第六十一話 大人の戦い
隼人たちが『真っ新な大地』に向けて突き進んでいく中、各地の状況も変わりつつあった。ここは厳宮島。遊馬真琴によって守られている土地である。真琴が『真っ新な大地』に紅蓮が現れたという情報を確認したのとほぼ同時のことであった。真琴は邪悪な気配を厳宮島の各地から感じ取る。まるで邪悪な魔力を持った動物が島中に現れた感覚。すぐに周りへ連絡を取る。
「この感じ、何か現れたっぽくない? 敵が動き出したかもしれないから、気を付けてよねー」
電話を切った真琴は即座に動き出す。邪悪な気配から大元の存在、スキルの使用者を感知しようと試みる。どうやら、スキルの使用者は島の裏側ではなく、表側の桟橋方面に堂々と現れたようだ。
「これはやられたっぽいなー。でも、天岩学園のみんななら、何とか持ちこたえてくれるでしょ」
高速船で乗り込むとしたら明かりの少ない島の裏側だと思って見張りをしていたが、どうやら敵の一人は大胆な性格のようだ。どのように島内へ紛れ込んだのかは知らないが、今は急いで向かうしかない。そして、邪悪な魔力と真琴が接敵する。相手は影から生まれたかのような姿をした異形の存在であった。どこか動物のような姿をしているが、何かが異なっている。
「とりあえず、倒して進んでくしかないよね。ほっとくわけにはいかないし。【紅玉と蒼玉の魔眼】」
スキルを発動した真琴。サファイアの目で異形を視認し、弱体化をかけようとする。しかし、
「あれ? 効果が薄すぎる。速度低下のデバフでこんなに見つめ続けてるのに。光属性を持ってる? ……いや、違う!! 敵も魔眼持ちだ!!」
魔眼による能力は魔眼持ちや魔眼で生成されたものには効果が薄い。真琴は気づく。この異形たちは魔眼によって生成されており、スキル発動者を倒さないと永遠に生成され続けることを。逆に、スキル発動者さえ倒してしまえばこの異形たちは消える。電話をかけなおす真琴。
「ごめん、この影でできた異形たちはみんなで対処して。あーしは直接敵を倒しに向かう。それと、敵はあーしと同じ魔眼持ち。見つけても手を出さないように注意喚起してね」
真琴がスキル発動者を直接倒しに行くもう一つの理由。それは、魔眼持ちには魔眼の耐性がある魔眼持ちが挑んた方がいいから。相手が異形のスキルだけでなく、他のスキルを持っていた場合、自分が対処した方が比較的安全であると考えた。
異形を無視してスキル発動者の元へ急ぐ真琴。ルビーの目で自分の足を見つめ、速度上昇のバフをかける。異形たちをすり抜け、駆け抜けていく真琴であったが、異形たちの動きが突如として変わる。まるで、真琴の進行を妨げるように道を塞ぐようになったのだ。
「ああー、もしかして、異形の視覚と共有できるっぽい感じ? あーしのことばれちゃったか。ま、それならそれでいいか。ぶっ飛ばしながら進めばいいだけだもんねー」
自分の上半身や下半身を見つめると、力上昇と魔力上昇のバフをかける。速度上昇のバフでスピードが上がった足と、力上昇と魔力上昇のバフでパワーが跳ね上がった真琴を止められる者はいない。それに、効果は薄くても魔眼の力は発動する。サファイアの目で防御低下のデバフをかけた真琴は異形を蹴散らしながら、どんどん魔眼持ちの元へまで迫っていく。
五十を超える異形を倒したころにはスキル発動者の元へたどり着いていた。いや、あちらの方からやってきていた。
「困りましたね。まさかあなたがいるなんて、遊馬真琴。同じ魔眼持ちとしてはこれ以上当たりたくない相手だったというのに。本当に運が悪いですね。ですが、この島で一番強いあなたを倒してしまえば、後はこちらのものです。よくもまあ、ここまで僕の従僕たちを倒してくれたものです。あなたを先に倒さないと魔力を無駄に浪費することになりそうですからね」
