帰りの馬車の駄話
その後、適当に何人か奴隷を買ってアシュと事前に打ち合わせた偽の住所に郵送で頼んだ後、会計を済ます。三人買って二十万足らずだったのは高いのか知らないが、ドクターから事前に三百万近くもらってたからかだいぶ安く感じた。
「どうもありがとよ。贔屓に頼むぜベイブさんよ」
「あぁ、またの機会があればいいがな」
ジェイクには最後まで怪しまれることなく事を済ます事が出来た。アシュも同じだ。小さなミスがあったがそれ以外は完璧に仕事をこなしてくれた。
帰りの馬車、すっかり疲れた様子で俺達三人は席で項垂れていた。誤植ではない。三人だ。
約一名は郵送は嫌だと言うからアシュに許可を得てそのまま連れて帰ることにした。
「あの、お二人は本当に兄妹ですか?」
アシュからの視線が痛い。美麗な少女を買えとは言われたがここまで幼いと確かに問題だ。冷静に考えるとヤバいな。
「改めて確認しますよバッキーさん?あなたロリコンですか?」
「断じて違う。断じてだ」
「ならこれは何なんですかねぇ……」
俺達の間に座るスキュラの頭を小突きながらアシュは彼女の顔を覗き込む。
「やー、確かに顔は良いですけど幸の薄そうな顔してますねぇ」
そこは俺の感想と同じだった。
アシュは疑念に眉を顰める。
「ですがそれだけですか?もしバッキーさんが危ない人じゃないとしてわざわざこんな子を買った理由はもっと他にあるのでは?」
「あー、理由っていってもなぁ。なんかこいつだけ奴隷らしくなくてさ。それで気になったから買ってみたってわけだが」
「……それだけ?」
スキュラを突いてたアシュが手を止めて、こっちを見る。心なしか殺気も少々籠ってる気がする。
何か弁明しないと良くないことになりそうだからとりあえず弁明してみる。
「もちろんそれだけじゃないさ。今回の標的の好みも視野に入れた上で幅広い年代を用意した方が良いと思うじゃねぇか?」
今考えついたことだが、思いの外アシュを説得させるには上手くいったようでアシュは相槌を打つと、にやりと口角を吊り上げた。
「成る程、少なくともバッキーさんの私的事情ではないというわけですね。わかりました。そういうことにしておきましょう。ドクターにもそのように報告します」
やはりというべきかバレバレだな。でも一応目は瞑ってもらえるようだしよしとしよう。
ところでさっきから間でスキュラが困惑した顔で俺達を交互に見ている。
「あの、先程から話の意味が分からないのですが、お二人はどういう目的で私を買ったのですか?」
そういえば良かったのだろうか。仕事の話を奴隷の目の前で堂々としているが。
アシュに目で訴えると別に構わないとばかりに肩を竦め、言葉に出して話し出す。
「やー、ぶっちゃけた話、私達のパーティって結構適当にやってるところあるんで大丈夫ですよ」
「それは良かった。俺も貴族ごっこにうんざりだったんだ」
「あー、わかります。どうも神経使ってしんどいんですよね」
二人揃って談笑する一方でスキュラは状況が呑み込めていないようで二人の間であたふたと慌て始めた。
「あの、これっていったいどういうことで……!」
「不安か?」
俺の問いにスキュラはまさにその通りと言いたげな眼差しで俺を見上げてくる。
「なんか騙したみたいで悪かったな。実は俺等、金持ちとか兄妹とか全部嘘っぱちで別に奴隷とか欲しくはなかったんだ」
俺とスキュラとの間で気まずい雰囲気が流れ出した。彼女がどういう想いで俺に買われていったかは定かではないが、少なくとも彼女を裏切ってしまった気もする。
「でもお前の望みは叶えてやれる」
「…………」
返事はなかった。視線を外されスキュラは黙ったまま明後日の方をぼんやりと眺めていた。
「やー、子供って純粋ですから騙すのに苦労しないからいいですよね」
そこに傷口を抉るアシュの一声。狙って言いやがったな。
