第33話 ゼオン侯爵の訪問
「――す、凄いです。本当に出来るようになるなんて……」
聖属性魔法を使った後に見られる淡い緑色に光る手をじっと見つめながらセシリアが呟く。
「元々素質はあったのだから出来て当然だ。だが、最初の一歩を踏み出したに過ぎないぞ」
俺はそう言った後でふとある事を考え付いた。
「実のところ俺は聖属性の魔法に関してはさほど得意ではないんだよ」
「え? あれで……ですか?」
「ああ、そうだ。基礎的なものはいくらでも教えてやれるが本当に必要なことはその道のプロに教えを請うのが正しいやり方に思う」
「でも、グラン先生以上の聖属性の使い手って……」
「すぐ近くに適任者がいるじゃないか。領内の事も気になるだろうが、せっかく最初の一歩を踏み出したんだ、ここでレベルを上げられるかが重要じゃないのか?」
俺はそう言うと男爵家に戻り一通の手紙を書き、伝書鳥でゼオン侯爵家へ向けて飛ばしたのだった。
◇◇◇
――次の日、ゼオンから手紙が届く。俺の問い合わせに答えてくれたもので概ね了承するとの回答だった。
「今の手紙、先日侯爵家へ出した手紙の返答ですよね? 一体何が書かれているのですか?」
届いた手紙をじっと見つめながらセシリアが聞いてくる。さすがに俺から奪って読むといった暴挙はしないようだ。
「ああ。昨日も言ったがセシリア嬢の聖属性魔法を鍛えるのに適任者であるローザを呼ぼうと思って打診していたんだが、旅の安全も兼ねてゼオンの奴も視察に来るらしい」
「聖属性を扱うローザ……。それって!?」
「ん? ああ、世間では『聖女』と呼ばれているくらいに聖属性の魔法に長けているから、俺が教えるよりも意義のある講義になることだろう」
「やっぱり聖女ローザ様のことなのですね。そんな高レベルな人に教えてもらえるなんて嬉しすぎます」
一時的とはいえ、セシリアは魔法学院の生徒だったので聖女ローザの名前は知られているのだろう。だが、その理屈なら賢者の称号を持つ俺も結構有名だったのだろうか。少しだけ気になった俺は止めておけば良いのにローザへ聞いてみたのだった。
「魔法学院では聖女の知名度は高かったようだが、俺の名前はどうだったのだろうか?」
「グラン先生ですか? 残念ながらグラン先生の名前は聞いた事ありませんでした。でも、確かに不思議ですよね? 先生は勇者様と共に魔王を討伐した一人のはず、なのにこれだけ知名度がないのも変な話ですよね」
セシリアと会って初めての時はともかく、男爵家で再会した時には賢者の称号を持っていることは告げていたはず。なのに、大した驚きは見せなかった。つまりはそういうことだ。国の上層部は俺の出生を理由に外部向けの情報操作をしているということだった。
「まあ、俺は過剰に祭り上げられるのは苦手だから別に問題はないんだがな」
「……ですが、そのおかげもあってわたくしが先生を独占することが出来ているのですから感謝すべきことなのかもしれません」
セシリアは俺の出す少し気まずい雰囲気を消し飛ばすような笑顔ではっきりと気持ちを口にする。俺にしても国から提示された役職を辞退しているんだから今更感があって頭を掻きながらセシリアに礼を言った。
「そう言ってくれるだけでここに居る意味があるよ。その期待に応えられるように明日から更にスペシャルな講義を用意しよう」
「ちょ、ちょっとそれは勘弁してください。今よりも早いペースなんて絶対に無理ですから!」
少し涙目になりながらセシリアが懇願してくるので、思わず俺は声を上げて笑ったのだった。
◇◇◇
手紙が届いてから十日後、宣言どおりにゼオンがローザと共に男爵領を訪れた。当然ながら事前に男爵本人には伝えていたが、直属の上司にあたる侯爵家当主が訪問するとなれば緊張するものなのだろう、出来る限りの準備を進めていたようだ。
「お待ちしておりました。ゼオン侯爵閣下にはお初にお目にかかります。当地域の管理を任されておりますドンスタンと申します」
「ゼオンだ。便宜上、国王様より侯爵家の爵位を頂いただけだ。古くからこの難しい地の管理を担っているドンスタン男爵には感謝の念を送りたい。いつもありがとう」
およそ侯爵家当主が格下の男爵にかける言葉ではなかったが、まだ若く爵位も貰ったばかりである。控えていた執事の顔色が良くないのが見えたが、主人のすることに異論を唱えるわけにいかず沈黙を守っていた。
「大変うれしいお言葉をいただき感謝いたします。して、此度の急な訪問。いかがなされましたでしょうか?」
俺からは侯爵家当主が視察に訪問すると報告しただけなので詳細を知り得ない男爵がゼオンにそう問いかける。それに対してゼオンは微笑みながら俺に視線を向けた。
「賢者グラン。ドンスタン男爵にどこまで説明した?」
「ああ、近々ゼオン侯爵が領地を訪問するとは伝えたかな」
「それだけか?」
「ああ、そもそも俺はローザに用事があって呼んだだけでゼオン侯爵に来てほしいなんて一言も言ってないんだが」
男爵の前で爵位を持たない俺が侯爵家当主を否定した。その事実を目の当たりにしてドンスタン男爵の顔が蒼くなるのがわかる。
「ああ、ドンスタン男爵を責めているのではない。この賢者グランは僕が勇者の責務を担っていた時からの友人だ。爵位を得た今もこうして交流を図っているので、時折こうしたやり取りもあるというだけで彼の態度や言葉使いに怒っているわけではない」
ゼオンが微笑みながらそう答えたのでドンスタン男爵はそっと胸を撫で下ろすように息を吐いたのだった。




