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うなぎLOVE聖女の辺境日常生活 ~鰻重、うな串、白焼き重。思うがままに食べていたら、世界を救ってしまいました~  作者: 乃日眞仁


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うな重(松)

 目の前に置かれた重箱の蓋を、少女はゆっくりと開けた。


 ふわりと立ちのぼる湯気の向こうに、艶やかに照り輝く蒲焼が、白飯を隠すかのように敷き詰められている。身はふっくらと厚みがあり、皮目には炭火で焼かれた焦げ目がついている。表面のタレは飴色に近い濃い茶色。傾ける角度によって深紅にも見えた。蒲焼の隙間からのぞき見える米粒はつやつやと光っている。


 香ばしい匂いが、狭い店内いっぱいに広がった。


「……これが」


 白い聖衣に身を包んだ少女――ルチア・ソレイユの声が、小さく震えた。


「いただきます」


 箸を手に取り、蒲焼とご飯を一緒に一口分切り分ける。そして、それをそっと口に運んだ。


 噛んだ瞬間、ふわりとやわらかい身がほどけた。脂の甘みとタレの香ばしさが、口の中いっぱいに広がる。ご飯と一緒に味わえば、そこにコクの深さが折り重なるように追いかけてきた。皮のぱりっとした食感も溜まらない。


「はあ……」

(ええっっ!?なにこれ!?美味しい!美味しすぎるっ!マジなにこれなにこれなにこれ!)


 ルチアの口から、深い満足のため息がこぼれる。聖女としての矜持がかろうじて外面を保つが、内面はお祭り騒ぎであった。


 二口目は、あえて鰻だけを箸で取り、じっくりと味わった。皮目の焼きの風味が際立ち、続いて鰻の身のコクが舌の上でとろけるように広がる。三口目は、鰻とご飯とタレをまとめてすくい、口いっぱいに頬張った。タレの染みたご飯が、鰻の脂を受け止めて、また違う旨みを生み出している。


「美味しいです」

(これ、すごすぎない?香ばしさが先に来て、そのあとを追いかけてくる身と脂のうま味ったら。皮はぱりっとしているのに、身は驚くほどやわらかい。食べたことない!こんなの!)


 さすがは聖女の修業を潜り抜けただけはある。ルチアは完璧に自分の外側と内側を分けてみせた。


 カウンターには、小さな容器が置いてあった。山椒の入れ物だ。ルチアはまだそれに手をつけていない。何らかの薬味であることは想像できるが、まずは鰻そのものの味を、余計なものを足さずに確かめたい。


 この後、彼女は知る。この重箱には、もうひとつの顔があることを――。


 ◆◆◆


 時間は、半日ほど遡る。


 辺境都市フォレステッジは、深い森を背負うようにして立つ、防柵の街だ。


 城壁ではない。丸太を隙間なく組み上げただけの、武骨な防壁。石造りの家々が身を寄せ合い、軒を連ねる。その向こうに広がる森は、昼でも薄暗く沈んでいた。旅人はこの森を「呑む森」と呼んで恐れる。森の際に踏みとどまるようにして築かれた街、それがフォレステッジという名の由来だった。


 その森からやってくる魔獣たちが、この街の最大の悩みの種。


 ガラガラガラガラ


 荷馬車が街の中央、辺境伯領庁前の広場に停まった。石畳を敷き詰めた広場には露店がいくつも並び、がやがやとした呼び込みの声が、そこかしこから重なり合って聞こえてくる。乾物や織物、鍛冶屋の道具までが所狭しと積まれたその広場の奥に、灰色の石造りの建物がどっしりと構えていた。領庁だ。旗竿には辺境伯家の紋章旗が、パタパタと風を受けてはためいている。


