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ダブルソウル『にこたま』  作者: 三島 宏幸
5/13

九度死んだ猫

ひめを拐った四人組の男達は、おんぼろビルの三階フロアで気を失ったまま、これでもか!というくらいガムテープでグルグル巻きにされて転がっている。


助け出したひめは

今も震えてる…

よほど恐かったのか、小さい体をより小さく丸めて、泣き続けている…


「ひめ!ひめ!」


右京は何度も呼びかけるが、ひめは答えない。

まるで耳を塞いで嫌々をしている子供のように…

右京は優しくひめの頭に手をのせて、いい子いい子するように撫でてやる。


「うきょうとさきょうのおしごとはかわいいーひめをまもることーうきょうとさきょうのおしごとはかわいいーひめをまもることー」


ひめの震えが止まった。


「うきょうとさきょうのおしごとはかわいいーひめをまもることーうきょうとさきょうのおしごとはかわいいーひめをまもることー」


ひめが顔を上げて右京を見た。

涙はなおも流れ続けている。


「うきょうとさきょうのおしごとはかわいいーひめをまもることーうきょうとさきょうのおしごとはかわいいーひめをまもることー」


ひめは呟いた。


「もうやめんちゃいやぁー恥ずかしいねぇ…」


ひめを抱きしめる。


「………」


どれくらいそうしていただろうか?


長い沈黙を破ったのは、ひめの笑い声だった。


「あはは…助けられちゃったねぇ。ヤバかったよぉ」


「大丈夫…?」


無惨に破られた服から視線を外して右京は言った。


「なんとかねぇ。でもほんまヤバかったよ」


「こんなんで悪いけど」


さっきスーツから剥ぎ取っておいたジャケットをひめに羽織らせる


「高そうなねー。見掛けに騙されたわ」


「そのぉ…大丈夫…?」


ひめは一瞬なんのことかと考えたが…

パァっと笑顔を見せて答えた。


「大丈夫!大丈夫!うち、やられてないけぇ!」


ヤるとかヤられるみたいな言葉がひめの口から出たことに、右京はびっくりした。女の子なんだからもう少し言い方に気をつけてよ。やれやれ…


何はともあれ、ひめに大事がなかったことに安堵する。


「コイツらどうしようか?」


右京は床に転がしてある男達を顎で指す。


「うちはたいしたことないけーねぇ。もういいよ」


聞いてみればひめの被害は、暴れた時に服が破れたこと、くらいらしい。

顔が腫れて見えたのは、ひめに噛みつかれた男が、なんとかひっぺがそうとした時にできたものだった。

危なっかしいけどさすがは我らがひめだと誇らしくも思う。


とりあえずこちらの名前は伏せて、警察に通報をする。


(後日、ニュースや新聞でも報道されたのだが、ひめを拐った容疑者達は以前にも複数回同じような犯行を行っており、その証拠は押収品のパソコンとビデオカメラから出てきたとのことであった。被害に遭われた方々は勇気を持って名乗り出ていただきたいらしいけど、被害者の気持ちを考えたら複雑でやりきれない思いになる。弱い者を狙った性犯罪など絶対に許せない!

なお、通報のあった現場に警官が急行すると容疑者達は既に身動きができぬよう拘束されており、悪質な容疑者達の逮捕に協力してくれた方には警察から表彰状の授与も検討されているらしい。

容疑者達の供述では、ガキにやられたと言ってるみたいだ。

ただ、リーダー格の諸星星矢容疑者(28才)にあっては、バケモノだーこわいよーなどと同じ言葉をうわごとの様に何回も繰り返しており、精神判定や薬物使用の可能性も考慮して取り調べを続けてゆく方針だそうだ)



そうと決まればもうこんなところに用はない。

財布も何も持って来てないし帰りも白虎は乗せてくれるだろうか?


ああ、そうだった!


ひめにはまず、ここまで運んでくれた怪物から説明しなくちゃなと、思ったのだが、よくよく考えてみれば右京も、この怪物の詳しい知識がなかった。

今さらではあるが、白虎自身に聞いてみなくてはならない。

その後は、右京に起きたこれまでの『不可思議』な出来事も、ひめに全部話さないと、どうにも話の辻褄が合わないだろう。

上手く伝わるだろうかと、悩ましく思う。


白虎は甘えたような目でひめを見ている。

今にも猫のようにゴロゴロと喉を鳴らしそうだ。

機嫌良さげな白虎に、今がチャンスと、帰りも背中に乗せてもらえるように頼んでみようか?


