3.迷宮の入口と出口
「……微妙だな」
集まった4人の証言を吟味すること数分。俺はすぐにそう結論づけた。
みんな、話があまりに具体的だ。
各人のエピソードに矛盾は見当たらないし、とっさについた嘘にしてはリアル過ぎる。ここまで細かい行動録だと、偽装を疑うことはできそうにない。
ならばと、他の可能性を探ろうにも難しい。
理由は簡単。多大な情報量に対して、有益なものが驚くほど少ないからだ。
「私達の情報だけじゃ、どうにも決定打に欠ける節があるな……」
「はいです……。わかったことと言えば、みんなプリンを見つける時間帯がバラバラなことくらいでしょうか」
「だからもーいいじゃん、みんな犯人でー。ワケわかんなーい!」
レイカにミホも完全にお手上げ状態。全員分の話をまとめていたカナでさえ状況に混乱しているようだ。
……まあカナの場合、単に情報の多さで脳がパンクしているだけの可能性もあるが。
とりあえず有用であろう情報だけでも抜き出してみよう。
まずプリンを見つけた順番は、午後5時にカナが冷蔵庫へ入れてから、俺(午後6時半頃)、レイカ(午後8時半頃?)、ミホ(午後9時頃)、母さん(午後10時頃)の順だ。
相変わらず家族全員が犯行を認めているが、もし何らかのトリックが働いているとすればこの時間差がカギとなるかもしれない。
他にもプリンを見つけた瞬間は全員誰とも接触していないという点も挙げられる。
俺の場合は台所に母さんがいたが、ばれないようにこっそり持ち出したので接触はなかったと言っていいだろう。
あとは全員が「カナの!」直筆サイン入りプリンを食ったと自覚している点。
当然のことだが、やはりここが一番のキーポイントだろう。
カナの筆跡には独特のクセがあり、見間違えることもなければ、誰かがマネすることもできないし……、うーん……。
「あと気になった点と言えば……」
俺は先程カナがとっていたメモに手を伸ばした。カナの速記能力の賜物か、会話のかなり細部まで書き残されている。
だからこそ、こんな些細なことにも引っかかったのかもしれない。
「なあミホ、プリン探すのってそんなに時間かかったのか?」
「? サト兄はすぐに見つけられたのですか?」
「ああ、まあ。確かに冷蔵庫の隅に挟まっててパッと見わからなかったけど」
俺の返答に対し、ミホはどうも腑に落ちない、といった表情を示した。
そして疑問を口にする。
「えと、さっきからミホも気になっていたのですが」
「ん? なんだ?」
「みなさんずっと冷蔵庫冷蔵庫って言いますけど……、正確にはプリンがあったのは野菜室ですよね?」
「や、野菜室ぅ?」
「ええ。いかにもカナ姉が隠しそうな場所です」
ミホの発言に俺はおろか、レイカとカナも眉をひそめる。
「ちょっと待てよ。俺がプリンを見つけたのは冷蔵庫の一番下の段の右側だぜ?」
「違えよ兄貴、ドアポケットの中段だろ? だいたい下段なんてプリンの入るスペースすらなかったし」
俺とレイカの証言まで食い違う。
そして極めつけはプリンを仕舞った張本人、カナの供述。
「3人ともバカ言わないで。あたしが隠したのは冷蔵庫の一番上段の奥よ」
「……なんてこった」
どうやらここにきて厄介な落とし穴に嵌ってしまったようだ。
正直なところ、俺とレイカとミホの発言についてはさほど気にする必要はない。そもそも全員がプリンを食べている時点で奇妙な話なのだから、発見場所の相違なんてものは瑣末な問題だろう。
だがカナの隠し場所と食い違うのは、さすがにおかしい。
昨日「カナの!」プリンを冷蔵庫内で移動させた、と証言している者は一人もいない。なら当然、プリンはカナが隠した場所から出てくるはずだ。ということは昨日俺が食べたプリンはカナが隠したものではなかった……のか? でも名前が入っていたのは確かだし……。
……いやこれ、実は全員別のパラレルワールドに行ってましたってオチとかない? それならすべてまるっと解決するんだけど……うん、そんなわけないですね。知ってます。
ちなみにカナ本人が一番お気に召さなかったのは、ミホの回答だったらしく、
「だいたい野菜室に隠すだなんて論外だわ。あのプリンはね、キンッキンに冷やした方がおいしいの」
それは言えてる。野菜室って冷蔵庫の中でも比較的温度が高い場所だしな。
ぬるいプリンを食した俺ならわかるが、確かにあれは凍る直前くらいまで冷やした方が……。
…………いや、え? ちょっと待てよ。
「な、なあカナ」
「だからあたしは冷蔵庫の中でも一番温度の低い上段に……って、なによサトシ?」
「なにって、おまえ……なんで冷やした方がうまいって知ってんの?」
あのプリンはどうも最近発売された新商品らしく、見たことのないパッケージをしていた。食感もとろけるような舌ざわりが絶妙で、口に広がる甘さや香りも過去に例のない味わいだった。だから「冷やせば冷やすほどうまい」という性質はあのプリン特有のものであって、経験からでしか学べない。
ならば何故、カナはそれを知っていた?
