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見習い魔法使いと妾腹の王子  作者: 稲葉 鈴
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入学式-1

 物干し室には、沢山の洗濯物がはためいている。

 物干し室の奥、壁には小窓がある。その小窓を開けて、ドアをかけても風が流れなければ、本来は洗濯物がはためくわけがない。ただ床に向けて、水滴をポタポタと滴らせるだけ。


「皆様もう干しまして?」


 それなら、はためいてる理由なんて、ひとつしかないよね。

 丁度あたし達の後から洗濯に来た子達も洗い終わって、干し終わったところで、エリーザベトがひょいと顔を覗かせた。部屋一杯の物干しスタンドと、そこに吊るされた洗濯物を見て、彼女は扇を開きつつゆったりと頷く。


「どなたか奥の小窓を開けてくださる? 乾かしてしまいましょう」

「そんなことできるの?」

「ええ、ごく初級の風の魔術ですわ」


 エリーザベトに質問したのはおそらく王都に住んでいて試験を見学に来た、魔術師の卵じゃない子なんだろう。ビックリした声を上げた後、小窓を開けてエリーザベトの方へと歩いてきた。その子は、小窓のすぐそばのスタンドに洗濯物を干していたみたい。

 そよかぜの魔法使いや、風に愛されたものにとってはとても簡単な魔術。ワイアットもこの魔術を使って、よく洗濯物を乾かしてくれたっけ。

 あたしは風には愛されなかったので、まだそこまでは使えないんだけど。


「今はまだ無理でも、学院で習いますわ。黒の魔術師なら特に」


 そうでなくても、春の頃にある試験までには、使えるようになっていなくてはいけない。そうじゃないと、退学になる。らしい。

 ワイアットからの手紙にそう書いてあった。

 そんなことを言いながら、エリーザベトは扇で室内をあおいだ。

 ふわり、と。

 彼女の扇の動きにしたがって、風が動いた。

 風は目に見えないけれど、洗濯物がはためくから彼女がどんな風に風を操っているのかがまるで目に見えるよう。まあ、見えたからって、今のあたしには真似とか出来ないんだけれどね!

 ワイアットとは違って、その動きは繊細だ。具体的には、服痛まなさそう。

 ワイアットはね、今はもうもしかしたら違うかもしれないけれど、あの頃はぶわーって吹かせて乾かしていた。うん、すごく早いの、すぐ乾いちゃう。

 師匠せんせいのローブは生地が厚いから、そうでもしないと乾かないのはわかるわ。でも強い風を当てると、生地、痛むのよねぇ。

 師匠せんせいのローブの布はとても良いものだったから、いつももったいないなぁって思ってみていた。まあ、師匠せんせい本人もその辺りは頓着しない人だったから、いいと言えばいいんだけれどね。


「そういえば、エリーザベトは洗濯しないの?」

「ええ、初日はこうなるとお姉さまから聞いておりましたので、わたくしは今朝まで王都のタウンハウスにおりましたし、不要なものはそちらに置いて参りましたわ」

「タウンハウス!」

「すごい、貴族みたい!」

「みたい、は余計でしてよ」


 エリーザベトの発言で、廊下がざわめく。だって、だって!


「これは自慢なんですけれど、わたくしの家は代々魔術師を排出しておりますの。現在、領地を切り盛りしているのは祖父母で、父は宮廷魔術師団の副団長を勤めさせていただいておりますわ。

 嫡男であるお兄様も同様に、王都で暮らしておりますの」


 多分エリーザベトは、暮らしているのだから家があるのは当然だ、と言いたいのだと思う。それはその通りだし、なんでこっちで暮らしているのかとか、貴族だからこそ領地はどうしてるんだとか、確かに気になるし。

 でも、でもそこじゃないの!

 あたしたち庶民が盛り上がってるのは、そこではないの!

 産まれたときから貴族の、エリーザベトにはわからないだろうけれど!


「……まあ、どれ程今言葉を尽くしてもきっと互いに伝わらないことでしょうし、ええ、ではこういたしましょう」


 扇でお上品に顔の下半分を隠して、エリーザベトが笑う。声を出して肩を震わせたりとかはしていないけれど、声が笑っているのがわかる。あと目もめっちゃ笑ってる。楽しそう。

 すごいなあ、これがお話で見たことのある貴族のなんとかってやつだ。なんだっけ。名称は忘れてしまったけれど。


「半年後の試験の後、学院の外に出てもよいと許可が出ましたら、皆さんを我が家にご招待いたしますわ」

「やったぁ!」

「わぁ、わたし頑張る!」


 学院の外に出るためには、勉強を頑張る必要がある。半年後の春に、試験があって、それに合格しないと外出許可はもらえないそうだから、これはなんとも良い餌だと思う。あたし達みたいな、最初から魔法使いになりたくて師匠せんせいの弟子になって、それでこうして王都の学院まで来ているのは別に良い。

 自分の選択だもの、半年勉強漬けでも文句はない。ない、はず。

 けれど試験の見学に来ただけの彼女たちはそうでもないと思うから、やっぱり何かしら目標は必要よね。

 勿論、あたしも遊びにいきたい!


