第十七話 アンノウン
「ふぅー、いよいよか。一体どんな問題を課せられるのか、少し怖くなってきたな」
「そうですか? 私はかなりわくわくしていますよ。絶対面白いことになりそうですもん」
黒島の事件を解決してから数週間が過ぎ、気が付けばゴールデンウィーク前となっていた。その間、夜月や小波といった周りのメンバーは決闘に明け暮れていたが、順位が変動しない俺はトレーニングをひたすらに頑張っていた。
自分のスキルと向き合うことも欠かさず行ってきたが、扱いが難しいものばかりでほとほと困り果てていた。【不調で絶好調】を筆頭にもっと使いこなせるようになりたいと思っているんだがな。
そうした日々を送っている中、生徒会長である帝人先輩から連絡が来た。内容は生徒会長室に来て欲しいというものであり、おそらくは前回言っていた七つの問題に関わることだろう。俺の進級にも直結しているこの問題、簡単に解決できることを願うばかりである。
「着いたな。準備はいいか?」
「はい、さっさと入っちゃいましょう」
「分かった。すぅー、失礼します」
「どうぞ。入りたまえ」
俺たちは生徒会長室に入る。帝人先輩は前回同様、手を後ろに組んで、ここから見える外の景色を眺めていた。室内の雰囲気をも相まって、中々に絵になっている。
「こんにちは帝人先輩。今日はどういったご用件で?」
「こんにちは八雲くん。ここで直接会うのは久しぶりだね。君も薄々感づいていると思うが、早速一つ目の問題を解決してもらおうと思っている」
「して、その問題とは?」
「君たちには、特級魔道具アンノウンの解析を手伝ってもらおうと考えている」
「「っ!!」」
夜月も予想外であったのか、目を見開いて驚きの表情を顔に浮かべる。嘘だと言われた方がまだ信じられる。しかし、帝人先輩が嘘をつく理由などない。
「特級魔道具だって!? そんなものが本当にこの学園にあるって言うんですか!?」
「存在する。この学園では特級魔道具アンノウンの解析を一年前から行っている」
特級魔道具とは、現在発見されているものでも世界に十数個くらいしかない貴重なものである。どんなものかと言われれば、規格外の魔力と独自の能力を持った魔道具としか言えない。特級魔道具はそれほどまでに情報が出回っておらず、その希少さから国宝とされており、国によって厳重に管理されているはずなのだ。
一つだけでも悪用されれば世界の均衡を変えうると言われているぐらいの代物。いくら天岩学園であろうとあっていいものではない。
「天王寺先輩、どうして特級魔道具ほどのものを天岩学園が保有しているんですか?」
「理由は二つ。まず、特級魔道具アンノウンが見つかったのが、この天岩学園だからだ。これは一年前に忽然と姿を現した。普通の魔道具と比べて規格外の魔力を持っていたため、特級魔道具と認定された。そして、次にこの学園の生徒に特級魔道具アンノウンの解析をできる人間がいたからだ。この魔道具はとある鍵の付いた箱でね。中に何かが入っていることは確かなんだが、今の技術では開錠が不可能なんだ。どんな能力を秘めているのか、そもそも何が入っているか分からないため、アンノウンという名前が付けられている」
「箱と中身を合わせて、特級魔道具アンノウンということですか?」
「その通り。実際に見てもらった方が早いだろう。少し待っていてくれ。先ほど言った、解析できる生徒を隣の生徒会室に待たせている。今、スマホでメッセージを送った。すぐに来るはずだ」
帝人先輩に言われて出入り口の方を見ていると、静かに扉が開いた。
「失礼するぞ帝人。すぐに我の出番が来るとは、人気者は困ったものだ。おや、先客がいるのか。我の名前は十六夜蒼大、二年生だ。我の名前をしかとその胸に刻むといい」
白色の髪に、右目が青で左目が赤のオッドアイの美形の少年が現れた。……これまた個性的なやつが現れたな。偉そうというよりはかなり中二病が入ってそうな気がする。挨拶もしてくれるし、意思疎通ができれば問題ないが。
「十六夜くん、今日も元気そうで何よりだよ。ところで、例の物は持っているかな」
「もちろんである。それよりも二人は何奴だ? 我の神秘、おいそれと見せていいものではない。できれば場所を外してもらいたい」
「ああ、自己紹介がまだだった。俺の名前は八雲隼人。同じく二年生だ」
「私の名前は夜月咲耶です。私は一年生です」