ひめに右京が知っている限りの、白虎の情報を教える。

白虎はひめの部屋に飾ってあった『ねこさん』の絵から出てきた怪物?であること。

遡ると、オレ達が幼い頃に寺から持って帰ってしまった『掛軸』だということ。

ここまで運んでくれたことを話す。


それだけ聞くとひめは白虎に、まるで自転車にでも跨がるように、気軽な調子で飛び乗った。

唖然とする右京を尻目に、なにやら白虎とじゃれあっているように見える。


「しろたん急に大きくなってー。出て来れたの?良かったねー」


白虎の頭を撫でている。

当の白虎も嬉しそうに、ゴロゴロだかグルグルだか、喉を鳴らしている。


「しろたん飛べるんよねぇ?楽しみー♪残りの話は帰りながらしょーや。右京!あんたにも聞きたいことがいっぱいあるけーね!」


右京が白虎の顔色を窺うと、しょうがない、お前も乗れ!サービスだぞ!とでも言いたげな顔だ。


「失礼しまーす」


右京はひめの後ろに控えめに乗せてもらった。



ひめが『しろたん』と呼んでいる白い虎の怪物は、ひめにとっては、幼い頃からの友達みたいなものらしい。


しろたんと呼ばれている怪物は、ひめを『お嬢』と呼んでいる。


右京は、白虎の素性や、話せば長くなりそうな左京にまつわる話は後回しに、まずは微笑ましげなそっちの方に話を振る。


「ひめはコレ恐くないの?」


「だってしろたんじゃろ?ぶちおっきいけーびっくりたまげじゃけど、でも外に出れたんなら良かったよー♪ずっと頭なでなでしたかったんよー」


興奮を隠しきれず、要領を得ないひめのご機嫌をとりながら、なんとか聞き出せた内容というのがこうである。

ひめは幼い頃に右京達とした冒険の証として『ねこさん』が描かれた掛軸を持ち帰る。上手くはないが親しみが持てて、何か語りかけてくるようなその絵を、ひめはとても好きだった。自分の部屋に飾っては、ことあるごとに話しかけていたという。幼い頃に始まったその習慣は、今になっても変わらず続けていたようだ。


「ずっと見聞きしておりましたわ。今日あった楽しい事を聞かせてくれたり、どうしょうもなく腹が立った話や、悲しかったこと。いろんな夢の話も聞きましたなぁ」


兄弟のいないひめにとって、ねこさんの絵は、親にも話せないことを聞いてもらう、良い話し相手だったのだろう。


「お前。右京のことも話も聞してたぞー。なんでも右…」


「それはえーよ!しーっ」


ひめがしろたんを叱りつける!しろたんはひめには弱い…


自分に対するひめの評価について、右京は聞いてみたい気もしたが、聞かぬが花ということもある訳で。


とりあえず大方のひめと、しろたんの関係性についてはわかった。

間違ってもひめが白虎に食べられることはないだろう。



ひめを助けに急いでいた時とはうってかわって、帰り道の白虎はフワフワと飛んで、実に快適だ。

来た道がジェット機なら、帰り道はさながら気球といったところだ。


「ねぇねぇ、ひめ」


右京は前に乗っているひめを指でつつくとお願いをする。


「ひめとしろたんが仲良しなのはよくわかったよ。しろたんが絵の中から出て来てくれて嬉しいのもね。でも、そもそもしろたんはどうして絵の中にいたんだと思う?それとなく聞いてみてくれない?それとなーくね」


ひめも興味を持ってくれたようだ。

だけどあれだけそれとなくと頼んだのにも関わらず、ひめは直球ストレートで間違いなく無遠慮に思える聞き方をしてしまった。


「ねーしろたん!しろたんはなんで絵の中におったんかって右京が聞いてくれーって言うんじゃけど?」


あぁ…ひめ。

オレの名前を出しちゃったらせっかくひめに頼んだ甲斐がないよ…

ほらほらやっぱり…しろたんが後ろを振り返ってオレのことを睨んでるよぉ…


「うちも気になるけー教えてくれん?」


やっぱりしろたんはひめには従順だ。まったく態度を変えて、

はて?何から話そうかと一生懸命になって思案していたが、やがてポツポツと語り始める。


……………………………………………………


元々オレは天上界にいたんだ。その頃の名を早飛丸と言う。

もう、とうの昔に捨てた名前だがな。

白帝と呼ばれる白虎を父に持ち、誰もが恐れ敬う父の威光を笠に着ては、勝手気まま、やりたい放題、悪事と言われればその通りなのだがオレとしては面白半分の悪戯をたくさんした。


