一人の戦い
地下迷宮四階層
一人で歩いているだけで孤独感に苛まれてくる。
さっきまで隣にアンリがいたから尚更だ。
元来た道を辿りながら、ベヒーモスが破壊した跡を見回してみると、次元の違いが嫌でもわかる。
荒れ果てた石製の通路を歩いている内に通路の真ん中に一つの人影がぽつんと立っていた。
その姿を確認するや俺は拳銃を抜いた。
緑の体皮、見下げる程の体躯、小憎たらしい小鬼のような顔、ゲームの頃何度も目にしてきた。ゴブリンだ。
この地下迷宮に入ってようやく生きた姿を見ることが出来た。
ピースメーカーの弾倉に弾丸を込め、まだこちらに気付いていないゴブリンの後頭部に照準する。
「てめぇを探してたんだよこの野郎」
別に見逃しても良かったかもしれない。俺の目的を達成するには今は難しい状況だ。ゴブリンを一匹殺した程度で変わることなどない。
だが、今の俺は誰かに当たり散らしたかった。この内側から湧き上がる無力感をどうにかして拭払したかった。
撃鉄を起こし、俺は徐にゴブリンに向けて引き金を引き絞った。
銃口が跳ね上がり、放たれた弾丸がゴブリンの後頭部を抉ると、水芸のように紫色の血を噴き出しながら、ゴブリンは糸の切れた人形のように倒れた。
それでもやっぱり俺の気分は晴れない。苛々が体の内に積もってきて、今にも爆発しそうなぐらい膨らんでいって、俺はこの感情をどうすればいいのか、どこにぶつければいいのか、そもそもぶつける矛先があるのかわからなくなっていた。
無駄な時間を使った。さっさと此処から離れなければ。
銃をしまい、ゴブリンの死体を横切ろうとした時、俺はふと足を止めた。ゴブリンの死体が手に持っていた物に目を丸くした。
本来ゴブリンなんかが持っているはずのない物を持っていたからだ。
「なんでこいつ、銃なんか持ってやがる?」
一先ずゲームの中の常識は捨てるとしよう。
何かが可笑しい。銃のことじゃない。そもそもこいつはこんな道のど真ん中で銃を持って何をしていた?
最初は惨殺現場、次にベヒーモス、そして銃を持ったゴブリンときた。
この先に何事もなく帰り着けると思う奴はどうかしてる。頭の中お花畑だ。
ここまでの道のりがそもそも可笑しかったんだ。アンリから事前に聞かされていたダンジョンの情報と大きく差異がある。
待ち構えていたかのようにベヒーモスがこんな階層にいるのも変だ。
この先に待ち構えているだろうものを慎重に探る必要がある。アンリがいない今、モンスターに襲われたらどうなるかなんて想像に難くない。
身を屈めて、周囲を警戒しながら暫く身を潜めていると、暗がりの通路の奥で何かがピカッと光った。
それが何なのか目を細めて見ると、刹那、俺の足元で何かが爆ぜた。
慌てて跳び上がり、俺はそれが何か確認する余裕もなく、踵を返して全速力で駆け出した。
「あぁヤバい!」
俺が走り出すと同時に敵も御構い無しに甲高い鳴き声を上げて駆け出した。
さっきのゴブリンは言うならば偵察にでも出てたのだろう。
それを撃った俺は奴らから見れば格好の獲物というわけだ。
一度だけ後ろを振り返ると、雪崩れ込むようにゴブリンの群れが俺を仕留めんとばかりに迫っていた。
その手には弓矢や棍棒などではなく、拳銃、短機関銃、突撃銃とやたら物騒なもので固められていた。
「マジヤバい!!」
気の利いた言葉も出てこない。本能的に感じる命の危機。
『キッカッカッ!!』と奇怪な鳴き声を上げて一匹のゴブリンが走りながら銃を発砲してきた。
脇腹を弾丸が掠める。
「いてぇよちくしょう!!」
斬られたような鋭い痛みが走る。
足が止まりそうになるも止めたら死ぬと自分に言い聞かせる。
我慢して、ただ闇雲に走る。走って逃げる。
どこかもわからない道を走ってる内に一つの疑問が俺の頭の中に投げかけられた。
『今度こそ死ぬんじゃないかな?』
どこまで走ればいい?どうすれば逃げ切れる?