「ほう、礼儀が正しくていいことだ。八雲に……夜月、もしや帝人が言っていた、我を手伝ってくれるという二人が彼と彼女なのか?」
「そうだ。だから、ここでアンノウンを見せても構わない。彼らは協力者だからね」
「承知した。では、刮目せよ。これこそが、地球の神秘の一つ、特級魔道具アンノウンである」
十六夜が背負っていたリュックを下ろし、中から何かを取り出す。それは、風呂敷に包まれた箱状の物であった。
「あれ? 特級魔道具という話でしたが、魔力をそんなに感じられませんね」
「なるほど。その風呂敷もそれなりの上級魔道具ということか。多分、包んだものの魔力を薄くできる能力を持っているんだろう」
「ご名答。いい洞察力だ。それでは十六夜くん、風呂敷を外したまえ」
風呂敷が十六夜によって外される。瞬間、体がゾクリとする。室内の温度がいきなり寒くなるのを感じる。いや、実際には温度は下がっていない。この箱の中から溢れ出る膨大な魔力がそう感じさせているだけだ。
この魔力はシングルとは比べ物にならない。一体どうすれば、こんなあり得ない量の魔力が宿るんだ。
「……これほどなのか……特級魔道具とは」
「海外の古代遺跡にあるような箱を想定していたのですが、随分機械的な見た目をしているんですね」
「この箱がどうやって作られたのかは分からない。今判明しているのは、この箱には鍵が必要であり、中には膨大な魔力を持った何かが入っているということだけだ」
「特級魔道具の作られ方には色々ある。古代の技術の集積であったり、自然の神秘によって生まれたり、偶然の産物であったりとな。我ら研究希望者の技術を集めても、帝人が言ったことぐらいしか解明できていない。ゆえに、我のスキルが必要ということなのだ」
戦闘以外の希望者は全員が専門的なスキルを持っているわけではない。それなのに特級魔道具の解析を任せられているということは、よっぽど解析に向いたスキルなのだろう。
「俺たちは君に協力する。だから、スキルを見せてもらっても構わないか? どんなことができるのかを把握しておきたい」
「ふむ、いいだろう。我のスキルが分からなければ、何をしたらいいかも分からんだろう。では、いくぞ……渇望せよ、【知識欲】」
十六夜の右手に魔力が集中していく。右手に現れたのは、禍々しいオーラを放つ漆黒の銃であった。
「十六夜、それは解析用のスキルなのか? にしてはシングル並みの魔力をその銃から感じるぞ」
「膨大な魔力を保持しているが、戦闘には使えん。この銃は謎を解くためにしか使えないのだ」
「どういうことですか?」
「我のスキル、【知識欲】は銃に装填された弾を特定の誰かに撃つことで、そのものに謎の答えを教えるというものだ。銃弾は普段から装填されてはいない。我の魔力を吸い続けることで装填される。謎が大きければ大きいほど、装填するために必要な魔力が増加する。シングル並みの魔力を持っているということは、アンノウンの正体は相当大きな謎ということだ」
「謎の大きさというのは、解明の難易度ということ合ってますか?」
「然り。魔力は謎に触れ合うことでどんどん蓄積される。加えて、謎を解くのに必要な証拠となるものを見つければ、蓄積スピードが増える。よって、証拠がなくてもアンノウンを持っているだけで自然と魔力は蓄積されるのだ。一般的な謎であれば、証拠がなくても弾が装填されるのに一週間はかからない。だが、アンノウンを解析するための弾は一年経っても装填されていない」
その話が本当であれば、どんな謎も解明することができるということじゃないか。性能がおかしすぎる。何かあるはずだ。
「もしかして、戦闘に魔力を使えないというのが十六夜のスキルの条件か?」
「ほう、帝人も言っていたが、鋭いではないか。貴殿の言う通り、我のスキルは戦闘には使えない。それともう一つ、我が興味を示したものしかスキルは発動できない。自分で言うのも変ではあるが、中々に難しいのだ」
「流石にそれくらいの条件がないとチートすぎますもんね。あれ? ということは私たちが協力できることってありませんよね? アンノウンの正体に関わる証拠を探せばいいんですか?」
「いや、そうではない。実は、十六夜くんは長年の経験から装填される一歩手前の感覚が分かるそうだ。彼によると一、二か月以内には装填されるらしい。ゆえに、君たち二人には彼の護衛を主にやってもらいたいんだ。正体が判明寸前の特級魔道具。いつどこで誰に狙われるか分かったもんじゃないからね」
