第三十六話 交錯する思い
いよいよもって体育祭前日。今日は明日のことを考えて、練習は軽く行い、体育祭に向けての決起会を行うことになった。
「みんな、今日までよく頑張ってくれた。まずは、そのことを称えたいと思う。今だけは気を抜いてもいい。その代わり、明日の本番では、自分の実力以上の力を発揮できるように頑張ってくれ。勝ちを目指すのはもちろんだが、楽しむことを忘れるな。ついに始まる体育祭。いくつもの困難が待ち受けていようとも、お互いに助け合いながら乗り越えていくぞ。絶対に……成功させるぞ!!」
顔合わせの時以上の雄たけびが決闘場内を埋め尽くす。みんなの士気は最高潮に達していた。
「それでは、今日のところはこれで終わりにする。最後に誰かと話すのも良し。遅くならないように注意しろ。以上、解散!」
決起会と言っても二百人が集まれる場所なんて学園外にはないだろう。よって、飲食などをするわけではなく、体育祭前の気を抜いた話し合いの場として設けられた時間だ。ざわざわと声が響き渡る。この一週間でみんな仲良くなったようだ。俺も同競技内の人と談笑する。
「いやー、ついにここまでたどり着けましたね。一か月前までは体育祭でここまで盛り上がるようになるとは思いませんでした」
「私もよー。これも生徒会のみんなのおかげねー。今度お礼をしなくちゃ」
「私としても、この時期に何かイベントがあるのはありがたい。決闘に飽きたわけではないが、刺激的なイベントは歓迎だからな」
「最初は帝人が参加するのはどうかと思っていたが、打倒帝人を掲げることで、ここまで盛り上がったのも事実。あっちはあっちで帝人が仲間なことで盛り上がっていることだろう。今回の体育祭は既に成功したようなものだ。後は、勝つだけだな」
「……楽しむが第一と言っていたのに、嘘つき」
「どうせやるなら勝ちたいに決まっている。例えあいつの手のひらの上で転がされていたとしても、あいつを全員で負かすことが出来れば俺は満足だ」
「宮星はこのバトルを楽しめばいいさ。大丈夫、何かあっても俺が何とかしてみせるからさ」
「……そう。あんまり期待しないでおく」
「おいおい、そこは頑張れとか言って応援してくれよ」
みんなはとっくに気づいている。俺が決闘で巻き返せば、勝利自体はできることに。獅子王先輩が言った、『手のひらの上で転がされていたとしても』というのは、帝人先輩率いる生徒会が俺が最下位を利用してポイントを稼ぐことを許しているということ。しっかりと頑張らないとな。
「八雲よ、一つ言っておくが、お主がそこまで気負う必要はないけぇのぉ。負けたときは全員のせいじゃけぇ」
「そうですよ八雲くん。確かに君が切り札であることには違いありませんが、切り札を使うようになった時点で本来なら僕たちの負けなのです。あまり思い詰めないでください」
「そうだぜ八雲。お前一人だけにかっこつけさせねぇからなー。何かあっても、それこそ俺が何とかして見せるっての」
「そうですよ八雲先輩! 俺たちも負けるつもりは少しもありませんよ!! うおおおおおおおおおおー、見ていてくれみんな! 俺の活躍をーーーー!!」
「ありがとうございます、みなさん。じゃあ、ほどほどに頑張らせてもらいますよ。もちろん、勝つことは大前提でね」
みんなで笑い合って談笑を続ける。なんだうろな、楽しむことが大事なのは分かってるけど、やっぱり勝ちたいな。勝ってみんなで笑い合いたい。喜びを分かち合いたい。ほどほどなんて嘘ついちまった。全力で勝利を手に入れたくなってきたな。
しばらく話し合いを続ける俺たちであったが、明日が早いのもあったり、最終調整を行いたい人がいたりして、解散をすることになった。
「あれ? 宮星は帰らないのか? もうみんな帰っちゃったぞ」
「……あなたに伝えたいことがある」
「俺に伝えたいこと?」
「……そ、その、ありがとう」
姿勢よくお辞儀をする宮星を見て、はてなマークが頭に浮かぶ。どちらかというと苦手意識を持たれていると思った宮星に、いきなり感謝をされたのだ。俺は首を傾げることしかできずにいた。