そんな難問を、彼女は淡々と明かす。
「なんでって、そりゃあ昨日食べたからに決まってるでしょ」
…………。
…………時が、止まった。
そう錯覚するほどの、硬直。思考停止。
……えーと、つまり、
カナはすでに昨日プリンを食べたということで……、
「「「は、はぁっ!?」」」
「反応遅っ! というか、えっ? あ、あたしなんか変なこと言った!?」
言った。すげぇ変なこと言った。そりゃあもう、今までの積み上げた苦労を方舟に乗せてノアさんごと大洪水で流すくらい変なこと言った。
「どういうことだおい! じゃあおまえが散々騒ぎまくったのも全部嘘だったのかよ!」
「全くだぜ! 私らの容疑は何だったんだ! 結局てめえが食ったんじゃねえか!」
「同意です! 朝の時間泥棒は重罪ですよ、カナ姉!」
被害者によるまさかの自白に狼狽える俺達。
だがその様子に、カナは失言を取り消すように両手をせわしなく振った。
「そ、そうじゃないわよ! だって食べたのは一口だけだもん!」
「え……? 一口、だけ?」
俺が聞き返すとカナがこくりとうなずいた。
まるで叱られた子供みたいにしょんぼりと眉を下げている。
「その……午後5時に帰ってきてすぐ、誘惑に負けちゃってつい……。で、でも口に入れてすぐに「あ、これ冷やした方がおいしい」って気づいたから……」
「で、残りは冷蔵庫に入れたと?」
「う、うん……って、話を逸らすんじゃない! 今は冷蔵庫じゃなくてあんた達の胃袋の中でしょ! どうしてくれんの!? 責任取んなさいよ!」
「「「…………」」」
なるほど。詳細を聞けば、状況は単純だ。
はは…………まいったね。
どうやら、この事件、
完全に、
――――迷宮入りしたらしい。
「(……レイカ、おまえが食ったプリンって蓋開いてたか? ちなみに俺のは未開封)」
「(いや、開けた形跡はなかった。もちろん食べかけのスプーンの跡もな。ミホは?)」
「(同じです。全くの新品さんだったのですよ……)」
あまりの衝撃に声が出せず、全員小声での会話だった。
俺達は確かに「カナの!」プリンを食べた。
だが本来冷蔵庫にあったプリンは食べかけだったらしい。なら誰が真犯人であるにせよ、盗まれたプリンは開封済みでなければならないはずだ。
でもそうなると、いよいよ俺達が食べたプリンの正体がわからない。
カナの証言を信じるならば、そもそも新品のプリンなんてものは初めから存在しなかったのだから。
すべての推理、仮説、前提が無に帰する。
しかしその中でも二つだけ、確実にわかっていることがある。
カナは食べかけプリンの残りを食べられたことを怒っている。
だが俺達が食べたのはあくまで未開封の「カナの!」プリンであって、少なくともカナが被害を申し立てている食べかけ「カナの!」プリンではない。
「つまり、」
「私達、」
「無罪放免なのです!」
「「「イエーイ!」」」
「そんなわけあるかあああああああああああ!」
ハイタッチを交わす俺達に対し、カナだけが絶叫をあげる、が、無視。
俺達3人は思い出したように各々登校の支度を再開した。
「いやぁ一時は頭がこんがらがったけど、解決してよかったよかった」
「ああ。確かに歪な怪事件だったけど、私達には関係ないしな」
「あとは野となれゴミ山となれ、なのです」
初めは謎の怪異を解決するため自分の犯行を立証しようと躍起になっていたが、冷静に考えれば無実であるに越したことはない。俺達と全く無関係な事件ならば、あとは対岸の火事と同じ。首を突っ込む必要性も義理もないだろう。
ともあれ俺達は無事迷宮を脱出した。しかもプリンを食ったのに無罪という盗人完全勝利の形で終わったのだ。これ以上は何も望むことはない。今日は実に清々しい一日になりそうだ!
しかしこれほどまで完璧で合理的な論理の一体どこが不満なのか、カナだけはいまだに騒いでいた。
「ちょっと待ちなさい!」なんて逆ギレして、俺の袖をつかんでくる。
「なんだよ、まだ何かあるのか?」
「大ありよ! ほらこの容器を見なさい! 事実あたしのプリンは消えている。しかもあんた達は自白した。なら問答無用で有罪でしょ! 弁償しなさい! 10倍返しよ!」
カナは今朝からずっと握っているプリン容器を俺の顔面に突きつけた。
確かにそれは昨日俺が食ったプリンのカップに酷似している。全く同じと言ってもいい。
でも、
「だーから俺達そのプリンは食ってないって。よって無罪。以上。閉廷!」
「ちがーーーーう! 違う違う違うちーがーうー!」
会話を断ち切ったにもかかわらず俺の背中をポカポカと殴りつけるカナ。
駄々っ子のような八つ当たりは正直痛くはないが、なんとも鬱陶しい。……まさかこのまま高校までついてくる気じゃないだろうな?
