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14 愛を誓う

 眩しい太陽が頭上で輝いている。

 空は雲ひとつない晴天だ。実に気持ちがいい。

 真っ白なタキシードに身を包んだシルヴィンは逸る気持ちを抑えきれずに、王宮の庭を歩いていた。 今日も今日とて、地面は真っ白い雪で覆われている。金色の髪をさらう風は冷たいが、太陽の陽射しとシルヴィンの胸の高まりによって寒さなど感じない。

(そういえば、リリーと初めて出会ったのもここだったな……)

 あれから、一か月が経った。なんだか初めて出会った時が随分昔のことのように感じる。

 染々とリリーとの思い出に浸り、整っている顔をにやにやと歪めていると、後ろから聞き慣れた猫の鳴き声が聞こえた。

 振り返ると、そこにいたのは赤い猫だけではなかった。


 雪の妖精か、はたまた天使かと見紛うような、純白の美しすぎる女性が倒れている!

 白銀色の長い髪は太陽の光できらきら輝き、フリルたっぷりの穢れなき白のドレスは雪景色に溶け込んでいて、シルヴィンは目の前の光景に目を奪われていた。

 しかし、はっと我に返り、倒れている愛しい人の元へ駆け寄る。

「リリー! 大丈夫か? もしや、身体が……?」

 先程までどうして呑気に見惚れていることができたのだろうか。

 シルヴィンは、血の気の引く思いでリリーを抱き起そうとする……のだが、その前にリリーは自分でむくっと起き上がった。しゃがみ込んだシルヴィンと、起き上がったリリーの目線が同じ高さになり、自然と見つめ合う。

 リリーの頬はピンク色で健康そのもののように見える。

「ふふふ、大丈夫ですわ。ちょっと転んでしまって……」

 そう言って照れたように笑うリリーがあまりにも可愛すぎて、シルヴィンは咄嗟に口元を押さえた。

(いかん! 今のリリーを見て叫んでいては、神聖な場所で失神しかねない……っ!)

 今、リリーは普段の赤いドレスとは正反対の真っ白なドレスを着ている訳だが、このドレスはただのドレスではない。そう、これはウエディングドレス。

 シルヴィンのために着飾ったリリーの姿に、幸せ過ぎて涙が出そうになる。

 やっと、この日を迎えられた。

 待ちに待った、リリーとの結婚式――といっても、内々の小さなお披露目のようなものなので、国賓を招いての正式な結婚式までにはまだ時間がある。


 しかし、花嫁であるリリーが何故こんな所にいるのだろう。

 フィルーノ王国では、結婚式の前、つまり神に誓いを立てるまで花嫁は控えの間で祈りを捧げなければならないという決まり事がある。花婿のところへ行く途中、妖精界に迷い込んでしまわないよう、神の加護を得るためだ。実際は花嫁が消えた場合、今は妖精界に迷い込んだというよりも、駆け落ちを疑うので、花嫁を他の男に会わせないため、という意味の方が強い。

 シルヴィンが引きこもっていた時、たまたまフィルーノ王国の結婚式に関する本を読んだことがあり、興味を引かれたのを覚えている。

 だからこそ、シルヴィンは花嫁の控の間へ覗きに行きたい衝動と必死で戦って、心を落ち着かせるために散歩をしていたのだ。

 それなのに、花嫁本人がこんなところへ来てしまっている。

 不思議そうに見つめていた視線に気づいたのだろう。リリーが少し控えめに笑ってから言った。

「だって、ずっと引きこもっているなんて退屈だったのですもの」

 人生の半分以上を薄暗い自分の部屋に引きこもって過ごしてきたシルヴィンは、リリーの純粋な言葉を聞いて思わず顔が引きつった。

「……そ、そうだよね。引きこもってるの、つまらない……よね」

「……あら、シルヴィン様は特別ですわ。シルヴィン様とだったら、きっと引きこもっていても楽しい時間を過ごせそうですもの!」

 リリーの言葉に落ち込んでいたら、次はとんでもなく甘い言葉が返ってきた。リリーは、シルヴィンとなら引きこもっていても楽しいという。

「えぇ、僕も。リリーと一緒ならどんな場所でも幸せに過ごせます! というか、幸せ過ぎて、今も夢のようです!」

 シルヴィンは自分の頬をつねり、痛みを確認する。

 夢ではない!

 この日まで、何度も夢ではないかと確かめるうち、シルヴィンの頬は真っ赤になっていた。

 この結婚は親同士が勝手に決めてしまったものだが、シルヴィンはリリーを愛し、リリーもまたシルヴィンを愛してくれた。

 誰かに決められたからではない。シルヴィンはリリーの笑顔、明るさ、強さに強く惹かれたのだ。一人で幸せなのだと言い聞かせていた自分に、一人ではない幸せを教えてくれた。いつもシルヴィンを優しく受け入れてくれるリリーに、救われた。誰かのために生きたいと初めて思った。リリーに出会うまで、現実の恋愛になど興味なかったのに、今はこんなにも愛おしさで胸がいっぱいだ。


「リリー、僕はずっと引きこもっていたから強くはないし、体力もない。でも、必ず君を幸せにするよ。これから先……未来永劫、僕の愛はリリーだけのものだ!」

「シルヴィン様……! 私も、シルヴィン様の重い愛をこれから先も受け止め続けますわ!」

 重い愛……という言葉に地味に傷つきながらも、シルヴィンは胸いっぱいに暖かな幸せが広がるのを感じていた。


 もうすぐ、あの勘のいい侍女がリリーを探してやって来てしまうだろう。

 その前に……とシルヴィンはリリーを抱き寄せる。

 そして、その桃色の可愛らしい唇に口づけた。

 二人だけの、愛の誓い。

 見届けたのは、赤い猫、そして遠くから走り寄る黒い影。


「もう来てしまった……リリー、次は神様の前で!」

「えぇ、シルヴィン様」

 お互いに初々しく頬を染め、にっこりと笑い合った。


「こんの変態花婿があぁぁぁっ!」

 逃げようとしたところに強烈な飛び蹴りをくらったとしても、どんな暴言を吐かれたとしても、幸せな時間に変わりない。

 何があっても大丈夫、そう思えた。


 この先ずっと、シルヴィンの側にはリリーがいてくれるから。





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