「へぇー、漆黒の魔眼か。かっこいいじゃん。そんなにかっこいい魔眼を持っているのになんで真極なんかに従ってんの? もったいないと思うんだけどー」
「もったいないか、そうではないかは僕が決めることです。紅蓮の理想と僕の理想が一致した。それだけの話です。無駄話もここまでにしましょう。【闇夜の悪夢】」
「オニキスか。皮肉だね。オニキスには持ち主の意思を強くするって言う意味があるのに、あなたは迷ってる。その迷いがどんなものか見させてもらうよ。【紅玉と蒼玉の魔眼】」
「……迷いなんてありません。どんな手段を使っても、紅蓮の理想を叶えるまで!!」
辺りに様々な動物に似た異形の存在が生成される。象やサイ、虎やチーターなど攻撃的な動物に似た何かが一斉に攻撃してきた。
「そんなものいくら束ねてかかってきても、食らわないっつーの!!」
襲ってくる異形たちを次々と屠っていく真琴。真琴は同時にサファイアの目で望遠絶我を見つめる。絶我のスピードが遅くなる。それでも、絶我は魔眼持ち。余り効いているようには見えない。
「やはり、魔眼持ちには体術で勝負するしかないようですね!!」
「能力上昇しているあーしとやりあえると思ってんの? 片腹痛いっつーの!!」
二人の拳が激突する。絶我は影を拳に纏い、そのまま連打を繰り出す。そのことごとくを打ち返す真琴。優勢なのは明らかに真琴の方だった。
「全く、自分にバフをかけることで魔眼持ちに対しても強く出れるのはずるいですね!!」
「一発も食らっていないのに、そんなすました顔で言われても嬉しくないっつーの!!」
押しこんでいても後一発が当たらない。大事なところで攻撃を見切られている気がする。焦った真琴が一歩踏み込んだ時だった。
「いつっ!! 何よこれ!?」
足元を見ると、ヒラメの姿に似た異形が地面に張り付いていた。今の痛みはどうやらこのヒラメを踏んだことにより発生したみたいだ。いくら周りに明かりがあっても、夜では足元にある黒い物体は見えづらい。
続けて背中に痛みが走る。急いで背中にいる異形を掴みとると握りつぶす。背中にいたのはトカゲの姿をした異形であった。違和感を感じた真琴が上空を見上げる。すると、闇に紛れて烏の姿に似た異形が木の上から真琴の動きを見ていた。
「体術では勝てなくても、からめ手はこちらの方が上のようですね。魔眼持ちのため、決定打のダメージにならないのが痛手ですが」
「最初に大きな動物を出したのは、小さな動物を闇に紛らわせるためのフェイクってこと? してやられたわね。あんた、強いわよ」
「まあ、僕に有利な夜に戦わせてもらっていますからね。これで勝てなくては困るというものです」
即座に烏を魔力弾で撃ち落とす真琴。しかし、方向性を変えた絶我の異形が牙をむく。絶我の異形は蜂のような小さな昆虫に似たものにまでなり、異形が軍団で飛んでくる。真琴には全体攻撃がない。小さな異形の対処は全身防御で受けきるしかないのだ。加えて攻撃をしてくる絶我。体術の方でも徐々に押され始める。バフとデバフを駆使してなんとか持ちこたえる真琴であったが、相手に主導権を握られた展開が続いていた。
「ねえ、あんたは心とか痛まないわけ? 真極が何をしてきたか知ってるでしょ? 真極と一緒にいる子供たちを見ても何も思わないわけ?」
「……思いますよ。思わないわけがないでしょう。ですが、そんなものも迷いも罪悪感も全て、理想郷にたどり着けば全てなくなるはずです!! 僕はどんな手段を以てしてもたどり着かなければならないのです!!」
「……そう。はぁー、良かったー。あなたが常識人で。真極みたいな奴ならどうしようかと思ったわ。これで勝つことができる」
