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閑話⑧「広がっていく家族」


 春が過ぎかけた頃。


 社会人8年目が、もうすぐ目の前に見えていた。


 悠真の仕事は相変わらず忙しいままだったが、どこかに余裕が生まれていたのは事実だった。


 それは昇進でも、評価でもない。


 ただ——“守るものに慣れてきた”という感覚だった。



 夜のリビング。


 子どもたちはすでに寝ている。


 静かな空間に、テレビの小さな音だけが流れていた。



「なあ」


 ソファに座ったまま、悠真が言う。



春日井真希



「ん?」


 真希は資料を片手に顔を上げる。



「金沢と富山、ちゃんと組み直さない?」



 一瞬、真希の動きが止まる。



「組み直す?」



「うん」


 悠真は少しだけスマホを見せる。



「今度はさ、普通の家族旅行じゃなくて」



 少し間。



「合同にしようと思って」



 真希はすぐに意味を理解する。



 そこに浮かぶ名前はひとつではない。



氷室結衣


瀬川陽翔



「……あの話?」


「そう」



 瀬川の冗談のような一言。


 氷室の“面白そうね”という笑み。


 それが、まだ残っている。



「ほんとにやるの?」


 真希が少しだけ現実的に聞く。



「やるなら今だと思う」



 悠真の声は迷っていなかった。



「子どもたちもいるし」


「うちも向こうも」



 少し間。



「普通に考えたら、めちゃくちゃだよな」



 真希はそれを聞いて、小さく笑う。



「うん。普通じゃない」



 でも、その“普通じゃなさ”に、もう驚きはなかった。



 むしろ——慣れてきていた。



「でもさ」


 真希が言う。



「悪くはないと思う」



 その言葉に、悠真は少し安心したように息を吐く。



「じゃあ決まりでいい?」


「調整する」



 そうして、またひとつ予定が増える。



 翌日。


 会社。


 いつものように仕事をこなす二人。


 ただ、どこかで少しだけ“別の世界”が動いている。



 昼休み。


 悠真のスマホが震える。



「了解。じゃあ金沢で」



 短いメッセージ。


 送り主は瀬川。



 その少し後。


 真希にも通知が入る。



「面白い旅行になりそうね」



 氷室結衣からだった。



 真希は小さくため息をつき、そして少し笑う。



「ほんとに、面白いことになってきたね」



 夜。


 帰宅。



「ただいま」


「おかえり」



 いつもの声。


 いつもの家。



 でも、テーブルの上には、すでに次の旅行の資料が広がっている。



「これさ」


 悠真が言う。



「もう普通の旅行じゃないよな」



「うん」


 真希は即答する。



「でも」



 少しだけ間。



「それでもいいんじゃない?」



 悠真は笑う。



「だな」



 窓の外は静かだった。


 でも、この家の中だけは、少しずつ広がっている。



 家族が増えるわけではない。


 形が変わるわけでもない。



 ただ——“つながる人が増えていく”。



 それだけで、世界は少し広くなる。



最後まで読んでくださり、ありがとうございます!

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