百合姫 光臨
「では、母上、行って参ります。」
「ご武運を祈っておるぞよ。」
屋敷の玄関で、愛息子、柔磨に火打石を打つ母であった。
母親想いの柔磨は今日の試合の相手が先の合戦で滅ぼした
隣の国の城主の娘であることは黙っている。
余計な心配はさせたくないからであるが、母はすでに世間の
噂を耳にしていた。
それでも、知らないふりをする母の愛であった。
「待ってました。柔磨。」「天下無双の侍じゃ。」
「キャー、素敵。」「いよっ、色男。」
秋晴れの空の下、急遽設置された試合場に足を運ぶと、
見物客は割れんばかりの歓声を上げた。
その中を柔磨は無人の荒野を行くがごとく、足を運んだ。
いくら城主の仰せと言え、女と闘うことは気が進まない。
はっきり言って嫌である。
しかし、城主の命令に背くは武士の道に外れる。
断れば、どんな仕打ちが待っているか、それがわかっているからである。
「我が城主、虎王院牙王様。関口、見参いたしました。」
柔磨は試合場の上座に大魔王の如く君臨する虎王院牙王に
深く頭を下げた。
「うむ、しっかり闘うがよい。健闘を祈るぞよ。」
牙王は威厳を持って言葉をかけたが、内心はワクワクしていた。
このクソ生意気な若造が百合姫を見てどんな顔をするか、どんな
闘いを繰り広げるか楽しみでたまらなかったのである。
暫くして、柔磨の反対の門から体の自由を拘束された百合姫が
雑兵二人に連れられて来た。
雑兵たちは、拘束していた縄を解くと、一目散に引き下がった。
連れてくる途中、相手が抵抗できないことを知り、かなりきわどい
卑劣な真似をしてきたからである。今の世で言う、パワハラ、セクハラの
範疇を超えていたのであった。
「この世にこれほど美しい女がいたのか・・・・・。」
実際、柔磨も驚愕するほどの美しさで、思わず、口に出てしまった。
例えるならば、戦国の野に咲く一輪の白い百合。
敵地の公開殺戮場とも言える試合会場においても、慌てず騒がず、
顔色一つ変えない。
あくまで気高く美しく、凛とした決して汚すことができない気を
体全身から発していた。
『なるほど、これなら城主が愛人にしたくなるのが納得できる。』
柔磨がそう思うほどであるから、見物客は猶更である。
あれほど騒がしかった見物客が静まりかえり、呼吸するのを
忘れるくらい見とれてしまった。
中には、この美しい姫がどんな最後を遂げるか・・・・、
あらぬ妄想を抱く不届き者もいたが、無理もあるまい。
いつの世でも、そういう癖を持つ者はいる。
「可哀そう。」「やめて~。」「酷い。」
それ以上に、良心的な声も多かった。
「ムフフフ、してやったりじゃ。」
柔磨と見物客の反応を見て微笑んだ牙王は、百合姫にも厳かに
声をかけた。
「好きな武器を選ぶがよい。亡き父の仇討ち、励むがよかろう。」
見物客へのウケを狙っているのが、あきらさまである。
横に座っている家老は、心の中で毒を吐く。
『ふざけるでない。わが父の真の仇は、そなたであろう。』
心の中で叫んだ百合姫は、薙刀をガシッと選び、対戦相手に
向かった。




