第四十七話 あの日見た星、願い叶える天の川
「夜月は大丈夫でしたか?」
「問題ない。しっかりと治療をしてもらって体は元気だ。だが、相当落ち込んでいる。八雲は行かないのか?」
「行きたいですよ。でも、今の夜月は俺に会いたくないと思うので」
「そうか……分かった。次はお前の番だ。夜月の気分が晴れやかになるくらい、かっこいいところを見せてみろ」
「もちろんです。絶対に勝って見せます」
あの約束があったからこそ、夜月は強くなれたんだと思う。けど、あの約束があったからこそ、今の夜月には会えない。複雑な気持ちだな。こんなにも胸が締め付けられるなんて。言われなくたって分かってる。今度は俺が宮星と夜月に証明する番なんだ。俺の本当の気持ちってやつを。
今は決闘場の整備で時間が空いている。今になっても俺の頭の中には【不調で絶好調】を克服する手段を考えられずにいた。体調を悪くする。もっと広い意味で言えば不調になる。そんな簡単に不調になれるものなのか。考えろ。答えへのピースは既に集まっているはずなんだ。後は当てはめるだけで完成する。でも、その道筋が見えない。一体どうやったら……。
「八雲、準備をしろ。相手の決闘の出場者が発表された。相手の出場者は戦闘ランキング九位の渡会だ。シングルとの戦いになるが、やれるか?」
「最初からシングルと戦うことは想定していました。俺にやらせてください」
「いい返事だ。ならば、こちらの出場者を伝える。お前は控え室で待っていろ。……絶対に勝てよ」
「はい!!」
決闘の一回戦目に負けた俺たちの得点は250対400。例えここで獅子王先輩が勝っても350対400。一つ順位が下がるごとにに2ポイントもらえるということは、戦闘ランキング三十五位以下の人間が出場しなければならない。
百位以内のメンバーは防衛作戦で使い切っている。鏑木先輩や保科先輩では順位差の問題で三回目でも出ることができない。つまり、三十五位以下でありながら、シングル手前の力を持っていると思われる俺が出場するしか勝ち目がないのだ。控え室に実況の声が聞こえる。
「続けて、白チームの出場者を見た上での、赤チームの出場者を発表します。赤チームの出場者は……ななな、なんと! 戦闘ランキング最下位の、八雲隼人だーーーーーー!!」
今頃、観客からはどよめきが起こっているだろうな。最下位の俺が出るなんて、獅子王先輩は気がおかしくなったのかと。大丈夫だ。そんなことは言わせない。決闘が終わればみんな手の平を返すだろう。それを実現する。俺が、この手で。呼吸はしっかりしている。心は落ち着いている。頭の中もクリアだ。
俺は審判に言われて決闘場の中央へ向かう。……違和感。それは不安を煽るようなものではない。むしろ、嬉しさを感じるようなもの。ああ、そうか。みんな期待してくれているのか。今までともに戦ってきた仲間は全員、俺の強さを分かっている。だからこそ、期待している。この体育祭で巻き起こる、ジャイアントキリングを。
「シングルの拙者相手に最下位が出場するなんて舐められたものだと、一か月前なら心の中で思っていたでござろう。しかし、今はそうは思わないでござる。八雲隼人。最下位でありながらもシングル手前の実力を持つ強者。相手にとって不足はないでござる」
「俺のことは舐めてもらった方が嬉しかったんですがね。渡会先輩、悪いですが、俺が勝ちますよ。信じてくれる仲間のために、必ず」
「いいや、拙者が勝つでござる。こちらもチームの勝利を背負っているのでござるからな」
「それでは、赤チーム、八雲隼人と、白チーム、渡会竜希の決闘を開始したいと思います。カウントダウンを開始します。十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、零! 始め!!」
「行くでござるよ!! 【諸行霧状】!!」
「全力で来い!! 【進んで戻れ】!!」
お互いがスキルを発動。相変わらず魔力の量では負けている。相手はシングル。魔力の量は半端ない。俺は魔力弾を放つ。それでも、【進んで戻れ】で魔力弾がずっとフィールドに残っているのは厄介なはずだ。
「そうはさせんでござるよ!!」
「……流石に見破られてるよな」
渡会先輩が魔力弾を魔力弾で撃ち落とす。俺の【進んで戻れ】の弱点。相手が魔力弾を避けることをせずに、普通に撃ち落としたりガードをすれば真価を発揮できないというもの。大丈夫、想定の範囲内だ。俺は魔力を右手に集中させ、ガードを捨てて魔力を溜めまくる。