やはりしろたんはいつか何かの本で見たことのある神獣『白虎』だった。


当然、天上界だけでは飽きたらず、毎日のように下界に降りては、人里に現れ、人々の驚く様子や家畜が恐れて逃げ惑う姿を見ては面白がっていた。

初めの頃は驚き恐れるだけの人々だったが、家から出れなくなる者や、乳や卵を産まなくなる家畜が増えてくると、もう許せない!荒ぶる神『白虎』を退治すべし、という具合になってきた。


白虎は声は少しずつ小さくなっていった。

恥じるように、悔やむように…


人間ごときが何人徒党を組もうが、槍や鍬を携えようが、到底オレに敵う筈などない。

オレは奴らを一笑、一蹴のうちに蹴散らしてやった。

初めのうちだけは威勢良く、白虎憎しと息巻いていた者達もまるで蜘蛛の子を散らすみたいに我先にと争うように逃げていった。

オレは得意になり、滑稽滑稽とその様子を眺め笑っておった。

なかなか面白い余興だったと満足し、天上界に帰って来るや否や、そこに白帝の親父どののカミナリが落ちた。


白帝は兼がね、素行が悪い我が子に頭を痛めておった。

それでもいつかは改心をして、悪癖も直ってくれるだろうと信じながら、不出来な我が子の動向を逐一観察しておったのだ。


白帝は吼えた!


「お前のバカさ加減には父ちゃん情けなくって涙出てくらぁ!」


言葉通り親父どのの目には涙が浮かんでいた。


「残念だがもう仕方があるまい。お前には我が一族に伝わる試練を授けてもらうことにする。

それでお前がどう変わるかはわからんが…お前次第だ。

早飛丸よ!至らぬ父で悪かったな…立派になって帰ってこい!」


下界で猫の子に生まれ、その生涯をまっとうし、それを九度繰り返す『猫の九生』がオレに課せられた罰であり試練であった。

白虎であるはずの己を捨て、下等で脆弱な猫の姿での暮らしなど、思うようになる筈もない。

今や同族となった猫も仲間とは呼べず、人間共に媚びへつらう気などさらさらない。

オレはいつも孤独で、周りの全てを憎んでいた。

試練を課した親父どののこともな。

そんなだからいつもオレは人知れず野垂れ死んだ…

時には野犬に襲われて、時には食い物に窮してな。

気がつけば早それを、八度も繰り返していた。

それでもオレの中では何の変化もなく、恨みや憎しみ、嫉妬や欲望に取りつかれたぶんだけ、神獣とはほど程遠いところに来てしまっていた。

そんなオレが九度目の生を受けたのは、春まだ遠く感じられる、三月の終わりだった。

オレを産んだ猫は旅籠屋の飼い猫で、兄弟と呼ぶべきなのかはわからないが、一緒に産まれた子猫らはオレの他に四匹いた。

オレはそいつらより一回り小さく産まれたせいで、乳の取り合いにも溢れることが多かった。

それでもなんとか育ってこれたのは、母猫が辛抱強く体を横たえて乳を与えてくれたお陰だと言える。

四月に入ると子猫らは、貰い手がついた順にいなくなった。

他の四匹と比べると見劣りする体と、折れて曲がった鍵尻尾のせいもあってか、最後まで残ったのはオレだった。

そのぶん母猫の愛情を独り占めできたことは幸せだったがな。

飼い主の人間は残った子猫の処分に困り、小さな箱にオレを入れて川に流した。

オレはどんどん流れて行って、母猫の姿もあっという間に見えなくなった。

冷たい川で流されているうちに体は芯まで冷えて、母猫を呼ぶ鳴き声さえも出なくなっていった。

腹も減り妙に眠気が差してきた頃に、箱は浅瀬に流れ着いた。


そこまで話すと白虎は、逞しい前足で目元を拭ったような気がした。

泣いていたのか…?

そしてまた語り始める。


歳の頃は五歳くらいだろうか?

