第42話 セシリアの気持ち
「ドンスタン男爵には僕から手紙を書こう。恐らくだが問題なく承認されるだろう」
ゼオンが笑顔でそう告げると俺は深いため息を吐いて条件を告げる。
「今回は非常事態で時間的な余裕が無かったから一旦承認するが、あくまで仮の婚約だ。この騒動が収まればセシリア嬢にはふさわしい者を選定すべきだと思う」
「グラン先生はわたくしでは不満だと言われるのですか?」
俺の言葉にセシリアは悲しそうな声で問いかけてくる。その目には涙が浮かんでいた。
「前も言ったが、俺とは生きる時間が違うんだ。そのことをよく考えて欲しい」
俺は彼女にそう告げると頭に優しく手を置くがセシリアは納得していないようで、涙を浮かべたまましばらく俺を睨んでいたのだった。
◇◇◇
「――俺とセシリア嬢は急ぎドンスタンの街へと戻るつもりだが、取り急ぎ決まった内容だけでも伝書鳥で男爵へ報告してくれ。拘束している子爵家の三男に接触しようとする者が居るかもしれないからな」
話がまとまった事により俺はすぐさま男爵領へと戻る準備を始める。それに対してゼオンが声をあげた。
「なんだ、もう戻るのか? 一晩だけでも泊まっていけばいいのに」
「そうですよ。グラン様が大丈夫でもセシリアさんの負担となるでしょうからゼオンの言うとおりにした方が良いですよ」
二人の引き止めにセシリアの体調を言われたら反対することも出来ず、俺たちは一晩だけ領主邸にて泊まることになった。
「――ゆっくりとした食事はなんだか久しぶりな気がします」
少し休んだ俺たちをゼオンが食事に呼んでくれた。その場でセシリアが言った言葉に俺は思わず苦笑いを見せる。
「あの三男のせいでばたばたしていたからな。急に男爵には呼び出されるし、こうして領都まで馬車を飛ばしてくる羽目になったからな」
俺はため息をつきながらも、これからの方向性を決めておかなければと思ってゼオンに問いかけた。
「あの三男の扱いはどうする? ゼオン侯爵家の蠟印を押した子爵家宛ての警告状を持たせて帰らせるのが現実的な対処方と思うが、どうだ?」
「そうだな。それで先方が折れてくれれば問題ないが、その三男を魔法で吹き飛ばしたんだろ? それを盾に抗議してくるかもしれないぞ?」
「その時は俺が直接出向いて子爵家を崩壊させてくるつもりだ。なに、見つからないように処理するから心配するな」
「グランさんが言うと本当にやりそうで怖いですよね」
俺の発言にセシリアが頬を引きつらせながらボソッと呟くように言うのが聞こえた。
「心配するな。俺は本気だ」
「まあ、グランならやるだろうな」
「ええ、グラン様なら相手に気取られずに子爵家を壊滅させる程度は簡単でしょうね」
俺が笑うとゼオンとローザも頷きながら肯定したのだった。
◇◇◇
その夜、俺は寝つけずにベランダで夜風に当たっていた。そこに現れたのはセシリアでその手には二つのカップが握られていた。
「どうした? 眠れないのか?」
「それはグラン先生も同じではないですか? これ、紅茶ですが食堂で少しだけお酒を入れてもらっています。最近は忙しすぎて好きなお酒も満足に飲めていませんよね? この程度では変わらないかもしれませんけれど気持ちだけでもと思って……」
「気を使わせてしまったようだ。ありがとう。いただくよ」
俺はセシリアからカップを受け取ると香りを嗅ぐ。紅茶の甘い香りにツンと鼻をつく酒の香りが心地よく感じる。
「いい匂いだ。酒精は強くないが久しぶりに落ち着いて飲む酒になりそうだな」
俺は香りを楽しんだ後でゆっくりと紅茶を喉に流し込む。ブレンドされている酒は高級なもののようで少量ながらもしっかりとした酒の感覚が喉を流れるのが分かる。
「ありがとう。美味かったよ」
俺は紅茶を飲み干すとカップを傍にあったテーブルに置く。そしてセシリアを見て驚くことになる。
「セシリア嬢。まさか君も同じものを飲んだのか?」
「え? そうですけど何か? 紅茶に香つけ程度のお酒を混ぜると言われていたので、わたくしにもと頼みましたけど問題ありましたか?」
そう答えるセシリアの頬は赤く染まり、明らかに匂いだけで酔っているのは明らかだった。
「ふふふ。お酒って少しだけふわふわとした気分になるのですね」
セシリアはグラスを手にしたままフラフラと俺の方へと歩み出す。
「あっ!」
そんな状態で歩けば当然ながらセシリアの足は何もないところでつまずき俺に向けて飛び込んで来た。
「おっとっと。重力操作」
俺はセシリアの手からグラスを抜き取ると飛び散ろうとする紅茶に魔法をかけて宙に一瞬だけ停止させる。そして反対の腕で彼女を抱え止めると身体をねじって紅茶が飛び散る範囲の安全圏へと移動した。
パシャ
俺が避けた瞬間、重力魔法が切れてベランダの床に降り注ぐ。
「ふう。かからなくて良かったよ。いくら魔法で治療出来るといっても熱い思いをするのは嫌だからな」
「あ、ありがとうございます。グラン先生」
俺の腕の中で頬を赤く染めたセシリアが礼を言う声が聞こえる。彼女も盛大に転ばなくてなによりだ。
「セシリア嬢にはまだ酒は早いようだ。明日も早いからゆっくり休みなさい」
「はい……。ですが、歩けそうにありませんので部屋までお願いしてもいいですか?」
「なんだ、足でも挫いたのか? すぐに治癒回復魔法を付与してやるぞ」
俺がそう言って魔法を発動させようとした瞬間、なぜかセシリアの拳が飛んで来たのだった。