「俺たちでいいんですか? 帝人先輩が請け負ってもいいぐらいの案件だと思うんですが?」
「私のスキルを知っているだろう? 常に予定を公開している人間が護衛をする訳にはいかないよ。逆に予定を秘密にすれば、その分弱体化してしまうしね。よって、ナンバー2である夜月くんを含んだ君たちの方が適任ということだ。就寝時や授業中は生徒会で監視している。君たちには放課後と休日を任せたいのだが、構わないだろうか?」
「俺は構いませんよ。じゃないと進級できませんし。夜月は?」
「私も面白そうなので構いません。十六夜先輩は大丈夫なんですか?」
「我のことは気にしなくていい。スキルの特性上、人気者の我が誰かに監視される運命であることは受け入れている。堅物そうな大人どもに監視されるよりはマシだ。それよりも、我は謎を究明することが生きがいなのだ。それぐらいのこと気にする要素ではない」
戦闘希望者に戦闘狂が多い様に、他の希望者も専門分野に熱心である。ここまでの会話で嫌な感じもしないし、十六夜との関係も別に問題ないだろう。
「決まりだね。それでは、話は終わりだ。無事にアンノウンが解明されることを祈っているよ」
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生徒会長室を退室した俺たちは、ひとまずお互いのことを知るためにカフェへ向かうことになった。
「十六夜先輩って、綺麗なオッドアイですよね? 生まれたときからなんですか?」
「いや、これはカラコンだ。オッドアイはかっこいいからな。ただの憧れという奴だ。我は中二病であるが、それが万人に受け入れられないことも理解している。気を使わなくても結構だ」
「でも、普通に似合っていると思うぞ。俺なんかがカラコンしたら、吸血鬼とか言われるからな。羨ましいぜ」
「我にしてみれば、身長が大きいのは羨ましいがな。欲しいものは人それぞれということだ。それにしても、汝も大変だな。帝人に言われて無理やりやらされているのだろう?」
「まなあ。それでも、アンノウンの解明に携われるのは俺としては嬉しいぜ。こんなこと普通じゃありえないからな。今年の俺は普通とはおさらばすると決めたんだ。そっちの方が楽しいからな」
「我も同感だな。普通は安定しているが、それ以上は得られない。どちらのスタンスもいいと思っているが、我が普通では退屈であったというだけだ」
……自分の中二病のことや俺の見た目のこと、色んな人のことを尊重している。十六夜、思った以上に人間が出来てるな。最初はどうなるかと思ったが、長くやっていけそうだ。
「こんなことを聞くのも変な話ですが、十六夜先輩は知ることで恐怖に打ち勝てると思っていますか? 十六夜先輩の興味がスキルに関わっているということは、十六夜先輩自身に物事を解明したいという欲が強くあるということですよね? 人間は未知のものを怖がりますし、十六夜先輩はどうかなって思いまして」
「ふはははははは! 夜月、面白い質問をするではないか。我は未知のものを怖いと思ったことはないし、知ることで恐怖を克服することができるとは思っていない。我が謎を解明したいのは単純に好奇心からだ。例えばの話、汝らが魔力を持たない状態で蜂に近づかれたらどう思う?」
「俺はちょっと嫌だな。やっぱり、どうしても刺されるかもしれないという事象が頭をちらついてしまう」
「そうであろう? しかし、それは蜂に刺されると痛いことを知っているからだ。蜂がどんな生き物かを知っていなければ怖がる必要はない。ただの小さな生き物だ。何も知らない子供からすれば、飛び回る蝶々と同じようなものなのだ。知らぬが仏という言葉があるように、知らないことこそが大事なこともある」
「それは、謎を解明したとして、どんな真実が待ち受けていようとも受け入れる覚悟があるってことか?」
「どうだろうな。我は単純に知りたいだけで、知ったその後のことなど考えてはいない。今回のアンノウンも知ってしまったことで不幸になることがあるかもしれない。ゆえに、アンノウンの正体を一番最初に知るのは我だ。その真実を公開してもいいと思えば、汝らにも教えるという形をとる。それで構わないか?」
「十六夜先輩が一番最初に知るというのには賛成です。ですが、アンノウンの正体がどんなものであったとしても、私たちには教えてください」
「なぜだ? 知らぬが仏という言葉があると説明したはずであるが」