と、俺がカナを引きつれて玄関までやってきたときだ。
階段の方から足音が聞こえてきた。足音の主は朝食のとき以来、ずっと自室で準備していた父さんだ。
「あれ? サトシ達、まだ誰も学校行ってなかったのか? パパはもう会社行っちゃうぞ?」
「あー、俺もそうしたいんだけど、さ……」
「パパ! ちょうどよかった!」
「ど、どうしたんだカナ?」
父さんが現れた途端、カナは新たなターゲットが現れたとばかりに、俺に対する怒りを消して瞳を輝かせた。
そして父さんにぎゅっと抱きつくと、上目遣いで満面の笑みを浮かべる。
「ねぇ、パパはサトシとレイカとミホのお父さんだよね?」
「ああ。もちろん、カナもね」
「しかもお父さんだってカナのプリン食べちゃったんだよね?」
「あ、あはは……まいったなぁ。でもその通りだよ。ホントにごめんね」
普通、女の子が笑顔で父親にすがりつく姿は、微笑ましい父娘のふれあいシーンに見えるはずだ。
……でもなぜだろう。俺視点では娘の笑顔の奥に邪な心が見え隠れしているように感じる。父さんは気づいていないようだが、どうにも悪い予感しかしない。
「じゃあさじゃあさ、パパはちゃーんと、責任とってくれるよね?」
「えっ!? ……ああ、うん。帰りにケーキ買って帰るから、それで」
「じゃあサトシ達3人の分の責任も被ってね!」
「え、えぇっ!? ど、どういうことだい!?」
父さんは困惑した表情を俺に向け、状況説明を求めてきた。
もちろん助けたいのはやまやまだが、俺だって何がなんだかさっぱりだ。
だが今までの経験上、これだけはわかる。
……カナの奴、父さんから絞れるだけ絞る気だな。
「なんかね、3人とも自分達が犯人なのに無罪を主張して責任逃れをしているの。だから代わりにパパが4人分の罪を被って! 子供の尻拭いをするのは親の務めでしょ?」
「え、えぇ……じゃあケーキ4個買って来いっていうのかい?」
「んーん。カナへの罪は基本10倍返しだよ? だから40個! お願いね!」
「40個も!? 一人で食べるの!?」
勝手に独自ルールを発動して傍若無人に振る舞うカナ。これには父さんもお手上げだ。
というか、ただでさえうちは大家族なんだから、そんな要求通したらリアルに家計に響く気が……。
……あれ? ひょっとして俺ら、今家庭崩壊の危機に直面していない?
「おい待てよカナ。そもそも本当に父さんが食ったとは限らないだろ?」
と、その様子に見かねたのか、リビングで準備中だったレイカがやってきて父さんに助け舟を出した。
「は? 何言ってんの? まさか父さんまで無罪って抜かすつもり?」
「そうだ。もしかしたら父さんが食ったのは偽「カナの!」プリンかもしれないからな」
「偽!? 偽ってなによ!? 「カナの!」って書いてあったらあたしのじゃん!」
「どうだろうなぁ。そりゃ本人に詳しく聞かねえとわからないぜ?」
「……レイカの主張の意味がぜんっぜんわかんないけど、いいわ。聞いてやりましょう。どうせあたしの方が正しいけど。パパ! 昨日のこと全部話して!」
「……なんかパパ、変な喧嘩に巻き込まれた?」
というわけで、騒ぎを聞きつけてやってきたミホとも合流したのち。
最後の逆アリバイ検証、開始。
【親父の白状】
「昨日はずっと部屋で書類仕事してたからなぁ。それ以外だとミホの送り迎えをしたくらいかな。迎えに出かけたのは夕方の4時前。ちょっと早めに出て、ついでにドライブもしてたんだよ。
で、ミホを連れて5時半頃に家に着いたら何となく台所に……あーそうそう、そこでプリンを見つけたんだよ。ママは夕飯の準備中だったけど多分気づいてなかったんじゃないかな。それから部屋に持ち込んで、仕事中、小腹が空いたときにちょっと、ね。ごめんよカナ。え? 冷蔵庫のどこにあったかだって? 確か一番上の段の奥の方だったけど……どうしたのレイカ? 蓋? もちろんついてたよ。いくらパパでも、さすがに食べかけには手を出さないって。
あとはずっと部屋に籠って仕事してたよ。ああ、7時の夕食のときはみんなと一緒だったけどね。風呂はママの後だったから11時頃かな。寝たのは日付をまたぐ直前だったよ。こんな感じでいい?」
「どうしてあたしのプリンってわかってて食べたのよ!」
「あ、あはは……ごめんごめん。新商品でおいしそうだったから、たまには一個くらいいいかなーって」
「よくない! 楽しみにしてたのに!」
「ご、ごめんよ! 代わりに今日ケーキ買って帰るから、ね?」
次回は解決編となります。
謎がすべて解けた方、簡単すぎて謎に感じなかった方、ストーリー重視なのでそもそも謎解きは二の次の方など、続きへ進む方は「次の話」へどうぞ。