「なんか俺、感謝されるようなことしたっけ?」
「……した。一年前、入学式の時」
「宮星……あの時のこと、覚えていたのか」
遡ること一年前。それは入学式の日、時間ギリギリになって寮を出た俺は、急いで講堂へ向かっていた。その時に、道端でうずくまっている女子生徒がいたのだ。みんなは見て見ぬ振りというより、入学式の時間が迫っているのと、女性がフードをかぶっていて怪しかったのもあって、素知らぬふりをして講堂へ向かっていた。俺はそんな人の流れに逆らうようにして女子生徒に近づき、話しかけたのであった。
「君、大丈夫か?」
「……大丈夫。ちょっと緊張して体調がおかしくなっただけ。時間が迫ってる。私のことは放っておいて構わない」
「ここで体調が悪い人を放っておいて、入学式に出ろだって? 馬鹿言うな、保健室に連れていくぞ。肩を貸す。立てるか?」
「……入学式に出なかったら印象は悪くなる。暗い学園生活を送ることになる」
「上等だろ。お前を放っておいて、暗い気持ちになるよりな。ほら、いくぞ。抱っこかおんぶの方が良かったか?」
「……それは嫌だ。仕方がないから、肩を借りる」
そうして俺たちは一緒に保健室へ向かった。保健室にたどり着いた宮星がベッドへ横になると、ほどなくして眠りについた。緊張して夜は眠れなかったのかもしれない。俺は宮星が寝息を立てたのを見てから、入学式に参加することにした。もちろん、入学式には遅れた。
何も悪いことはしていないと、遅れながらも堂々と席に座る俺。俺の顔の怖さも相まって、俺は危ない人かもしれないというレッテルを貼られることになった。それが一年生のころに俺が友人が少なかった理由の一つであり、スキルを使っていなくても、みんなが恐れて本気を出す理由となっていた。
それから宮星とは話していない。戦闘ランキング上位に宮星がいるのを見て、俺が助けた女子生徒が宮星だと気づいたぐらいだ。俺にとってはそのくらいの些細な出来事であった。
「……あの時は本当に嬉しかった。調子が悪いのに誰も助けてくれないのが辛かった。けど、仕方がないと思った。私は雰囲気が怖いと言われるし、時間がなかったから。それでもあなたは助けてくれた。名前も告げずにどこかへ行ってしまった。あなたの名前を知ったのは、学園に最弱、最下位の男がいるという噂を聞いてから。あなたは気づいていないけど、決闘はいつも見に行ってた。スキルを使わずに頑張ってて凄いと思った。私だけが知ってればよかった。あなたが本当は優しい人であること。……なのに……それなのに、八雲は詐欺野郎だった。本当は強かった。みんなに目立つようになった。友達が増えた。決闘をしなくなった。何より、夜月という女が傍にいるようになった。私だけが、私だけが、私だけが、私だけが知ってればよかったのに……!」
「……宮、星?」
「今まで礼を言えなかったのはごめん。緊張して話しかけられなかった。あなたが怖いという誤解を解かなかったのは私のせい。私だけが知ってればよかったから。それなのにそんなに目立ってどうする? これ以上目立ってどうする? 今日もあなたは中心にいた。みんなが八雲を認めている。私だけの八雲だったのに……!」
もしかしなくても、俺は好かれているのだろうか。それが本当なら困ったな。俺は夜月のことが好きなんだが、どう伝えたらいいものか。
「落ち着け宮星。みんなから認められているぐらい俺に力があるってことだろ? それは俺の魅力に繋がらないか?」
「繋がる。かっこいい。みんなもようやく気付いた。八雲の良さに。それはそれで嬉しい」
「だろ? だから、これからも俺は頑張ると思うけど、それを許してくれないか? 今よりもかっこいい男になるように頑張るからさ」
「分かった。頑張って……でも、知ってる。八雲が好きなのは夜月。見てれば気づく。私があなたに向けている視線を、あなたが夜月に向けているから」
「……そうか。ごめん宮星。俺は夜月が好きだ。俺が自意識過剰ならすまないが、君の気持ちには応えられない」