「別に特級魔道具の正体を知れないことが嫌とかじゃねぇぞ。十六夜一人に背負わすつもりはないってことだ」
「……ふふふふふふふっ! いいだろう、我も含めてとんだ愚か者たちの集団であるな」
「全くだ」
「ですね」
俺たちは顔を見合わせずに歩いていく。その全員が顔に笑みを浮かべていることだろう。愚か者たち三人の冒険が始まったのであった。
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しばらくしてカフェに着いた俺たちは改めて自己紹介をすることにした。
「俺は戦闘希望者の二年生、八雲隼人だ。【不調で絶好調】というスキルと【進んで戻れ】というスキルを使っている。普段はなんとかなるかもしれんが、大規模な戦闘になったら夜月を頼ってくれ」
「私は戦闘希望者の一年生、夜月咲耶です。スキルは秘密ですが、強化系のスキルとだけ言っておきます。一応、学園二位なので、それなりに役に立つと思いますよ」
「我は研究希望者の二年生、十六夜蒼大だ。スキルは【知識欲】である。八雲隼人のことは噂に聞いていたが、この一年間、よくぞまあスキルを使わずに頑張ったもんだな」
「ありがとよ。まあ、おかげさまで面白いことに巡り合えたんだ。結果論だが、これで良かったと今は思えるな。それよりも気になることが一つある。質問いいか?」
「構わんぞ。なんだ?」
「【知識欲】は一度に一つの問題しか解決できないのか?」
「いや、そんなことはない。興味さえ持てば一度に何個も問題を解決できる。その分、我が持続的に消費する魔力も大きくなってしまうがな。よって、今は簡単な事件しか解決していない。魔力の回復量を消費量が超えてしまってはいけないからな」
興味さえ持ってくれれば十六夜を襲撃しようとしている人間をあぶりだせると思ったが、難しそうだな。一応スキルを使えるということは朗報ではある。けど、十六夜のスキルに頼るのは極力なしにした方がいいということか。
「十六夜先輩のスキルってどんな感じなのか気になりますね。スキルで撃たれた人間がどのように謎の答えを得るのか知りたいです」
「色々ある。単純に謎の答えが言葉として浮かんでくることもあれば、そのまま追体験することもある。ちょうど、我が興味を持って調べている謎がある。そろそろ銃弾が装填されるはずだ。試しに撃たれてみるか?」
「いいんですか? では……」
「俺が撃たれてみてもいいか? 万が一夜月に異常があったら戦闘面で困る。俺が体験させてもらうぜ」
「ふふっ、汝は愚か者だな。いいだろう、貴殿に撃つことにする。準備はいいか?」
「ええ!? ちょっと八雲先輩、ずるいですよ! 私が先に言いだしたのに!」
「夜月の役目は戦闘だ。こういうのは俺に任せとけばいいんだよ」
「ぶー、分かりましたよ。どんな感じか教えて下さいよ」
「……」
仮に悲惨な事件を追体験するということであれば、夜月に体験させるわけにはいかない。こいつはどんな記憶が流れ込んだとしても、平気な顔をするだろうしな。実際には平気じゃないくせに。そんなことさせられるかっての。
「それではいくぞ、滾れ! 【知識欲】!」
前回と同様、十六夜の右手に漆黒の銃が現れる。そして、その銃の周りにもやが発生し、銃口の中に入っていく。もやが全て銃口の中に入ると、漆黒の銃の側面に掘られた溝が赤く光りだした。
「これが装填の合図ですか! とってもかっこいいですね!」
「イカすだろう? 我もこれを気に入っている」
「というか、ここでやっても大丈夫なのか? 店員に色々と勘違いされる気がするが?」
「心配するでない。ここは我が贔屓にしているカフェの店舗で、いつもやっていることだ。店員の理解は得ている。今は周りに人もないないから大丈夫だ」
「分かった。ところで十六夜、お前が興味を持った謎はどんなものなんだ?」
「それは、この学園に伝わる【雪の降らないホワイトクリスマス】だ。それでは、任せたぞ」
「面白そうだな、どんとこい!」
俺の言葉を聞いた十六夜が引き金に手をかける。普通の銃弾の発砲音と共に、赤い光を纏った銃弾が俺の頭に打ち込まれる。……なんだ。どんどん意識がもってかれる。何かがどんどん迫ってくる。これは追体験の方か。意識が、うすく、なって、いく……。
「田中くん、来月のシフトの予定を書きこんどいてくれ。いつものように下書きは鉛筆で、清書は後でボールペンでやっておく。よろしく頼むよ」