 扉が開き、白い聖衣をまとった少女が降り立った。


 淡い金の髪が風に流れる。翠の瞳が広場の様子をゆっくりと見渡した。名をルチア・ソレイユという。今年で十八歳になる、この街に新しく赴任してきた聖女だ。


 清廉そのものといった佇まい。露店の商人たちが手を止め、道行く住民たちが足を止めて振り返った。誰もが思わず息を呑む。


「ようこそいらっしゃいました、聖女様。お待ちしておりました」

「こんにちは」


 出迎えた辺境伯領の役人が、深々と頭を下げる。名をベルナルドといった。恰幅のいい中年の男で、額には玉のような汗が浮かんでいる。


「フォレステッジへの赴任、まことにありがとうございます。さっそくで恐縮ですが、この街の現状をご説明させてください」

「お願いします」


 ルチアは表情を引き締め、まっすぐにベルナルドを見た。


「この街は、ご存じの通り森のすぐ際に位置しております。ここ最近、魔獣の出現頻度が、以前に比べて明らかに増えているのです。防柵の修繕も追いつかず、住民の不安も募る一方でして」

「被害の規模はどのくらいでしょうか」

「幸い、死者は出ておりません。ですが、負傷者や、畑を荒らされた農家は少なくなく……」


 ベルナルドの説明は、詳細かつ具体的。ルチアは相槌を打ちながら、真剣な顔でそれを聞いた。


「街の防衛については、警備隊が対応しておりますが、いかんせん人手が足りません。そこで、聖女様のお力添えをいただければと」

「承知しました。まずは街の様子を、実際にこの目で見て回りたいのですが」

「もちろんです。ご案内いたします」


 広場から続く大通りを歩きながら、ベルナルドが街の説明を続ける。


「こちらが市場通りです。奥に見えますのが、井戸と共同の水場」

「あちらの、高い塔は」


 ルチアが指差したのは、街の北側にそびえる石造りの塔だった。他のどの建物よりも高く、上部には見張り台のような張り出しが設けられている。


「あれは見張り塔です。街で唯一、森の様子を遠くまで見渡せる場所でしてね。常時二人の見張りが交代で詰めており、魔獣の接近を確認すると、備え付けの大鐘を鳴らして街中に知らせる仕組みになっています。あの鐘が鳴ったら、それは緊急事態だとお考えください」

「わかりました」


 ルチアは塔を見上げ、静かにうなずいた。


「それから、あちらの路地の先には……」


 ベルナルドが指差そうとした、その時だった。どこからか、香ばしい匂いが風に乗って流れてきた。甘辛く煮詰めたタレのような香りと、炭で何かを焙るような、こんがりとした匂いが混ざり合っている。今まで嗅いだことのない匂いだ。ルチアの足が、ふと止まる。



(これは!すごくいい匂いです!ダメです!今はお仕事中です。匂いを気にしている場合ではありません。気にしている場合では……ないのですが、これは、ああっ気になる)

「……いい匂いがします」

「え?ああ、路地の奥に食堂か何かがあるのかもしれませんね。この辺りは細い路地が多く、私も全部を把握しているわけでは」

「そうですか」


 ルチアは短くそう答えたが、視線はしばらく路地の奥へと向いたままだった。匂いの元がどこにあるのかまでは、この時点ではわからない。ただ、この街のどこかに、とてつもなく美味しいものがある。その予感だけが、確信に近い形で胸に残った。


 ルチアは美味しものに目がない。それには理由がある。


 聖女としての修行は、幼い頃から厳しいものだった。感情を律すること、人前では常に完璧な聖女であること、私情を挟まず職務を全うし、喜びも苦しみも表に出さず、淡々と役目をこなす日々。その中で、唯一、誰に咎められることもなく自由でいられたのが、食事の時間だった。ルチアにとって、美味しいものを味わう時間は、何ものにも代えがたい救いの時間なのである。


 ベルナルドの案内は続いた。武具屋、宿屋、薬屋、警備隊の詰所。一つひとつつぶさに説明し、ルチアもきちんと相槌を打つ。案内が半分ほど終わったところで、突如、カンカンカンと北の見張り塔から鐘の音が鳴り響いた。


