第34話 滝裏の洞窟
「――今回の訪問には二つの意味があるんだ」
ゼオン侯爵は俺に視線を向けながらそう告げた。その表情は真面目なことを話す時のものだった。
「ひとつはグランが要望していた聖女ローザの派遣。ドンスタン男爵の娘であるセシリア嬢に聖属性魔法の講義をして欲しいとの要望を受けて訪れたものだ。それに僕が同行したのはこの男爵領を自分の目で見たかったことにある。先日の手紙である程度の状況は把握しているが魔獣の脅威が残っているなら手を差し伸べる必要があると判断したんだ」
ゼオン侯爵はそう言って笑みを浮かべるが、俺はその言葉に対してため息をつくと彼の本心を言い当てた。
「表向きはそうだろうが実際は領主邸に籠もって書類を見るのが嫌になっただけだろ? ここに来れば少なくとも魔獣退治の体で剣を振るうことが出来るからな」
俺の指摘にゼオンは笑みを浮かべてあっさりと肯定する。俺に対して格好をつける必要がないからだろう。
「さすが賢者グラン、全てお見通しという訳か。実はあれからローザと共に領内の調査を進めていたんだが色々と面倒ごとも多くてな。少し息抜きも兼ねて来たのが本音だよ。結局、あの代官も私腹を肥やしていたことについては罪があるが、内政の実務力はそれなりにあるようなので暫くクビは様子見とすることにした。まあ、万が一にも同じことをしたら即、牢獄行きにするつもりだけどね」
ゼオンを裏切ると牢獄行きだけでは済まないだろうから、あの代官はきっと真面目に仕事をすることだろう。
「ならば、ゼオンは三日ほど魔獣討伐に付きあってくれるか? その間、ローザはセシリア嬢に講義を行うという流れで良いか?」
俺が二人に確認するとそれぞれに頷いて了承してくれたのだった。
◇◇◇
翌朝、ゼオンはこの日のために新調したという長剣を手に魔獣討伐の準備をする。その様子を苦笑しながら見る俺にローザが声をかけてきた。
「グラン様。ゼオン侯爵と魔獣討伐に行かれるのは結構なことですが、私もゼオン様に教わりたいことは多々あるのです。どうか、早々にお戻りになることを願います」
いや、今回ローザを呼んだのはセシリアへ指導して欲しいからであって俺が指導する予定ではないのだが……。もっともそれを口に出すとローザの機嫌が悪くなりそうなので俺は適当にやり過ごすことにした。
「まあ、ゼオン次第だな。あいつも久しぶりの実戦に気持ちが高ぶっているようだし、下手すると付近の魔獣を狩り尽くすまで帰らないとか言いそうだ」
「まあ、それは困りましたね。彼にはよく言い聞かせておく必要があるかもしれませんね」
日頃では見せない黒い笑みを見せたローザはスッと意気揚々と準備をするゼオンの傍に近づくと何かを耳打ちする。その直後、ゼオンの顔色が変わり冷や汗をかきながら何度も頷いたのだった。
「――勇者といえども勝てない相手がいるものだな」
二人には聞こえないように呟く俺。やがて準備の整ったゼオンと共に俺は前に魔獣と出会った滝のある森へと向かう。
「以前、この場所で大型の魔角猪を討伐した。その時は二頭のうち一頭に逃げられてしまい後に村で暴れられてしまった。苦い記憶だよ」
水しぶきを上げながら落ちる滝を眺めつつ俺はゼオンにそう告げた。
「賢者グランでもそんなミスをするんだね。それに、この滝の後ろには洞窟があるようだが気が付いていなかったのか?」
「洞窟だって? 確かに前回来た時は魔獣に気を取られていて詳しく調べたりはしなかったが、そんなものがあったとは……」
「だが、中に入るには少々骨が折れるようだ」
滝を流れ落ちる水量にため息をつきながらゼオンが見上げる。確かにこの水量を普通にどうにかしようとすれば骨が折れるだろう。
「少し試してみよう」
俺はゼオンにそう告げると氷魔法の詠唱を始める。
「さすがのグランでもこの滝を凍らせたりは出来ないだろうが一体どうするつもりだ?」
腕を組みながらゼオンは俺の魔法が完成するのをじっと待っていた。
――ビキビキ
大量に流れ落ちる滝の最上部。その中央付近に突如現れた先の尖った氷の槍。流れ来る水では溶ける事のない氷の出現により滝は左右真二つに分かれた。上部ではわずか数十センチほどだが勢い良く分かれた流れは最下部に到達した時は実に二メートルほどの空間を作り出していたのだ。
「凄げえな。たった数十センチほど流れを分けるだけで簡単に滝を切り裂くとはびっくりだぜ」
目の前にぽっかりと開いた洞窟に感心するゼオンだったが、まだこれで終わりではない。
「このままだと洞窟へは入れないだろうが」
俺はゼオンにそう言うと滝壺の中に足場となる岩を数か所盛り上がらせたのだった。
「――中を確認するぞ」
俺は大きくジャンプして足場に着地するとゼオンについてくるように促し、洞窟の入り口へと辿り着くと即座に探索魔法を展開した。
「いくつか魔力を持った生物がいるようだ。それほどの脅威とは思えないが慎重に進んで行こうか」
こういった洞窟なんかでは腕のいい斥候がいると非常に楽に進めるのだが、ここにはリリスは居ない。だから俺が探索魔法を駆使して危険の察知をしていくつもりだ。
「――光源」
薄暗い洞窟内部を照らす魔法の光にゼオンは周囲の警戒を強める。薄暗い場所に強い光源を放つとそれに反応して動く魔獣もいるからだ。
「そんなに警戒しなくても入口付近には何もいないぞ」
周囲を警戒するゼオンに俺が声をかけるとゼオンは息を吐いてから緊張を緩める。
「自然に出来た洞窟にしては天井が高い気もするが、人の手が入ったようにも見えないな」
俺は洞窟内の壁を手で触りながら思った事を話す。それに対してゼオンも同意の頷きをした。
「とにかく奥へ進んでみよう」
ゼオンはそう俺に告げると腰にさげた剣を鞘から取り出し、軽く振り下ろすとその感触を確かめるとゆっくりと洞窟の奥へと歩み始めたのだった。