小さな女の子がオレを見つけて駆けてきた。

冷たい川の水など気にも留めず、膝まで浸かってオレの入った箱を拾い上げてくれた。

近くにいた母親らしき女も、子供の突然の行動に驚いて駆けて来る。


「お母さん!お母さん!

ねこさんが…

冷たくなってる…

どうしよう…どうしよう…」


その子はオレを懐に入れて温めた。

小さくて、鍵尻尾の、誰からも必要とされず、捨てられて死にかけのオレを、まるで宝物のように、大切に、大切に…


白虎は遠い昔を懐かしむように微笑んだ。


オレを救ってくれた娘の名は高田屋のゆきと言う

江戸でも有数のちりめん問屋の長女で、下には三つ離れた弟がいた。

娘は甲斐甲斐しくオレを育ててくれた。

絹織物を扱うその店では、鼠避けに良いだろうと、オレは九度目の猫の生涯で初めて人間の飼い猫にもなった。

オレはお嬢様が好きだった。

どこへ行くにもついて行ったし、寝る時も一緒だった。

幸せな時間はあっという間に過ぎて行き…お嬢様は十八の歳になった。

幼馴染みで許嫁の道太郎が修行から帰ってくるのを期に、夫婦になる運びとなる。

道太郎の家はこれまた江戸でも指折りの呉服屋を営んでおり、両家にとっても又とない良縁といえた。

想い想われ、相思相愛、お嬢様は白木屋道太郎の元に嫁ぐ日を楽しみにしていた。


「私があの人のところへ嫁いでも、嫁入り道具と一緒にあなたも連れて行きますからね」


とは、お嬢様がよくオレに言って聞かせていた言葉である。


白虎の様子が変だ?やはり泣いている。

これまでのことを思ってか?

それともこれからする話がよほど辛い内容なのか…?


いよいよ明日は祝言の日だからと、お店の商いも本日は程々にして早めに店を閉めることになった。

高田屋の家族と奉公人だけのささやかな宴が催される。

お嬢様が両親に感謝の言葉を語り、弟は寂しいと涙した。

祝い酒と旨い料理に座敷は良い案配になってきていた。

踊る阿呆に見る阿呆だ。

済まして座っていたオレも、いつものようにお嬢様の膝の上に上がって飯の分け前をねだることにする。

周りの皆に内緒で旨い魚を貰い、オレは満足して座敷を出ることにした。

外に出ると何か体に異変を感じた?

横になり苦痛を遣り過ごそうとするが、どうも無理のようだ…

これまで八度死んだ経験則から、これはダメだと観念した。

ただ、お嬢様の花嫁姿や、やがて産まれてくるであろうお嬢様の子供を一目見たいと願わないではいられなかったがな。

それだけが心残りだった。

九度目のその時が来るとオレの体は元の白虎の姿に戻った。

神獣とはいえ人間から見れば化け物だ。

もうここには居られまい。

オレは誰にも別れを告げずに、ひっそりと天に昇った。


「よく戻った。

聞かずともお前の顔を見ればわかるわい。

ずいぶん立派になったなぁ」


白帝は目を細める。


はい。良い出逢いがありました。

弱い者が弱い者を慈しみ、情けが命を救う。

時間をかけて愛情が成熟し、自分以外の者の幸せを願う。

弱者は敗者にあらず。

強者は勝者にあらず。

全ては己の心根一つだと感じました。

これまでのオレ…いや、私は間違っておりました。

ようやく気がつきました。


早飛丸はさっぱりした顔で天上界の風に吹かれた。


天上界に戻ったオレは心を入れ換え、親父どのの下で修行に励んだ。

誰からも尊敬される父のようになろうと、その時は思った。

しかしふと下界の、あのお店が懐かしくなり、よーく目を凝らして見てみたが、はて?人の出入りする気配がない。

それからしばらく眺めていても、なしのつぶてである。

これはいよいよおかしいぞと、オレは姿を消して下界に降りてみた。

あれだけ繁盛していたお店がなんと潰れておるではないか?

見知った顔を捜してみるが誰一人としていない。

途方に暮れて立ち竦んでいると、店の前を歩く者達が口々に呟く声が聞こえてくる。

盗賊、皆殺し、毒殺、なんのことか最初は解らなかった。

だが聞いているうちに段々と事の次第が解ってきた…

高田屋は狙われていた。

内通者は二年も前から店で働いており、その時期を窺っていたらしい。

惨劇の日はオレが死んだあの夜だった。

祝いの宴に出された料理には、内通者が仕込んだ致死量の石見銀山が入れられており、その料理を食べた皆は毒が効いて息絶えたか、押し入った盗賊により抵抗できないまま殺された!