「はい、分かりました店長。お疲れさまでした! ……来月はもう十二月か。もう今年も終わりだな」
今日は十一月の半ば。僕がこの学園のカフェで働き始めてから半年が経とうとしている。忙しいときもあるけれど、周りのみんなは優しい上に、シフトの融通も利くから大変気に入っている。
それでも、一つだけ困ったことがある。それは、来月のシフトのことだ。この学園の冬休みが十二月二十七日からなので、それまでは通常通り営業している。つまり、クリスマスイブとクリスマス当日も営業しているのだ。
この日のシフトだけは毎年中々決まらないらしい。みんな彼氏や彼女がいるみたいで夜からのシフトには入りたくないそうだ。この日はお客さんも少ないため、いつも店長とじゃんけんで負けた一人がシフトに入ると決まっているらしい。
だが、今年は違う。僕には彼女がいない。必然的に僕がシフトに入ることになる。しかし、それは何となく嫌である。二十四日と二十五日のシフトを空けていれば、彼女がいないことが明白。どうにか彼女がいると見栄を張りたい。
(みんな、ごめん。こんな僕を許してくれ)
僕は鉛筆で二十四日と二十五日のシフト欄にバツをつけるのであった。それから一週間後。シフトを本格的に決める日が来た。その日の僕は何も用事がなかったため家でごろごろしていた。そんなとき、夜遅くに店長から電話がかかってきた。
「田中くん、お疲れ様。夜遅くにごめんね。今大丈夫か?」
「はい、大丈夫ですよ。どうかされましたか?」
「実は今、シフト表にみんなの予定をボールペンで書き込んだんだけどな、二十四日と二十五日だけ、みんなバツがついているんだ。それで本当に申し訳ないと思うのだが、田中くん、この日のバイトに入ってくれないか?」
「え? 僕ですか? 僕もバツをつけたんですが」
「いや、その、田中くん。単刀直入に聞くが、本当に予定があるのかい?」
「え? な、なぜそう思ったのですか?」
「バイトの中で君だけパートナーの話を聞いたこともないし、見たこともないからさ。いつもは土日も平日もお構いなしに入ってくれているだろう。他のバイト生に聞いても、君にパートナーがいるっていう噂を全く聞いたことがないらしくてね。いや、俺も決めつけるのは良くなかったな。それに、他の用事があるかもしれない。すまん、田中くん。君の尊厳を傷つけた。この話は忘れてくれ」
「……ない、ないです」
「え? なんだって?」
「店長……僕、彼女もいないし……クリスマスイブとクリスマスの予定もありません……見栄を張ってしまいました。本当に申し訳ありません」
「あ、そう……なのか。いや、全然謝ることはない。入りたくない時もあるだろうしな。みんなでジャンケンをして決めようじゃないか」
「いや、僕が……僕が入ります……僕にやらせてください」
僕は何て愚かな行為をしてしまったのだろうか。こんな優しい店長を困らせてしまった僕は償いをしたくなり、素直にシフトへ入ることにした。
「そうか……ありがとう。この日はショートケーキを買ってくるよ。一緒にバイト終わりに食べようじゃないか」
「……ありがとうございます」
「それじゃあ、シフト表をボールペンで清書してしまったから、この二日のバツ印は修正テープで消させてもらうね」
そうして出来上がったシフト表。表の俺の欄には白くなった二十四日と二十五日が存在していた。そして、クリスマスイブ当日。この日は雪が降らなかった。それでも、自分の嘘を打ち明けてでもバイトに入ってくれた俺へ尊敬を込めると共に、白くなった俺のシフト表を見て、この学園で【雪の降らないホワイトクリスマス】として伝説になった。ちなみに、僕が夜に働いた六時間は、聖なる夜にちなんで、【聖の六時間】として語り継がれている。
「……」
「八雲先輩、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。大丈夫だが……」
「八雲、謎はちゃんと解明できたか」
「できた、できたさ。だけどよ、十六夜。この謎は謎のままにしといてくれないか? じゃないと、あまりにも不憫でならない!!」
「そうか……謎のままにしておかなければならない謎であったか。分かった。この一件からは手を引こう」
「ありがとう十六夜、ありがとう。これで、こいつも報われるはずだ……」
謎を解き明かしたい人もいれば、謎を隠したい人もいる。解明するということは実に難しいことだと体感する出来事であった。




