家庭教師、テンパる(朝川)
≪ 梅森文兎視点 ≫
微妙な雰囲気のまま会食が始まった。みのりが名物の松華堂弁当に箸を運ばせつつ、向かいに座る雅秋の様子にちらちらと目をやっている。どうやらみのりは雅秋をいまいち信用してないらしい。文兎は溜め息を無理やり飲み下した。じっと事態を見守る横で、雅秋が口火を切る。
「そもそも、私は長年疑問に思っていたのですよ。『黄金梅』は誰のために、何のためにあるのか、とね」
「答えは出たのですか?」
箸を置き露骨に胡散臭そうな視線を贈るみのりへ、雅秋が静かに首を振った。
「いえ、まだです。ですが、一つだけわかったことがあるんですよ。つまり、『黄金梅』がひどく扱い難いものである、ということなんですがね」
雅秋が持っていた湯呑を置き、みのりに目をやる。
「だからこそ、梅宮とそれに連なるあなた方分家筋がいるのではないのですか?」
対するみのりも目を細め雅秋を見つめ返した。文兎は身の縮む思いで2人の様子を窺う。先に沈黙を破ったのは雅秋だった。
「確かに。ですが、私は思うのです。『黄金梅』さえなければ黄梅市がこんな閉塞した風土にはならなかったのではないか、と」
「だから私に協力してくれるというわけですか」
みのりの言葉に雅秋が首肯する。
「そうです。みのり様、私はね、あなたこそが疲弊しきったこの土地の空気を打ち破ることができると確信したのですよ」
雅秋の話に対し、文兎の心は感動で打ち震えた。
(ああ、さすがは雅秋様!)
雅秋ならばこの疲弊しきった街に新たな息吹をそそぎこんでくれるだろう。文兎は熱くなる目頭を右手で小さく押える。だが、みのりのほうは警戒をより一層強めたらしく、さりげない動作で腕を組んだ。
「随分私を評価してくれているのですね」
みのりの皮肉げな物言いに、雅秋が真面目な表情で答える。
「もちろんです。私はそこのお付の2人にも負けないくらいあなたに期待しているのですよ」
「それはありがとうございます。それであなたへの見返りは何ですか?」
みのりの返しに文兎は内心で感嘆する。やはり次期当主。一筋縄では雅秋を信用してはくれないようだ。
(それでも、雅秋様の真の目的を知ってくれさえすれば、おそらくこちら側についてくれるはずだ)
文兎は瞳を閉じ、雅秋の言葉を待つ。しばらくして、雅秋がゆっくりと口を開いた。
「何も。……そうですな、できれば今よりもこの土地が豊かになってほしいですな」
みのりが愉快げにくすくす笑う。
「それは嘘ですね」
言い切ったみのりの目には、静かな怒りが宿って見えた。
「嘘?」
雅秋が薄く微笑むと、みのりも大きく頷いた。
「えぇ。だって、そうでしょう。あなたは今、本家に謀反を企てているのですよ。それなのに何も求めないなんてあり得ません」
確信を持って告げられた言葉に、雅秋がかぶりを振る。
「謀反ではありません。これはあるべきものをあるべきところに戻す戦いです。つまりそれは、すべて梅八家のためになるのですよ」
嘆かわしげな声音で訴える主の顔を見て、文兎は胸が締めつけられる思いに囚われた。なぜみのりは、こんなにも黄梅のことを思っている雅秋を理解してくれないのか。悲しみとともに苛立ちが募る。忌々しい思いでみのりを睨むも、彼女はこちらを無視して片頬を上げた。
「『黄金梅』を失くしたあと本家や梅八家の必要がなくなっても同じことが言えますか?」
余裕ありげに告げられた言葉に、雅秋が小さく息を吐く。
「真実その後のことを想像できていらっしゃらないのはあなたではないですか、みのり様?」
雅秋の問いに、みのりが小首をかしげる。
「あなたは『黄金梅』を失っても、本家や梅八家が必要だと思っているのですか?」
「必要か必要でないかはこの際意味をなさなくなるのですよ。すべてゼロに戻るのですから。しかし、それでも、未来は開ける」
雅秋の言葉に対し、みのりが怪訝な顔をした。どうやらいまいち意図が読み取れていないらしい。文兎は解説しようと口を開く。だが、一足先に、みのりが雅秋へ問いかけた。
「つまりあなたはそのためになら犠牲を厭わないということですか?」
みのりの言葉に、雅秋は頷く。
「もちろんです。必要ならばこの身を捧げることも厭いません。……存じ上げておりますかな、みのり様。私には娘が一人おりましてね」
「えぇ。確か、由真ちゃんだったかしら?」
指を頬にあてながら答えるみのりを前に、雅秋が顔を綻ばせた。
「はい。私はあれが幸せであってほしい。好きなことを好きと言い、知りたいことを自由に知ることができる、そんな世の中になってほしい。ただそれだけなのですよ」
噛み締めるように紡がれた言葉へ、みのりの瞳が仄かに揺れる。
「……娘さんを愛しているのですね」
「はい、とても。だからこそ、嫌なことには嫌と言える子に育ってほしいのですよ。みのり様、あなたのようにね」
胸に手をあて重々しく告げる雅秋に、みのりが視線を逸らした。
「……それはあなたの幻想です。でも、そうですね。あなたのことを全面的に信用したわけではありませんが、少なくとも娘さんの愛は本物のようですね。わかりました。あなたの言葉に乗ることにします」
宣言するみのりの横で、それまで無言を貫いていた碧が不満げな声を上げる。
「良いのですか?」
碧が尋ねると、みのりがあっさりと肯定した。
「えぇ。味方は多いほうがいいもの。たとえ信じられない人でも……」
含みを持たせて雅秋を見やるみのりに、雅秋が安堵の息を吐く。
「ありがとうございます。感謝いたします」
しみじみと礼を述べる雅秋の姿に、文兎は胸を熱くする。
(よかったですね、雅秋様……)
潤む目を拭うべきか迷っていると、みのりが、それで、と話を促してきた。
「何を協力してくれるのですか? できたらあなたのところの三男とのお見合いをなかったことにしてほしいのですが……」
つんと鼻を上向けるみのりに対し、雅秋が、いやいや、と手を左右に振る。
「便宜上、それは有効にしておいたほうがいいでしょう。あれもそのほうが喜ぶでしょうし」
「あいつが喜ぶわけないじゃない!」
珍しく金切り声をあげて否定するみのりを前に、雅秋が声を上げて笑った。よほど彼のツボに入ったのだろう。予想外の反応ばかりで戸惑っていると、笑いを収めた雅秋が話題を転じた。
「まあ、それはともかく今後のことですが。まず、みのり様にはこちらの者と一緒に行動し、種の鍵を集めていただきます」
雅秋の提案に、みのりが片眉を上げる。
「どういうことですか?」
怪訝そうに尋ねるみのりに答えたのは、雅秋ではなく碧だった。
「つまり、監視役をつけるということか。なかなかあくどいね君は」
碧の言葉を聞いた途端、みのりが目を剥いた。