あんなに楽しみにしていたのに…

全てはこれからだったのに…

事実を知ったオレは気が狂いそうになった!

いや、狂った!

自分が自分でなくなり、息を吸っているのか、吐いているのかも判らないくらい前後不覚になった。

もはや一頭の魔獣に成り果てようとも、お嬢様や皆の仇を必ず討つと決意した!


あまりの悲惨さに右京は、やっぱり聞かない方が良かったなぁと後悔していた。

前方のひめを見ると…

ひめはしろたんをギュッと抱きしめて泣いていた。

しろたんの辛さを分かち合うように。

しろたんに自分の幸せを分け与えるように。

涙を流しながらしろたんに力を送り続けている。

ひめに励まされるようにして白虎は語り続ける。


オレが事実を知った頃には盗賊一味は既にお縄になっていた。

近くの河原で晒し首になった奴等の中には、まだ青臭い小僧までいる。

オレは怒りのやり場に苦悶した。

それから程なくして、最後まで逃げていた男が捕まったと聞く。

オレはその男のお白州を見に、奉行所に足を運んでみた。

罪人は言った。


「金持ちは皆死ねば良い!

オレはなんも悪い事はしておらん!

きっと死んで極楽浄土に行けるのはオレ達貧乏人だ!

はっはっはっ!」


喰い殺してやろうかと思ったが、寸での所で踏みとどまった。

お嬢様の哀しむ顔が目の前にふっと現れてなぁ…


罪人の外道は悪びれもせず雄弁に語る。


「オレ達は村を作った。

親をなくした孤児や捨て子、年老いて働けなくなり、食いぶち減らしの為に放り出された年寄り達が集まり暮らせる村をな。

お前ら役人風情に出来るのか!

出来はしまい!

オレ達は忠実なる神の下僕だ。

神に代わり善行を行ってただけだ。

お前らはなぜオレ達の邪魔をする!

オレの仲間を返せー!

オレを放せー!

あの子らはオレ達の帰りを待っているのだー!

腹を空かして待っているのだー!」


暴れだした罪人は役人により引っ立てられて行った。

お白州に静寂が戻った…


オレは何がなんだか判らなくなった。

お嬢様達を殺した盗賊共はもちろん許せない。

盗賊のしていた善行など所詮、神の名を借りた戯れ事だ!

他人を不幸にしてまで得る幸に、なんの意味が持てようか!

意味……?

これは強き者の考えなのか?

強者の理。

なら弱者の理とはどんなものか…?

そこにも正義はあるのか…?

猫として下界に降り、九度の生涯を終えてもなお、まだオレには知り得ない世界があるのだろうか?

オレは知りたかった。

だから探した…

西に東に飛び回って、ようやく盗賊共の気にかけていた村を探し当てたのは、奉行所で件の罪人を見た日から、すでに半年が過ぎた頃だった。


その村は年端もいかぬ子供と老人ばかりの村だった。

子供らは軒並痩せていて、鼻を垂らし、飢えていた。

年寄りは皆、生気がなく幽霊のようだ。

田畑は有るにはあるが荒れ果ている。

何かを植えた跡は見られたが、上手く育たなかったようだ。

親に捨てられた子供と家族に疎まれ見捨てられた老人の村。

悲しみで出来た村…もはや一刻の猶予もないのは判った。

早く誰かが救いの手を差し伸べてやらねば、早晩皆、死に絶えるだろう。

ああ…たった今、病の床に臥せっていた老人が死んだ…

ああ…誰か!誰か!

いや、誰でもない。オレが助けてやらなければ…

だがオレは金など持っていない。米も薬も、何一つとして役立つ物など持ってはいない。

オレは手始めに米問屋の蔵から米を運び出した。最初は借りるくらいの気持ちだったのだが、返す当てなどないのだから盗人と同罪だ。

盗んだ米でも村人は喜んだ。神様のお恵みだと手を合わせた。

薬や衣服を買う為に金も盗んだ。盗人をするには、オレの姿を消せる力は皮肉にも役に立った。

数え切れないほどの盗みを繰り返した頃、ようやく村人達は少しずつではあるが元気を取り戻した。

愚かなオレは嬉しくて、自分が良い事をしていると思っていた。

この前の米もそろそろなくなる頃合いかと、またぞろ米問屋の前までやって来た時、一人の男がオレの前に現れた。中肉中背で着流しを着た浪人風のその男は、腰には刀を三本差している。

余程の臆病者か、お調子者か?

