最後の輝き
溢れ出る血液が真っ赤な線を描くように尾を引いている。
死にはしないさ。少なくとも奴らを殺すまでは。
ゴブリンは二方向に別れ、大きく迂回し挟撃を狙ってくる。
一瞬だけブレーキを掛けて二匹を目で追う。
「先にてめぇからだ!」
一匹に狙いを定め、真っ直ぐに駆け出す。
もう一匹も慌てて進路を変えて俺の方に駆けてくる。
雑魚とはいえ二対一だ。それにゴブリンが本来の戦闘スタイルに戻った以上、連携を組まれると厄介だ。
一対一の状況は作り出せた。まずは一匹を即殺すべし。
間合いに入る直前、拳を引き込み、射程に入った瞬間、渾身のアッパーを放つ。
「だっしゃあ!」
顎の骨を一撃の元粉砕する筈だった。
『キッキャア!』
何かを合図するようにゴブリンは大きくバックステップし大きく距離を取られる。
結果俺の拳は空振り、その隙を突いてもう一匹のゴブリンがナイフ片手に横っ腹から猛然と突っ込んでくる。
完璧なタイミングだ。避けるのは難しい。
今頃になって気付いた二匹が偶然残っただけの有象無象の存在などではないということを。
横っ腹に向けて突き出されたナイフを手の平で受け止めながら認識の甘さを痛感した。
ナイフは手の甲まで貫き、ぼたぼたと血が滴り落ちていく。だがナイフの刺さった手でナイフ毎ゴブリンの手を掴み、目の前の敵を捕まえることに成功する。
『キッキキィー!』
ゴブリンがまた合図するような鳴き声を上げる。
すると今度はもう片方のゴブリンが好機とばかりに猛然と迫ってきた。
「嘗めやがってぇぇぇ!!」
めきりと筋肉が隆起する。ここ一番の膂力を発揮し、腕力と体幹のみでゴブリンを持ち上げ、ハンマーよろしく振り回す。
そのまま迫りくるゴブリン目掛けて打ち付ける。
ゴブリン同士激しく打ち合わさり、肉の砕ける音が鈍く響いた。
一匹は吹き飛び、俺の掴んでいるもう一匹はそのまま地面に叩きつけ同時にそのか細い腕を無理矢理へし折る。
『ギッギィィィィィッ!!!」
その体勢のまま泣き叫ぶゴブリンの顔面を靴裏で何度も踏み付ける。
紫色の血が飛び散り、顔がひしゃげて泣き声すら出なくなるまで足を振り下ろし続けた。
完全に動かなくなったのを確認して手を離すと、折れた腕はだらりと折れ掛けの小枝のように垂れ下がる。
「死んだ?やっとかよ。どうしてくれんだよこの手」
原型を留めていない頭を蹴り飛ばし、残りの一匹に目を向ける。
完璧に捉えていたからな。そう起き上がれはしないだろう。
手に刺さったナイフを引き抜くと一層血が溢れるように流れてくる。
拳を握る分には問題ない。さて、最後の踏ん張りどころだ。
「バンバン撃ってバキバキ殴ってボキボキ折ってきたらよ。最後はこれだよな?」
ナイフを握り締め、少しずつゴブリンとの距離を詰めていく。
足が重い。血を出しすぎた。服が血を吸いすぎている。
「ゴブリン如きが俺を殺そうなんて。はっ!嘗めすぎだろてめぇら!!」
フロア全域に広がるゴブリンの死体共にそう吐き捨てながら、残り一匹の目前までやってくる。
どうにかして立ち上がろうとするゴブリンの肩を踏み抜き地面に張り倒す。もう戦いどころではないか、目の焦点すら定まっていない。
「終わり終わり。これにて閉幕だ」
ナイフを逆手に持ち替え、ゴブリンの胸に突き立てる。
渾身の一撃を受けて、ゴブリンはカッと目を見開き毒々しい色の血を吐き出した。
がむしゃらに手をバタバタと振り回し最後の抵抗に出るがそれも長くは続かない。
拳を固め、胸に刺さったナイフに向けて力の限り振り下ろす。
槌が杭を打つか如くナイフの柄を打ち、打ち込まれたナイフは肋骨を砕き、心臓に深々と突き刺さった。
ゴブリンの身体がびくりと跳ね、塊のような血を吐き出し、その生命活動を完全に停止させた。
「はぁ、はぁ……終わりだ。俺の勝ちだ。俺に勝てるわけねぇだろ馬鹿野郎共が」
最後の一匹の死亡を確認。終わった。久々にすら感じる静寂に暫く耽っていたかった。
充実感、或いは達成感とでも言うべきか。心の中が満たされて穏やかなものになりつつあった。
同時に精神汚染のスキルの効果が薄れつつあるのが分かった。
今まで感じることのなかった痛みが明瞭になっていく。
何発撃たれただろうか。数える気もしない。
緊張の糸が解けた所為か、頭がぼおっとしてくる。眠たい。ここで眠ってしまったらさぞかし気持ちがいいものだろう。
でもそれはいけない。せめてモンスター達に見つからないような場所で休みたい。
「銃……俺の銃、どこだ」
せめてフォース・オブ・アウトローとピースメーカーぐらいは回収しておきたかった。
踵を返し、どこかに落ちている筈の銃を探し始める。
辺り一面に使い古し銃とゴブリンの死体と彼等の血が散乱している所為で探すのも一苦労だろう。
やれやれと思いながらも一歩を踏み出そうとした時、足元の血に滑って体勢を崩してしまう。
一度膝を着いて呼吸を整える。そして、四肢に力を込めて立ち上がろうとした時、四肢をはじめ体全体の制御を失い、俺はその場に倒れ込んだ。
身体のどこにも力が入らない。力の込め方を忘れてしまったかのようにびくともしない。
地肌はとても温かく、これはこれで心地いい。
ただ、眠ったらもう目覚めないのだとようやく気付くことが出来た。
「あぁ……これ、全部俺の血かよ……」
身体を浸す赤い液体が全て自分のものだなんて考えるだけでゾッとする。
ゴブリンの血は紫色だから俺の流してきた血の量が良く分かる。床にぶちまけた量なら赤い面積の方が多いようにも見える。
どうして俺が未だに生きているのが不思議だ。
乾いた笑いが漏れ出す。
諦観なんかじゃない。開き直ってんじゃねぇ。
こんなところで死んでなんかいられない。
「はは……死ぬかよ。誰がこんなとこで死ぬか。俺を……俺を誰だと思ってやがる。たかがゴブリンの鉛玉なんかでよォ………死ぬわけ、あるかよ…………」
俺には帰るべき場所がある。
守るべき少女もいる。彼女を、スキュラを悲しませるわけにはいかない。
生きなければならない理由は山程ある。死んでいい理由なんて一切ねぇ。
「動けよ。まだ、いけるさ。動け……動け!」
地面を噛み締めるように限界まで力を込めて立ち上がろうとする。
刹那、ばぎゅと身体の奥から奇怪な音が鳴り渡った。
俺という存在が身体から拒絶されたように、全身に激痛が走り、喉の奥から血の塊がせり上がってきて、床に大きな血溜まりをぶち撒ける。
「あぁ…………チクショウ」
身体鉄のように重かった。もう止められない。死が近づいてくる。
死にたくない。こんなところで死ねるか。
視界が暗闇に包まれる。
意識が飛ぶ。
その最後まで何度も念じ続けた。
死ぬわけにはいかない。死んでたまるか、と。




