第26話 報告と嗜好品
「――最後の一頭には逃げられてしまったようだな」
「仕方ありません。あれだけの轟音が鳴り響いたのですから」
俺が探索魔法の継続を諦めた時、セシリアが濡れた髪を解きながらそう告げる。
「すまない。少しばかり張り切り過ぎたようだ」
俺は魔法鞄からタオルを取り出してセシリアに渡す。彼女はタオルを受け取ると下ろした髪を丁寧に拭いていく。その姿はいつもの元気なセシリアではなく貴族令嬢らしくお淑やかに見えた。
「どうだ? 自分でも結構無茶な訓練をさせているとは思っているが、将来この領地を守るためにはセシリア嬢の成長が不可欠だ。だが、全てを君が背負う必要はないとも思っている」
「でも、全ての工程を知ることが大切なのですよね?」
セシリアは俺が全てを語らずともその重要性を理解していた。本当に優秀な教え子だ。
「ともあれ、今回の討伐作戦はここまでだ。残った魔獣も逃亡してしまったし、しばらくは戻って来ないかもしれない。壊された柵は村人に言って修繕させておくとして今回の件を報告に戻るとしよう」
「はい」
俺は魔法鞄から外套を取り出すと彼女の肩に掛けてやり、倒した魔角猪を魔法鞄に仕舞い込むと村に向けて歩き出した。
「――あ、帰って来た」
村に戻ると俺たちを見つけたガイが全速力で走って来るのが見える。
「おかえりなさい! あれからどうなったの?」
一番見ごたえのある前に村へ帰されたガイは俺に事の顛末を食い気味に問いかける。
「ああ。大物が二頭いたんだが、残念ながら一頭には逃げられてしまった。だが、かなり驚かせておいたのでしばらくは戻ってこないと思うぞ」
「すごいね。今回もお姉ちゃんの魔法で一撃だったの?」
ガイはセシリアの魔法で一頭目の魔角猪を倒したシーンしか見ていなかったので二頭目に関してもきっとそうなんだろうと無邪気に問いかけたのだった。
「そうだな。だが、二頭目は俺と協力して倒したんだ。このお姉ちゃんはまだ魔法の勉強の途中だから連続で魔法を放つのは少し苦手なんだよ。だから、すこーしだけ俺が手助けをしたってわけだ」
「そうなんだ。でもお姉ちゃんってすごいんだね。僕も魔法が使えたらあんな魔獣は簡単にやっつけてやるんだけどな」
ガイがぶんぶんと手を大きく振って興奮した気持ちを表現する。その後ろから人影が伸び、その人物はガイの頭に手を置くと俺たちに声をかけた。
「本当にありがとうございました。孫からあなたたちの活躍を聞かされてお帰りを待っていたのです」
声の主は村長のジンで、その表情は穏やかなものだった。
「――では、今回の報告をさせて頂きます」
村長をはじめ村人が集まる前でセシリアが第一声をあげる。このあたりは村に戻る際に俺と打ち合わせをしておいたことだ。
「まず、北部地域の柵が壊されました。壊した魔角猪は仕留めましたが、まだ近くに潜んでいる可能性がありましたので近隣の森を探索。森の奥にあった滝壺付近にて仲間と見られる魔角猪の集団を発見。グラン先生とハビル鳥さんと共に奇襲をかけ、大物一頭を仕留めました」
実際は魔狼と魔角猪の対立があったのだが、説明がややこしくなりそうだったので割愛したのだ。
「その時に放った魔法により驚いた魔獣たちが一斉に逃走を始めたので深追いは危険と判断して帰路に就いた次第です」
「そうでしたか。大物一頭を取り逃がしたのは残念でしたが、逃走をしたのであれば餌場を変える可能性もありますね。どちらにしても壊された柵を修理して様子見となるでしょう」
村長のジンはそう答えると村人に柵の修理を指示する。頼まれた者はすぐに材料と道具を抱えて修理に向かって行った。
「では、討伐前にお約束していた事をこちらが履行する番ですな」
ジンはそう告げると俺たちを村の宿屋に併設されている食事処に連れて行った。
「グラン殿は大層エールがお好きな様子。搾りたてのエールを味見してみたいと思いませんかな?」
「なに!? 搾りたてのエールだと?」
思わず声に出てしまうほど俺にとっては衝撃的な話だったのだ。確かに酒も何処かで作られているのは間違いないが、搾りたてが美味いのかどうかは作り手しか知りえないことだ。
「はい。今年採れたムーギを使用した特別なエールをお楽しみください」
「あ、ああ。それは楽しみだ」
俺は出来るだけ平静を装うが、高揚感から逃れられずに密かに口角が上がるのを感じる。ふと、隣を見るとセシリアが幾分不満げな表情をしているのが見えた。
「ああ、俺だけ報酬があるようで不満に思っているんだな? 心配するな。ムーギから作るお茶『香茶』があるからな。村長さん、あるよな? 香茶」
「もちろん、ございます。お嬢さんにも最高級の出来立て香茶を出させて頂きます」
「良かったな。子供でも飲めるものがあって」
「だれが子供ですか!? わたくしはちゃんと成人していますからね。ですが、香茶は好きなので頂くことにします」
子供扱いされたセシリアは不満を漏らすが、自分にも飲める特別なお茶もあることに機嫌をなおしたようで笑みを浮かべながら向かったのだった。




