘘と見抜くか。
適当に言っている可能性も否定できないが、これはすごいな。
俺はよく、高校生には見えないって言われるんだけどな。
それは多分、俺が漂わせてる雰囲気が問題なんだろうけども。
「……む、ほんとに分かるのか。実はな、俺はこう見えて剣術の達人なんだ」
「嘘です」
……うわあ。ちょっとヘコんだ。
まあ当たり前か。
逆に俺が剣風吹き荒ぶ戦場を遍歴してきたなんて評価を出したら、それこそ眼と頭を疑うレベルだ。
「俺は婚約者が4649人いるんだ」「嘘です」
今作業のように流したよな。別にいいけどさ。
さて、ここで一つギミックだ。
真実を一つだけ織り交ぜる。
これで『嘘です』が出たら全力でインチキ扱いしてくれる。
「実は今日が母さんの命日なんだ」
「…………。ご愁傷様でしたね」
胸に手を当て、風薫は目を伏せて不幸を憐れんだ。
そんな対応をされては、仕掛けたこっちの胸が痛くなるんだが。
「参った、何で分かるんだお前」
俺が無条件降伏宣言を出すと、風薫は俺のモラルを指弾してきた。
ここに来てなお追撃をするようだ。
「そんな事より、こんな茶番に身内の死を出しますか、普通」
「じゃあ普通じゃないんだろ。普通でなくて結構」
俺は言い切った。事実なので、特に否定をする必要はない。
「……歪んでますね」
一つ呟いて、風薫は足を運ぶ。
後ろからカサカサと草木を掻き分ける音がする。
風薫の足取りは、俺の後ろをピッタリとついて来ていた。
まるでSPか超接近型ストーカーに付かれているようだ。
「良いけどさ、お前何でついて来てるんだ?」
「……え?」
風薫は心外といった顔をする。
「いや、えじゃねえよ。むしろこっちが『え?』って言いたいわ。
もう奴隷生活を卒業して自由になれただろ。何で元いた場所に帰らないんだ」
「だって。帰ろうにも、帰る場所がないです」
「ああ、そういえば……斎藤家が潰れたって言ってたな」
「はい、足利家に攻め滅ぼされました」
「そりゃキツイな。身内に捕虜は出なかったのか?」
「父上以外とはあまり親しくなかったので、良く知らないのです」
「あ、そう」
そうだよな。
この時代の養子って、あんまり他の親族とかと仲いい奴って少ないし。
家督争いの時なんか火のような勢いで対立するからな。
「というよりも、私があなたについて行ってはまずいのですか?」
「……その言い方、まさか俺に同行しようってんじゃないだろうな」
「奴隷は本来、買われたら主人に忠誠を尽くすものですよ」
「そうかい。ならこの瞬間契約消滅。はいクビクビ。
もう奴隷でも何でもないお前は、好きな所に行っていいぞ」
「分かりました。ではあなたについて行きます」
「何故そうなるっ!?」
ちょっと待て、何かおかしいぞ。
頭が混乱してきた。これが策士の力か、恐るべし。
「いや、好きな所に行けって言ったじゃないですか」
「言ったけどさ。意味が根本的に違うし……。
というより、何でそこまで頑なについて来ようとするんだ」
「それは――」
風薫は言い淀むようにして俯く。何だろう、何か言い難いことなのか。
そうだとしたら無神経なことを聞いてしまったかもしれない。
「また父上のご遺言か?」
すると、風薫は強い口調――というよりも、確信に満ちた声調で否定してきた。
「いえ、違います。あなたに同行したいというのは、私の意志です」
「……意志?」
「はい。私は受けた恩を、そのまま野放しにしたくありません。
行く宛もないのですから、誰かと一緒にいる方が都合がいいのです」
ふむ、確かに一理ある。
別に恩なんて気にして貰わなくていいのだが、本人がそう言うのならば仕方がない。
だが、少し助けられただけで同行しようなんて言い出すのはなぁ。
すりこみにも似た効果でも発揮されてるのか?
「……鳥頭か」
「……とり?」
「いや、何でもない」
危なかった。本音が漏れる所だった。俺らしくもない。
風薫のこの邪気のない所が、どことなく身近の少女に似ていて、つい猫を被ることを忘れてしまう。
本心を出すのは、危ないというのに。
「だけどさ、俺はこの世界に長居する気はないんだ。
元の世界に戻れると知ったら、お前を問答無用で置き去りにして帰ると思うぞ。それでもいいのか?」
「望むところです。この竹中風薫、この身が果てるまであなたに尽くします」
拳を握りしめて強く頷く。
どうやら何かのスイッチが入ってしまったようだ。
どこかの学習塾の宣伝みたいに爆走しなければいいのだが。
「それでいいのかよ。……って、今なんて言った? 尽くす?」
「はい。助けて頂いた恩もありますしね。
多少不本意なことでも、私にできることなら何でもして差し上げます」
天使のような笑顔と共にそう仰る。
男が減少傾向にある中で育ってきたからかもしれないが、ちょっと警戒心が薄くないか?