「でも、こんなに大勢で押し掛けて平気?」

「……大勢?」


 スーリエに問われて、エリーザベトは首をかしげた。

 この寮で、このフロアで同級生として暮らすのは、エリーザベトを除いたら十二人。その全員を呼ぶのは、あたし達の感覚ではとても多いのだけれど。


「一人ずつに客間を、といわれたら確かに少し多いかもしれませんわね。けれど、訪問されるくらいでしたら、問題はありませんわ」


 本当の本当に直前に人数だけを伝えてパーティの準備を、とはいかないけれど、事前に人数がわかっていれば、それほど多いとは感じないとエリーザベトは言った。

 あ、そうか。

 そうだよね。

 パーティとかやるんだ。やるよね。そりゃやるよね! そういうお話聞いたことあるもん!


「まあ、わたくしの家の事などはおいおい話して差し上げますわ。

 それより皆様よろしいの? 入学式の前に洗ってしまった洗濯物を取り込まなくて」


 わたくしそのために呼ばれたのだと思うのですけれど。


 そう言って楽しそうに笑うエリーザベトは、とても、とっても綺麗だった。


 あたしたちはパタパタとはしたなく足音を響かせながら、乾いている洗濯物を取り込んで、自分の部屋へと戻る。

 そうだったそうだった! 洗濯物を取り込んで、畳んで仕舞って、多分入学式までには間に合うだろうけれど!


「エリーザベト、ありがとう!」

「どういたしまして。出来うる限り手伝わせてはいただきますが、皆様もお早く出来るようになって下さいましね」

「練習、付き合ってくれる?」

「お湯を沸かす練習に付き合って下さるなら」


 じゃあそれで、と笑って答えたら、笑顔を返してくれた。

 笑うと、エリーザベトもあたしたちと変わらない十二才の女の子に見える。うん、そうだよ。同い年だもんね。

 他の子達も口々にエリーザベトにお礼を言って、風の魔術を習ったらコツを教えて欲しいと頼み、彼女はそれに鷹揚おうように頷いた。

頼ることも、頼られることにも慣れているその姿勢は、うん、とっても頼もしい。本人の資質もあるんだろうけれど、きっと、エリーザベトはそういう風に育てられたんだろうなあって思う。


 部屋に戻ったら、取り入れた、というか、持って帰ってきた洗濯物を畳んで、備え付けのクローゼットにしまう。下着と、ブラウスと、スカート。

 師匠せんせいの髪の色と同じ、深いボルドー色のハーフマントは、今はクローゼットの中、きちんとハンガーにかけて吊るしてある。部屋に入って、まずハンガーにかけたよね。だって、汚れたら、嫌だし。

 洗濯物を仕舞ったかわりにハーフマントを取り出して、これも備え付けのブラシをかける、あたしたちみたいな庶民が普段使いするような安物のまあ寒さがしのげればそれで良いようなマントではないけれど、それでもエリーザベトみたいなお貴族様が普段使いするような高いものでもないから、ちゃんとブラシをかけないとダメだと仕立て屋のナタリアおばあちゃんに教わった。

 仕舞うときと、着るときに、ブラシをかける。

 師匠せんせいの所に居たときからやっていたから、癖みたいな所もないとは言い切れない。


 え、師匠せんせい

 そんなことしてないと思うよ、あの人は。

 ダメになったら捨てれば良いくらいに思ってると思う。というより多分、まじないの刺繍がダメになったら普段着にでもするんじゃないかしら。その辺り頓着しない人だから。本当に。

 ローブに刻み込むまじないの刺繍に関しては神経質なまでに考えるけれど、それ以外のことに関しては頓着をしない。

 本当に信じられないくらい、自分の見た目にどこまでも無頓着だし、食事だって出来れば良いって考えている節がある。

 とても優秀な魔導師なのは否定しない。魔法の腕も確かだと思う。けれど人としてダメだと思う部分が多い。

 そうだ、学院長先生に呼ばれていたから、その時ついでに師匠せんせいのお嫁さんの相談をしよう。テレーザさんとベッティさんからも頼まれていることだし。

 本当に心底お嫁さんをもらってほしい。まさか弟子にその辺を心配されているとは思わないだろうし、ワイアットも気にもしてないだろうけれど!


