レコード屋
レコード屋
「なんでのこのこ出てくるんだよ! あれじゃあ僕は裏切り同然とみられたじゃないか! 僕はもう、あのレコード屋へは行けなくなったんだぞ!」
ものすごい剣幕で怒る源次郎だった。俺も黙って一言も言えなかった。
裏切者同然じゃなくて、お前はあの店主をはっきり裏切っているんんじゃないか。お前はいま、自分が何をやって何を言っているのか、分かっているのか?
源次郎が愛してやまない音楽家、フルトヴェングラーのレコードを鑑賞した。二十世紀最大の指揮者、このウィルヘルム・フルトヴェングラーの演奏は、没後も録音が見つかっては世界中に衝撃が走り新譜としてレコードが高い値で売り出される。
源次郎の家へ行き、四人がけのソファに収まった俺たちは、1940年代の妖しげな録音のレコードを聴いていた。雑音だらけで何が鳴っているのか分からない。難しい顔をして中学生たちが耳を傾けている。
現代のレコードだって理解できないのに、このような歴史的録音、気が付いたら俺は眠っていた。音楽が終わると源次郎が音楽に感動しながらも、俺の顔を見て自分の知能とヨシ君の知能の差を比較しいている。
「それだからヨシ君はダメなんだよ」
源次郎は自分の天才的な頭脳を確認したいのか、凡人を小ばかにして笑う。
「みんなでレコードを買いに行かないか?」
中学生たちで、秋葉原までフルトヴェングラーのレコードを買いに行こうと源次郎が誘った。みんなで? レコードを買うのは源次郎一人で、残りのメンバーはただついていくだけだ。
源次郎は何枚レコードを買ったのだろう。五枚か十枚か。一枚二千八百円として十枚で二万八千円だ。そこまでカネを使う贅沢な中学生。
CD、つまりコンパクトディスクが試作段階の時代で、レコード屋の片隅に視聴版が再生機とともに置いてあった。そのCDを聴いてみると冬の北海道の荒海がヘッドホンの中でリアルな音質でうねっている。さぞかし厳しい寒さの伝わってくるような、ここまでのクリアな音。
その帰り、私鉄線への乗り換えにF駅で電車を降りる。ついでにSデパートのレコード売り場へ立ち寄った。
都内へ出なくても、ここのレコード屋で買えばいいのに、なぜか当時は誰でもレコードを買うならば秋葉原へいくものと信仰があった。
「ヨシ君、レコードを預かっておきたまえ」
源次郎がそう言って、買ったレコードを俺の前において、俺はひとりメンバーから取り残された。
みんなレコード屋へ行ってしまう。小曽根源次郎氏は背中から倒れそうなほど体をそらせて、偉そうな歩き方でレコード店の店主のもとへと近づいていった。
やあ、小曽根君じゃないかと、店主が笑う。この店主、クラシックレコードを扱っているくせにフルトヴェングラーのことをフルベンとバカにしたように言うんだと、源次郎はいつも陰口をたたいていた。
みんながレコード売り場でフルベンの話をしている間、俺はひとりレコードの守りをしている。どうしてみんなはレコード店主とクラシック談義をしているのに、俺はひとり迷子のように待ちぼうけを食らっているのだろう。
「どうせヨシ君は喋れないんだから、別にいいじゃない」といつまでたっても彼らは戻ってこない。
五分十分なら待ってもいられようが、一時間もぼんやりレコードの守りをして突っ立っているとさすがに辛くなってくる。デートだって彼氏に一時間も約束の時間を待たされたら、彼女は怒って帰っちゃう。
いい加減に、俺はレコード十枚を持って「源次郎、そろそろ帰ろうよ」と店主と有頂天になって話をしているドアホの所へ行った。店主がぎょっとした顔になった、と言う事である。