「何を言っている。全体攻撃を持たないあなたが勝てる道理はありません。このまま理想郷の礎となってもらいましょうか!!」
「全体攻撃ねー、そんなの持ってないわよ……この魔眼のときはね!!」
真琴の瞳が揺らぐ。そして、地面からエメラルドの結晶体が生えてきて小さな異形を攻撃する。異形たちが形を崩して散っていく。次に真琴が大きな異形を見つめると、異形の体がゆっくりながらどんどん結晶化し、綺麗なエメラルドの結晶体となった。
「……なんだと。そんなことがありえるのか……まさか、魔眼のマルチホルダーだと!?」
「ご名答。これもあーしのスキル。【翠玉の魔眼】。エメラルドの結晶体で攻撃したり、物体を結晶で包み込むことのできる能力。そして、これは人間にも適用されるの。罪悪感を持った人間に限りね」
エメラルドの瞳で見つめられた絶我の足が結晶に包まれていく。結晶はゆっくりと絶我を包み込んでいき、下半身は完全に包み込まれてしまった。
「……どうやら、ここまでのようですね。あー、僕も理想郷に行きたかったのにな。理想郷に行けば、許されると思ったのにな……」
「あんたは理想郷には行けないわよ。知ってる? エメラルドには幸福って意味があるの。必死にこれからの人生頑張っていけば、天国には行けるかもね」
「そうか……天国か。天国に行けば、もう一度会えるのかもしれないな。ふははははははは、全く俺は馬鹿な男、だ、よ……」
絶我の全身がエメラルドに包まれる。同時に、周りにいた邪悪な気配も消えてなくなった。結晶化の解除は任意のタイミングで行うことができる。石のように固い意志。そこから生まれたオニキスの魔眼。真琴は悲しい目でエメラルドに包まれた絶我を見ながら電話をかけるのであった。
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一方そのころ小野道では、二人の男が離れた位置で見つめ合っていた。警備に当たっていた愛染蔵之介は見つける。高低差のある小野道の街。その一番上にある展望台から見下ろしている人物を。
「うーむ、明らかに怪しいのぉー。内に秘めている魔力も膨大じゃ。とりあえず話かけにいってみるかのぉー。【間渡り】」
スキルを使って瞬間移動をする蔵之介。いきなり目の前に蔵之介が現れたことで終道那由多は目を見開く。
「お前さん、ちと話を聞いてもいいかのぉー。今は外に出るのは危ない時間帯なんじゃー。お前さんは一体何をしとるんじゃ?」
「貴様は愛染蔵之介だな。貴様に話すことなど何もない。早く帰れ」
「そういうわけにはいかんのぉー。今から各地で極悪人が暴れようとしておるんじゃー。危ないから避難所に行ってくれんかのぉー。それとも、お前さんが極悪人かのぉー?」
「……誰が極悪人だ。訂正しろ愛染。俺は極悪人ではない。さもないと貴様を殺すことになるぞ」
「それは困るのぉー。まだまだやり残したことがあるんじゃ。死ぬわけにはいかん。訂正するかどうかは……お前さんが檻の中に入った後で考えようかのぉー」
「戯言を。貴様にずっと邪魔されるのは不愉快だ。それに、貴様を倒せば小野道は制圧できたも同じ。それではやらせてもらうとしよう。【堕落失墜】」
那由多の背中から二対の漆黒の翼が生える。そして、そのまま展望台から上昇し、魔力を溜め始めた。
「飛行能力か。じゃが、わっしからは逃げられんぞ。【間渡り】」
飛翔した那由多の目の前とは逆方向。真後ろに現れる蔵之介。それを察知した那由多が再び上昇。蔵之介の上から魔力弾を解き放つ。避ければ小野道が壊れることを案じた蔵之介が集中防御で受けきる。しかし、あまりの魔力弾の強さにぶっ飛ばされる。
