第六十三話 夜を照らす月
「いよいよやってきたぜ、このときがよお!! 俺があんときからどんだけ待ち望んだと思ってんだよ、ああん?」
「知るかよ。俺は全然待っていなかったからな。全く、面倒くさいことこの上ねぇよ」
広場にたどり着いた俺たち。昂っているのかさっきからやたらと饒舌なサード。何か喋らないといけないノルマでもあるのだろうか。人狼ゲームなら真っ先に疑われて処刑されるぞ。サードがハイになっている隙に、俺はさり気なく斎賀に触れる。
(「斎賀、聞こえるか? これが俺の言っていたテレパシー能力だ。斎賀も強く念じてみろ」)
(「うおっ!! 脳内に直接!? 聞いてはいましたが、本当に便利っすね」)
(「とりあえずサードの相手は俺がする。斎賀はそこで見守っといてくれ。あいつは相当に強い。強さ的には最上と獅子王先輩の間ぐらいだろう。今の俺には勝てる可能性は低いが、なんとかやってみる。斎賀は何かあったら逃げろ」)
(「そういうわけにはいかないっす。先輩をサポートをするための俺の出番っす。ということで、早速スキルを発動するっす」)
スキルを発動だと。戦う前に仕掛けておくタイプのスキルなのか。俺が斎賀のスキルを予想していると、斎賀の魔力量が上昇、スキルを発動する。すると、斎賀の体を中心にしてドーム状の空間が広がる。広場の中央にいる俺たち。気が付けば斎賀の空間は広場全域を覆っていた。
(「これでほぼ準備は完了っす。後は思う存分戦ってくださいっす」)
(「分かった。俺は斎賀を信じている。二人で一緒にあいつを攻略するぞ」)
俺がサードに向かって歩を進める。サードは斎賀のスキルを不思議そうに確認していたが、俺が向かってくるのを見ると、口角を上げてにやりと笑う。
「八雲の方から向かってきてくれて嬉しいぜ。あいつのスキルが何かは知らねぇが、あいつ自体からは何の覇気も感じねぇ。どうせ雑魚スキルだ。気にするまでもねぇ」
「あまり斎賀を甘く見るなよ。戦い終わった後には俺の名前だけじゃなくて、斎賀の名前もしっかりと記憶に刻み込んでやるからな」
「それはどうかな? 俺に負けたやつの名前なんていちいち覚えてられねぇからな。そんじゃあやるとしようぜ。【月喰みの狼王】」
狼男に変身するサード。満月を見ると変身すると言われている狼男の伝説。月と合わさって幻想的な雰囲気を漂わせていた。
「月を見て高揚したか? 中々にかっこいいじゃねぇか。そこだけは素直に褒めといてやるよ」
「馬鹿いうんじゃねぇぞ。俺はただの狼じゃねぇ。月を克服した狼の王だ。月なんてなくても俺はいつでも狼になれるってんだよ。月なんてもんは鬱陶しくて仕方がねぇよ。おい、斎賀と言ったか? てめぇが開始の合図をしろ」
斎賀が準備はできてますかとテレパシーで合図してくる。俺は準備は万端、一緒に狼を討伐するぞとテレパシーで声をかけた。
「いいっすよ。俺が合図をするっす。それでは、両者位置について。よーい、アクション!!」
独特な掛け声と同時に戦いの火蓋が切って落とされた。俺は【不調で絶好調】を発動。まずは、小手調べに魔力を凝縮。魔力弾を放つ。しかし、サードは避ける素振りどころかガードすらしない。そのまま魔力弾がサードに直撃する。
「うへへ、いってぇーな。まずまずの威力だ。だが、こんなんじゃ俺はいつまで経っても倒せはしねぇぞ。いいか八雲、遠距離攻撃ってのはよー、こうやってやるんだよ!!」
鋭い爪に魔力を纏わせたかと思えば、思い切り虚空を引っ掻くサード。複数の斬撃が発生。いや、爪撃というべきか。爪撃が勢いを伴って俺の元まで迫る。速い。しかも範囲が広い。避けることは不可能か。初見では避けられないほどのスピードと攻撃範囲。俺は魔力による全身防御で受けきる。
「ぐおっ!! こいつはやべえ!!」
「俺の攻撃はどれも必殺クラスの威力を持つ。受けきれると思うんじゃねぇよ」