「聖女様、これは……!」


 ベルナルドの顔が青ざめる。


「防柵の外に、魔獣が出た合図です!」

「わかりました。案内してください」

「は、はい、このリズムならこちらの方向です!」


 ベルナルドが先に立って走り出す。ルチアは聖衣の裾を翻し、迷うことなくその後を追った。


 防柵の外に現れたそれは、規格外の大きさをしていた。


 その魔獣、アイアンシェルの艶やかな黒褐色の甲羅が陽光を鈍く弾く。六本の太い脚が地面を踏みしめるたび、土埃が激しく舞い上がった。頭部から覗く、鋭い牙。丸太の防壁へ、狂ったように体当たりを繰り返す。矢を射かけ、魔法を撃ち込もうとも、すべては表面を滑るだけだった。分厚い隙間から漏れる、荒い息遣い。その衝撃に、防柵全体がびりびりと震える。


 警備隊の男たちは勇敢に戦っていたが獣は全くひるむ様子がない。住民たちはすでに避難を始めていたが、逃げ遅れた老婆が防柵のすぐ内側でうずくまり、恐怖に肩を震わせている。


「もう大丈夫です」


 駆け付けたルチアが老婆のそばに片膝をつき、静かに声をかけた。それから立ち上がり、甲殻魔獣へと向き直る。


 淡い金の髪を風になびかせ、翠の瞳で魔獣をまっすぐに見据えた。


 ルチアが右手をすっと掲げる。


 そして、「聖声の福音」――心に直接言葉を届ける、ルチアの聖女の力を、彼女は静かに解き放った。恐慌状態の魔獣にも、怯えきった住民たちにも、等しく優しく言葉をかける。心に直接届ける言葉は言語を解さない魔獣に対しても感覚として届く。この場にいる全員が安らかな落ち着きを取り戻していった。


 アイアンシェルの暴れる動きがぴたりと止まる。牙を鳴らしていた口が閉じ、六本の脚が力を失ったように地面へ落ち着いた。次の瞬間、魔獣はくるりと巨体を反転させ、来た道を森へと戻っていく。


 防柵の周りに、静寂が満ちた。


 警備隊の男たちが顔を見合わせ、それから歓声を上げる。住民たちが次々と顔を出し、ルチアのもとへと駆け寄ってきた。


「もう大丈夫です。お怪我はありませんか」


 声をかけると老婆が涙ぐみながら何度も頭を下げる。他の住民たちにも一人ずつ声をかけ、怪我の有無を確かめていった。


「聖女様、なんという威厳……!さすがは聖女様だ!」


 警備隊の隊長らしき男が、感激した様子で駆け寄ってくる。


「いえ、それほどのことでは。私には討伐はできませんし」


 ルチアは謙遜しながらも、確かな充実感を胸に抱いていた。困り事は片付いた。あとは――。


 視線が、ふと路地の方角へと向く。


 先ほど嗅いだ、あの何かが焼かれている香り。まだ確かめていない。今なら行ける。

(ああ!どんなものがあるのでしょうか。気が早ってしまいます。落ち着いて落ち着いて)


「ベルナルドさん、少し街を見て回ってから領庁に戻ります」

「え、あ、はい。それでは私は先に戻って、お部屋の準備を……」

「よろしくお願いします」


 ルチアはベルナルドと別れ、細い路地へと足を踏み入れた。


 路地は思っていたより奥まで続いている。石畳は磨り減り、両脇の壁には蔦が這っていた。人通りはほとんどない。だが、進めば進むほど、あの匂いが濃くなっていく。甘辛いタレの香りに、炭で炙るような匂いが混じり、時折、じゅう、と何かが弾けるような音まで聞こえてきた。


 そこから路地の奥に目をこらすと、古びた暖簾がひとつ、ひっそりと揺れているのが見える。文字は掠れて読みにくいが、そこから漂う匂いだけは、はっきりとルチアの鼻先に届いていた。


