一人暮らしのお姫様
リフトで地上まで送られ店を出た後、俺は一度アシュとスキュラと別れることにした。
それを言うとアシュは追及することもなく適当な返事を返し、スキュラも特に気にする様子ではなかった。今は新しい服にご執心なようでローブを翻してみたりブーツの履き心地を確かめたり、珍しくはしゃいでいる。
「それじゃ、また後でな」
「やー、バッキーさんもお気をつけて」
そう言って俺達は別の道を歩いていく。
一人だ。何となく久しい感じがする。今までいつも誰かと一緒にいたからだろう。
これから向かうところは俺が生まれた場所。俺をこの世界に呼び出してくれた人がいるところだ。
陽も落ちかけていることだし、俺は早足で目的地に向かって歩いていく。
夕暮れの街道というのは賑やかな感じだ。
すれ違うパーティの人間達の野太い笑い声は彼らの成功を意味している。通り過ぎる酒場からも同じような色をした歓喜の声が上がっている。
好きな雰囲気だが、時折どこかで響き渡る発砲音を耳にするとやっぱり物騒な街だと思う。
初心者狩りなんてものが流行している世の中だもの。この国に限った話かは知らないが、どっちみち物騒なことに変わりない。
こんな街に一人で暮らしてる奴の気が知れない。それもどこぞの国の王様の娘がだ。
そんなことを考えてる内に見覚えのある道に辿り着いていた。
一度だけ通っただけだがはっきりと覚えている。そこが俺の門出だったから何よりも胸躍った時がその時だったから。
街道から外れて狭い路地裏を通り抜けると見えた家に思わず笑みが零れた。
「元気にしてるかなぁリオンのやつ」
相変わらず王様の娘が住んでいるとは思えないぐらい古臭くてボロボロの家だ。
玄関の前まで来たところで中から話し声がすることに気付いた。
そっとドアに手を掛けた時、中から一人のオールバックの男が姿を現した。
見るからに金持ちの類だろう。
高価そうなロングコートと育ちの良さそうな顔立ちから判断しただけだが恐らく間違いないだろう。
男は俺を見下ろすと鋭い眼をさらに細めて尋ねてくる。
「なんだ。あの女の知り合いか?」
「まぁ、そんなところかな?」
「珍しいな。まぁ上手くやることだな」
それだけ言い残して男は去っていった。
いったい何だったのか?当の本人が去っていってしまった以上どうしようもない。
改めて目的の人物に会うべくドアに身体を向けると、開いたドアから彼女は驚きの表情で俺の目の前に立っていた。
「お主……どうしてここに?」
「よっ、元気にしてたかリオン」
変な模様のパジャマを着たリオンがそこにいた。
風呂上がりだろうか。煌びやかな黒髪が少し濡れている。
「驚いたな。これはまた突然の来訪だのうバッキー。いや良いんだ。上がってくれ。丁度あの男がいなくなったところだ」
「あぁ、悪いね急に押しかけて。さっきの男は?」
「なんてことはない。我の資金源だ」
やっぱり金持ちか。そういった人間の区別も出来るようになってきた。
とにかく、リオンの家に上がると家内からは香ばしい香りが漂っていた。
「丁度夕飯時でのう。お主も食べるか?今日はパンと蒸したイモだが」
「じゃあお言葉に甘えて」
中までしっかりボロボロだが何処となく俺が元いた世界と同じような内装に心地良さを感じる。丸机の前に胡座を掻いて座るとリオンは機嫌の良さそうな顔で俺の向かいに腰掛ける。
「こうして再びお主が我の家を訪ねてきたということは何か報せがあってのことだろう?」
「まぁ、色々とな」
「うむ、是非とも聞かせてくれ。お主の物語を」
「あぁ、何から話せばいいかな……」
アレから色々なことがあった。
アンリと出会い、スキュラと出会い、奴隷解放という名目で無茶苦茶やって、そしてアンリと俺に思わぬ共通点があったこと。
