2.逆アリバイ検証
【生意気娘に問われたる高二長男(俺)の物語】
「えーと、昨日はたまたまバイトが休みになったんで、午前中はずっとゲームしてたぜ。日曜日だったしな。んで昼メシ食ったらまたゲーム。は? いいだろ別に、引きこもりだって。それにちゃんと夕方には部屋を出たぜ? 確か午後6時半頃。そろそろ腹減ったなーって思って台所行ったら母さんが夕飯の支度しててさ。でももうちょい時間かかりそうだったから、なんかお菓子摘まむかなって冷蔵庫開けてみたんだよ。
そしたら、そう。カナのプリンを見つけたんだ。いやーマジラッキーって思ったね。あ、でも葛藤はあったよ。今すぐ食べるか夕食後に食べるかって。だがもしここで食わずに置いておけば……我が妹達のことだ。次に見つけた奴が確実に食らうだろ? しかし理想を言えば食後のデザートに食べたい……。
そこで俺はそのプリンを自室に避難させておくことにした。冷蔵庫はないけど、どうせ1、2時間程度だしな。腐るわけでもないし問題ないと思ったんだ。その後は7時にまた1階のリビングに降りて夕飯。食い終わったら自室に……あ、ちげぇ、風呂場か。母さんに頼まれてた風呂掃除とトイレ掃除が先だ。それが終わってから……あー、何時だか忘れたけど、プリン食った。うん、確かに食った。もう完璧にぬるくなってて、あんとき食っときゃよかったって後悔したからよく覚えてるぜ、ちくしょう!
で、えーとあとは風呂入ってゲームして寝たくらいかな。風呂のタイミングは覚えてないけど、寝たのは確か深夜1時だ。他になんか質問ある?」
「なんであたしのプリンってわかってて食べたの?」
「何言ってんだ? カナのだから食ったんだよ」
「何そのふざけた理由!? って、こらぁ! そこの外野二人、無言で同意しない!」
【我儘少女に問われたる高一長女(レイカ)の物語】
「昨日の私は忙しかったぜ。正午まで寝てて起きて昼メシ食って昼寝して起きて漫画読んで午後7時に夕飯食った。うーん、忙しい。疲れた。寝過ぎって逆に疲労溜まるもんな。
……じょ、冗談だよ冗談。バイトはなかったけど、このあとちゃんと働いたって。母さんから洗濯物畳んでくれって頼まれたからな。しかも家族6人分だぜ? 6人分! もー最後の方とか腕つりそう……にならないけどね、うん。いつも手伝ってるし。もう慣れてるし。20分もありゃ余裕かな。
んでそのあとすぐに風呂、って感じだ。確か昨日は私が一番風呂だったんだよな? 午後8時に風呂沸いてすぐ入ったし。それで風呂からあがった後、麦茶飲もうとして冷蔵庫開けたんだよ。
そこで私はプリンを見つけた。しかもマジックで「カナの!」って書いてある。
そりゃあ食うしかねえだろ! だってカナのだぜ? つーわけで私はそのプリンを麦茶のツマミとしていただいたのさ。ホンット、最高だったね! 風呂あがりの麦茶って、季節関係なく格別だよなあ。あ、もちろんプリンもうまかったぜ。
ほんでその後は部屋に戻って漫画読んでたんだよ。そしたら午後9時半頃だっけ? ミホが宿題教えてくれって私の部屋にやってきたんだ。つっても、わかんねえ問題が数問あっただけみたいでさ、10分くらいで教えたらすぐ自分の部屋に戻ったんだけどね。あとそのとき私も宿題残ってたこと思い出したんで、ソッコーで片付けてやった。そっちは20分くらいかな。あとは漫画の続き読んで日付が変わる前に寝た。以上。なんか聞きたいことある?」
「あたしのプリン食べて、罪悪感とかなかったの?」
「ねえな。家族のものは私のもの、カナのものも私のもの。だろ?」
「ふてぶてしいにも程があるわよ! というか今のセリフ! ちゃっかりあたしだけ二回徴収されてるじゃない!」
「バカだなぁカナ。こういうのは搾取って言うんだぜ?」
「余計に悪質じゃん!」
次にミホの検証に移ろうとしたとき、洗濯物を干し終えた母さんが二階から戻ってきた。
「ちょっとあんた達、まだ学校行く準備終わってないの? もう遅刻するわよ!」
「まだ大丈夫だよ。それより母さん、昨日一日の流れ、何やってたか教えてくれない?」
「特にプリンの辺りとかな。私からも頼む!」
「ミホもお願いするです!」
「えー……今ちょっと忙しいんだけど。……仕方ないわね、ちょっとだけよ」
というわけで、急遽予定変更。
【働き続けた女(母さん)の懺悔】
