EP 8
6月1日内定解禁の阿鼻叫喚と、内定辞退防止AIモジュールで純資産3億円突破!
六月一日、月曜日。
日本全国で経団連の指針に基づく「新卒採用の面接・内定(内々定)の一斉解禁日」を迎え、テレビのニュースやネットのトレンドは、リクルートスーツに身を包んだ就活生たちの狂乱で埋め尽くされていた。
だが、正午のサイレンが鳴り響いた三晃紙器工業の第一工場・社員食堂の空気は、爽やかな初夏の青空とは真逆の、地獄の底から這い上がってきた亡者たちの怨嗟と阿鼻叫喚に包まれていた。
「……ぎゃあぁぁぁっ! 格差! 大学生たちの内定格差と、俺の手取り激減の格差で脳みそが破裂しそうだぁぁぁっ!!」
パイプ椅子を派手にひっくり返し、スマホの画面と自分の給与明細の二つを交互に睨みつけながら、床に頭を打ちつけていたのは同期採用二年目の山岸だった。
作業着の胸元を汗と涙で濡らし、目の下にドス黒い隈を張り付かせながら奇声を上げている。
「おい山岸、床で暴れるな。給食の配膳の邪魔だぞ」
俺――倉科湊が、保温ランチジャーから熱々の豚汁と、母が持たせてくれた若鮎の塩焼きと新生姜の炊き込みご飯弁当を取り出しながら声をかけると、山岸は鬼のような形相で俺の足元へ這いずり寄ってきた。
「配膳どころの騒ぎじゃねえよ倉科ぁぁぁっ!
今日から【6月1日の就活内定一斉解禁】だぞ!?
高校の同級生たちのSNSを見ろよ!
早慶や東大に行った本物のエリートどもが『第一志望の五大商社から午前中に内々定いただきました!』『外資コンサルの内定者ディナーなう』って、高級フレンチの肉の写真をドヤ顔で上げまくってんだよ!
その一方で、私立文系のあいつらは最終面接で一斉に祈られまくって『NNT(無い内定)確定で死にたい』『親に合わせる顔がない』って阿鼻叫喚の地獄絵図だ!
さらに最悪なのは俺だよ!
先週の予告通り、今月の給与明細から【住民税一万二千円】がガッツリ引かれて、手取りが一年目の初任給より一万円以上も減って【十三万二千円】になっちまったんだぞ!?
エリートが初任給三十万の大企業に内定し、凡人が手取り十三万の底辺で住民税に首を絞められる……!
同じ日本に生きてて、なんでこんな残酷な身分制度が存在するんだよぉぉぉっ!!」
周囲の若手やベテラン工員たちも、手元の明細書を見つめながら「二年目の住民税は本当にトラウマだよな」「大卒のエリートと高卒ライン工じゃ、生涯賃金で一億円以上差がつくからな」と、死んだ魚の目で安売りのカップ焼きそばをすすっている。
俺は小さく息を吐き出し、温かいほうじ茶を一口喉へと流し込んだ。
「山岸。中学生でもわかる、新卒就活の『構造的格差』と終身雇用の幻想の算数をしよう」
「算数なんか聞きたくねえ! 俺に商社の内定をくれ!」
「お前に内定が出るわけがない。
そもそも、世間の就活生や親世代は『大手企業に入社すれば一生安泰』という昭和の幻想にしがみついているが、現在の日本の大企業の平均給与は過去三十年間ほぼ横ばいだ。
初任給の額面が三十万円に引き上げられたところで、厚生年金、健康保険、所得税が引かれ、二年目からは住民税が容赦なく襲いかかる。
手取りに直せば二十三万円前後。そこから都心のワンルーム家賃十万円と高い生活費を引けば、毎月残るお金など数万円の端金に過ぎない」
俺はテーブルの紙ナプキンにペンを走らせた。
「そして大手に入社したエリートたちを待っているのは、成果主義による熾烈な出世競争と、四十歳前後での早期希望退職という名の首切りだ。
誰かに雇われて給料をもらう『給与所得者』の枠組みの中にいる限り、大卒エリートだろうが高卒ライン工だろうが、資本家から見れば【取り替え可能な労働力】に過ぎない。
他人が用意したプラットフォームの椅子取りゲームに勝った負けたと騒いでいる時点で、資本主義のゲームのルールを根本から見誤っているんだよ」
「ぎゃあぁぁぁっ! エリートの勝ち組幻想まで粉々に粉砕するなよぉぉぉっ!!」
耳を塞いで食堂の隅へと逃げ出していく山岸。
山岸は震える指でスマホを取り出し、自暴自棄に画面をスクロールした。
「……あ、そういや倉科! 六月一日を迎えた、東京脱落組の続報見たかよ……!?」
「拓海や凛がどうした?」
「もう完全な現世の地獄だぜ!
