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第19話 エレンと真奈美、文化祭デート

生成AI(Grok)による本文作成を行い、微調整しています。

苦手な方はご注意くださいませ。

 文化祭の朝は、いつもより少し早く訪れた。

 教室に入った瞬間、空気が違っていた。テーブルには白いクロスがきちんとかけられ、壁の飾りが淡い光を受けて優しく揺れている。メニューボードも完成し、小さな花が活けられている。昨日まで準備していた空間が、今日は本当に「お客様を迎える場所」になっていた。


 エレンは自分の席に立つと、静かに深呼吸をした。胸の奥が、わずかにざわついている。緊張もある。でも、それ以上に、今日という一日が特別なものになる予感があった。

 クラスの役割分担では、接客の中心は奏海と詩歩だ。エレンと真奈美は、比較的時間に余裕のあるサポート枠に入っていた。午前中の早い時間帯は、特に手が空く。


「柚香、少し校内を回ってみない?」


 真奈美が、荷物を置いたあとでそう声をかけてきた。周囲にはまだ人が少ない。二人きりに近い状態だった。


「回る……真奈美さん、大丈夫ですか?」


 エレンは少しだけ心配になって聞く。真奈美がクラスの手伝いだけでなく、他のクラスの出し物にも声をかけられて手伝っていることを、エレンは知っていた。人が多く集まる場所では、よく名前を呼ばれている。


「うん? あ、うん。大丈夫だよ。ほら、視察。他のクラスの出し物を見て、参考にするって名目でさ。まぁ実際はただ一緒に歩きたいだけだけど」


 真奈美は少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。その笑顔を見た瞬間、エレンの胸の奥が、やわらかく温かくなった。


「……はい。一緒に行きたいです」


 言葉は短かったけれど、本音だった。


 二人は教室を出て、廊下を歩き始めた。文化祭の校内は、すでに活気に満ちていた。壁には色とりどりのポスターが貼られ、遠くから話し声や笑い声が聞こえてくる。いつもは静かなこの場所が、今日は別の顔を見せている。

 真奈美は時折立ち止まり、興味深そうに展示を覗き込んだ。エレンはその横顔を、そっと見ていた。彼女の目が、何かを見つけたときに少しだけ輝く。そのたびに、自分の心も一緒に明るくなる気がした。


「あ、あそこ、手作りのアクセサリーだ。綺麗……」


 真奈美が小さく呟く。エレンは並んで立ち、ガラスケースの中の小さな作品を見た。淡い色のビーズが光を反射している。


「真奈美さん、好きそうなものですね」

「うん。こういう繊細なの、好き。エレンも似合うと思う」


 真奈美がそう言って、こちらを見た。二人きりのときだけ使う名前が、自然と口から出ていた。エレンは耳が熱くなるのを感じながら、視線を伏せた。


「……ありがとうございます」


 校内をゆっくりと回りながら、二人はほとんど並んで歩いた。時折肩が触れそうになる距離。真奈美が何かを指差すと、自然とそちらを見る。言葉は多くない。でも、沈黙が居心地悪く感じることはなかった。むしろ、この静かで穏やかな時間が、とても大切に思えた。

 途中、別のクラスの生徒に声をかけられることがあった。


「斉藤さん、ちょっといい? うちの飾り付け、少し手伝ってもらえると助かるんだけど」


 真奈美は「今は視察中だから、あとで行くね」と柔らかく答え、軽く手を振ってその場を離れた。また別の場所では、準備に追われている生徒が「真奈美、テープ貸して!」と駆け寄ってくる。彼女は自分の荷物から小さな道具を取り出し、あっさりと手渡していた。


(やっぱり、人気がある)


 エレンは少し離れた位置から、その様子を見ていた。真奈美が困った顔一つせずに対応する姿が、いつもの彼女らしくて、どこか誇らしくも感じられた。自分が隣にいることで、彼女の時間を少しだけ独占できているような、そんな気すらした。

 中庭に出たとき、秋の風が優しく頬を撫でた。木々の葉が少し色づき始め、陽光が柔らかく差し込んでいる。生徒たちがグループで笑いながら通り過ぎていく。その中を、二人だけが少しゆっくりとしたペースで歩いていた。


(真奈美さんと一緒にいると、落ち着く)


 エレンは心の中で静かにそう思った。普段人が多い場所は少し苦手だった。視線や話し声が重なると、どうしても身が縮こまってしまう。でも、彼女が隣にいると、不思議と大丈夫だった。守られているような、安心して呼吸ができるような感覚がある。

 ふと、昨日のことが頭をよぎった。

 放課後、教室に実行委員の人が訪ねてきたこと。短い会話のあと、自分が少しだけ悩んでしまったこと。真奈美は何も聞かずに、ただ隣に戻ってきてくれた。あのとき、余計なことを聞かれなかったことが、かえってありがたかった。

 そしてその人が持っていた紙に書かれていた名前。


『ひと声の贈り物』


 文化祭の歌唱コンテストの名称だった。シンプルで、どこか優しい響き。見た瞬間、胸の奥がわずかに動いたことを、エレンは覚えていた。


(ひと声の贈り物……)


