第45話 崩壊 ― 封印を侵す“もう一つの意志” ―
第45話
崩壊 ― 封印を侵す“もう一つの意志” ―
――モディアス王国・地下深層封印空洞――
ミシ――ッ。
乾いた音が、静寂を裂いた。
巨大な魔方陣の一角に、細い亀裂が走る。
「……っ!?」
匠の瞳が見開かれる。
足元が揺れる。 空間そのものが、軋み始めていた。
『……ジゼル……』
ユグドラシルの声。 かすれ、揺れ――
だが、その奥に。
『……コワセ……』
もう一つの声。
低く、冷たく、底のない闇のような響き。
匠の背筋に、氷のような感覚が走る。
「……なんだ……今の……」
ユグドラシルの瞳が揺れる。 光と闇が、せめぎ合う。
『……モドリタイ……』
『……コワセ……』
二つの意思が、同時に発せられる。
矛盾。
衝突。
そして――
暴走。
ゴォォォォォォッ!!
禍々しい力が、封印の内部から溢れ出す。
魔方陣が、悲鳴を上げるように軋む。
「まずい……!」
匠が踏み出した、その瞬間――
ドクン。
心臓が、強く跳ねた。
視界が、歪む。
「……っ!?」
身体が、動かない。
頭の奥に、何かが“入り込んでくる”。
『……ミツケタ……』
声。
それは、ユグドラシルではない。
もっと深く――
もっと“外側”から覗き込むような感覚。
『…ソウ…オマエ…ハ…』
『…ワタシ…ト…ツナグモノ……』
匠の意識が、引きずられる。
「やめろ……!」
踏みとどまろうとする。
だが――
引きずり込まれる。
光が弾けた。
――――――――――
――そこは、“世界の内側”だった。
色がない。
音がない。
ただ、無限に広がる灰色の空間。
足元すら曖昧な場所。
「……ここは……」
匠が周囲を見回す。
その時――
『……キタナ……』
背後。
振り向く。
そこに居たのは――
ユグドラシル。
だが、違う。
半身は、かつての穏やかな光。 もう半身は、歪み、崩れ、黒く侵食されている。
「……ユグ…ドラシル…?」
『……ジゼル……』
優しい声。
だが同時に。
『……コワス……』
低い囁き。
二つが、同時に響く。
「……っ……」
匠は息を呑む。
これは――
“対話”ではない。
“分裂”だ。
ユグドラシルの内部で、何かが壊れている。
『……ナゼ……』
光の側が問いかける。
『……タスケナカッタ……』
黒い側が歪む。
『……ニンゲンハ……』
『……ウラギル……』
その瞬間。
空間が歪んだ。
周囲に、映像が浮かび上がる。
剣を突き付けるジェイド、銃口を向ける兵士達。 銃を撃つジャクラス。罵声を浴びせる民達。 倒れるジゼル。
「……違う……!」
匠が叫ぶ。
「それは全部じゃない!!」
だが――
『……コレガ……スベテダ……』
黒い側が、断定する。
その言葉と同時に。
ズズズ……
匠の足元が、沈む。
黒い何かが、絡みついてくる。
「……くそっ……!」
抜け出そうとする。
だが、重い。
まるで“絶望”そのものに掴まれているようだった。
『……オマエモ……』
声が近づく。
『……ヤガテ……コワス……』
匠の視界が、暗く染まる。
頭の中に、声が流れ込む。
――否定しろ
――壊せ
――信じるな
「……違う……」
歯を食いしばる。
「……それでも……!」
拳を握る。
「それでも、人は……!」
その時。
――ドクン。
胸の奥で、別の鼓動が鳴った。
暖かい。
柔らかな光。
それは――
「……ジゼル……?」
匠の身体から、淡い光が溢れる。
絡みついていた黒い意識が、わずかに弾ける。
『……ナニ……?』
黒い側が揺らぐ。
匠は、顔を上げた。
「俺は……見てきた」
一歩、踏み出す。
「お前の悲しみも」
「ジゼルの覚悟も」
さらに一歩。
「どっちも、本物だ」
光が、強くなる。
「だから――」
ユグドラシルを見据える。
「どっちも、消させない」
その言葉に。
空間が、止まる。
ユグドラシルの“光”側が、わずかに前に出る。
『……タクミ……』
初めて、名前を呼んだ。
だが、その瞬間――
『……ジャマダ』
黒い意識が、噛みつくように侵食する。
『……ソレハ……イラナイ』
空間が、崩れる。
バキバキバキィッ!!
世界が、割れ始める。
「……っ!?」
足場が消える。
匠の身体が、落ちる。
闇へ。
『……オマエハ……』
最後に聞こえた声。
それは、冷たく――
確信に満ちていた。
『……ツカエル……』
――――――――――
――現実。
地下封印空洞。
《タクミ!!》
ジゼルの声。
匠の身体は、魔方陣の前で膝をつき――
動かない。
その左目は、蒼く光りながら。
時折、黒く濁る。
《……まさか……》
ジゼルの表情が、凍りつく。
《侵食されている……!?》
魔方陣の亀裂が、さらに広がる。
ゴゴゴゴゴ……!!
地上へと続く振動。
封印は、限界だった。
そして――
匠の口が、ゆっくりと開く。
「……アア……」
その声は。
匠ではない。
「……コイツハ、スバラシイ……」
ジゼルの瞳が、見開かれる。
“それ”は――黒い意識は、
匠を見ている。
利用するために。
――封印は崩れ始めた。
――対話は、終わらない。
だが今。
物語は、“侵食”へと進む。
――つづく――