展望台に衝突する寸前で瞬間移動を発動。体勢を立て直しながら展望台に着地する。瞬間移動の隠された能力の一つ。それは瞬間移動する前までの運動エネルギーをリセットすることができる。その分だけ魔力を多く使う羽目になるが、即座に体勢を立て直し衝突ダメージを防ぐことができる。
「何じゃ今の力は。魔力弾に凝縮された魔力の量はそこまで多くなかったはずじゃ。……なるほどのぉー、飛ぶだけのスキルではないということか。これは、ちと時間がかかるのぉー。それに、小野道を少しだけ破壊してしまうかもしれん。やむなしじゃのぉー」
スキルの瞬間移動にはインターバルがある。相手の不意を突いても上を取られるなら無理やり近接戦闘に持っていくことは難しい。だが、このまま待ち続けていると、逃げられるかもしれない上に、小野道が甚大な被害を受けてしまうかもしれない。
再度の瞬間移動を発動。今度は那由多の周りではなく、それよりも上に瞬間移動する。魔力を溜める蔵之介。スキルを使って時間を短縮。一気に膨大な魔力の魔力弾を生成する。それを見た那由多は迎え撃つのではなく避ける姿勢を見せる。
魔力弾を放つ振りをして那由多の死角である足元に瞬間移動する蔵之介。魔力弾を放つ。避けきれない距離からの不意を突いた一撃。確実にヒットする。ところが、那由多は少し溜めただけの集中防御で、蔵之介の特大の魔力を受けきってしまった。二人が展望台に舞い降りる。
「今のはヒヤッとしたな。流石は愛染と言ったところか。攻撃の瞬間はしっかりと見極めなければ危ないな。しかし、二度は通じんぞ」
「いや、これでいいんじゃ。今のでお前さんのスキルの能力は判明した。お前さんの【堕落失墜】という能力は自分よりも下にいる相手に対して絶大な威力を持つことができる能力じゃ。じゃから、上からの攻撃は回避しようしたが、下からの攻撃は簡単に受け止めた。最初の攻撃も圧倒的な力があるのにわざわざわっしの上を取ったのは、そうでないと能力が発動しないから、そうじゃろう?」
「よく気が付いたな。こんな短時間でばれるとは思っていなかった。まあ、ばれたのであればそれでいい。もう能力を隠すことなく、好きなようにできるのだからな」
「お前さんは何で真極に従うんじゃ? 強い人間がたくさん溢れた世界で何をしたいんじゃ?」
「従ってなどいない。俺たちは協力関係にあるだけだ。いいだろう、ついでだ。俺が極悪人ではないということを説明してやろう。どんな人間でもスキルと魔力を鍛えれば強い人間になれる。それには同感だ。力こそが平等になれる要素。俺も昔は弱かった。それでも鍛え上げたことでこのスキルがある。そして、全員が強くなって平等になった世界で全員に勝つことで、初めて真の強者となることだろう。俺は真の強者になりたい。それだけだ。プロの決闘者であるお前なら分かるだろう?」
「そうじゃな。誰よりも強くなりたい。一位になりたいという気持ちは分かる。じゃが、戦いたくもない人間を強くして勝ったところで、お前さんは嬉しいのか? 人間は自由であるべきじゃ。スキルや魔力を持って生まれてこようが、人間は自由に自分の人生を決めることができる。真の強者になりたいという気持ちは分かるが、お前さんのやり方は間違っておる。それだけの話じゃ」
「そうか……貴様なら分かってくれると思ったのだがな。ならば仕方ない。このまま貴様を倒させてもらおう」
月を背景に夜空を飛び回る那由多。そして、飛翔した那由多は魔力を溜めることはせず、数重視の魔力弾を放ちまくる。下にいる敵に対しては絶大の威力を持つ那由多のスキル。数重視でもとてつもない威力を持っている。これが那由多の本気。力を持った魔力弾の雨が展望台に降り注ぐ。蔵之介は悩んだが、展望台が壊れることを諦める。魔力を溜める。スキルを使って一気に凝縮。瞬間移動を発動して那由多の上を取る。だが、
