Another2 柚香と真奈美、声の距離
生成AI(Grok)による本文作成を行い、微調整しています。
苦手な方はご注意くださいませ。
お話は少し戻って……。
毎朝の待ち合わせが、ごく自然なことになり始めていた。
空き地の草が朝の光を受け、ゆきみが足元をすり寄ってくる。真奈美が「おはよう」と言い、柚香が小さく「おはようございます」と返す。それだけのやり取りなのに、もう欠かせない時間になっていた。
ある朝、校門が見えてきたところで、真奈美がふと足を緩めた。
「ねえ。連絡先、交換しない?」
柚香は、少しだけ瞬いた。
「……連絡先、ですか」
「うん。朝、遅れるときとか。雨のときとか。今だと、会うまで何も言えないでしょ?」
柚香は鞄の肩紐を握り直した。親以外と、連絡を取り合う想像をしたことがほとんどなかった。
「私、みんなの使っているアプリを……持っていなくて」
「ハートバード?」
「はい。使ったことがなくて。連絡は、母とだけなので」
真奈美はすぐに「そっか」と頷いた。責めるでも、驚くでもない。ただ、少し考えてから笑った。
「じゃあ、教えよっか。難しいものじゃないよ」
放課後、二人は空き地の端に腰を下ろした。真奈美が自分の画面を見せ、柚香が隣で小さく模倣する。登録、名前、送信。一つひとつが、柚香には慎重な作業だった。指先が迷い、真奈美が「そこ、そこ」と指さす。たまにゆきみが間に割り込んで、画面を隠す。
「できた?」
「……はい。できた、と思います」
真奈美が画面を確認して、小さく頷く。柚香は自分の端末を両手で持ったまま、少しだけ俯いた。登録された一覧に、斉藤真奈美という名前が映る。繋がった、というより、細い線が一本、そっと置かれたような感覚だった。
「じゃあ、何かあったら送ってね。無理しなくていいから」
「……はい」
空き地を出ると、夕方の風が頰を撫でた。ゆきみが後ろを見送るように鳴く。帰り道はいつもと変わらないのに、鞄の中の端末の重みだけが、少し違って感じられた。
夜になって、部屋の明かりを少し落としたときだった。
初めて、通知が鳴った。
小さく光る画面に、真奈美の名前があった。柚香は部屋の明かりを少し落としたまま、しばらくそれを見ていた。開くまでの時間が、妙に長かった。
『まだ起きてる?』
短い文だった。柚香は何度か打ち直してから、送信した。
『はい。まだ、起きています』
すぐに既読がつく。
『よかった
変な時間に送っちゃったかなって』
『いいえ。ちょうど見ていました』
『そっか。
ちゃんと使えてるかな』
『はい。大丈夫です。ありがとうございます』
少し間が空いて、次の文が届く。
『よかった
じゃあ、また明日だね
おやすみ』
『はい、おやすみなさい』
それだけだった。なのに、画面を閉じたあとも、胸の奥が少しだけ熱かった。
翌日も、その翌日も、真奈美から短い文が届いた。朝の一言。帰り着いたかどうか。天気の話。どれも大きな内容ではない。それでも、柚香は通知が鳴るたびに、赤いリボンの端を無意識に摘まんでいた。
ある夜、いつもの時間を過ぎても、通知が来なかった。
柚香は画面を何度か見返した。故障しているわけではない。ただ来ないだけ。朝、隣で歩いていた時間を思い出す。声をかけてもらえること。並んで座ってもらえること。当たり前のように「一緒に」と言ってもらえること。その一つひとつが、今は少し遠く感じられた。
寂しさなのだと、少し遅れて気づいた。
指先がたどたどしく文字を並べる。消して、また打つ。送るまでにかなりの時間がかかった。
『斉藤さん。今日はまだ、起きていらっしゃいますか』
送信した瞬間、胸が小さく跳ねた。撤回できない。待っているあいだ、部屋の空気が少し重く感じられた。
けれどすぐに既読がついた。
『起きてる!
ごめんね、今日ちょっと遅くなっちゃった』
『大丈夫です。お邪魔でしたら』
『全然!
むしろ嬉しいよ
天園さんから来たの、初めてだよね』
画面の向こうで、真奈美が笑っている気がした。柚香は俯くように端末を見つめた。耳が熱い。なのに、次の文が自然と出た。
『少し、寂しくて。すみません。でも、送って良いものなのかわからなくて』
少し間が空いて、返ってきた。
『そっかぁ
でも、気にしなくていいよ。
んー
じゃあ、これからいつでも、どっちからでも、どんなことでも送っていいってことにしよっか』
柚香は小さく息を吐いた。返事は短くてよかった。
『はい』
安心したはずだった。なのに、画面を閉じる前に、もう一度だけ会話の画面を開いてしまう。真奈美の名前。短いやり取りの履歴。その下に、丸いボタンが並んでいる。柚香は意味を確かめようとして、指を滑らせた。
次の瞬間、呼び出し音が鳴った。
画面いっぱいに、真奈美の名前が浮かぶ。小さく震えるアイコン。通話、と書いてある。柚香は息を飲んだ。押してしまった。取り消したい。なのに、赤い印も、止める場所も、すぐに見つからない。指が画面の上を慌てて泳ぐ。鳴り続ける音が、部屋の静けさを一気に壊していく。
文字が来る暇もなく、画面が切り替わった。
「……天園さん?」
真奈美の声だった。夜の部屋に、生の声が落ちてくる。文面で見る声とは違う。近くて、少しだけ息が混じっていて、意外なほどはっきりしている。
「っ……」
「どうしたの?」
「す、すみません。わ、私が……間違えて」
「あ、通話? 初めてだと、押しやすいよね。切っても大丈夫だよ」
切る。その言葉が分かっていても、柚香はすぐに指を動かせなかった。切ってしまえば、今の声が消える。画面の向こうにいるはずの人が、また文字だけに戻る。胸の奥が、理由もなく速く打っている。
「……少しだけ、でも、よろしいでしょうか」
真奈美が、小さく笑った気配がした。
「うん。いいよ」
沈黙が落ちる。文を打つときより、間が長く感じられた。柚香は赤いリボンの端を摘まみ、声の出し方を探した。対面なら、短い「はい」で済む。なのに今は、声だけが残っている。
「斉藤さん。今、……お部屋、ですか」
「うん。宿題してた。天園さんは?」
「同じです。その……通知を、待っていて」
「待っててくれたんだ」
その一言で、耳まで熱くなった。画面を見ないようにしても、声は近い。不思議なほど、胸が落ち着かない。会っているときの方が、むしろ楽なくらいだった。
「わ、私の声、聞こえてますか?」
「うん、大丈夫。可愛い声聞こえてるよ。私のも聞こえてる?」
「っ……はい。よく、聞こえます」
真奈美の思わぬ声に、返事が少しだけ遅れてしまった。
それから少しだけ、見えない距離の向こうで、真奈美と声を重ねていった。
「じゃあ、また明日も、ね」
「はい。必ず、行きます」
短い約束だった。それでも、通話を切る指が少しだけ迷った。切ったあとの画面は、また静かになる。柚香は端末を胸の近くに置いたまま、残った熱を確かめるように息を吐いた。
それからも、文は続いていった。上手ではない。改まっている。時折、間違えて押しそうになって、柚香は画面から指を離した。それでも、途切れなかった。夜の部屋に、小さな光と、あの声の感触が残っている。
また会える朝まで、この細い線が、二人のあいだに残っていた。