相手にすまいと男をかわし進もうとするが、男はオレの動きに合わせて二歩ほど左に動き、またしてもオレの前方を塞ぐ格好になった。

まさかこの浪人風情、オレの姿が見えているのか!?

いや、もしも見えているなら一目散に逃げ出すはずだ?

何せオレは身の毛もよだつほどの恐ろしい姿をした白虎だ。

しかしその男は刀に手をかけるでもなく、呑気に懐手をしたままで白虎のオレに話しかけてくる。


「あー、そこの虎殿。言葉は通じるか?私の話すことはわかるか?」


バカにするな!人の言葉くらい解るわい!と、オレは牙を剥き凄んだのだが、男はそれは良かったとばかりに笑顔になった。


「あー、虎殿?なんとお呼びすれば良いかな?あなたが今からしようとしていた事は私にはお見通しなのだがな」


呼び名など何でも良いわい!好きにすれば良い!

これからオレがすることを判っているお前はどうするつもりだ?

まさか邪魔立てする気じゃなかろうな?


「いやーそんな滅相もない。私は御虎様と話がしたかったんですよぉ」


御虎様ぁ?なんかむず痒いな!まぁ良いわ。オレも話をするのは久し振りだ。聞いてやるから言ってみろ。


「ややっ!これはかたじけない。しかしここは道の真ん中、深夜とはいえ人の往来が有るやも知れません。すぐそこに私の泊まっている宿がございますので、もし宜しければそこで酒でも酌み交わしながら話に花を咲かせましょう」


おかしな奴だと思ったが、物腰の柔らかい調子の良いその男にオレは着いて行くことにした。

男の名は『矢沢永吉郎昭典』と言い、歳は二十二。安芸の国、三次浅野藩に支える武士だったが、三次藩は継嗣に恵まれずあえなくお家断絶。これでも剣の腕前は確かで、ちっとは名が知れておるらしくて、仕官の口もあるにはあったが、誰に支える気にもなれず、今は浪人として小さな道場を開き、子供らに剣術を指南しておるとのことであった。こっちには所用と知人に合う為に出て来ておったとのことだ。そして知人宅からの帰りにオレに出くわしたらしい。

オレは永吉郎と酒を酌み交わしていく内に打ち解けた。

永吉郎はあれでどうして見聞が広く物知りなのだ。永吉郎のする話は面白く、オレは久方ぶりに大声を出して笑った。

酔い潰れたオレは泣いた。どうやらオレは泣き上戸らしい。

これまでの経緯やお嬢様との別れ、悪事を働いている今のこの有り様についても、包み隠さず全て打ち明けた。

オレの懺悔を黙って聞いた永吉郎は、酔いなどもう覚めたようにしゃんとして、出会ってから初めて見せる真剣な眼差しで語り出した。


「白虎よ、辛かったなぁ。お前のような無垢な者には生きにくい世の中だものな。だがそれを理由として悪事を働いて良いと言う道理には逆立ちしてもならんのだ」


そんなことは百も承知!ならばオレはどうすれば良かったのだ?オレは無性に腹が立ち永吉郎に向かい息巻いた。


「まぁ少し落ち着いて、私の話を聞きなさい。お前は村人の為だと言い他人の物を奪った。それは悪い事だ。判るな?」


オレは頷いた。それを認めて永吉郎は話を進める。


「金でも物でも働いて手に入れるのが人の世の中の理である。己の力や時間を犠牲にしてそれらを手に入れる行為は、命を削るのと同様の事なのだ。それなのにお前はどうだ?何もせずただ盗人の真似事をしておるだけではないか」


ああ、そうだオレは盗人だ。それ以外に何ができる?姿を現しただけで人々は逃げ出すだろう。恐ろしいのだオレは!


「私は恐ろしくはなかったぞ。それに恐ろしいならそれも結構。見世物小屋なら大繁盛だ」


見世物だと!?オレを愚弄する気か!


