表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
122/143

第9話「氷室社長の提案」


その連絡は、午前の会議が終わった直後に入った。


「春日井課長、少し時間ある?」


秘書課からの呼び出しだった。


春日井真希は資料をまとめる手を止めず、短く返す。


「今行きます」



社長室の前は、いつもと同じようで少し違う空気があった。


重いというより、“整理されすぎている”静けさ。


真希がノックをすると、中からすぐに声が返る。


「入って」


氷室結衣。


そしてその隣には、橘理沙副社長兼秘書が座っていた。



「来たわね」


氷室結衣は書類から目を上げる。


真希は軽く会釈する。


「お呼びでしょうか」


橘理沙が資料を一枚差し出した。


「次の大型企画案、あなたにも入ってもらうわ」


真希の視線が止まる。


「営業部と企画部、両方の統合案件ですか」


「そう」


氷室結衣は淡々と続ける。


「現場の動きと企画のズレが大きくなってる。そこを繋ぐ人間が必要なの」


真希は資料を見ながら、すぐに構造を読む。


営業、企画、秘書課。


三つの動線が重なる案件。


(かなり大きい)


だが同時に、理屈としては理解できる形だった。



橘理沙が少しだけ微笑む。


「それとね」


真希が顔を上げる。


「秘書課の仕事も、少し手伝ってもらえない?」


その言葉に、真希の目がわずかに動く。


「私が、ですか」


「あなた、秘書検定1級持ってるでしょ」


氷室結衣がさらりと言う。


真希は一瞬だけ沈黙する。


「……はい」


「なら問題ないわね」


あまりにも当然のように言われる。



真希の中で、複数の業務ラインが一気に再構築されていく。


営業課長。


企画補佐。


そして秘書課のサポート。


(また増えた)


だが不思議と、混乱はなかった。


むしろ“整理できる範囲”に見えてしまうのが、自分でも怖いところだった。



氷室結衣が静かに言う。


「あなたは“調整役”としてかなり優秀よ」


真希は短く答える。


「事実ベースでの評価として受け取ります」


橘理沙が小さく笑う。


「相変わらずね」


氷室結衣もわずかに目を細める。


「感情で動かないところがいいのよ」


その言葉に、真希は一瞬だけ止まる。


(感情で動かない、か)


否定はしない。


でも、それが全てでもない。



会議を終えたあと。


廊下に出ると、空気が少し軽くなる。


だがスマホを見ると、別の現実が入ってくる。


『企画、今日少し遅くなる』


悠真からのメッセージ。


真希は短く返す。


『了解』


それだけで十分だった。



その頃、企画部。


悠真は安曇課長の前に立っていた。


「この案、もう一度見直せ」


安曇の声は静かだが、迷いがない。


「論理はいい。ただ“現場の温度”が足りない」


悠真は資料を見つめる。


「現場の温度、ですか」


「そうだ。お前、営業の人間と繋がってるだろ」


その言葉に、一瞬だけ心臓が跳ねる。


だが表情は変えない。


「業務上の連携はあります」


「なら使え」


安曇はそれ以上は聞かない。


ただ淡々と続ける。


「お前の企画は“悪くない”ところまで来てる。そこから先だ」



夜。


東京の空気は、昼とは違う重さを持っていた。


営業部と企画部、それぞれの残業が終わる頃。


同じビルの中で、別々の時間が流れている。



真希がオフィスを出たのは少し遅い時間だった。


エレベーターに乗りながら、ふと息を吐く。


(今日も増えた)


でも、嫌ではない。


むしろ、期待されている感覚に近い。



家に着いたとき。


灯りはついていた。


「おかえり」


悠真の声。


真希は靴を脱ぎながら答える。


「ただいま」



リビングには、子どもたちの気配はない。


すでに眠っている時間。


静けさだけが残っている。



真希はソファに座ると、少しだけ目を閉じた。


「今日さ」


悠真が聞く。


「うん」


真希は短く答える。


「秘書課も入ることになった」


悠真の動きが一瞬止まる。


「……まだ増えるのか」


「うん。氷室社長から」


その名前に、悠真は小さく息を吐く。


「それは断れないな」


真希は少しだけ笑う。


「うん」



沈黙。


だが、それは重くない。


むしろ“当然の共有”だった。



悠真がぽつりと言う。


「もう、何人分だよ」


真希は少しだけ考える。


「三人分くらい?」


「やばいな」


真希は小さく笑う。


「でも、整理はできてる」


その言葉に、悠真は少しだけ安心したように頷く。



夜が深くなる。


真希は窓の外を見ながら言う。


「ねえ」


「うん?」


「これ、どこまで行くんだろうね」


悠真は少し考えてから言う。


「分からないけど」


「けど?」


「ちゃんと戻れる場所はあるだろ」


真希は少しだけ目を閉じる。


「……うん」



その夜。


二人はいつも通り並んで座る。


仕事の話と、家庭の話が同じ机の上に並ぶ。


それでも崩れない距離。


それが今の二人だった。



外では、また新しい仕事が動き始めている。


だがこの家の中だけは、


どれだけ役職が増えても変わらない場所だった。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

もしこの物語に少しでも「面白い!」と感じていただけたなら——


ブックマーク & 評価★5 をぜひお願いします!


その一つひとつが、次の章を書き進める力になります。

読者の皆さまの応援が、物語の未来を動かします。


「続きが気になる!」と思った方は、ぜひ、見逃さないようブックマークを!

皆さまの応援がある限り、次の物語はまだまだ紡がれていきます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