「それも知ってる。でも、変わることがあるかもしれない。だから許可してほしい。あなたにアタックすることを」
「あのな宮星。俺は俺の気持ちは変わらないと断言できる。それでもか?」
「可能性がゼロだとしても、それでいい」
「……分かった。俺に止める権利はねぇからな。ただし、夜月には迷惑をかけるなよ。もし迷惑をかけたら、俺は宮星を許さない」
「了承した。肝に銘じる。……ふぅー、疲れた」
「おい宮星! 大丈夫か!?」
「一日で喋れる文字制限を超えた。というか緊張した。恥ずかしくなってきた。ごめん、今日は帰る。【真夜中を告げる者】」
「宮星!? ちょ、ちょっと!」
スキルを使って気配を消した宮星を探し出せる訳もなく、俺は諦めることにした。ため息をついて頭を軽くたたく。あまりにも優柔不断な選択だったな。きっぱりと拒絶するべきだったかもしれない。だけど止められる権利なんてねぇんだよ。誰かを好きになるっていう気持ちは。大切な人に拒絶なんてされたら、どんだけ悲しいか想像できちまうからな……。
俺は学食へご飯を食べに行くことにした。こんな情けない背中は、宮星にも夜月にも見せられない。明日の体育祭、気張っていかねぇとな。
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宮星と別れた後、俺が一人でご飯を食べていると八重先生から連絡が来た。駐車場にある八重先生の車まで来て欲しいということであった。こんな時間に俺一人にだけ用事とは、一体何だろうか?
俺が駐車場へ向かうと、八重先生が笑顔で出迎えてくれた。
「こんな遅い時間にすまないな八雲」
「いえ、大丈夫ですが、一体どうしたんですか?」
「明日は体育祭だろ。私も治療要員として出場することになっていてな。当日は会う機会も少ないから、今伝えに来たんだ。明日の体育祭、応援しているぞ」
「わざわざそれを伝えるために時間を用意してくれたんですか? ありがとうございます!」
「いや、それだけじゃない。八雲が明日も【不調で絶好調】を使うのか、少し気になってな。できれば三十八度なんて熱を出してほしくないんだぞ。辛そうな八雲を見たくないからな」
「大丈夫ですよ。明日は【不調で絶好調】を使いません。使うような競技に出ませんから」
「でも、私はルールを確認したから知ってるんだぞ。最下位から順位の変わらない八雲は、決闘に出る可能性があるんじゃないか?」
「それは……」
ルールを把握していて、俺が最下位でも強いことを知っている先生ならその発想にたどり着くよな。新しいスキルが上手く使えるか分からない今、決闘に出るとなったら俺は【不調で絶好調】のために体調を悪くするかもしれない。醤油などの塩分の多いものを一気飲みすれば、危険な状態になるが、ありえないほどの出力を出せるようになるはずだ。
だが、そんなことをしようとすれば周りは止めるだろう。夜月や宮星も悲しむ。今回も使う訳にはいかない……。
「八重先生。俺は【不調で絶好調】を使いません。みんなを心配させるだけですから」
「そうか、分かった。八雲、こちらの方こそ時間を取ってくれてありがとう。明日の体育祭、かっこいいところをみんなに見せてやれ!」
「はい、頑張りますよ! それではまた明日」
「……八雲、別れる前に少しだけ時間をくれないか?」
「いいですけど、何ですか?」
「八雲に渡したいものがあるんだ。……ふぅー、はああああっ!!」
八重先生の右手に魔力が集中する。魔力がどんどん凝縮していく。これは何だ。八重先生のスキルの【絆遡行】はそこまで魔力を使わないはず。いや、そもそも今スキルを使う意味が分からない。シングルにも通用するほどの魔力が右手に集まったとき、それは出現した。
「一体、な、何をしたんですか? ……包装紙の中に白い粉、粉薬か?」
