第五十一話 観光
そして、あっという間に時間は過ぎ、現在に至る。今は厳宮島に向けて出航しているフェリーに乗っているところだ。厳宮島の最寄にあるフェリー乗り場からだと、十分くらいで到着する。初めてここに来る人は世界遺産の一部である大鳥居や神社を見るために三階の外席に並ぶ人が多い。しかし、見慣れている俺と夜月は寒い外ではなく、温かい室内でゆっくりと過ごしていた。
「ここに来るまでバスで四時間、新幹線で一時間と電車で四十分ですからね。流石にちょっと疲れました。少しですが寝ましょうかね。バス内でも寝てましたし、少し寝すぎな気もしますけど」
「いいんじゃねぇか。カレーと同じで寝かせたほうがおいしくなるしな。寝ることは悪いことじゃないだろ」
「そこは寝る子は育つとかにしてくださいよ。カレーに例えられても嬉しくないです」
「悪かったな。着いたら起こす。早くしないと着いちまうぞ」
「はーい、ありがとうございます」
フェリーに揺られること約十分。フェリーは厳宮島へと到着した。ひとまず観光と行きたいところだが、荷物も多いため合宿所へ向かうことにした。俺たちのために用意された臨時のバスに乗る。今回の人数はかなり少なく、六十人強ほどしかいない。それほどまでに体育祭が盛り上がったのはいいことではあるが、逆に地元に訪れてくれる人が少ないというのは悲しいものである。
厳宮島の裏側にある大きな合宿所へたどり着く。そこはとても綺麗に整備されており、中にはサポートをしてくれる方が十数人いらっしゃった。俺たちは挨拶をすると、早速観光に向かう。朝早くに出たとはいえ、もう正午をとっくに過ぎている。俺たちは急いで観光に向かうのであった。
「今日と明日は自由行動ですわよね。と言いますか、かなり自由行動の時間が多いように思えますわ。午前と午後の練習が終われば自由時間ですもの」
「今回の参加者が少ない分、時間が空いちまったんじゃないか? 今回参加してんのって決闘研究会の一部とその他みてぇなもんだしな」
「そんな状態でも来てくださる講師の方々に感謝しないとね。今までと同じように三人も来てくださるのだから」
「まあ、時間が空いている分ゆっくりと楽しませてもらいましょう。今日と明日くらいは観光気分で行きましょうよ」
「おでんも味がしみこむ二、三日目の方が美味しくなるって言うしな。しっかりと熟成させておこうぜ」
「なんで八雲先輩は食べ物の例えばかり出てくるんですか?」
俺たち四人はバスで再び桟橋付近に戻る。世界遺産があるこの島は観光客が多い。おいしい食べ物があることからも、食べ歩きなんかもできる。今は夏だが、秋になると紅葉が色づいてとても綺麗だ。このシーズンになると、地元からの客も多くなる。かといって、今のシーズンでも厳宮島はかなり人が多い。はぐれることはないだろうが、気を付けて歩かないとな。
「正直、もうちょい早ければ山に登るという選択肢があったんだがな。今回はお預けにしておこう。とりあえず厳宮島神社に行くか」
「ついでにおみくじ引きましょうか。大吉が出るまで引きまくりましょう。十回引くと、確定で一個吉が出てきますでしょうし」
「十連ガチャではないのですわよ。最低保証もなし、おみくじは一回きりですわ」
「納得いかなければ再度引いてもいいと聞いたことがあるけどね。気に入らなければ結べばいいのさ」
厳宮島神社は世界遺産に登録されているほどの有名な神社だ。その外見は赤く、荘厳な雰囲気を感じられる。俺たちは中でお賽銭を入れてお参りをした後、おみくじを引いたのであったが、
「まさか全員大吉で同じ番号だとは思わなかったな」
「初回限定、SSR確定ガチャでしたか」
「俺と夜月は初めてじゃないだろうが。それにしてもこれが意味するものは何だろうかね」
「悪い意味も書いてありませんし、大事に取っておきますの」
「ついでにみんなで写真を撮るかい? こんな奇跡は滅多にないだろうしね」
神社を出た後は商店街を食べ歩きすることにした。自由時間と言っても夜になるまでには帰らないといけない。俺たちは名物である紅葉まんじゅうの出来立てが食べれるところで茶をしばきながら食べることにした。
他にも油で揚げた紅葉まんじゅうや穴子の弁当を食べたり、焼きがきを食べたりした。終いには景色のいいところでレモネードやコーヒーを飲みながらスイーツを堪能した。瞬く間に時間は過ぎ、合宿所に帰ることになった。