「それも金儲けの手段だよ。恥をかくのはお嫌かい?本当に誰かの為を思うなら己の恥などとるに足らないことだろうさ」


オレは腹が立っているのに言い返せない。


「お前は言葉が話せる。恐ろしいみてくれも、話せば解ることもあるわなぁ。私とお前のようにな」


確かに永吉郎はオレのことを知ろうとしている。

親身になって考えてくれている。


「お前は体が大きい。16、7尺はゆうにある。そこらの牛馬などより余程力も強いだろうから、築城の際の石運びなどでもやらせれば、いとも容易くこなすだろう」


当たり前だ。何十頭の牛馬よりオレの方が力が上だ。


「お前は丈夫な手足に鋭く硬い爪を持っている。いざ炭坑に入れば難なく鉱物を堀当てられるだろう」


ああ、そうだ!オレの爪なら一掻きで、硬い岩をも穿つのだ。


「お前は神獣、白虎だ。民衆の信頼を得て頼りにされるならば、

白虎様どうかお願いしますと拝まれて、様々なもののけや妖魔の類いから江戸の町を護る守護者になるやも知れん。」


オレが人々に敬われる?憧れた親父どのの様に?


「道はいくらでもあったのだ。だが無知なお前は選ぶ道を誤った。心根は決して悪くない。ただ知らなかっただけなのだ。

いいかよく聞け、知らないということはそれだけで罪だ。

大事な岐路に立たされた時、正しき道を照らす光が知識なのだ。

かくゆうこの私とて、まだまだ若輩者ゆえ、迷い、間違うことばかりだが…」


永吉郎は少々自嘲して見せたが、すぐに真剣な目をしてオレの目を見た。


「もっと早くにお前と出会い話したかったよ。そうすれば私達は良い友になれていただろう。

お前が間違いを犯す前に止めてやることも、力添えをしてやることも出来ただろう。

後からいくら悔やんでも、してきた悪事は今さら無かったものにはならない…

私も悔しいよ…お前は良い奴だから…

だがこの世の中、悪い事をすればそれ相応の罰を受けるようになっておる…

実を言うとお前の罪状はもう私の耳にも入って来ているのだよ。

私の古くからの知り合いが江戸南町奉行、大岡越前守様の息のかかった組織におってなぁ。腐れ縁だが、恃まれれば助太刀に馳せ参ずるのもやぶさかでないといった仲でな。

その者らの使命とは江戸に仇成す妖魔を退治すること。

名を『魔敷組』と言う。

今夜、お前に会ったのも何かの縁だ。お前の処分は私がしようと思うのだが…依存はないか…?」


宜しく頼む


白虎はそれだけ言うと目を瞑り、静かに頭を下げた。


永吉郎は紙と筆を取り出すとオレの絵を描き始めた。その絵はあまりにも似ておらず、途中何回もオレは注文をつけ、永吉郎は困っておった。二人でああでもない、こうでもないと笑い合いながら描いた絵は、まるで猫でも描いたような有り様になった。

永吉郎は『猫』の絵を描き終えると、使っていた筆をオレの面前に突き出してこう言った。

この筆は私の故郷、安芸の国の奥深く、低い山々に囲まれた三次の里におわされる『朝霧の巫女』の産まれて初めてお切りなされた毛髪により出来ておる。ひと度この筆で絵を描けば、絵の中の鳥は囀り、花は香る。

私はお前の姿を模写した…

お前がこの絵に触れれば、絵の中に取り込まれるのだ…、


長かった夜も明け、朝の光を浴びた白虎は光輝いている。

永吉郎は瞳に溜まった涙を流すまいと天井を見上げた。


「後のことは私に任せておけ。心配はいらぬ。私達は友だ。腐れ縁は結ばれてしまったのだからな。」


永吉郎の泣き笑いに見送られて、白虎は安心して絵になった。

永吉郎は絵に語りかける。


「そのうち必ずお前を必要とする者が現れる。その者はお前に愛情をくれる。お前の為に泣いてもくれよう。私の他にも友を作れ。意地など張らずに助けてもらってもいいのだぞ。

友とはそうゆうものだ」


……………………………………………………


白虎は長い話を終えると満足そうに伸びをした。

それに合わせてひめも「あぁー」と大きく伸びをする。

どちらも爽やかな顔をしている。


「ごめん!オレおしっこ!!!」


右京は白虎の話し終わるのを待っていたみたいだ。


「腐れ縁ねぇ…結んじまったかなー!」


白虎は遠い空を見上げて呟いた。





第一部完

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