別れそして対峙
「さて、どうしますかね……どうしましょうか」
バッキーと別れてから、ココは一人荷支度を始めていた。特大の袋を広げてせっせと中に物を詰め込んでいく。
「これはいらない。これも、これも、これはいる」
次から次に出てくる生活品やら実験材料やら、何かも分からない薬品をぐちゃぐちゃに詰め込みながら、ふとココは疲れた口振りで独り言を呟いた。
「やっと成功したと思ったのになぁ。十人目っすよ? 十人目でやっと生き返ってくれたんです。それなのに薬効スキルだなんて……いや、バッキーさんが生きてたのは凄く良いことっすよ。多分良い人っすもんあの人。はぁ、やだなぁ留年とか」
自分の荷物を詰め込んだ後は別の袋を広げ、今度は売り払う道具を放り込んでいく。
銃器、モンスターの素材、そして誰かが身につけていたであろう装飾品の数々を。
「九人の方にはほんと申し訳ないことしたっす。自分がもう少し早く駆けつけておけばもしかしたら助けられたかもしれなかったんすけど。蘇生薬も効果なし。誰っすかねぇベヒーモスなんかをこんな低階層に誘き寄せたのは。誰っすかねぇゴブリンに銃なんか渡したのは」
誰もいない秘密基地で独り呟きながら、最後の銃を袋に放り込み口を堅く縛り付ける。
「これでよしっと。二ヶ月かぁ、やっぱり短いもんすねぇ。もうすぐ学校かぁ。やだなぁ、まだ宿題終わってないってのに。研究も全然進んでないし、まさにブルーな気持ちってやつっすね」
二つの大きな袋をひょいと抱え、ココは基地の出口へと歩いていく。
「久方ぶりに生きてる人と会えたのにすぐにお別れなんて世知辛いもんすねぇ。出来ればもっとお話ししたかったんですけど。まぁ仕方ないか。バッキーさんも何か厄介ごと抱えてたみたいですし」
うーん、と首を捻りココは一つ確かに言えることを口にする。
「独り言増えたなぁ。独りの時間が長過ぎたっすねぇ」
そう言ってバッキーとは逆の、地下迷宮の帰路を歩いていく。
「帰ったら何しよっかなぁ。久しぶりに外食でもしようかなぁ。パーティの方達にも顔見せに行かないとなぁ。あれ? そういえば休みって何日まででしたっけ?」
ココの独り言は地下迷宮を出るまで途切れることはなかった。
―――――――――――――――
携行食を齧りながら、俺は地下迷宮の十階層を目指していた。
空きっ腹に携行食を一つ二つと詰め込んで腹を満たし、自分のペースで地下迷宮を歩いていく。
八階層までココに運んでもらったお陰でここまでの道を省くことが出来た。
この先どう転ぶかもわからない。もしかしたら全て俺の思い違いでこの先、彼女はいないかもしれない。そうなってくれればどれだけ良いことか。俺は引き返して一階層でアンリを待つだけだ。
でも実際はそうじゃないんだろうな。ベヒーモスも銃を持ったゴブリンも彼女は知っていただろう。事前に迷宮の視察に来ていたという以上、アンリの目がそれを見落とすなんてことないだろう。
まだ全てが確定してるわけではないが、どうしても俺の中では彼女が仕掛け人としか思えないんだ。
『十階層に奴を確実に撒ける地点がある』
確かに彼女はそう言っていた。何の根拠があってそういうのか。こんな低階層に現れるはずのないベヒーモスを相手に。
実際に会って聞いてみればそれも全てわかることだ。
気付けば十階層へと続く階段が行く先に見えてきた。
身体は万全じゃない。ココの言う通り、少し小突けば倒れてしまって立ち上がれないだろう。
俺は死にに行ってるのか。そんなはずない。
彼女を信頼しているからこそ、俺は彼女に会いに行くんだ。
最後の携行食を一口で食い尽くし、俺は階段に差し掛かった。
一段ずつ、ゆっくりと確実に降りていく。当初の目的には一切なかったがここまで来たんだ。やるとこまでやろう。
階層の入口が見えてくる。何が出てくることか。
薄暗い階段を抜けた先、開けた景色は今までとは違ったものだった。
黄土色の岩で出来た床や壁は、深い翡翠色へと変化していて、どことなく神秘的な雰囲気が醸し出されているが、変化といった変化はそれぐらいしかない。
目前には開けた通路が広がっていて、所々に大きな岩山が隆起するように立っている。
「此処作った奴はもう少し造形に凝った方がいいぞこれ。皆飽きちまうって」
近くにモンスターの気配はない。用心の為、フォース・オブ・アウトローを手に取り、警戒しながら先に進んでいく。
十一階層付近まで行ってみて彼女が見つからなかった場合、諦めて引き返す。
そう決めていた。会わない方が良かったかもしれない。その方がきっと平和的だし、これ以上ここに居座る必要もなくなってくれる。
だが残念なことに彼女は俺の前に現れてしまった。
「やぁバッキー、無事だったようだな」
十階層を進んで間もなく、岩山の陰から彼女は姿を見せた。ついさっきまで一緒にいたんだ。見間違えるわけない、彼女だ。
予感してた通り、アンリは俺の目の前に現れた。
四階層で別れ、彼女は囮となってベヒーモスを引き連れてくれた。彼女に感謝しても感謝しきれない筈が、今抱いている感情はそれとはまるで違うものだ。
「こんなところまで来たのか。いや、何となくわかってたよ。君がここに来ることはね」
アンリは微笑み、俺との距離を縮めようと歩み寄ってくる。俺は一歩後ろに下がると、アンリも足を止め小首を傾げる。
「どうした? 何を警戒しているんだ?」
「それはアンリ、お前が一番わかってるんじゃないか?」
カマを掛けてみるつもりだった。アンリなら、これぐらいの事に引っ掛かりはしないと思っていたが、次に彼女は何か納得したように頷き、言葉を返してきた。
「なんだ、気付いてたのか」
つまらなそうに彼女は言い、背中に担いだ折り畳み式の弓を手に取る。
隠す気も誤魔化す気もさらさらないとばかりにアンリはふっと笑い敵意を表に出してくる。
「やっぱりお前が仕組んだ事かよ!」
「あぁそうさ。全て私の仕業さ。そこまで気付いていながらここまで来るとは、愚かな男だな」
目隠し越しでも分かる侮蔑の目線。そのままアンリは矢筒から矢を一本引き抜く。
「全てはこの時の為に。やっと、終わらせることが出来る」
弓の弦を引き絞り、その鏃を俺へ向ける。
アンリは一度俯き、何かに打ち震えるように、くぐもった吐息を漏らした。
抑え殺しきれない欲望がアンリの表情へと表れる。彼女が初めて見せる、恍惚とした笑みだった。
「君を殺す。それが、私の悲願だ」
そして、一本の弓矢が俺に向けて放たれた。
彼女が俺を裏切ったのだと決定付ける一射だった。
矢が俺の耳元を掠めて後方の壁へと突き刺さる。
アンリは戯けた顔でそれを眺めていた。
「あぁ、つい興奮しすぎてしまった。こんな距離を外すとは情けない話だ」
そう言って矢筒からもう一本矢を引き抜き、同じように弓を引き絞った。
「今度は外さないよ、バッキー」
二射目が放たれると同時に俺も動き出した。
確実に仕留めにきた一矢を寸でのところで躱すと、俺は間近にあった岩の陰へと身を隠した。