「そうだ。今まで隠していたが、私も八雲と同じでマルチホルダーなんだぞ。このスキルは【異跳躍】。【絆遡行】とは違い、長時間物質化できるスキルで効果もその逆。飲んだ対象の時間を一日まで進めることができる。八雲が体育祭で活躍するためには、【不調で絶好調】に頼らざるをえない時が来ると思っている。そして、前みたいに調子を悪くしないといけない時が来るはずだ。しかし、いくら競技毎に治療をしてもらえるとは言え、競技中はずっと体調が悪いままだと不都合なときもあるだろう。その時にこれを使え。八雲が調子が悪いときに、眠ってみるんだ。体を休める状態なら何でもいい。その状態でこれを誰かに飲ませてもらえ。そうすれば、お前の体が少しは楽になるはずだぞ。心配しなくてもいい。ルールを確認して天王寺に確認したところ、誰かのスキルで物質化したものを持ち込んで使用するのは、違反とは書いていないと認めてくれた」
「……八重先生」
いくら帝人先輩が認めてくれたとはいえ、これはあまりにもグレーゾーンな行為だ。教師が一生徒に肩入れしているだけではなく、そのチーム自体が有利になるようなことをしようとしている。……しかし、それは八重先生も分かっているはず。ここまでしてくれた八重先生の気持ちを無下にするなんて行為、俺にはできない。
「八雲……余計なお世話だったか?」
「いいや、そんなことはありません。ありがたく受け取らせてもらいます。絶対に勝って見せるので応援していてください」
昨日までの俺には、実は勝利するなんて行為にそこまで意味はなかったのかもしれない。楽しめればそれでいい。そんな思いが心の片隅にあった。でも、もう負けられない。みんなの思いを受け取ってしまったから。かっこいい姿をみんなに見せる。必ず……この体育祭で活躍し、勝利をこの手に収めて見せる!!
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昼でさえ静かな生徒会長室は、夜になれば一切の音が消える。そんな室内には二つの気配が存在していた。
「良かったのか帝人。あんなお願いを了承しておいて? 確かにルール違反ではない。だが、ルール違反にしておいた方が良かったことではある。多分大勢にはばれないだろうが、不審なことには違いない。後で三枝に怒られるぞ。この体育祭を成功させたいのではないのか? それに、秘密を一つ多く抱えたお前は、本の少しだが弱体化した。本当に良かったのか?」
「綾辻くん、私の【手札公開】は何もこの世の全員に情報を公開すればいいわけではない。十数人ぐらいの人間に公開すれば、能力として発動する。知っているだろう? 決闘までには生徒会のみんなに公開するさ。生徒会のメンバーに加え、八重先生と八雲くん、柊一くんや夜月くんが知っていれば条件は達成できる。八重先生との秘密はこれでなかったことになるはずだ。それに私の思いは既に公開しているはずだよ。私は八雲くんに八重先生以上に肩入れしているということを」
「知ってるよ。だから、もう追求しない。最後に本気なのか確認しただけだ。というよりどうせ、八雲のチームが負けていれば、八雲が決闘に出ることは確実だ。シングル手前の実力を持つ八雲を最下位のままにしていること自体が今大会の我々の落ち度のようなものだしな。それを認めている時点で、今更一つグレーな要素が増えても変わらない。第一、八雲はどちらにせよ、【不調で絶好調】を克服しなければならない」
「だから許可した。八雲くんが最下位を利用することも。八重先生が八雲くんを手助けすることもね。八雲くんが成長するためにはこれらが必要だと思ったんだ。期待しておいてくれたまえ。八雲くんは必ず成長する。私を超える男になる。……はははははははは!! 楽しみで楽しみで仕方がない」
「確かに、八雲は私の想定以上の働きと強さを手に入れている。前にも聞いたが、どうして八雲がここまでの潜在能力を持っていることに気づいたのか、聞いてもいいか?」
「ふふふふふふふ……直感だよ。私たちのね」
「……そうか」
『私たちの』。その意味は紗奈には分かりかねない。ただ一つ分かっていることがあるとすれば、自分を弱体化させてでも守りたい秘密が帝人にはあるということ。底知れない生徒会長。しかし、今はそれだけで十分だと考えた。生徒会長室の気配が消える。体育祭まで、残り十一時間。