「それもやらせないでござる」
渡会先輩が魔力弾を放つ。魔力が凝縮した魔力弾だが、避けられないことはない。俺が回避しようとした瞬間、魔力弾が霧状になって辺りに散らばった。これは不味いな。俺が右手に溜めていた魔力を全身防御に回す。霧状になった魔力弾が俺の全身を襲う。どうにか防ぐことができたが、溜めていた魔力を使わさせられてしまった。
これが【諸行霧状】の能力。霧になる前の物質の性質を持った霧を作り出すこと。魔力弾が霧状化したなら魔力弾の威力を引き継いでいる。それが霧となって広範囲に襲い掛かれば避けるのは不可能。ガードをするしかなくなる。
ならば仕方がない、接近戦に持ち込ませてもらう。俺にはダメージを受ければ受けるほど、身体能力と魔力が跳ね上がる【利益で不利益】がある。近接戦闘で適度にダメージをもらいながら、身体能力と魔力を底上げするしかない。
俺が渡会先輩に近づく。渡会先輩は受けて立つみたいだ。相手の動きを見ながらパンチを放つ俺。簡単にいなされてしまう。お返しと言わんばかりに魔力を凝縮させたパンチを放つ渡会先輩。俺がバックステップで回避しようとしたが、頭が警報を鳴らす。俺はウィービングをしてパンチをくぐるようにして回避する。渡会先輩の肘の辺りが霧状化して、そのまま拳のリーチが伸びる。バックステップで回避していたら、もろに食らうところであった。
「これを避けるとはやるでござるな。一秒たりとも油断はできんでござる」
「一発でかい攻撃を当てようとしても、そうはいきませんよ。もっと、数で攻めてこないと俺は倒せませんよ」
「八雲殿、天岩サバイバーで自分のスキルが公開されたことは知っているでござろう。【利益で不利益】。とっても危ないスキルでござる。中途半端な攻撃では、八雲殿の有利にしか働かないことは理解しているでござる」
「それじゃあ、勝負はつかないかもな。手数と回避があなたの強みだ。このままでは、本領は発揮できない」
「それはどうでござるかな? ここは亡者が行きつく三途の川。霧が漂う死の世界。生きとし生ける全ての者が、最後に行きつく終わりの地。汝は最後に耳にする。祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。【諸行霧状】」
「くっ! これは!!」
辺りを深い霧が包み込む。渡会先輩の姿が消える。霧に紛れて死角から攻撃し、どでかい攻撃をお見舞いする気か。落ち着け。目で捉えるな。耳で捉えろ。魔力の変化を感じ取れ。俺の耳が微かな服の動きと靴の音を感じ取る。
「そこだ! ……いや、違う!!」
俺が全力でバックステップをする。音を捉えたその方向には膨大な魔力が広がっていた。おそらく、魔力弾を霧状化して、深い霧の中に紛らわせたのだろう。俺は神経をとがらせて霧散するのを待つ。霧が薄くなるのに合わせて、霧が少しだけ濃くなる部分が見える。あれが本体か!
俺は踏み込もうとして止まる。先ほどの霧状化した魔力弾が元の姿に戻る。渡会先輩は魔力弾を放ってはいなかった。手に乗せた魔力弾を霧状化させただけであったのだ。手の一部が実体化するとともに、魔力弾が放たれる。俺は死に物狂いで横方向に回避。そのまま霧の中から飛び出る。
危なかった。もう一歩踏み込んでいたらやられていた。まだか。俺のとっておきの発動にまでは時間がかかる。これを今の状態で続けるのは無理があるな。流石に……厳しいか。
「今のも避けるのでござるか? 本当に驚きの連続でござる。シングル手前でも引っかかる人は多いのでござるよ」
「そりゃどうも、ありがとうございます」
大丈夫だ。落ち着け。手足はしっかり動く。まだやれる。緊張はそこまでしていない。体は自由に動かせる。いや、逆にあまり緊張していないのが良くないのか。緊張と緩和のバランスが大事といったな。そりゃそうだろ。だって、緊張しすぎると、不調になるんだから……待て、今俺は何を言った。緊張すると不調になるだって?
じゃあ、緊張すればいいじゃないか。でも、緊張はそこまでしていない。ならどうやってこれ以上緊張を……あるじゃないか。あるじゃないか!
緊張をする方法を俺は聞いているじゃないか。全てのピースがはまる音がする。良かった。緊張することが好きじゃなくて。俺の【不運で幸運】の発動対象になるからな!