 そんなことを考えながらブラッシングをして、つやつやになったハーフマントを羽織った。

スーリエと連れだって部屋を出る。そういえば、部屋に鍵はついてない。

 まあ、確かにね。高価なものなんて持ってないわよ。

 一番高価なのは、魔法の媒体。次が、このハーフマントかな。けれどこの二つは常に持ち歩くし。うん、盗むようなものなんてないわね。強いていうなら、まだないけれど、勉強に使ったノート?

 うーん、盗られたら困るかもしれないけれど、そんなことしても勉強についていけないんじゃ意味ないよね。

 だからきっと鍵がないのは、そんな事をした人がこれまでにいなかった、って事なんだろうと思う。


 他のみんなもあたしたちと同じように、同室の子とお喋りをしながらちゃんと正装をして廊下に出てくる。

 試験に受かってしまった王都の子達は彼女たちで、あたし達のハーフマントをキラキラした目で見つめている。

 そういえば、彼女達のハーフマントはどうするんだろう。

 あたし達のハーフマントは師匠せんせいからの贈り物だ。弟子入りが認められたときに一着もらって、こうして学院に入学するときに新しいものをもう一着贈られる。弟子入りしたときにもらったハーフマントももちろん持ってきてるわ。サイズアウトしてるとはいえ、耐火の魔法はまだ健在だから、何かの役に立つかもしれないし。

 一着だけだから、役に立たないかもしれないけれど。


 あたしたちは階段を一階まで降りて、食堂に行くことにした。玄関ホールで所在無げに佇んでいるよりは、邪魔にもならないだろうし、座れるし、お茶もあるし!

 カウンターにはお茶の入ったポットがおいてあって、それは自由に飲んで良いってさっき聞いたし。みんな、自分の分をカップに注いで、適当に割り振られたあたし達の学年用のテーブルに腰かけて待つ。


 ああ、そわそわするわ。

 これから入学式で、あたしたちはすでに合格していて。なんの心配だってないはずなのに、なんかとても心配でならない。


 多分あたし以外のみんなもどこか似たような気分で、交わす言葉は天井を滑っている。もしくは、テーブルの上をたゆたっている。


「それじゃあ、行きましょうか!」


 そんなふわふわした会話をしていたあたしたちを、黒いローブの先輩が迎えに来た。

 あたしたちはそわそわしながらカップをカウンターに返して、サルバトールさんにお礼を言って、先輩について寮を出た。

 寮の中はとても広いけれど、玄関は一人しか通ることが出来ないから、全員が外に出るまでやっぱりちょっと時間がかかる。こればっかりは仕方がない。朝とか、考えないとなー。


 男子寮からも同じように、バラバラと人が出てくる。入学試験を行った部屋へと、これまたゆっくりと入っていく。

 入学試験を行ったホールには、椅子が並べられていた。椅子は五つずつ、四列に並べられている。最後尾だけ、二つ。椅子と椅子の間には余裕が持たれている。

 適当な椅子に座って待っているようにと、先輩から言われたけれど。適当で良いのかしら。良いのなら、良いんだけれど。

 何て言えば良いのかわからないけれど、何か順番とかあるのかと思っていた。例えば前に黒の魔術師の弟子で、後ろに色の魔法使いの、とか。逆でも良いけれど。後は属性順とか?

 多分それはそれでややこしいだろうから、気にする人はとても気にしそうだし、ってことで、適当になったのかもしれない。

 あたしはスーリエと一緒に、空いている席に座ることにした。前から三列目の、左側。あたし達の後ろは、シルグリットとバフィトだった。


 その二人のさらに後ろ、この大ホールを半分に仕切るように、いくつかの衝立が立てられている。その向こうからは、とても良い匂いが漂ってくる。


「これ、お夕飯のパーティの香りよね」

「ね。とても楽しみ!」


 なんて声が、あたしとスーリエの間だけじゃなく、ちらほらと聞こえてくる。

 そうだよね、そうだよね。もちろん、王様のお言葉だって興味あるけれど! あれだけ美味しいお昼を食べたんだもん。お夕飯だって楽しみになっちゃうよ!


ご無沙汰していました。

テキストエディタを見たら書き上がっていたので、書けているところまでアップしておこうかと。


アップしたらガラル地方に帰ります。

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[一言] 面白かったです。 続きを楽しみにしてます。
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