奴隷解放のことは伏せて今までのことを掻い摘んで話してやると、リオンは目を爛々と輝かせ、鼻をふんふんと鳴らし俺の話に聞き入っていた。
そして、話に一つ区切りをつけるとリオンはご満悦そうに息を漏らした。
「良いのう。実に良い。まるで我が子の成長を見守る母親のような心境だ。バッキー、我はつくづくお主を選んで正解だったと思うよ」
「俺も良かったと思うよ。大変な事ばかりだけどさ。それで今日此処を訪ねたのもお前ぐらいにしか相談出来ないことだったからさ」
他の世界の話なんてパーティの奴らには出来ないし知り合いの中ならリオンの他にいなかった。
「さっき話した俺と同じようにこの世界に生まれた奴。アンリエッタっていうんだ。そいつがさ、何て言うか、凄く辛そうなんだ。前居た世界の話しようとしたら泣きそうな顔してさ。それ以来口聞いてくれないんだ。仲直りしたいけどどうすればいいのかもわからねぇ。何があいつをそうさせたのかも分からないし。だからこうしてお前の所に来たんだ」
こんな話して情けなくも思った。リオンは俺とかなり歳が離れてるからだ。
いくら王様の娘で老獪な話し方してても彼女はまだほんの子供だ。だが、リオンは真っ直ぐに俺を見つめて真剣な顔で言葉を返してくれる。
「成る程、転生者によくある異世界病というものだな」
「異世界病?」
「全く別の世界に順応出来ずに精神を病んでしまう心の病だよ。バッキー、お主は元の世界に未練はあるか?」
「ない。というわけじゃないけど、俺は断然こっちの世界の方が性に合ってるみたいだ」
「それならいいんだ。だが皆が皆そういった考えは出来んのだよ。我も酷いものを見た事がある」
「酷いものってどんな?」
俺が尋ねるとリオンは表情を真剣そのものに変え答える。
「何年か前、父上が一人の人間をこの世界に呼び寄せたのだ。戯けた顔をしててな。父上の説明を聞いても我ここにあらずといった様子でのう。だいぶ混乱していたようだったから父上は男を城に泊めることにしたんだ。そしたらな、翌朝、男は首を吊って死んでおった」
「……何で?」
わけがわからない。男が何故自殺したのか。何をどうしたらそうなるのか同じ立場の人間として理解出来なかった。
「父も他の者も腑に落ちない顔をしていた。だが我はこう思う。男はこんな事望んでなかった。ただ日常でゲームをしていたら唐突に別人に作り替えられ全く別の世界に連れてこられた。普通なら堪ったものではないと思うがな。あっ!別にお主への嫌味ではないぞ。そこは履き違えるでないぞ」
「別に俺は何も後悔してないよ。前の人生は結構退屈だったしさ」
「そうだろうな。そういう人間を選んで我はお主を選んだのだから。その一件以降、我々は呼び出す人間については厳選するようになってな。だからお主は選ばれた」
選ばれたと言われると何処となく嬉しく感じてしまう。要は退屈な人生送ってる奴と言われてるだけなのに。
「だが王族の皆が同じことをしているわけではない。何も考えずに定期的に冒険者を生み出し私兵に加えるような者もおる。お主の仲間のアンリだったか?其奴、姓は何と言う?」
そういえばアンリは自分の事を王族の出だと言っていた。確か姓が――――
「アンリエッタ…………そうだ、スカーレットだ!アンリエッタ・スカーレット。確かそうだ」
姓については殆どうろ覚えだったが、アンリに関しては最近気にかけていたからかどうにか思い出すことが出来た。
ただリオンがその名を聞くと、表情を深刻なものにして口元に手を当て考え込んだ。
「スカーレット?それはまた面倒なところに呼び出されてしまったようだな」
「何か問題でもあるのか?」
「大いに問題がある。なにせスカーレット家は自らが呼び出した転生者によって滅ぼされている」
一瞬、アンリの顔が思い浮かんだ。彼女がそんなことしないだろうと言い切れないだけに俺は言葉に詰まって黙り込んでしまった。