(このお店のようです)


 暖簾をくぐると、狭い店内にカウンター席が並んでいた。カウンターの向かいでは無口な店主が、黙々と何かを焼いている。炭火の上で身をよじる細長い何かから、じゅうじゅうと脂が弾ける音が響き、白い煙とともに濃厚な香りが立ちのぼっていた。あの匂いの正体は、これだ。ルチアは確信する。


「いらっしゃい」


 店主が短くひと言だけ告げる。低く、渋い声だった。


「あの……失礼ですが、これは何のお料理でしょうか」


 ルチアはカウンターの端に立ったまま、正直に尋ねた。焼かれているものの正体が、まるでわからない。細長く、黒々とした照りをまとったそれが、串に刺されて炭火の上で転がっている。


「鰻だ」

「うなぎ」


 ルチアは初めて聞く名前を、口の中で繰り返した。


 カウンターの壁には、木の板に品書きが書き付けてある。うな重、白焼き、う巻き、肝焼き――どれも初めて目にする文字ばかりだ。ルチアはしばらくその板を見つめ、それから正直に尋ねた。


「すみません、どれも初めてで……。おすすめは、どちらになりますか」

「うな重が、一番わかりやすい」

「では、それをお願いします」

「松、竹、梅、あるが」

「違いは何でしょうか」

「鰻の量と、重箱の質だ。松が一番多い」

「では、松でお願いします」

「あいよ」


 店主は短くそう答えると、カウンターの奥へと引っ込んだ。ルチアは示された席に腰を下ろし、店の中を見渡す。カウンターの木目は磨き込まれ、長年使い込まれた艶を放っていた。炭火の焼き台では炭がぱちぱちと爆ぜる音を立てている。


 しばらくすると、常連客らしき老人が、ルチアの様子を見て小さく笑った。


「嬢ちゃん、鰻は初めてかい」

「はい。この街に来たばかりで、鰻という食べ物自体を、今日初めて知りました」

「そりゃあ楽しみだな。ここのは、ちゃんと活きた鰻を仕入れて、その場で捌いてから焼くんだ。骨を外して、蒸してから焼く店もあれば、蒸さずに直火でじっくり焼き上げる店もある。ここは前者でな、捌いてから焼き上がるまで、優に三十分はかかる」

「三十分も」

「その分、皮はぱりっと、身はふっくらと仕上がる。急いで作れるもんじゃあないのさ」


 老人はそう言って、自分の湯呑みに口をつけた。ルチアはその話を聞きながら、焼き台の炭火をじっと見つめる。今、あの炎の中で、これから自分が食べるものが、時間をかけて仕上げられている。そう思うと、待っている時間さえも、どこか誇らしいもののように感じられた。


鰻の蒲焼。まず、ぬめりのある細長いうなぎを目打ちでまな板に固定し、背や腹から尾の先まで割き開いて中骨を取り去る。そして、その身に串を打って焼き上げる料理である。身を白焼きにして余分な脂を落とし、蒸すことで身を柔らかく解きほぐしたのち、醤油やみりんを煮詰めた濃厚な秘伝のタレに潜らせては炭火でじっくりと炙り抜く。『串打ち三年、裂き八年、焼き一生』と称される修行の果てに到達する極みの味覚。芳ばしい煙とともに閉じ込められた旨味は絶品で、一口喰らえば甘辛いタレの香気と濃厚な魚の旨みが口いっぱいにほどけて広がる。


 やがて、食欲をそそる匂いが一段と濃くなった。焼き台の上で、タレを絡めた鰻が、じゅわ、じゅわと音を立てて照りを増していく。店主が刷毛でタレを塗るたびに、甘辛い匂いがふわりと広がる。


