奴隷の少女達
「ここに掛けて。すぐに一人目が来るから待っといてくれ」
飾り気のない部屋に簡素なデスクと安っぽいソファ、正面の少し離れたところに小さなお立ち台がある。
今から行われるのは間違いなく奴隷売買なのだろうが形は少しばかり俺も経験したものに少々似ている。
そもそも俺は高卒で就職するはずだったんだ。就職先も決まっていた。決して良くはなかったが悪くもない企業だ。そこでもそれはもちろんあった。とは言っても今回は立場は逆であるが。
一人目がやってくる。注文通り、若い飛び切りの少女だ。売り物というだけあって身だしなみもきちんとしてるし髪も艶を保っているが目には決定的に生気が宿っていない。正に生きた人形だ。
少女は台の上に立つと自分の名前と年齢を述べる。俺は少女がどうしてこんなところにいるのかを考えていてその言葉が耳を筒抜けになっていた。
「緊張してる?」
「いえ、大丈夫です」
嘘だ。俺だったら間違いなくガチガチだもの。実際少女の声もどこかぎこちない。
「じゃあまず、君の取柄を教えてもらっていい?」
すると、少女は自分を売り込むように口々に己の出来る事、自分がどういった人間か、必死に話してくる。
正直な話、胸が痛い。
俺のいた世界ではこれぐらいの少女は学校に行って友達作ってお洒落とか勉強とかもっと歳並みの事に夢中なはずなのに、目の前の少女は通販の商品のように自分を語り、売り込んでくる。そういう風に仕込まれてきたんだ。奴隷という地獄に堕ちてしまったから。
「もういい」
必死に話す少女を無情にも俺は黙らせた。聞いているこっちが辛い。
「最後に一つだけ。もし俺が君を買ったら、君は何を望む?本心を聞きたい」
敢えて最後にそう付け加えた。彼女の中に少しでも本来の少女らしさが残っていて欲しかったのだと自分で思う。
だが、彼女は違ったようだ。
「貴方に尽くします。身も心も貴方に捧げます。貴方の傍に一生付き添っていたいです」
ピリッとした頭痛が走った。俺は目頭を押さえて低く唸った。見ていられない。たとえ少女が俺に買われたとしても奴隷としてしか生きていけないのだろう。
「次のを頼む」
少女は残念そうに俯き、部屋を出て行った。
だが、次にやってきた奴隷の少女も次の次にきた少女も皆同じだった。
目が死んでる。自分を売り込む。奴隷として完成されている。
俺達の目的上そういった少女が良いのだろうが、見ていて辛い。気分が悪くなってくる。
結局まだ一人も買おうという決心が出来ていない。
もしかしたらこのまま一人も買わないかもしれない。そうしたらアシュもドクターも呆れるだろうが俺からしたらその方がまだ良い気がしてくる。
「次のを頼む」
もう何人目だろうか。続いてやってきた少女に俺は思わず目をしかめた。
先程の少女達と比べて明らかに幼い。それこそ十歳やそれ以下の年齢だろう。少女どころではない幼女だ。
幼女は台に登ると此方に一度会釈して自分の名前を述べた。
「こんばんは。スキュラといいます。よろしくお願いします」
年齢らしくない態度で幼女、スキュラはぺこりと頭を下げる。
第一印象は薄暗くて、薄幸そうな幼女だった。一つ結びの髪は灰を被ったようで地味だ。顔も端正ではあるが抜きん出てるわけでもない。
それなのになんだろうか。不思議な雰囲気を彼女は持っていた。アシュとも、アンリとも、ドクターともまた違った。俺がまだ出会ったことのない何かを持っている。
「緊張してる?」
「少しだけ」
反応も今までの奴隷とは違う。でも何が違うのかわからない。
「スキュラだったな。君の取柄を知りたい。取柄ってわかるか?」
「それぐらいわかります。子供扱いしないでください」
奴隷でありながら完全服従の態度を取らない辺りも他とは決定的に違う。
「取柄、難しいですね。自分に誇れることがあまりないので家事手伝いとでも言っておきます」
「君は何で奴隷になった?」
「親に売られました。貧しい家計だったので致し方ないことだと思ってます」
「悲しくなかったかよ?親に売られるなんてよ」
「いえ、そのぐらいにしか大切に思われてなかったのならそれ程悲しいことでもないです」
違和感の正体がわかった。歳の癖に達観しすぎてるんだ。大人ぶってるわけでもなく根本からそういう質なんだ。俄然興味が沸いてきた。
「君の生い立ちに興味が出た。嘘偽りない君を教えて欲しい」
嘘偽りなくと付けて彼女の根本にあるものを是非知り置きたかった。
スキュラは台の上少し迷ったように首を傾げたり、あごに手を当てたりして考えて一つ頷き俺の目を直視して答えた。
「断ります」
「は?」
「貴方に教えるには少々、いえ多々問題があります」
「オーライ、整理しよう。俺は君を買うか買わないか見定めるためにこの場にいる。その為に君の生い立ちを聞き質したいが君は断固拒否するというわけだ?」
「はい、その通りです。気になるなら私を買ってその上であらゆる手段を用いて聞き出すといいでしょう」
面接なら一発で不採用だ。だが商売の広告とするならこれもまた一つの手なのかもしれない。俺の興味を引いて良い所で質問を切る。悪くはない。
俺は一つ決心してスキュラに質問をする。
「もし俺が君を買うとしてその後君は何を望む?」
スキュラは初めて笑った。年並みの少女のように笑い、スキュラは俺が求めていた解答をしてくれた。
「自由が欲しいです。生活に困らないだけのお金も欲しいです」
「わかった。検討してやる」
迷うことなく、決意していた。この子を買ってその望みを叶えよう、と。