どんどん削られる俺の魔力防御。俺は全爪撃に【進んで戻れ】を付与。爪撃がサードの元へ戻っていく。サードは表情一つ変えずに軽い身のこなしで爪撃を避ける。何が嬉しいのか。サードは笑みを顔に浮かべながら俺のことを見つめる。
「やっぱ、そうこなっくちゃなあ!! こんな簡単にはやられてくれねぇよなあ!! 俺に一発くらわしたんだ、このぐらいでやられては困るってもんだ。にしても、カウンタースキルまで使えんのか八雲。いや、今のは前に俺がくらった、放った攻撃が返ってくるスキルの応用技だな。すげーじゃねぇか。わくわくしてくるぜ!!」
「当たり前だ。こんな攻撃では俺はやられたりはしねぇよ。逆に聞くぜサード。お前の力はこんなものか?」
「へへっ!! そんなわけねぇだろ!! いくぞおらああ!!」
両手の爪に魔力を溜め始めるサード。両手を使って虚空を引っ掻き続ける。先ほどの爪撃の連続攻撃。ずっと受けきるのは危ない。俺は【不調で絶好調】を再度発動。爪撃と爪撃の間を縫うようにして、ジグザグに躱しながら距離を詰めていく。サードとの距離はほとんどない。サードが近づいた俺を引っ掻こうとしたところを足ではじき飛ばす。はじかれた手から爪撃があらぬ方向に飛んでいく。爪自体は威力が高すぎて無理だが、その根元である手首ならはじき飛ばすことができる。
サードが俺を切り刻もうと爪による攻撃を多用する。俺はしっかりと攻撃を見極め手首をはじき返す。避けられる攻撃は体をずらして回避する。風を切り裂く音が耳元をかすめた。俺はサードの攻撃を回避しながら反撃を試みる。サードはまたしても魔力での防御すらしない。俺の攻撃をひたすらに受け続ける。
サードが中段蹴りを放つ。俺は両腕に魔力を集中させてガード。それでも数メートル後退させられる。ここまでの攻防で、サードの尋常じゃない攻撃力と並外れた耐久力を思い知らされる。狼の王は伊達ではないということか。
「ふへへへへ、いってー、いってーな。八雲、お前のパンチは中々に鋭いぜ。人を殺すパンチをしている。俺よりも優れた体術。相手としては申し分ねぇな」
「やせ我慢選手権があったら間違いなく一位を取れてるだろうな。それとも何だ? お前はマゾなのか?」
「かもしれねぇな。痛みを知ることで相手の強さを知ることができる。生きているって感じがするからな。けどよー、このままってわけにはいかねぇんだわ。今日の俺はお前に借りを返しに来たんだからな。しっかりとくらってもらうぜ。とはいえ、体術では敵わねぇ。半端な攻撃じゃ跳ね返される。本当にもったいないが仕方がねぇ。八雲には死んでもらうわ」
サードが両手に魔力を溜め始める。溜めた魔力を凝縮させると、右腕を上に左腕を下に構える。まるでそれは狼の牙のような形をしていた。
「じゃあな八雲。楽しかったぜ! はあっ!! おらよおおおおおおおおお!!」
牙の構えから放たれた魔力弾は狼の幻影を伴って俺をめがけて疾走する。あたかも大きな狼が向かってくるような感覚。最初に見せた爪撃よりもずっと速く範囲が広い。俺は必死に受け止めうとするが、一瞬にして俺の魔力防御が削られる。スキルを付与する暇すらない必殺の一撃。何とか思考を巡らすが、ダメージを回避する方法がない。
俺の思考は敗北に行きつく。駄目だ、どうしようもない。俺はやられてしまうのか……いや、まだだ。何とか耐えきるんだ。体がえぐられた瞬間に【進んで戻れ】を無理やり付与。そこから【利益で不利益】を使ってどうにかしてこの状況をひっくり返すしかない。斎賀だけでも逃げられるようにするしかない。
「カット!!」
俺が一瞬にしてやるべきことを理解する。そして致命傷を覚悟したとき、ドーム内にいる斎賀以外の動きが全て止まる。俺やサードだけじゃない。サードの放った攻撃さえ止まっている。何だ、何が起こっている。一体斎賀は何をしている。これが斎賀のスキルなのか!?