「いやー、シューティングスターバックスまであるとは思わなかったな。シュタバの飲み物をここで飲むことができるとは思わなかったよ」
「わたくしとしては水族館にまで行ってみたかったのですが、またの楽しみにしておきますわ」
「大分食べたし満足したな。後は夜ご飯が入ればいいんだが」
「そういえば夜ご飯はお好み焼きを実際に焼いてくれるそうですよ。崎宮には島広のお好み焼きがあまりなかったので楽しみですね」
「島広のお好み焼きは麺が入ってるからな。結構ボリュームあるぞ。俺としては、麺ダブル、肉ダブル、イカ天トッピングだと嬉しい」
「麺はパリパリに焼いてくれた方が甘くて好きですね。あっ、島広風とか言うと機嫌を損ねる方もいるので注意してくださいね」
「へぇー、色んなこだわりがあるんですわね。わたくしも楽しみですわ」
合宿所に戻って夜ご飯を堪能した後は、軽くトレーニングをしたり、お風呂に入ったりしてすぐに寝ることにした。元々大人数を予定していた合宿所はとても大きく部屋の数も多かった。俺は一人部屋になったために広い部屋を自由に使い放題となった。遊ぶことももちろん大事なのだが、俺には帝人先輩からの使命がある。俺はスマホを取り出してゼオと『真っ新な大地』事件について調べることにした。
「やっぱり検索には引っかかるよな。それくらいには有名だ。詳しい話も……ないな。俺が知っている情報と同じくらいのことしか書いてないか。『真っ新な大地』事件についても同じと……うーん、聞き込みも意味がないだろうし、素直に夜月家に頼るしかなさそうだな」
俺はスマホを充電して寝ることにした。学園側に許可を取って途中で合宿所ではなく、実家に帰省することについては許可を得ている。夜月家のアポイントメントもとっているし、今は気にしなくてもいいか。シャボン玉がはじけるように俺の集中力はなくなり、疲れがどっと出てきた。今日はもう寝よう。充電の切れた俺は文字通りスリープすることにした。
次の日の朝。早くに目が覚めた俺はランニングをすることにした。俺だけかと思っていたら獅子王先輩も準備運動をしていた。
「早いですね獅子王先輩。いつもこの時間なんですか?」
「八雲か。いや、そんなことはないが少し早く目が覚めたものでな。体を動かすことにした」
「今日も自由時間ですけど、どこかへ行かれる予定でもあるんですか?」
「……少し、ある場所にな。いや、隠すことではないな。場所で言うと、夜月家の北部辺りになる」
「夜月家の北部ですか……」
「何かおかしなことでもあったか?」
「いや、獅子王先輩は『真っ新な大地』って知ってますか? その事件があった場所がそこら辺なんですよ。何もないというよりは、地元の人はその辺りに近づかないものなので」
「知っているなら話は早い。『真っ新な大地』を見に行こうと思っている。そこで何が起きたのか、どんな場所なのかを見てみたいだけだ」
「……そうですか。必要なら近くのおいしいお店でも教えますよ。ここから近くても山奥なんで、戻ってくるころには昼すぎになっているでしょうし」
「そうか……助かる」
俺はお店を教えて話を終わらせる。『真っ新な大地』を見に行こうとする人はいないわけでもないが、本当に何もない場所なのだ。山道は整備されており、途中で開けた土地がたくさんある場所ではあるが、人気のない寂しい場所でもある。
俺の前を走る獅子王先輩。その背中が前に見せた悲しい表情と重なる。恐らく今も、同じ表情をしている気がした。島広に来ることを悩んでいたことと言い、『真っ新な大地』について何か知っているのかもしれないという直感があった。それでも、土足で踏み入るようなことはしない。俺は話題を忘れるようにして走ることへ没入した。
---
「いやー、ここも人が多いですね」
「まあ、俺的に島広の観光地と言えば、友の浦か小野道か厳宮島か市内だからな。人が多いのは当然のことだろう」
「市電なんて崎宮では見ませんでしたから新鮮でしたわ。今回は乗る機会はなさそうですの」
「代わりに地下鉄っぽい地下鉄がないけどな。一部地下鉄になってる区域はあるが、出口で迷うことはない気がする」
「まあとりあえず地下鉄で迷ったら8番出口を目指せばいいと思いますよ」
「脱出ホラーゲームじゃねぇよ。あれ実際に身に起こったら怖いどころじゃ済まねぇからな」
「大丈夫です。私は異変を見つけるのが得意なので、一番最初に脱出して見せます」
「RTAしようとするな」