「焦ると瞬間移動先が視線の先になる。ノールックワープができていないぞ!!」
「しまった!!」
瞬間移動先を読まれた蔵之介がさらに上空へ上昇した那由多のかかと落としをくらう。直撃した愛染は展望台へと急降下。轟音と小野道を揺らす振動と共に地面へ激突した。那由多が衝突した愛染の様子を見るために舞い降りる。衝突した展望台は崩れおち、砂埃を伴って瓦礫と化した。その中央には大きな亀裂ができており、愛染が致命傷を食らったことを確信した。
「BIG9も呆気ないものだな。いや、衰えたというべきか。プロの決闘者時代は皆に畏怖される存在だったというのに。歳を取るとは怖いものだな」
その呼びかけに答える者はいない。蔵之介は死んだ。那由多がそう確信したときだった。
「うん? ……何!? 馬鹿な!? 愛染の姿がない!? 奴はどこに行った!?」
このダメージでスキルを使えるわけがない。死んだかもしれないほどのダメージだったはずだ。那由多が辺りを見回すが、どこにも蔵之介の姿は見えない。高台から街を見下ろしても姿は確認できない。狐に包まれたような那由多が髪を乱暴にかき分けると、月明かりに照らされて一つの影が地面に落とした。そこで那由多は目にする。近くの建物に胡坐をかいて座っている蔵之介を。
「馬鹿な!? なぜだ……なぜ貴様は生きている。それも無傷で……確実に捉えたはずだ。ぶっ飛んでいく様子も瞬間移動を使わなかったのも確認した。貴様は確かに展望台へ衝突した」
「そうじゃ。そして、展望台に衝突した瞬間にスキルを使って渡ったのじゃ。十五秒も前の過去の自分に。時間の流れに逆らうからのぉー、魔力を膨大に使うために、あまり見せたことはなかったがのぉー」
那由多は呆然としたが、すぐに意識を切り替える。魔力を膨大に使ったということは二度目はないはず。さきほどのことを繰り返せば倒せるはずだと考えた。
「だが、次で終わりだ。貴様は俺のスキルを対処できるようになったわけではない。自由に飛行できる俺の方が強い」
「そうじゃな、わっしのスキルにはインターバルがあるからのぉー。ところでお前さん気づいておるか? わっしがさっき視線の先に瞬間移動したのはわざとだということに。わっしはそんなへまはせんぞ」
「では何のために食らった。膨大な魔力を使ってまで何がしたかった?」
「そんなもん決まっとるじゃろう、時間稼ぎじゃ。わっしにはもう一つスキルがあってのぉー。そのスキルの発動時間には三十分もかかるんじゃ。全く、不便なことこの上ないのぉー」
「三十分だと? それならまだまだ時間はかかるんじゃないか。戦い始めてからまだそんなに経っていないぞ」
「普通ならの話じゃ。お前さん、わっしのスキルを忘れたのか?」
「貴様のスキルだと……まさか!? 【間渡り】を使って発動時間を短縮したのか!?」
「そういうことじゃ。ここからのわっしは先ほどとは全然違うからのぉー。お前さんはもう終わりじゃ。【界渡り】」
「……くそ野郎が……愛染、貴様、俺を見下ろすんじゃない。俺が上だああああああああああああ!!」
勢いよく力任せに飛翔する那由多。蔵之介の上をとる。しかし、すぐさまに蔵之介が瞬間移動。再度那由多の上を取る。そこからさらに上を取る那由多であったが、またしても那由多の上に蔵之介が瞬間移動した。
「どういうことだ!? スキルのインターバルがなくなっているだと!? それにこの膨大な魔力は何だ!?」
「自分のスキルが限界突破する能力。それが【界渡り】じゃ。そら、いくぞ!!」
「くっ、ぐおああああああああ!!」
真上から拳を振り下ろす蔵之介。那由多は地面に向かって墜落する。地面に衝突する前に体勢を立て直して着地した那由多。だが、目の前には蔵之介がいた。ぶっ飛んでいく那由多。追撃を仕掛けるために蔵之介が瞬間移動する。
