第44話 対峙 ― 繋ぐ者と壊す者―
第44話
対峙 ― 繋ぐ者と壊す者―
――モディアス王国(過去)・上空――
「よし、戻るか」
ジゼルの声は、いつも通り静かだった。
「……は、はい」
匠はわずかに緊張した声で応じる。
互いに一歩、近づく。
額と額が触れる。
――瞬間。
視界が白に塗り潰された。
光が、意識を引き裂く。
落ちる。
沈む。
そして――
――現在。
匠は、ゆっくりと目を開いた。
そこは、大神木の泉のほとり。
水面は静かに揺れ、空気はどこか重い。
だが――
確かに“戻ってきた”。
隣には、ジゼル。
「ユグと対話させるために――お前に歪められた“真実”を見せた」
静かな声。
「……うん」
匠は、拳を握る。
「今度は……俺の番だね」
ジゼルは、わずかに目を細めた。
「並大抵な事ではないぞ」
一歩、近づく。
「下手をすれば――取り込まれる」
重い言葉。
「私は封印の場所まで導けるが……先程も言った通り直接干渉は出来ん」
匠は、頷いた。
「それでもいい」
視線は、迷っていない。
「ユグドラシルがまだ……ジゼルを想ってるなら」
「届くはずだ」
短い沈黙。
ジゼルは、深く息を吐いた。
「……覚悟はいいか?」
「ああ」
再び、額を合わせる。
――落下。
――侵入。
――深層へ。
――モディアス王国・地下深層封印空洞――
重い。
空気が、“質量”を持っている。
吸うだけで肺が悲鳴を上げる。
「……っ……!」
匠の膝が折れかける。
だが――踏みとどまる。
ここで崩れるわけにはいかない。
顔を上げる。
そこに在った。
巨大な魔方陣。
そして――
その中心。
頭部だけを地上に露出させた、“巨人”。
ネンドール第一創造体――ユグドラシル。
封じられてなお、なおも…
圧倒的な“存在”。
『……マッテイタゾ……ソウゾウシュ……』
低い声が、空間そのものを震わせる。
匠は、一歩踏み出した。
足が、重い。
だが止まらない。
「……初めまして…じゃない感じもするけど…」
呼吸を整える。
「俺は――お前を止めに来た」
わずかな沈黙。
『……トメル……?』
巨人の視線が、わずかに傾く。
『……ナンノタメニ……?』
匠は、迷わなかった。
「ジゼルのためだ」
――瞬間。
世界が歪んだ。
ゴォォォォォォォ!!
圧力が、爆発する。
空間が軋み、音が消える。
「――っ!!」
身体が吹き飛ぶ。
地面に叩きつけられる。
肺から空気が抜ける。
だが――
止まらない。
歯を食いしばり、立ち上がる。
足は震えている。
それでも。
一歩。
また一歩。
『……ジゼル……』
その名を、ゆっくりと咀嚼するように呟く。
だが次の瞬間――
『ソノナヲダスナァァァァ!!』
怒号。
衝撃。
再び、弾き飛ばされる。
「ぐぁっ!!」
地を転がる。
それでも。
起き上がる。
「……逃げないぃ……」
血混じりの息。
「お前からも……現実からも……!」
『……ナゼダ……』
声が、わずかに揺れる。
『……ナゼ……タタカウ……?』
匠は、首を振る。
「戦いに来たんじゃない!」
一歩、踏み込む。
「話しに来たんだ」
『……ハナシ……?』
「そうだ」
視線は逸らさない。
「お前の真実も」
「ジゼルの真実も」
「全部、見てきた」
沈黙。
重く、深い。
匠は続ける。
「確かに――人間は弱い」
「欲に溺れて、誰かを傷つける」
「違うものを排除する」
拳を握る。
「でも、それが全部じゃない」
声が、強くなる。
「ジゼルは、お前を守ろうとした!」
「一緒に生きようとした!」
「ジェイドは、その想いを背負った!」
「ジャスパは、全部を負って王を退いた!」
一歩、近づく。
「全部が間違いだったわけじゃない!!」
――沈黙。
ユグドラシルの瞳が、揺れる。
『……チガウ……』
低く、震える声。
『……ミタ……ゼンブ……』
圧力が、再び膨張する。
『……ウラギリ……』
『……イタミ……』
『……ジゼルガ……コロサレタ……!!』
悲鳴のような叫び。
空間が歪む。
「違う!!」
匠が叫び返す。
「ジゼルは――“選んだ”んだ!!」
――止まる。
『……ナニ……?』
「お前を止めるために!」
「お前を守るために!」
「自分の命を使ったんだ!!」
一歩、踏み込む。
「殺されたんじゃない!」
「守ったんだ!!」
沈黙。
長い、長い沈黙。
『……マモ……ル……?』
その言葉は、どこか幼い。
初めて触れる概念のように。
匠は、さらに踏み込む。
「君は、見たいものしか見てない」
「怒りも、悲しみも、本物だ」
「でも、それだけじゃない!」
胸を叩く。
「ここにあるだろ!」
「ジゼルの想いが!!」
――ドクン。
ユグドラシルは、ジゼルと過ごした日々を思い出した。
その瞬間。
匠の中で、“何か”が脈打った。
左目が蒼く光る。
同時に――
別の鼓動。
重く、冷たい。
『……ヤメロ……』
低い声。
だが、それはユグではない。
『……ソレハ……ジャマダ……』
頭の奥に響く。
ユグドラシルのもう一つの“意思”。
『……コワセ……』
『……ゼンブ……』
視界が黒く染まる。
意識が、引きずり込まれる。
「……っ……!!」
膝が揺れる。
だが――
「ふざけるな……!」
歯を食いしばる。
「俺は……呑まれない……!!」
踏み込む。
その瞬間――
蒼い光が爆ぜた。
衝撃が空間を震わせる。
ユグの圧と――拮抗する。
『……ナンダ……オマエハ……』
初めての“警戒”。
匠は、まっすぐに言う。
「俺は――」
一拍。
「お前と、ジゼルを繋ぐ存在だ」
静かに、断言する。
「どっちも捨てない」
「どっちも否定しない」
拳を握る。
「だから――ここで終わらせる」
沈黙。
深い、深い静寂。
やがて――
ユグドラシルの瞳の奥に、
微かな光が灯る。
それは――
かつての“優しさ”。
『……ジゼル……』
かすれる声。
だが同時に――
『……コワス……』
別の声が重なる。
光と闇。
想いと憎悪。
二つの真実が、衝突する。
均衡が、崩れかける。
匠は、手を伸ばす。
「まだ、間に合う」
一歩。
「戻ってこい……ユグドラシル」
――その瞬間。
魔方陣が、軋んだ。
封印が揺らぐ。
世界が、震える。
物語は今――
“崩壊”か。
“再生”か。
その分岐点に立っていた。
――つづく――




