第7話 特訓 ―一筋の光―
第7話
特訓 ―一筋の光―
――モディアス王国・戦艦 シミュレーション室――
乾いた警告音が、連続して響き渡った。
《被弾判定。衝撃レベル:中》
「うわっ――!」
操縦席が激しく揺れ、積村匠の身体がシートに叩きつけられる。
視界が一瞬、白く弾けた。歯を食いしばらなければ、舌を噛んでいたかもしれない。
「目を閉じない!」
通信越しに飛んできたのは、アンジュ・ラストウォールの怒声だった。
「今の回避、遅い!
実戦だったら、もうコクピットごと潰されてるわ!」
「ご、ごめん……!」
必死に操縦桿を握り直す。
だが、仮想空間に展開された敵機は、容赦なく距離を詰めてきた。
――速い。
思った以上に、〈D-カイザー〉が言うことを聞かない。
(こんなはずじゃ……)
自分が一から組み上げた機体だ。
カイザーの“全て”を頭で
理解しているのだけれど
理論状なら、今の回避は間に合う。
間に合う、はずだった。
《被弾判定。衝撃レベル:高》
「ぐっ……!」
鈍い衝撃が腹部を突き上げ、息が強制的に押し出される。
シートベルトが身体に食い込み、肺が悲鳴を上げた。
「まだ終わりじゃないわよ!」
アンジュの声に、容赦はない。
「戦場じゃ、“痛い”なんて言ってる暇はない。
次!」
新たな敵影が出現する。
包囲陣形。射線は三方向。
匠は歯を食いしばり、再び操縦桿を握った。
(ダメだ……)
分かっている。
頭では理解しているのに、身体が追いつかない。
アンジュは、別室のモニター越しにその様子を見つめていた。
(いきなり実戦に出したのは、早すぎた……)
匠は萎縮している。
そして何より――カイザーと“ひとつ”になれていない。
仮想空間が切り替わり、さらに難度の高い編成が展開された。
「え……休憩は……?」
「ない」
即答だった。
短く、鋭い。
「匠」
アンジュの声が、わずかに低くなる。
「アンタは“作れる”から前線に立ってるんじゃない」
一拍。
「――前線に立つから、“作る責任”があるのよ」
その言葉が、胸の奥に深く突き刺さった。
(作る……責任)
警告音。
《被弾判定。衝撃レベル:中》
再び揺れる操縦席。
「……っ!」
「今の、なぜ被弾したかわかる?」
「え……?」
「頭で設計図のスペック通りのまま動こうとしたからよ。“思考”と“行動”が噛み合っていない。」
「匠。
初めてカイザーを組み上げた時のこと、思い出して」
「……組み上げた時?」
「そう」
アンジュの声は、少しだけ柔らいでいた。
「シルヴィを組み直した時も同じ。
設計通りじゃなくて、その機体が持つ力を――
最大限に引き出す“組み方”を、あなたはしてた」
沈黙。
操縦席の中で、匠はゆっくりと目を開く。
「あなたの“想像力”は、ただの発想じゃない」
アンジュは、はっきりと告げた。
「――それは、創造力よ。
唯一無二の武器になる」
その瞬間。
匠の中で、何かが音を立てて崩れた。
(想像力……創造力……)
記憶が蘇る。
小さな机。
山積みのプラモデルの箱。
説明書通りでは満足できず、理想の形を思い描きながら手を動かしていた、あの頃。
完成した模型を握りしめ、空想の戦場で“共に戦っていた”感覚。
一心同体。
「……俺、間違ってたかもしれない」
絞り出すように呟く。
「俺は、機体を“作品”として作ってた」
アンジュは何も言わず、ただ聞いている。
「でも……戦場じゃ、作品じゃダメなんだ!」
守れなければ、意味がない。
生き残れなければ、存在すら許されない。
数秒の沈黙の後。
「やっと、入口に立ったわね」
アンジュの声は、ほんのわずかに柔らいでいた。
「今日は、ここまで」
シミュレーションが強制終了する。
仮想空間が霧のように霧散し、現実の静寂が戻った。
操縦席から降りた匠は、膝に手をつく。
全身が鉛のように重い。
打撲の鈍痛が、あちこちで主張している。
だが――
頭だけは、異様なほど冴えていた。
(次は……)
(次は、“作品”じゃない)
(――カイザーと、ひとつになれる機体を作る)
工房へ向かう足取りは重い。
それでも、思考は止まらなかった。
これまでとはまったく違うフレーム構成。
パイロットの動きに追従する可変バランサー。
数値ではなく、“感覚”で最適化する制御補助。
強さでもない。
速さでもない。
――生き残り、“共に”戦うための形。
その頃。
クライガスト王国では、別の光が灯りつつあった。
巨大格納庫の奥。
禍々しいシルエットを持つ新型機が、静かに駆動音を響かせる。
赤黒い装甲の隙間から、蒼白の光が漏れ出した。
それを見上げる影がひとつ。
歪んだ笑み。
「次は、本気で遊んでやるよ」
低く、愉悦を孕んだ声が響く。
嵐の前の静けさ。
モディアス王国で芽吹いた一筋の光は、
やがて巨大な闇と激突することになる。
その時、匠はまだ知らない。
“創る”ということの、本当の意味を。
――つづく――




