第3話 乗合馬車
翌日の朝、少し早目に目覚めた俺は部屋の隅で不貞腐れているハビルの沈黙処理を解除してから食堂へ向かう。相当に不満があったのか食堂に向かう間ずっと文句を言ってきた。
「そろそろ黙らないとずっと話せなくするぞ」
あまりに煩いので俺は笑顔のままハビルに忠告をする。その言葉にはたっぷりの魔力圧を乗せていたのでハビルはまたその身体を青に変化させて一瞬にして黙る。
「お目覚めかい? 昨日頼まれた弁当は出来ているぞ」
食堂に現れた俺の姿を見た宿の主人が包み紙に包まれた五つの弁当を俺の前に差し出す。
「助かる。これでしばらくは不味い簡易食ばかりを食べなくて済む」
俺はそう言いながら渡された弁当を魔法鞄に大事に仕舞い込む。その様子を見ながら主人が感心したように言う。
「魔法鞄か、羨ましいかぎりだな。容量にもよるが高価なものなんだろ?」
「まあ、それなりにはするな。だが、俺のように旅を度々する者にとっては必需品に近いものがある。旅の途中で食べる簡易食の味気無さとパサパサのパンが一番旅の元気を奪うからな」
俺は主人にそう答えると朝食を出してもらい、それを平らげると部屋を出てから乗合馬車の集合場所へ向かう。やがて広場に辿り着くが、俺の乗ることになっている馬車が出発するまでまだ時間がある。
「さて、同乗者はどんな奴らかな?」
まだ、出発まで時間があるためか馬車の周りには数人の男女が集まっているだけで、多くの者は出発を待っている者には見えない。
「乗客は俺を含めて五人ってところか?」
出発前の馬を手入れしている御者の男性。おそらくだが、馬車の護衛と思われる男が三名いる。乗客は夫婦とみられる男女にその子供だろうか小さな女の子が一緒に笑いながら話しているのが見える。そして白髪の老人の姿。馬車で数日かかる距離への移動だ、乗合馬車で移動する者はそう多くはないのだろう。
「そろそろ出発の時間だが、皆集まっているか?」
御者の男性が馬の手入れを終えて乗客となる俺たちの前に来てそう問いかける。
「大丈夫じゃないか?」
護衛の男がそう言うと御者の男性は予約名簿を取り出して人数を数えた。
「一人来ていない人がいるね。まあ、時間に遅れたら置いて行くだけだが……」
御者の男性はため息をついて時計を確認する。もうそろそろ出発する時間のはずだ。
「とりあえず皆乗ってくれ。来なかった人はギルドに報告しておくから」
俺はどんな人が乗り遅れたのか興味があったが、居ない者を知ることは出来ないと最後に馬車へと乗り込もうと階段に足をかける。その時、馬車の後ろ側から馬車を引き止める声が聞こえた。
「――待ってくださーい! 乗ります! 乗りますから!」
俺が声の方を見ると重そうな鞄を半分引きずりながら赤髪の女性が息を切らせてこちらに向かって来るのが見えた。それを見た俺は彼女のそばに駆け寄り、軽々と鞄を持ち上げて馬車まで運んでやる。
「あ、ありがとうございます。助かりました」
赤髪の女性は息を吐きながら俺に礼を言って頭を下げる。
「落ち着いたら先に乗りな。御者が待ってるぜ」
俺は御者台に乗る男性を親指で指しながら彼女に乗車を促した。
「は、はい。遅くなって申し訳ありません」
彼女は先に乗っていた乗客にも謝罪の言葉を述べてから席につく。それを見た俺は御者に軽く頭を下げてから乗り込んだ。
「では、出発しますね。自分はこの馬車の御者を務めるバリスです。外の護衛三名は銀の盾のメンバーとなります。目的地はノーズ地方、アビルボーザ領都。所要日数は五日を予定しています」
御者のバリスは俺たち乗客に挨拶をするとゆっくりと馬車を進ませ始めた。王都の門を出て北への街道へ出てもゆっくりとしたペースで進む。馬車の横を見ると護衛が徒歩で移動をしている。仕事とはいえ、この距離を歩くのは大変だと思う。
「護衛は歩くんだな」
特に誰に言ったでもなく呟いただけだったが隣に座っていた老人が話しかけてきた。
「君は乗合馬車に乗るのは初めてかね?」
「ああ。日頃は依頼人が用意した馬車に乗っていたからな」
「それでも護衛は歩きだったのではないですかな?」
勇者パーティーたる俺たちが乗る馬車には護衛は居なかったので特に気にしたことが無かったが、ここでそれを言っても仕方ないので俺は言葉を濁した。
「急ぎの依頼が多かったからな。護衛も皆馬車に乗っていたんだよ」
「そうでしたか。まあ、専属の馬車ならそういったこともあるのでしょうな」
特に突っ込むことなく老人はうなずいただけで話は終わる。ふと向かい側を見ると女の子が馬車の窓から見える景色に興奮しながら両親に話しかけている。家族で王都に旅行をしていて領都へ帰るのだろうか、微笑ましい光景だ。
「ねえねえ。そのもふもふさんは、おじさんの従魔?」
外の景色を眺めていた女の子だったが、俺の側に居たハビルを見つけると俺に話しかけてくる。
「ああ、そうだ。触ってみるかい?」
「いいの!?」
俺が許可すると目を輝かせて女の子がハビルをもふもふと触り始める。その様子を見た彼女の母親が慌てて俺に声をかけてきた。
「娘がすみません。可愛いものに目がない年頃ですので。従魔さんが嫌がっていたら直ぐに止めさせますから……」
「ははは、大丈夫ですよ。この従魔はとても気の優しいやつですから」
「あたし、この子といっしょに居てもいい?」
女の子は俺にそう問いかけてきた。ハビルには悪いが、小さな子供が大人しくしてくれるなら我慢してもらおう。
「そうだな。馬車に乗っている間だけならいいぞ。でも、この従魔はおじさんのだから馬車を降りたら返してくれるかな?」
「うん! ありがとう!」
他の人の前なので喋ることはしなかったが、ハビルは俺に不満そうな視線を向けてずっと睨んでいた。
――ガタン
女の子がハビルを抱いて席に座った時、馬車が大きく揺れた。
「きゃっ!?」
突然の揺れに赤髪の女性が俺の方へ倒れかかってきた。
「おっと、大丈夫か?」
俺は咄嗟に彼女の肩に手を添え、彼女が座席から落ちるのを止める。
「ありがとうございます」
彼女は俺に礼を言い、座席に深く座りなおす。その姿勢を見て俺はふと違和感を覚えた。座っている姿勢が美しすぎるのだ。持ち物だけで判断すると少し裕福な家の出身に見えるが、まさか貴族の出身ではないだろうな?
そんな疑惑が浮かんだが、こんな乗合馬車に一人で貴族令嬢が乗るわけがないとすぐに考えを改めたのだった。