変化のない通路を走るだけでは逃げ切ることなんてまず不可能だ。
考えてる内に後ろから轟く銃声も数を増している。
扱い慣れてない銃を使ってる所為か、その精度は酷いものだが壁や床を抉る弾丸がいつ俺に当たるかもわからない。
何か打開策はないかと手段を講じようにも今走り回っているのが最善策なのだと早々察し、俺はただ闇雲に走り続けた。
銃が重たい。呼吸が苦しい。心臓が忙しくポンプする。足を止めたら死ぬ。死にたくない。俺は生きたいんだ。
走っていく先に下の階層へと続く階段があった。
躊躇する暇なんてない。きっかけがなければ奴らから逃げ切ることは不可能だ。
足に力を込め、階段へと差し掛かったそのとき、俺の肩を一発の弾丸が貫いた。
「ぎぃッ!」
歯を食いしばり、階段を飛び降りると狭い階段をゴロゴロと転がっていく。
後を追うゴブリン達も階段に押し寄せるが人二人がぎりぎり通れるような階段に一度に大勢押し寄せたせいで、集団は勝手に足止めをくらい、一方で俺は階段を転げ降り、広いフロアへと出た。
肩を押さえながらがむしゃらに走り、ちょうど目に入ったフロアの端の堀になっている部分に身を隠す。
すぐに肩を確認するが思ったより血が出ている。
寝転がれる程度には幅のある堀で蹲り、俺は苦悶の声を吐き捨てた。
「あぁ痛ぇ……血が止まんねぇ。何なんだよこれ。どういうことだよ」
精神的に不安定になってきたおかげでやたらと独り言が増えてきた。
だがそれも束の間、やがてゴブリンの集団がフロアに雪崩れ込み、俺は息を潜めて奴等が通り過ぎることを祈った。
ベヒーモスのときと一緒だ。天に運を任せるのだ。
呼吸を最小限にし、そっと堀からゴブリン達の動向を伺ってみる。ゴブリン達はフロアに到着するや散り散りになってフロアの散策を始めだしたのだ。
すぐに頭を引っ込め打開策を考える。
心臓が早鐘を打っている。
ここで死ぬんだなと嫌でも実感する。
蜂の巣にされ、死体はバラバラにされて仲間で食い散らかすのだろう。
頭を切り開き脳味噌啜って腸を引き摺り出してグチャグチャに食い回すんだ。
想像するだけで膝が笑う。変な汗が出る。
それなのに何故だ。
俺はどうして笑っているんだ?
何故口の端が吊り上がる?
どうしてこうも感情が昂ぶってしまうのだ。
頭の中にどす黒い何かが沸き立ち、脳に染み込んでいくのを感じた。
とても懐かしい感覚、ふわふわと浮き上がるようでいてとても重苦しい、全てがどうでも良くて、どうにでもなると思えてしまう全能感が体中に漲ってくる。
気付けば笑っていた。今日一番の犬歯むき出しのスマイルだ。
気付けば痛みが消えていた。確かな感覚は快楽だけとなる。
気付けば銃を取っていた。飛び切り火力の高いリトルフレンドを手に取り、弾を込める
『精神汚染』のスキルが発動した。
それだけで恐怖は消え、代わりに殺意が生まれる。
ぶつくさ考えるのは終わりだ。向かってくる者を皆殺せば解決する問題なのだから。
思考を殺すことだけに傾け、俺はリトルフレンドの安全装置を外す。
そして、大きく息を吸い込んで堀の中から飛び出した。
「俺のお友達に挨拶しやがれ!!」
飛び出し、叫び様にグレネードを発射。
ポンッと小気味の良い音が鳴り放物線状に榴弾が飛び出し、ゴブリンの集団の中で盛大に爆発した。
それが開戦の合図となった。