「テイク2!!」
斎賀が叫ぶと俺の視界が暗転する。次に俺の目に移ったのはサードの姿。しかし、俺と斎賀とサードの位置が変わっている。いや、勝負をする前の位置に移動している。
「何が起こりやがった? 俺の攻撃は確かに八雲へ命中したはずだ。だというのに、俺と八雲、それに斎賀の位置が初期位置へ戻っている。攻撃を食らった痕跡すら残ってねぇ。ほーん、ただの雑魚スキルじゃなかったのか」
俺は状況を確認する。俺の魔力量は消費する前に戻ったし、傷も痛みも一つもない。夜空を見上げる。月の位置は戻っていない。時間が戻ったわけではないのか。ただ、このドーム内にいる俺たちの状態が勝負前へ戻った。そういうことなんだと思う。
(「斎賀、これはどういうことだ?」)
(「これが俺のスキルっす。セーブ地点を設定して、不都合なことが起こればセーブ地点からやり直す能力。勝てることはないっす。負けることもあるっす。ただ、絶対に足止めはすることができるスキル。これが俺の【演出する人生】っす!!」)
……なるほど、これは確かに難しいスキルだ。いくらやり直したところで、勝ち筋が見つからなければ負けるだけのスキル。何度も戦い続けるよりは牽制用に黙っておいた方がいいということか。……ったく、ありがとな斎賀。お前のスキルは確実に役に立っている。俺は今、こいつへの勝ち筋を見つけたからな!!
(「斎賀、やり直せる回数はあとどれくらいだ?」)
(「頑張っても十回ほどっす。どうしますっす?」)
(「俺に作戦がある。あいつに勝つための作戦が……俺のことを信じてくれるか?」)
(「もちろんっす!! 二人で一緒にあいつに勝ちましょう!!」)
俺は長い戦いを予感する。大丈夫だ、必ず勝てる。俺は……父さんと母さんの息子だからな!
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「おいおい、大丈夫か八雲。これで六回は俺に負けているぞ。いくらやり直せても結果は同じだ。本当に俺に勝てるのか?」
「まだまだ。必ずお前に勝って見せる。いくぞ!!」
俺が接近戦を仕掛ける。相手の攻撃を絶妙なタイミングで避けて反撃をする。ところが、サードはけろりとしていた。いくら相手の攻撃を見切っても俺の攻撃が通用しない。ダメージを食らえば動きのキレが落ちてしまうため、頼みの綱である【利益で不利益】も容易には使えない。俺は結局牙の魔力弾にやられてリセットを繰り返す。今ので俺が負けたのは七回目となった。攻撃は通用せず、牙の魔力弾を防ぐ方法もない。俺がサードに勝てる術はなかった……今の状態ならな。
「これで七回目。いい加減に諦めたらどうだ。俺の体術を見切っても、俺を倒せる攻撃力と牙の魔力弾を防ぐ方法が無ければ同じことを繰り返すだけだぜ。ぼちぼち俺も飽きてきたってもんだ。さっさと負けてくれねぇか?」
「負けてくれって言われても、俺はお前にもう七回も負けてるぜ。なあ、気づいているかサード。いくら勝負がリセットされても、俺がお前に負けたという事実は消えてねぇんだぜ」
「何を偉そうに。そんなもん知っている。わざわざ自分が勝てないことを自慢したいのか?」
「いや、そうじゃねぇんだ。どれだけお前に負けてもいいんだよ。どれだけ負けようとも、大切な仲間たちが再び立ち上がらせてくれるから。だから、俺は一回お前に勝てればいいんだ」
「その一回はいつになったら来るんだ? 一生来ねぇかもしれねぇぞ?」
「……少し俺の父さんの話をするぞ。俺の父さんはな、ある人へ勝つために何度負けても立ち向かっていったんだ。何度も何度も負けても毎日のように挑みまくった。そしたら、ある日ついに勝てたんだよ。そして、その一回の勝利が二人の人生を変えた」
「そうかよ。だとしてもお前が俺に勝つのは少なくとも今日ではないと思うぜ。この先の未来にもないがな」
「なあ、俺の父さんはどうして勝てたと思う?」
「相手の調子がたまたま悪かったんじゃねぇか? 不運だな、負けたやつも」
「いや違うんだ。俺の父さんにはスキルがあったんだ。同じ相手に負け続けるほど、身体能力と魔力が跳ね上がるスキル。負けている間は他の誰にも勝ってはいけない。そのいかにも扱いづらいスキルの名は【七転び八起き】。そして、それは、そのスキルは、息子である俺にも受け継がれることとなった。そう、俺も持ってるんだよ。同じ相手に負け続けるほど、身体能力と魔力が跳ね上がるスキル。そのスキルの名もまた……【七転び八起き】!!」