「昨日は、そうねぇ……午前中は夕飯の仕込みと洗濯をしたらすぐに出かけちゃったわ。近所のママ友とランチの約束してたのよ。そしたらママ、ほんのちょっと喋り過ぎちゃったみたいでね。お店を出たのが午後3時半頃になっちゃったのよ。それで買い物しなきゃって思って急いで帰ったら、パパがミホの迎えで車使ってたのよ。もうしょうがないから自転車で近くのスーパーに行くことにしたの。大荷物になりそうだったから近くにいたカナも助っ人に連れてね。ホントはサトシを連れて行きたかったんだけど、なんだか部屋で忙しそうだったから……。え? ゲームしてたの? ……まあいいわ。とにかくスーパーに行って、そこでプリンも一緒に買ったのよ。「いつも手伝ってくれるから」ってカナに言ったら、すごく嬉しそうに笑ってくれて……ふふ、可愛かったわ、カナの笑顔。
それで私も元気もらって、帰ってからずっと家事三昧よ。回覧板を届けて、午後5時半から夕飯の支度。食べ終わったらお皿洗いと明日のお弁当の準備、お部屋の掃除にパパのシャツのアイロンかけに明日の仕事の準備……。午前中やり残したことは全部やったわ。
でもそのときにはもう夜の10時になってたの。もう……疲れちゃってね。あとはお風呂入って寝るだけなのに、身体が動かないの。だから、せめて飲み物でも飲もうって、つい冷蔵庫にふらふら~っと。
でね、……うん、そこで、見つけたのよ。……プリンをね。でもそのとき私の脳は回ってなくて……、無性に糖分を欲してて、ね。何も考えずに…………ああ……あのとき、私は……なんであんなこと……っ! 全部食べちゃった後で、透明な容器に「カナの!」って書かれていて、それで初めて気づいたの。ああ……やっちゃったな……って。謝ろうにも、カナはもう寝ちゃってたから、今朝まで話せなかったの……。名前が書かれていたのは容器の向こう側で気づかなかった……なんてのは、言い訳よね。本当にごめんなさい」
最後に深々とお辞儀をして締めると、母さんは重い足取りで風呂掃除へと向かってしまった。
「なんだかママ、ちょっと可哀そうかも……」
「悪気があったわけじゃないんだ。許してやれよ。なあカナ?」
「そうだぞ。カナはミホのお姉ちゃんじゃないか」
「カナ姉、いい子いい子、なのですよ」
「ママは許すけど……あんたらに指図されるとめちゃくちゃムカつくわね」
そんなわけで気を取り直して、検証再開。
【糞餓鬼女に問われたる小四三女(ミホ)の物語】
「昨日ミホは友達のチエちゃんの家に遊びに行ったのです。それでパパが車で迎えに来てくれたのがちょうど午後5時頃。家に着いたのが午後5時半ちょっと過ぎくらいだったのです。そのときパパと台所に行ったらママが夕飯の支度をしていて、キッチンが食材でいっぱいでした。確かにあれは助っ人が必要な買い物量ですよ。でもミホがお手伝いしようとしたら、ママには「大丈夫よ」って言われたです。一体どうやって一人であの量を冷蔵庫に入れたんでしょうね……。ママはマジシャンなのですか……?
で、そのあとはみんなと一緒です。午後7時にご飯食べて、レイ姉がお風呂から出たらすぐに入って、出たら宿題をやってお布団でおやすみです。
…………なん、てね! ふふふ、ミホはそんなに素直な子じゃないのです! 見ちゃったんですよ? あの食材の山を! あれだけの量あればもうお菓子が一つや二つどころの騒ぎじゃないです。冷蔵庫開けたらお菓子が山盛りドドーンなはずですよ! そんな期待感わくわくじゃ明日までぐっすりできないのでしょう? というわけでミホは午後9時頃こーっそり台所に忍び込んだのです。そして冷蔵庫を開けると……ちっともお菓子が見当たらなかったのです……しょぼん。
……でもそこで諦めるミホじゃあないです! 実はミホ、ママと一緒にカナも出かけたこと、知ってたのです。だとするとカナ姉のことです。買ってもらったおやつはぜーんぶ隠しちゃうに決まっています! だからミホは冷蔵庫の中を、普段漁らないようなところまで隅々探しました。そしたら……予想的中! カナ姉の直筆名前入りプリンを発見したのです! その味といったら、もう極上でした! 相手の作戦を読み切り知力勝負を制してからの奪略! もうミホ、自分の悪魔のような力に酔ってしまいました……。スパイや詐欺師の方々もこんな悦楽を味わっているんでしょうね。ちょっぴり憧れちゃいます。
あ、それで食べ終わったあと部屋で宿題の続きに戻ったんですけど、もう気力が湧かなかったので残りはレイ姉に教えてもらいました。まあ難問ぞろいだったので元からできなかったんですけどね。あとは明日の準備を終わらせてからおやすみです。午後10時よりちょっと前でした。何か気になる所は?」
「……とりあえず今はあんたの将来が心配だわ」
「ミホは至って健全な小学生ですよ?」
「絶対違う」