第七十一話 ひとりぼっちじゃない
「久しぶりに来たわー! やっぱりいい感じよねー!」
「これはデートスポットして人気なのも納得だな」
先日柊一先輩のデートスポットの候補として挙げられた場所、水族館。柊一先輩の問題が解決した後、そういえばこの中の誰も最近水族館に行ったことがないという話になった。ちょうど水族館の近くで夏祭りが行われるという情報を手に入れた俺たちは、一色との仲を深める目的も含めて遊びに行くことにした。
「海の生き物ってどうしてもこうも興味をそそられるのであろうな」
「地上の生き物よりも未知の生き物って感じが強いからじゃねぇのか?」
「言いたいことは分かる、神秘的って感じだよな。でも俺は思うんだが、水の中だから許されてる生き物っていると思わねぇか?」
「どういうことよ?」
「例えばタコが海の中じゃなくて地上を歩行しているのを考えてみろよ。絶対にビックリするだろ」
「少なくとも可愛いとはならないかもな。ナマコも海の中にいるからまだ触れるが、地上で徘徊していたら触る勇気は俺にはない」
「そんなもんどんな生物にも言えるだろう……と言いてぇところだが、地上の生物が海にいても怖いことはねぇかもしれないな」
「そもそも水中生物は水の中で生きていけるように姿が作られているのではないでしょうか? 水の中でしか許されない姿というのは仕方のないことだと思われます」
「確かにティアの言うとおりだな……うん? この話って逆に場所によっては可愛くなる生き物がいるかもしれないということか」
「……八雲、あんたはゴキブリが宇宙にいたらどう思うのさ?」
「エイリアンだな……その説は無理があるか」
「ほれ、クラゲコーナーであるぞ。水中生物はしっかりと水の中で楽しもうではないか」
昼ご飯を先に食べた俺たちは悠々自適に水族館を回っていく。先日の水族館へ行く前に昼ご飯を食べた方がゆっくりできるというのが、ここで効いてくるとは思わなかったぜ。本当にティアに感謝だな。
……それにしても不思議だな、ティアと言う存在。一色のスキルが分からないという大事に隠れているが、ティアと言う存在も大きな謎だ。無機質な感じはするが、人間に完璧と言えるほど近い容姿と話し方。俺たちの会話を理解して話を繋げる学習能力。その全てが現在における科学の集大成と言ってもいい。
それが、一色の実家の蔵に置いてあったというのはあまりにもおかしな話だ。だけど、今俺はティアに仲間意識を感じている。決してただのメイドロボットではない。ティアの秘密を解き明かすのは、一色だけでなくティアとも仲良くなってからだ。
「あ、ペンギンがいるわ! 本当に可愛いわね!」
「桜庭は本当に水族館を楽しんでるな。デートは映画館と言っていたが、こういうのを見ると水族館の方がいいのかなと思ってしまうぞ。俺も夜月をデートに誘うときは水族館にするわ」
「それがいいと思うわ。咲耶ちゃんならもっと喜んでると思うしね」
「加えてツッコミが入るだろうさ。八雲は水族館にいそうだなって」
「……死んだ魚の目をしているからか?」
「いや、それもあるが答えはちげぇ。答えは八雲はペンギンだからさ」
「そこは否定しろよ! というよりペンギンだと? ペンギンは二足歩行ってだけで人間を仲間と間違えることもあるが、そんな感じの理由か?」
「おそらく、特攻隊長だからであろうな」
「正解。流石十六夜だぜ」
「……ファーストペンギンかよ。面倒ごとがあったら全部俺が最初に飛び込めってことか?」
「実際飛び込んでるだろう。スキルのない俺に向かって、研究希望者でない八雲が。ファーストペンギンは誉め言葉だ。素直に喜んでいいと思うぞ」
「そうですよ。かつて直史様がこれほど誰かと遊ぶような関係になったことはありません。それも全て八雲様が動き始めたおかげです」
「いつも余計なことを言うなティアは……ま、俺も割かしこの感じは悪くないと思ってるってことだ。次のコーナーに行くぞ」
首を触って急ぎ足で歩いていく一色。その表情を窺うことはできなったが、それで良かった。俺たちの心が近づいているのを確かに感じ取れたから。ファーストペンギン。飛び込む勇気。俺の心の温度が高くなる。
初めは悩んでいる十六夜と桜庭を助けるため。今は一色を助けるため。俺のやったことが間違いではないと言われた気がした。それから、俺たちはカワウソコーナーやサメがいる大水槽など水族館を楽しみつくしていく。最後にイルカショーを楽しんだ俺たちはお土産コーナーにやってきていた。
「お土産コーナーってどれにしようか本当に悩むわね。うちはここの水族館限定って言葉に弱いのよ」
「あたいもなんか買っていこうかな。大きなシャチのぬいぐるみも気になるが、寮に飾る場所なんてあったっけな」
「我は涼風先生の分までお土産を買っておくのだ。あの人、コーヒーがてらに甘いものを食べるのが好きであるからな」
「俺は夜月になんか買っていくか。自分が家業で頑張っている中、みんなで水族館に行ったのがばれると『せめてお土産くらい欲しかったですよ』って言われるだろうからな」
「あんまり大きなものを買うと、これからが大変だと思うぞ。コインロッカーもそんなにあるわけじゃない」
「ご心配ありません。何かあれば全て私がお持ちいたします。好きなものを買ってくださいませ」
いつもみんなのことを第一に考えて動くティア。それがロボットに搭載された機能なのかもしれない。だとしても、大事な俺の仲間なんだ……ファーストペンギンの出番だな。