途端に俺の魔力が桁違いに膨れ上がる。俺はその魔力を手元に凝縮。バランスボールほどの魔力弾を生成する。それはまるで夜空を照らす満月。俺の膨大な魔力の光に照らされたサードがじりじりと後ろへ下がっていく。
「何だこの魔力の量は……ありえねぇ。こんなことはありえねぇ。体が震えてやがる。言うことを聞かねぇ。この俺が、この俺様が!!」
「月なんて鬱陶しくて仕方がねぇって? 馬鹿言うんじゃねぇよ。月は暗闇の中でも俺たちを導いてくれる希望の光だ。お前に今から月のありがたさを教えてやるよ。その身にしっかりと刻むんだな!!」
「……舐めるんじゃねぇぞ!! 俺は月を乗り越えた狼の王だ!! そんなもんに負けてたまるかよ!!」
「俺が負けさせてやるって言ってんだよ!! すぅー、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
魔力弾は放たない。持てる力の全てをスピードに回して亜音速まで上昇。一気に距離を詰めて、俺は手元にある魔力弾をサードにぶつけようとする。しかし、サードが超反応。上空へ跳躍する。あと一歩のところで躱されてしまった。躱された俺はスピードを殺せずサードの下を通り過ぎる。
「ふははははは!! あと少しだったな八雲!! 紙一重の差で俺の勝ちだ!!」
サードが両手を上下に構え、牙の形を作る。何度も俺がやられた牙の魔力弾を再び放つつもりだ。だが、そこまで想定内。ここからが本番だ。【止まって動け】を発動。魔力弾が急停止する。俺は亜音速の中で無理やり停止させた魔力弾を軸にして半回転。サードの方に向き直る。魔力弾を手元に力ずくで残すよう維持したこと。亜音速で強引に方向転換したことで、俺の体は致命傷を食らう。けど、これでいい。
「ぐおおおおおおおおおおおおおお!! 【利益で不利益】!!」
自らダメージを食らうことで俺は【利益で不利益】を発動。魔力弾が一回り大きくなる。跳躍したサードが着地しようとする。そこを狙えば攻撃が当たる。
「くそがっ!! 俺の攻撃ごと俺をぶっ飛ばそうってか!? いや、無理だ!! 今の急旋回で相当なダメージを負ったはず。さっきのスピードは出せねぇ!!」
「そうだな……俺自身は出せねぇよ。でもいいんだ。さっきのスピードは、この魔力弾が持ってるからな!! 【進んで戻れ】!!」
最初に突っ込んだスピードと同じスピードでサードの元へ魔力弾を放つ。いや、戻っていく。絶大な威力を誇る俺の魔力弾がサードを捉える。迎え撃つサードは両手で上下に挟み込み、俺の満月のような魔力弾を噛み千切ろうとしていた。
「くっ!! ぐおおおおおおおおおおおお!! 俺は月を克服した、月を乗り越えた狼。こんな攻撃で負けてたまるものかあああああああああああ!!」
「月を乗り越えたって? それはどうやら嘘みたいだな。月はずっとお前の傍で待っていたんだからよ」
「何を……言ってやがる!!」
「決まってるだろう……運のつきだよ」
「ぐううっ……!! ……八雲おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
徐々に押され始めるサード。両手がどんどん開いていく。俺は振り返る。勝敗は最後まで見なくても分かっていた。
「くそっ!! 待てっ!! 八雲おおお!! ぐおっ、ぐああああああああああああああああああああああああああああ!!」
夜空に響く狼の悲鳴。遠くでサードが崩れ落ちる音が聞こえた。俺は空を見上げる。月の女神と一緒に父さんが微笑んでいる気がした。
「カット!! オーケー!! ……やった……やったっすよ八雲先輩!! 俺たち、あんな強い相手に勝ちましたっすよ!!」
「ああ、斎賀のおかげだ。本当にありがとう。このまま喜びを分かち合いたいところだが、俺にはやり残したことがある。斎賀、この場は任せてもいいか?」
「獅子王先輩っすね。分かったっす!! この場は俺に任せるっす!! けど、無理だけはしないでくださいっすよ。八雲先輩もボロボロっす」
「大丈夫。少し声をかけるだけだ。応援みたいなものだと思ってくれ。それじゃあ、また後で」
俺は満身創痍の体で『真っ新な大地』を目指す。気づいてしまった。ゼオと言う名前の由来。感じてしまった。ゼオと言う名前の大切さ。俺は伝えなければならない。ゼオと言う最強の男を呼び起こすために。