瞬間移動にはもう一つ隠された能力がある。それは、運動エネルギーのリセットをやめることで、瞬間移動を繰り返すたびに加速するというもの。距離を詰めながら何十回と瞬間移動を繰り返す蔵之介。その速さは亜音速。草木は揺れて、砂埃が舞い、飛び散った砂利がはじける。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! そいや!!」
「があっ……!!」
集中防御でガードをする那由多。それをいとも容易く貫通し、那由多の腹をぶち抜いた。ぶっ飛ばされた那由多は山に衝突。その振動と轟音は小野道の外まで響き渡った。
「ふぅー、疲れたのぉー。しばらく動けそうにないわい。後は任せたからのぉー、隼人」
蔵之介は胡坐をかきながら頬杖を突き、遠くの地にいる二人目の弟子に思いを馳せるのであった。
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島広市内。いつもは人が多く、賑わっている街も今では人気のない寂しい場所になっている。加治屋太一の歩く音が静寂の街にこだまする。人気のないその場所で太一は感覚を尖らせて敵の居場所を探していた。先ほど綾小路さんからかかってきた電話によると、真極の配下らしき集団が現れたと聞いている。しかし、その中に特別強者と思われる人物は見つからなかったそうだ。
「どうやら街にはいないみたいだな。市内を抑えるために人員を割いてくると思ったが、俺と同じ単独行動か。配下の敵たちは特殊部隊の皆さんに任せればいいが、真極の仲間の強者は俺が相手をしないとな」
相手は中々辛抱強いのか尻尾を全く出さない。しかし、太一は妙な感覚に陥る。それは、騒がしかったり、邪悪な気配がある訳ではない。あまりにも静かすぎるのだ。その空間だけ音が止まっているような感覚。
「なるほど……静かにしすぎるのも駄目なものだな。敵は中央公園か」
都会の中にある大きな広場、中央公園。太一が急いでたどり着くと、公園の明かりに照らされて一つの影が佇んでいる。男はベンチに腰を掛けて静かに座っていた。
「おいあんた、真極の仲間だろう? 体から滲み出る空気が常人とは違いすぎる。こんなところで油を売っていていいのか?」
「……うー」
「唸られても困るんだがな。何とか喋ってくれないか。このままだと攻撃するしかなくなるぞ」
「……お前、強い。真極、敵。邪魔、容赦しない」
「あんたも俺を探してたってことでいいか? それじゃあ、遠慮なく戦わせてもらうか。【紫雲・陽炎】」
「……うー、【理解できない把握できない】」
邪場魚空の体を灰色の何が包む。灰色の物体は硬質化すると、人間ベースの化け物。亜人ともいうべき存在が誕生した。その容姿は余りにも不気味。この世界には不釣り合いな異質の存在。違和感の正体はこれだと太一は確信した。
太一が武器を短剣に変化。素早い太刀筋で切り刻む。対する魚空は硬質化した腕を使ってガードし、太一の連撃を軽くいなす。これ以上の手数が必要と思った太一が短剣を双剣に変化。一対の剣が魚空を滅多刺しにする。
しかし、増えた手数に対応するように魚空の手の動きも速くなる。攻撃力がないと断ち切れない。方針を転換した太一が双剣を大剣に変化。魔力を全身に纏い、思い切り薙ぎ払う。だが、魚空の腕に膨大な魔力が凝縮。一撃必殺の大剣の重たい薙ぎ払いは、魔力で固められた両腕で受け止められてしまった。
「驚いた!! この一撃まで受け止めてしまうとは……さて、どうしたものかね」
「……うー、俺、強い」