「お待ち」


 目の前に、朱塗りの重箱がことりと置かれた。


 ――蓋を開けた瞬間の高揚も、皮のぱりっとした食感も、身や脂の味とタレのコクが折り重なる感動も、すでに語った通りだ。ひと口、またひと口と、ルチアは夢中で箸を進めた。あっという間に、重箱の中身はもう半分近くまで減っている。


 隣の老人が、ふとルチアが山椒にまったく手を付けていないことに気が付いた。


「嬢ちゃん、山椒はかけないのかい」

「山椒?」


 ルチアは、カウンターにある容器の存在を思い出した。夢中で鰻を頬張るあまり、すっかり忘れていた。


「こちらは薬味やスパイスのようなものでしょうか」

「そうだ。まあ、かけてみな。俺はかけたのも好きだ。一口目はそのまま、途中から山椒。それだけで、まったく別の顔を見せてくれる」

「別の顔、ですか」

「やってみればわかる」


 老人に促され、山椒をひとつまみほど鰻の上にぱらりと振りかけた。

 四口目を口に運んだ瞬間、それまでとはまるで違う感覚が鼻の奥を突き抜ける。ぴりりとした爽やかな刺激が、脂の甘みの輪郭をくっきりと際立たせ、後味をすっと軽くしていった。口の中に、まったく新しい風が吹き込んだような感覚だった。


「……ぜんぜん、違います」


 ルチアの目が、大きく見開かれる。


「同じ鰻なのに、まったく別のお料理を食べているみたいです。山椒って、こんなに世界を変えてしまうんですね」

「だろう。鰻ってのは、そうやって二度美味しい食い物なのさ」


 老人は笑い、また自分の湯呑みに口をつけた。


 それからのルチアは、山椒をかけた鰻と、まだかけていない一角を交互に味わい、その違いを何度も確かめては、感嘆の声を漏らし続けた。箸が止まらない。重箱の中身は、みるみるうちに減っていく。焼き台の炭がぱちりと爆ぜる音、店主が別の串を返す気配、老人が湯呑みに口をすする音。狭い店の中に、穏やかな時間が流れていた。


 最後のひと切れを噛みしめながら、ルチアはふと思った。この街に来て、まだ半日も経っていない。それなのに、この店は、これまで訪れたどの店よりも、すとんと自分の中に収まっている。長旅の疲れも、赴任の緊張も、この重箱ひとつでほどけていくようだった。この店が、たまらなく気に入った。そう思った瞬間、胸の奥から湧き上がった満足感が、これまでのどの感情よりも強く、大きい。


 その強すぎる感激は、ルチアの中だけには収まらなかった。


(――あああ、美味しかったあ。幸せです)


 老人の頭の中にはっきりとした声が響いた。店主の方を見ると店主もこちらを見てピクリと眉を動かした。あまりの感激にルチアの「聖声の福音」が意図せずルチアの心の声を漏らしてしまったらしい。


 老人と店主は目で会話を交わす。


(なんだこりゃ)

(喜んで頂けたようで)

(ああ、そうだな。口にするのは野暮ってもんだな)


 これは長年の気ごころというやつである。一方、当のルチアは「聖声の福音」の暴走にまったく気づいていない。重箱を空にし、満ち足りた顔で箸を置いたところだ。

 

 外はすっかり夕暮れに染まっている。ルチアは、しっかりと両手を合わせた。


「ごちそうさまでした。とても、美味しかったです」

「どうぞ、また」


 店主の短い返事に見送られ、ルチアは代金を払って席を立つ。暖簾をくぐる直前、もう一度だけ店内を振り返った。炭火の焼き台、木目の艶やかなカウンター、無口な店主の横顔。どれもが、たった今出会ったばかりとは思えないほど、自分の中にすとんと馴染んでいる。


 夕焼けに染まる路地を歩きながら、ルチアはひとりごちた。


「この街への赴任、悪くないかもしれません」


 その声は、先ほどまでの聖女然とした響きとは違う、ただの十八歳の少女のものだ。


 フォレステッジでの日々が、今日、静かに幕を開けた。

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