「うん? っ!! どういうことでござるか? 八雲殿の体が強張って、魔力がどんどん上昇していく。一体何をしたでござるか!?」
「克服したのさ。俺の厄介なスキルをな。【不調で絶好調】、発動」
「自ら不調になったということでござるか!? そんなもの、どうやって……緊張でござるな? その体の強張り。体が緊張している証拠でござる。自らの交感神経を刺激して、緊張状態に陥るなど、獅子王殿ぐらいしかできぬものだと思っていたでござるよ」
「さあ、こっからが本番ですよ。思う存分戦いましょう!」
「望むところでござる!!」
俺が即座に距離を詰める。魔力は瞬間的だが、シングルほどは出ている。交感神経と副交感神経を魔力で交互に刺激することで、緊張と緩和を使い分ける。緊張することで出力を上げ、緩和することで動きにキレが増す。俺は二つの状態を使って、渡会先輩に攻め込む。
緊張している状態では体が強張って動かないが、滑らかな状態の変化によってすぐさま攻撃に移る。俺は休まずにひたすら攻撃をする。体術では俺が勝っている。徐々に押し始めて優勢になる。だが、俺のパンチを霧状化で避ける渡会先輩。俺の攻撃が空をきる。それでも、反撃はできない。下手に攻撃をすれば、俺の【利益で不利益】が発動してしまうから。
緊張で【不調で絶好調】を発動できるようになった俺は、【不調で絶好調】と【利益で不利益】の併用が出来るようになっていた。しかし、緊張して体が強張る瞬間がある以上、容易にこちらの攻撃も当たらない。あちらも気軽には反撃してこない。渡会先輩は俺が最初にしたように防御を霧状化だけに任せて魔力をひたすらに溜めているようだった。俺を一発で倒すことのできる魔力量まで。
俺と渡会先輩の過激な攻防が何分続いただろうか。熾烈な争いに周りが息をのんで行く末を見守っている様子が伺える。
「さて、これほどの魔力をどう使おうか。確実に当てなければ意味がないでござるからな」
「残念ですが、その攻撃は当たりませんよ。俺の攻撃は既に準備できていますから」
「何を言っているでござるか? そんなもの、どこにあるでござる……何でござるか? この輝きは?」
決闘場内にいる全ての人から光の塊が排出される。それは一つ一つが星のような輝きを放っており、幻想的な風景を演出していた。
「ここは願い叶える天の川。心で流した涙の分だけ、川は大きくより速く。例え橋が沈んでも、代わりに俺が架けてやる。勝利という名の架け橋を。お前の敗北を以てして、遠く離れた二人の願い、今宵成就するであろう……【星屑の行進】。……この輝きは、負の感情ですよ」
「負の感情?」
「そうです。負けて悔しい、悲しい。そういったものを力に変える不真面目なスキルですよ。悪いな渡会先輩。どうやらここは、三途の川ではなくて、天の川らしい。三途の川は……老後の楽しみに取っておくぜ」
「それでは、八雲殿が一番星になるところを特等席で見届けるでござる」
「それは別に構いませんが、勝ち星は俺がもらっていきますよ?」
「「……」」
「やってみせろ!! 八雲!!」
「そのためにここにいるんだよ、渡会!!」
輝きが増す。眩いほどの無数の星の輝きが、より強い光を放って動き出そうとしていた。
「集え、銀河の名のもとに!! 【星屑の行進】!!」
数多の星が風を切る。渡会先輩は溜めた魔力を防御に使用。あまりの数の攻撃に霧状化をできず、受け止めることしかできずにいた。一つ一つは頼りなくても、塵も積もれば山となる。みんながこの体育祭に懸けたその思いが、俺たちを勝利に導く。
一分は続いた星たちの猛襲。魔力を使いすぎた俺が荒い呼吸をする。だが、彼は立っていた。これほどの攻撃を受けながらも渡会先輩は立っていたのであった。
「……終わる訳にはいかないでござる。みんなの思いを拙者も背負っているのだから!!」
「俺もですよ。勝って伝えないといけないことがあるんだよ!!」
俺が力を振り絞って特大の魔力弾を放つ。渡会先輩はガードしようとするが躊躇する。そのまま、魔力弾を性質を持たない通常の霧に変えて避ける。けれども俺は知っている。なぜ、俺の魔力弾を始めから霧状化させずに相殺したのか。それは至って簡単。範囲外に出れば、霧状化した魔力弾は再び実体化してしまうから。実体化した魔力弾が戻ってくる俺の【進んで戻れ】とは、相性が悪いのだ。
俺が限界まで魔力を捻りだし、もう一度特大の魔力弾を放つ。相手を魔力弾で挟むこの光景は練習したとときと同じ。これだけでは受けきられてしまう。片方の魔力弾を霧状化させ、もう片方の魔力弾は全身防御でガードする。そうすれば防御の手が足りる。あと一つ攻撃の手が足りないのだ。練習ではできなかった俺の技。しかし、今ならできる。緊張と緩和を覚えた、今の俺になら!!
「なっ!! 馬鹿な!! 魔力弾が……止まっただと!?」
「【止まって動け】」
魔力弾が途中で停止し、タイミングがずれる。再び動き出す魔力弾。一方を霧状化し、もう一方をガードを広くして受けきる渡会先輩。そして、魔力弾が止まったことで、第三の攻撃の手である俺がたどり着いていた。
「だうなーずはああああああああああああああああああああああい!!!」
「ぐがああああああああああ!!」
広がった魔力防御を最後の力を振り絞って凝縮させた右腕で貫く。一瞬、俺を睨みつけた渡会先輩だったが、白目をむいて、その場に膝から崩れ落ちたのであった。
「……勝者!! 八雲隼人!! よって、この体育際の勝者は……赤チームーーーーーー!!」
地球が揺れたのではないかと思えるほどの大歓声が決闘場内に響く。俺はその場に大の字になって倒れ込み、見えない夜空と星たちに向かって礼を言うのであった。
最下位がシングルに勝ったこの事件は、【天岩体育祭の下克上】として学園中に語り継がれることとなった。




