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聖女10周年を祝う舞踏会で、婚約者に婚約破棄を告げられたヒーラギは、カザールの王都から10年ぶりに伯爵家へと戻ってきた。屋敷に着いた時刻は深夜で、連絡せず帰宅したヒーラギを出迎える者もおらず、子供の頃に使用していた部屋は物置とかしていた。
(残念、この部屋は使えないわね)
ヒーラギはお風呂付きの客間を見つけ、魔法でお湯を沸かしてゆっくり浸かり、清潔でフカフカなベッドに潜り眠った。
だが翌朝。
10年間の習慣でいつもの時間目を覚ましたが、聖女じゃなくなったヒーラギはカザールの為に朝の祈りをしなくていいし。朝寝坊しても文句を言う人はここにいない。
ヒーラギはふかふかな布団に潜り、2度寝を楽しんだあと。呑気に鼻歌を歌い、トランクケースから唯一持ってきた、水色のワンピースに着替えた。
グウゥゥ~とお腹がなり、自分が空腹だとしる。そうだと、ヒーラギは昨夜の舞踏会から、何にも食べていない。さすがにお腹が減ったので客間から出ると、掃除中のメイドがヒーラギを見て、驚きザワザワしはじめた。
(しまった、侵入者だと言われてる?)
焦るヒーラギに1人のメイドが。
「あの、ヒ、ヒーラギお嬢様ですか?」
と声をかけた。
それに頷き。
「ええ、そうよ、驚かせてごめんなさい。昨夜、屋敷へ帰ってきたの」
久しぶり屋敷に戻ったヒーラギに驚くのも無理はない。だけど、1人のメイドがヒーラギを覚えていたおかげで、ヒーラギは不審者と間違われずホッとして厨房に向かった。
ここでも、ヒーラギを知っている人はいるのかと心配だったが、コック帽の男性がヒーラギのことを覚えていた。
よかったとヒーラギはその男性に、いま食べたいものをお願いした。
「かしこまりました。焼き上がりましたら、食堂へお持ちします」
「ありがとう、待っているわ」
とヒーラギは食堂に移り、コックに頼んだ料理をボーッと待っていた。
(ああ~幸せ。こんなにゆったり過ごせる、朝は久しぶりだわ)
これもすべて、新しい異界の聖女様のおかげ。聖女だったとき、ローザン殿下には毎回、理不尽なことを言われ大変な目にもあったけど。それから全て解放されて、自由になった。
新聖女さん、聖女の仕事は大変だろうけど、頑張ってください。
まったりと食堂のテーブルで待つヒーラギの所に、出来上がったものを持ちコックが食堂へと現れた。
「お嬢様、頼まれたものが焼き上がりました。熱いうちに召し上がりくださいませ」
「ありがとう。ううん~いい香り!」
ヒーラギが頼んだのは、ふわふわパンケーキ3段と果物。ヒーラギは久しぶりの甘い香りに、喉がゴクン鳴り、お腹もぐうっ~と鳴る。
「いただきます」
焼きたてで、フワフワなパンケーキにコックが用意した蜂蜜をたっぷりかけ、バターを多めに乗せた。こんな贅沢をしても、誰にも小言を言われない幸せに口元はゆるみ。パンケーキを一口の大きさに切り、ヒーラギはパクッと食べる。
(甘い、口の中が幸せ~)
忘れていた蜂蜜の甘さと、バターのコクと塩っぱさ。ヒーラギはゆっくり咀嚼して、ゴクリと飲み込んだ。
「お、美味しい~!」
あまりのパンケーキの美味しさに、ヒーラギはお行儀悪くフォークとナイフを持ったままテーブルを叩き、テーブルの下では足をバタバタさせた。
「これよ、これ~! 私はこれを求めていたの! フワフワに焼き上がったパンケーキに濃厚な蜂蜜と、バターが染みておいひい。付け合わせの果物の酸味も最高」
楽しげに朝食を取るヒーラギの元へ、大きな足音をさせ忙しなく食堂に入ってきた人物は、食堂のテーブルでパンケーキを食べるヒーラギを見つけると、名前を呼んだ。
「ヒーラギ姉さん!」
「ん? どうしたにょ、ギリシニャン?」
パンケーキを口いっぱいに頬張って、リス、ハムスターの様に頬を膨らませた私を見た、弟のギリシアンは呆れた表情を浮かべた。
「まったく。ウチの料理長が作る、フワフワパンケーキが美味しいのはわかりますが。そのリスの様に膨らんだ口の中を食べてからお話しください……お行儀がわるい」
「なによ、先に話しかけてきたのはギリシアンのなのに」
これが、久しぶりに会った兄弟の会話?
ヒーラギが機嫌悪くしたのが、わかったのか。
「淑女は顔にだして、怒りません」
「ほっといて、人の朝の至福のひとときを邪魔した訳は何?」
「至福? そうでしたかすみません。ですが……舞踏会入った友人から話を聞きました」
「そう」
心配した弟の友人が伝えてくれたのか。
ヒーラギはフウッとため息を吐き、パンケーキを口に運んだ。