無音の交響曲
無音の交響曲
ゾンビと三年生が衝突した。
コンクールは順調に勝ち進んでいくけれど、次の大会も当然、優勝しなければならないから、気を抜く間もなく部活は練習をする。
テレビや新聞で紹介されるような、それぞれの学校特色の「私たちはこんな練習法を取り組んで頑張っています」と紹介される、まともな練習法を実は持たないこのオケラ。演奏の完成度を上げるには唯一、練習時間を延ばすしかない。土日夏休みなしと言うほどに、部活が休みだった日と言うのは記憶にない。
夏休みの部活の練習時間を、ゾンビは午前九時から午後三時と決めた。
「全国優勝のためだ。三年生だってそう言う覚悟がなければオケラをやっている資格がない」
半ば部員をバカにするように笑いながら、ゾンビはそう言った。本人にその気はなくても、いかにも人を軽くあしらっているようにしか見えない顔つきとその態度。
「九時から三時なんて時間に部活をやっていたら塾に行けませんよ」
三年生の部員からポツポツと反論が出る。はっきり言わない生徒たち、それだけ話し合いの時間も伸びる。
地区大会でさえ勝てるはずもないのに、青春の汗と涙を流して頑張っている、数あまたの参加校の中で、あらかじめ全国優勝が決められて、逆算してラインの生産工場のように音楽を作っていくN一中管弦楽部。
「六時間は練習しないと、コンクールに勝ち進むことはできない、という意味も分かっているだろう?」
お前らは、そんなことも分からないバカなのか? と、ゾンビはせせら笑った。俺たちが音を出さなければ、優勝どころかコンクールへの参加さえもできないのに、あなたはこの音を出している僕たちを、そんな風に見下すのね。
ゾンビっていやらしい奴なんだ。こんな風にじっくり話し込んでいると、確かにゾンビの低俗な人物像がはっきりと輪郭を現わしてくる。
「受験はどうするんですか? 進学はどうするんですか? 先生は三年生のことを考えているんですか?」
「そんなに塾へ行きたいのか? お前らみたいな奴らが塾へ行って何になるんだ?」
じゃあ、練習時間を朝の六時から昼の十二時までにしてやろうか? ゾンビはニヤニヤしながらそう言った。朝の六時から部活やるの? ちょっと健康的で清々しすぎない? それだったら、何時に起きて学校へ来なければならないんだ?
「塾には午後から行け、だから部活は朝の六時からだ」
演奏形態に座っている部員たちに対して、指揮台の上から一歩も譲らないゾンビ。ほかの部活だったらとっくに引退して、勉強漬けの夏休みを送る。将来を考えたときに部活と勉強、どっちが大切とされるものか。
「夏休みの部活動六時間を変える気はない。お前ら朝の六時に学校へ来い」
捨て台詞でゾンビは指揮台を降り、第一音楽室を出て行った。残された三年生は怒りのぶつける場所もなく、面白くなさそうな顔で黙って座っていた。
一年生と二年生も付き合いで座らされている。指揮者の去ったN一中管弦楽部によって、無音の交響曲は演奏されていく。
篠原先輩だけは東京へレッスンを受けに行くために、こっそりと楽器を片付けて音楽室を出て行った。
「東條、まだ部活なんかやっているのか? それでK高校なんて行けるのか?」
帰りの校門で国語の先生に声をかけられた。東條先輩はポーカーフェイスで、偏差値六十八のK高校へ「行きますよ」と言い切った。
オケラをやりながらの偏差値六十八は大見得を切ったものである。しかし実際、全国優勝という結果を残して、K高校へ進学していった東條先輩だった。