 心の中でその言葉を繰り返す。

 昨日はまだ、はっきりとした答えを出せずにいた。人前で歌うことへの怖さもある。自分の声が、特別なものだなんて思ったことはない。ただ、真奈美があの日涙を浮かべて聴いてくれたことだけが、今も強く残っている。

 誕生日。

 自分が彼女のために歌ったとき、真奈美は静かに目を潤ませていた。あの透明な感情が、今も胸に残っている。誰かに聞いてもらうために歌ったわけではなかった。ただ、この人に届けたかっただけだった。

 でも今は、もう一度、聴いてもらいたい。


(真奈美さんに、もう一度聴いてもらいたい)


 彼女が、あのときのように目を細めて、静かに耳を傾けてくれる姿を想像する。その想像が、怖さを少しずつ押しのけていく。


「エレン?」


 真奈美の声で、意識が戻った。気づくと、中庭のベンチの近くで足を止めていた。


「大丈夫? 少しぼーっとしてた」

「……すみません。少し、考えていて」

「無理しないでね。疲れたらすぐ戻ろう」


 真奈美はそう言いながら自分の隣に並んで座った。距離は近い。風が二人の髪を同時に揺らす。エレンは手元を見ながら、小さく息を吐いた。


(もう一度、聴いてもらいたい)


 その想いが、昨日よりはっきりとした形を持ち始めていた。『ひと声の贈り物』という名前が、不思議と自分の気持ちに重なって見えた。声を贈り物として届ける。それが、今の自分にできる精一杯の形なのかもしれない。

 真奈美が隣で校庭の方を眺めている。穏やかな横顔。時折風に髪が揺れて、目を細める仕草。その姿を見ているだけで、胸の奥が熱を帯びる。また別のクラスの生徒が遠くから「斉藤さーん」と手を振っているのが見えた。真奈美は軽く手を振り返し、すぐにこちらへ意識を戻した。その切り替えが、妙に嬉しかった。


(この人に、また歌を届けたい。私の、想いを)


 怖さは消えていない。でもそれ以上に強い気持ちが、背中を押していた。


「真奈美さん」

「ん?」

「……今日は、ありがとうございます。一緒に回れて、嬉しいです」


 真奈美は少し驚いたようにこちらを見て、それから柔らかく笑った。


「こちらこそ。エレンと一緒だと、ただ歩くだけなのに特別な感じがする」


 その言葉が胸の奥に深く沈んだ。エレンは俯いて自分の手を握った。赤いリボンが風に小さく揺れる。

 その後も、二人はゆっくりと校内を回った。


 科学部の展示では、真奈美が興味深そうに説明を聞き、エレンはその横で静かに頷いていた。家庭科部のスイーツ販売の前では、真奈美が「あとで買いに来よう」と目を輝かせ、エレンは思わず唇を緩めた。どの場所でも、彼女の反応が素直で、優しくて、見ていて心が温かくなった。途中、また別の出し物の生徒に「真奈美、ちょっとだけ力貸して」と声をかけられる。彼女は「五分だけね」と答え、軽く手伝ってから戻ってきた。汗はかいていないのに、少しだけ頰が赤い。


「ごめんね、エレン。待たせちゃった」

「いいえ。真奈美さんは、みんなから頼られてるんですね」

「まあ……。便利屋みたいなもんだよ」


 そう言って笑う横顔が、まぶしくて、少しだけ胸が痛んだ。自分だけのものではない人が、今は隣にいてくれている。その事実が大切に思えた。

 途中、廊下の掲示板の前を通り過ぎたとき、ふと目に留まった。


『ひと声の贈り物』

 文化祭歌唱コンテスト 出場者募集中

 小さなポスターが静かに貼られている。エレンは足を止めず、ただ横目でそれを見た。真奈美は気づいていないようだった。エレンは何も言わず彼女の歩調に合わせた。

 午後の少し前、教室に戻る頃には、エレンの中で一つの答えが定まっていた。

 参加しよう。


(真奈美さんにもう一度、歌を聴いてもらうために)


 あの日のようにあなたの心に何かを残せたら。それだけでいい。結果はどうでもいい。ただこの想いを、声に乗せて届けたい。『ひと声の贈り物』として。

 教室の前まで来たとき、真奈美が足を止めた。


「楽しかった。また時間があったら、続きを回ろう」

「はい。ぜひ」


 エレンはそう答えながら、胸の奥に秘めた決意を、静かに抱きしめた。まだ言わない。今は、このままでいい。彼女の隣で普通に笑顔でいられる時間が、何より大切だったから。

 教室に入ると、すでに少しずつお客様が入り始めていた。奏海が手を振って合図をし、詩歩が元気よく「いらっしゃいませー!」と声を上げている。エレンは自分の席に戻り、深呼吸をした。

 窓の外では、秋の陽射しが校庭を照らしている。真奈美が隣でエプロンの位置を直しているのが見えた。その横顔を見て、エレンは小さく微笑んだ。


(また、歌います。真奈美さんのために)


 心の中でそう呟いても声には出さない。ただ、その想いだけが、胸の奥で確かに灯っていた。

 文化祭の一日は、まだ始まったばかりだった。

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