二日目の俺たちが来た場所は小野道。レトロな街並みと高低差がある路地があって、かなり映える写真が取れたりと有名な場所である。しかし、厳宮島が西部にあり、小野道が東部にあるので、行くまでに時間がかかるのがネックではある。
「昼には早いが、結構並ぶからな。小野道ラーメン食うならもう並んどいたほうがいいぞ」
「そうですね。小野道といえば小野道ラーメンですから、並びましょうか」
「僕はチャーシュー多めにして、ライスを追加で頼もうかな」
「結構食べられますわね。わたくしはチャーシュー増量と味玉トッピングですの」
小野道ラーメンは醤油がベースのスープで背油のミンチがスープの上にたくさん乗っている。一見こってりとしてそうに見えるが、意外とあっさりしていてスープもごくごく飲めてしまう。麺はお店によって違うとは思うが、何が使われているのかはあまり詳しくない。とにかくおいしい。これの一言に尽きる。
各々が舌鼓を打ちながら小野道を散策する。次の目的地はお寺の上にある展望台になった。高低差がありながら狭くなっている路地は迷路に入り込んだような感じだ。頂上までのロープウェーもあるが、俺たちは徒歩で登っていく。
「わたくしたちは鍛えているからいいのですが、この坂は一般の方には少々厳しそうですわね」
「坂を上ることは状態異常にかかってるのと同じようなものだからな。スリップダメージを受けるのは当然だ」
「これくらいなら全然平気ですけどね。ちょっとあそこの広場で休憩でもしましょうか」
「小野道は厳宮島と違って桜が綺麗だからな。春に来ればもっと感情を揺さぶられるものなんだがな」
「今でも普通に綺麗だけどね。ここからの景色は最高じゃないか」
「あら、猫ちゃんがいらっしゃいますわね。とってもかわいいですの」
「ここは猫がたくさんいるからな。でも会えない日もあるから、会えたのはラッキーかもな」
「休憩もここまでにして動きますか。まだまだ上がありますよ。まあその前に、カフェによってスイーツでも食べますか?」
「「「賛成!」」」
スイーツを食べた俺たちは頂上へ上る。小野道が一望できる展望台の時間はとても有意義なものであった。その後は商店街に立ち寄り、小野道帆布などを見て回った。女性陣はポーチなどのケースを買っていた。それからも市内によったりして島広を満喫した。厳宮島に帰ってきた俺たちは夕食である牡蠣鍋を食べた。旬ではないが、牡蠣も大粒でとても美味しかった。
夕食を終えて軽いトレーニングをした後大浴場に入った俺は、明日に備えて早めに部屋へ戻ることにした。部屋へ戻ると、俺の部屋の前に獅子王先輩が立ち止まっていた。
「八雲、待っていたぞ。少し話したいことがあってな」
「そうだったんですか……獅子王先輩、どうでしたか、俺がおすすめした店は?」
「美味かった。流石は地元民だな。いい場所を知っている……気を使ってもらっておきながら悪いが八雲、一つ聞きたい。『真っ新な大地』に何か手が施されるようなことはあったか?」
「……いや、そんなことはなかったとは聞いています。ですが、そもそもそこで何があったのかさえ知らないので、詳しいことは良く分からないんですよ。夜月家に聞いてみましょうか?」
「そうしてくれると助かる。それと、八雲が良ければ今度一緒についてきてくれないか?」
「いいですけど、理由を尋ねても?」
「帝人に聞いたのだが、お前はゼオと言う人間の正体を探っているのだろう。そして、地元民ならゼオが『真っ新な大地』に関わっていることを知っているはずだ。……俺はあそこで何が起こったのかを知っている。もしかしたら、お前の手助けになるかもしれない」
「……それは助かりますが、本当に俺がついていってもいいんですか?」
「構わない。俺がここへ来れたのは、お前の言葉があったからだ。お前になら教えてやってもいいだろう」
「分かりました。自分が夜月家と実家に挨拶する日があるんで、その次の日の早朝でも構いませんか?」
「いいだろう。そっちの方が俺も助かる。日付を教えてくれ。その日は俺も島外でに泊まることにしよう」
地元民でもほとんど知らない『真っ新な大地』の真実。思えば俺は獅子王先輩のことを何一つ知らない。その過去を誰かから聞いたこともない。ただ、獅子王家の長男だということ。それしか知らないのだ。寂しげな表情の獅子王先輩。強化合宿に来るのを躊躇った理由。固く閉ざされたその扉。獅子王先輩の心の中に俺は立ち入ることができるのだろうか。