いやまあ、騙されるようなことは無さそうなんだけどさ。
例えるなら、どこか大事な所で人に貶められてしまいそうな、そんなイメージ。
「そうかい。けどそのセリフ、あんまり男に言ったりするなよ。
十中八九違う意味で取ると思うから」
「……? 分かりました。
あと、私から一つお願いがあるのですが――」
来たよ。お願い。
俺が仕事中に一番使う言葉であり、それを聞く時は細心の注意を持って接さねばならない。
『お願い』の魔力は侮ってはいかん。それで金を貢いでしまい、首を吊った男もいる。
「ん? 何だ、金なら貸さんぞ」
俺が辛辣に断ると、風薫は軽蔑するような目で見てきた。
辛辣に対して軽蔑、これはこれでバランスが取れているのかもしれない。
「違いますよ。名前ですよ名前。教えてください。
これから一緒に旅をするんですし、名前を知らないと不便かと」
「ああ、そうだな。俺の名前は万事院田吾作だ」
「嘘です」
……う、いつもの癖で流れるように嘘をついてしまった。
しかも見破られてしまった。恥の二乗だ。
「……いやだな、そのスキル」
「父上はもっとすごかったんですよ。
無条件で相手の心を読んでましたから。父上の前では思考が筒抜けでした」
「うわぁ……半兵衛怖いな。会ってはみたかったけど、友達にはなりたくないな」
「あなたの名前は?」
どうやら嘘をついても無駄であるようなので、素直に答えることにする。
素直、これは世の中で一番角が立ちにくい性格だ。
同時に一番騙されやすい性格でもあるが。
「伏見春虎。大して名前にこだわりはないから、好きな方で呼べよ」
「分かりましたご主人様」
「………………」
「どうしました、ご主人様?」
「待て、落ち着け。己の行動を鑑みろ」
いや、ご主人様って言葉や概念はこの世界にもあるんだろうけど、流石にそれはない。
お前は俺の社会的地位を根本から引き倒すつもりか。
折角お巡りさんに捕まらないように抑えてきてたのに、全く違う罪状で俺を刑務所へ連行させる気か。
「……何か変なことを言いましたか? ご主人様」
「いや、現在進行形で言ってるからな。
名前を教えたのに、何でそんなアバンギャルドな呼び方になるんだ」
「いえ、立場上こっちのほうが良いかなと。
助けてもらっておいて名前を口にするのは、流石に失礼かと思いまして
対等じゃなくてこちらが一つ立場を下げる、みたいな」
「なら何で名前を聞いたんだお前は!」
何が『みたいな』だ
見事なまでに教え損だよ。
嘘を看破されまでして名前を教えた苦労は何だったんだ。
「単なる興味です。もっとご主人様のこと知りたいですから」
そう言って、風薫は爽やかに微笑む。
木々の隙間から差し込む光が銀髪を淡く照らし、神秘的な美を創り出す。
いや、悪くないな。
「……そうかい、まあいいけど。
ただし、俺のことを知りたくても、俺が答えるとは限らないからな」
「嘘です」
「……っく! 嘘じゃない」
頼むからそこは捻くれ者で通させてくれ。
正直これでも本心を相当さらけ出してる方だから、かなり辛いんだ。
これ以上露出したら精神を病むかもしれん。
「誤魔化せませんよ。視力は良い方です。
天守閣から大将首の顔を視認できます」
「それはそれですごいけど、心読むのに視力関係なくないか?」
「……そういえば、そうですね」
小首をかしげて不思議がる。
何というか、半兵衛の養子ってことは兵法とかもかじってる可能性があるんだろうけど、この様子ではどうも察しづらい。
あと、先程のトロール店長の一撃を止めた件も、まだ未解決のままだ。
追々その辺も探ってみるかな。
「……はあ。まあ良い、行くぞ」
「はい。どこまでもついて行きます」
一人同行者を増やして、俺は深い山中を進む。
この少女の同行を許したのが吉と出るか凶と出るか、この時点ではまだ分からなかった。