相変わらず言葉をあまり発しない魚空。太一は大剣をナイフに変化。ナイフの切っ先に魔力を集中させる。そこからナイフによる突きの猛攻。防御の魔力さえも攻撃に全振りした一点集中の攻撃。魚空は魔力で集中防御するも、それすらも貫き本体へ刃が届く。刺された箇所はぽろぽろと崩れ落ち、ダメージが通っていることを予感させた。ところが、
「……うー」
「再生するのか。半端な攻撃では意味がないと。なるほど……あれしかないか」
ナイフを刀に変化させる太一。その刀には鞘がついていた。大きく深呼吸をする。足に魔力を溜め始める。魚空が止まっている太一に襲い掛かろうと最初の一歩を踏み出そうとした時だった。魚空の目の前から太一が消える。体を後ろに回そうとしたが動けない。代わりに視界が勝手にずれていく。次に魚空が耳にしたのは刀を鞘に納める音であった。
瞬きすら許されない超高速の抜刀術。それが太一の奥義であった。真っ二つになった体。確認した太一が魚空を背にするように振り返って歩き始める。魚空の上半身が地面に転がった音が聞こえてきた。
「……ふぅー……やはり生きているか」
「……うー」
後ろから襲い掛かってきた魚空を、鞘に入れた状態の刀で受け止める。そのまま鞘から刀を抜くと、振り返りざまに斬撃を放つ。再び直撃を食らう魚空。だが、千切れた上半身と下半身から触手のようなものが現れて合体し、上半身と下半身がくっついたのだった。魚空のスキルは不死身の能力。どうあがいても倒すことはできない。それでも太一は一つも焦ることなく、魚空に語りかける。
「あんたの能力。というかその化け物は空想上の生き物だろう? 空想だから倒すことができない。斬られてもすぐに復活する。そうだろう?」
「……」
魚空は唸ることすらしなかった。それは暗に正解であることを意味していた。正体が分かっただけでは倒すことができない。魚空が動き出そうとしたその瞬間、どこからともなく鉄を打つ音が聞こえてきた。闇夜に響く鋭い音が、魚空の耳をつんざく。それから魚空が目にしたのは、太一に握られた赤い光を放つ一振りの刀であった。
「これは俺のスキル、【瑞雲・鍛具鎚】。相手の特徴に対応した刀を作ることができる。この刀は空想を断ち切る刀。すなわち、『空想殺し』。すぅー、はああああああああああああああああああああああああああああああ!! せいやああああああああああ!!」
太一が思い切り刀を振りかざすと、そのまま遠くにいる魚空に向けて勢いよく振り下ろす。
「……うー? うううううううううううううううううううううううううううう!!」
一刀両断。放たれた斬撃は容易に魚空の体を真っ二つにした。魚空は再生を試みるも体がくっつかない。にもかかわらずなんとか戦おうと必死になって地べたを這いつくばる。ここで魚空は気づく。自分が生きていることに。自分の感情が高まってしまったことに。
「安心しろ。死んではいない。これは空想だけを断ち切る刀だからな。本体のあんたは死んじゃいないさ。それよりもあんたのスキルは見破ったぜ。あんたはただ理解されたかっただけなんだろう? 大丈夫だ。ずっと俺は受け止めていたぜ、あんたの気持ち。あんたの叫び。あんたは化け物じゃない、俺たちと同じ……人間だ」
「……うー、うー、うう、ううう、うあああああ……ああああああああ……その一言が……その一言だけが……ずっと聞きたかった……!」
不死身とも思える魚空のスキル。その弱点は自らを空想の存在だと認識されたことで、人間だと肯定されること。魚空は自分を化け物と偽ることで、全ての理不尽に耐えてきた普通の人間だった。
「ほら、歩けるか? 警察に連行するぞ」
「なあ加治屋太一……俺は……罪を償うことができるのか……?」
「それはできない。あんたが犯した罪は一生あんたについてくる。それでも頑張って生きてみろ。あんたが立派な……人間ならな」