俺にもスキュラにも効果抜群だ。スキュラは声帯を取られたように沈黙し、俺はニコチンの足りてない喫煙者のように落ち着きなく膝を震わせてる。
さっさと目的地に着いてドクターやアンリとお喋りして、ドクターに俺が奴隷として潜伏するのを取り消してもらわないと俺はスキュラと一緒に奴隷の身だ。
「アシュ、あとどれぐらいで着く?」
「そろそろでは?早くお風呂に浸かってザグールさんの手料理が食べたいです」
「ザグールだって?」
一瞬聞き違いかと思ったがアシュの様子からしてそうではないだろう。ザグールと言えば今日アンリと買い物前に出会ったクラッシャーの巨漢の男のことだが、どう見ても彼は料理なんて柄ではない。
アシュも俺の反応を見て面白がってるようで、口から出まかせのようにしか見えない。
「それなら俺はドクターの飯食った方がいいかもしれないな」
皮肉ったつもりがアシュは信じられないという顔で俺を見ていた。
「やー、それならそれで構わないですが必ず後悔しますよ?」
「なら帰ってから確かめるさ」
ちょうどいいところで馬車が止まってくれた。馬車を降りると、見えた古ぼけた教会を目にしたスキュラは声には出さないが明らかに落胆の色を見せていた。
慰みの代わりに俺はスキュラの肩を叩くと彼女を扉の前まで歩かせる。
「礼儀よく頼むぞ。特に褐色の男は怒らせるな。俺じゃあ手に負えん」
やっぱりというかスキュラは押し黙って、頷きもしなかった。完全に嫌われてしまったな。こうなると信用を取り戻すのには苦労するだろう。
とりあえず扉を開け中に入る。まだ一日経ってないのにその景色に懐かしさを覚えた。外出ばかりの一日だったからだろうか。依頼に臨む前にへばってしまいそうだ。
中に入ってまず出迎えてくれたのがスナイパーのアンリだった。
彼女のスキルの真眼を考えるなら俺達の帰る頃には既に俺達の状況は把握済みだったということだ。
「ご苦労だった。アシュは望み通り風呂を沸かしておいた。それにザグールもドクターも張り切って料理に勤しんでるよ。それと、そこの子供だがバッキー」
もちろんスキュラのことも把握済みだろう。何を言われても仕方ないとは思っていたが、アンリの言葉は思っていたより寛容なものだった。
「ドクターからの伝言だが『まぁいいんじゃねぇか』だそうだ。私も同じような意見だ。まっ、上手くやることだな」
「……それだけ?」
「アシュも言ってただろ?私達のパーティは意外と適当だ。だが依頼はちゃんとこなす」
風呂に行くアシュと別れて、俺はスキュラを連れてアンリに並ぶ。疑問に思ったことがあるからだ。
「アンリの真眼って会話まで聞き取れるのかよ?」
「いや、お前達の口の動きから会話を読み取ってるだけだ。長い間この力と一緒だと自然と身に着いた」
読唇術といったやつか。そこまであるとチート疑うな。
「目隠しを外すともっと凄いぞ。表情の僅かな動きから思考まで読めるが代わりに見えすぎて見たくないものまで見えてくる。例えばそうだな。君の服の下とかな」
「あー、確かにそれは嫌だな」
思わず苦笑いがこぼれた。そんな目を持ってたとしたら俺だったら耐えられないかもしれない。彼女がそのアイマスクを手に入れる前はどんな人生を送っていたのか。想像も出来ない。
それはそうと、と付け加えアンリは俺の傍らに佇むスキュラに目を落とした。
「やぁ、巻き込んで悪かった。だが代わりに君の自由は保障しよう。短い間だが、よろしく頼む」
じとっとした目でスキュラはアンリを見上げ、小さく会釈する。
微妙な距離感にアンリは苦笑しながら、俺達をドクターの部屋に案内する。
「さて、お腹も空いたことだろう。任務前の食事だ。思う存分に食べてくれ」
ドクターの部屋、そこには原料の分からない数々の見知った料理と、気怠そうに待つドクターと驚くほどに微動だにしない巨漢のザグールが仲良く席に着いていた。