「ティアは何か欲しいものはないのか? あれば俺が買ってやるぞ。お金のことは気にしなくていい。いつもお世話になっている礼だ」
「いえ、私のことはお気になさらず。私はただのロボットでございますから」
「いや、駄目だ。お前は確かにロボットだ。でもな、俺にとっては大事な……友人の一人だ。俺が一番ティアの世話になっている。俺が何か買ってやる。欲しいものを言え、これは命令だ」
欲しいものを言うように命令する友人がどこにいるんだよ。俺が言うのもなんだが、素直じゃないな。それだけ一色にとっては大切な存在と言うことなのだろう。孤独である自分を支えてくれた最初のロボットの友人。
「……直史様が買ったものであるなら何でもいいです。直史様は私にどんなものがお似合いだと思いますか?」
「……このペンギンのストラップとかいいんじゃないのか? 直感だが、ティアに似合っている気がする」
「そうですか。それならそれをお一つください。後生大事に致します」
「そこまでのものじゃない。分かった。ちょっと買ってくるから待っていろ」
一色がレジに向かったのを確認すると、俺たちの顔から自然と笑みがこぼれていた。俺たちと一色とだけでなく、一色とティアの仲も一段と深まった。俺たちのやれることはほとんど終わった。後は一色が前に一歩踏み出すのを待つだけだ。
次に俺たちは近くのショッピングモールに行き、カフェで休憩をした。その後はウィンドウショッピングをして、それぞれの見たい服や雑貨などを見て回った。それなりに荷物が多くなった人もいたが、誰一人としてティアに持たせるようなことはしなかった。
そして、日が沈む。辺りは暗くなるはずなのに、眩いほどの明かりと活気が満ち溢れる。闇夜を照らす夜のイベント。夏祭りの始まりだ。
「結構人が多いな。これだけの祭りがあるとは思わなかった」
「結局荷物は最寄りのコインロッカーに預けられたし、自由に遊び放題だな」
「あー、せっかくのお祭りなら浴衣を着たかったわ。お祭りは楽しんでなんぼだもんね」
「あたいも祭りは楽しんでなんぼ派だね。浴衣を着てこれなかったのはしゃーねぇが、その分他のことを楽しもうじゃねぇの!」
「うむ! 色々な屋台があるのだ。全部見て回るぐらいの勢いで楽しむのである!」
俺たちはそれこそ、全ての屋台を制覇する勢いで見て回る。りんご飴やチョコバナナ、焼きそばにイカ焼きなどいろんな食べ物を買っては食べていく。中々倒れてくれない射的やかつて財布を空にさせたくじ引きに翻弄されながらも祭りを楽しんでいく。
五人と一体、本来交わることのなかったかもしれない俺たち。それが今はみんな笑顔で一緒に遊んでいる。人生とは全く分からないものだ。
「金魚すくいがあるわね。やりたいけど流石に寮で生き物は買えないわ」
「そんならスーパーボールすくいでもするか? 誰が一番とれるか競争しようぜ」
「いいであるな。我のポイ技術、とくと見るがよい!」
「ちなみにポイを魔力で覆うと耐久力が増すが、注意されるのでやったら駄目だぞ」
「絶対にやったことがあるだろ八雲……」
有言実行。全ての屋台を見て回った俺たち。気が付けば大事なイベントがすぐそこにまで迫っていた。俺たちは穴場である高台を見つけ、今か今かと待機していた。
「祭りと言えばやっぱりこれだよな」
「そういえば久しぶりだな。楽しみだ」
「そろそろ静かにするのだ。時間になったのである」
みんなで夜空を見上げる。そこには綺麗な花畑が広がっていた。俺は周りを見る。誰もが輝いた目で夜空を見上げて見惚れていた。そんな中、一色だけは悲しい顔をしていた。大きな音が鳴り響く。俺は他の人には聞こえないように一色の近くに寄って語りかける。
「一色は……今でも孤独を感じているのか?」
「……かもな。楽しい、楽しいよ。ここまで楽しかったのは今までにない。本当に感謝している。それでもやっぱり、俺は普通の人とは違うんだという現実をつきつけられる。楽しければ、楽しいほどに。結局俺はどこにいようと、ひとりぼっちなのさ」
「……一色、人間はな、どう頑張ってもひとりぼっちにはなれないんだ。どうしてだと思う?」
「俺には、八雲たちがついてるって言いたいのか?」
「それもある。だけどな、俺が本当に言いたいのはそうじゃない。人間はひとりぼっちにはなれない。なぜなら……一色の命は過去から未来へと繋がっているからさ。一色が頑張ってきたこれまでの人生、これからの人生は未来へと繋がっている。だから、ひとりぼっちじゃないんだよ」
夜空にひと際大きな花が咲く。俺たち二人の顔を照らす。夜空にこだまする音。訪れる静寂。次にその場に現れたのは……一色の特大の笑顔と笑い声であった。
「あはははははははははははははははははは!!」
「そ、そんなに変なことを言ったか? 気を悪くしたのなら謝るぜ」
「あはははははは!! 違う、そうじゃない。八雲がそんな詩的なことを言うとは思わなかったからさ。おかしくてたまらないのさ!」
「笑うことねぇだろ! 俺だって自分がこんなことをいうタイプじゃないって分かってるさ。ったく、二度は言わねぇからな」
「何だ? どうかしたのであるか?」
「いや、ちょっとな……なあ、みんなに聞いて欲しいことがあるんだ」
「何よ?」
「俺の実家は崎宮にあるんだ。結構広くてな。蔵には色んなお宝が眠ってるんだ。今度見に来ないか?」
俺たちに笑顔が伝染する。俺の言葉を一色がどう感じたのかは分からない。けれども、一歩踏み出すためのその背中を、押してあげることはできたみたいだ。暗い闇夜の空に、またひとつ、花が咲く。