産廃処理場で腰を痛めて入院した金子拓海だけどさ……
入院費が払えなくて病院を強制退院させられて、現場のタコ部屋に戻されたらしいんだけど、親方から『腰が壊れて働けねえなら用済みだ』って追い出されたんだとよ!
今は駅前の高架下で、ボロボロの段ボール敷いて日雇いの空き缶拾いやってるって噂だぜ!
佐伯凛も、闇金まがいの業者に携帯番号を晒されて、実家の親戚中に借金の督促電話が鳴り響いて完全に縁を切られたらしい!
家賃滞納でアパートの鍵を変えられて、今は新宿の歌舞伎町で怪しい立ちんぼやトー横界隈をフラフラ彷徨ってるらしいぜ……!
あいつら……東京で俺たちを見下して笑ってた連中が、就活解禁の日に揃ってホームレスに転落したのを見るのだけが……俺の唯一の生きる希望なんだよぉぉぉっ!!」
他人の転落を唯一の精神安定剤にして、自分の貧困から目を背ける山岸。
だが、その山岸自身も、手取り十三万円という絶望の中で震えているのだ。
(山岸、お前には見えていないんだよ。
大学生たちが内定の通知に一喜一憂し、東京組が高架下と歌舞伎町で野垂れ死にかけている横で……
目の前にいる高卒二年目のライン工が、今夜どんな【超巨大な内定辞退防止SaaSの追加アップセル】を仕掛けようとしているのかがな)
前話(第72話)で、就活AIツール(ES-Master)のBtoBエンタープライズ版を東証プライム三十五社に導入し、年間契約高(ARR)二億一千万円を一括前払いで獲得。
確定総純資産は【2億5,681万円】、月間経常純キャッシュフローは五千四百万円ペースに到達している。
だが、六月一日の内定解禁を迎えた今、大手企業の人事部が直面する【最大のパニック】がある。
それこそが――『内定を出した学生の3割〜5割が、他社へ流出してしまう【内定辞退問題】』だ。
「定時で上がるぞ。今夜、俺たちの城は内定解禁の嵐を丸ごと飲み込む」
午後十七時零二分、定時退社。
タイムカードをパチンと切った俺は、初夏の心地よい夕暮れの風を切り裂き、地方都市の駅前に構えたミナト・ホールディングスのオフィスへと自転車を疾走させた。
◇ ◇ ◇
午後十七時三十分、合同会社ミナト・ホールディングスのオフィス。
ダイキンの最新エアコンが静かに二十四度の快適な室温を保ち、ディフューザーからはペパーミントとベルガモット、そしてみずみずしいマスクメロンとライムのアロマがふわりと漂っていた。
「湊くん……! お帰りなさい!」
扉を開けると、そこには白石詩織が待っていた。
淡いミントグリーンの上質なノースリーブサマーニットに、初夏の風にふわりと揺れる清楚な純白のシフォンフレアロングスカート。
ショコラブラックの豊かな髪を首元ですっきりとハーフアップにまとめ、黒縁メガネを外した大きな茶褐色の瞳が、夕陽を浴びてキラキラと輝いている。
すっかり垢抜けて洗練されたその姿は、初夏の陽光をまとったトップモデルのように神々しく可憐で、株式会社スタジオ・シオリの代表取締役としても誰もが息を呑むような大人の気品を放っていた。
部屋に入った瞬間にふわりと広がる甘い石鹸とアロマの香りに、俺の心拍計がピクリと跳ね上がる。
デスクの上には、最新のM4搭載iPad Proと、氷を浮かべた特製の耐熱グラスが用意されていた。
「白石、待たせたな」
「ううん、全然待ってないよ! 湊くん、工場のライン作業お疲れ様……!
これ、外はすっごく暖かかったでしょ? 買収したハーブ園の無農薬レモンバームと、初摘みの青梅をじっくり漬け込んだシロップを炭酸で割った『特製アイスハニーグリーン梅スカッシュ』だよ! 冷たいうちに飲んでね!」
「サンキュー、白石。生き返るよ」
グラスを受け取り、一気に喉を潤す。
青梅のキリッとした爽やかな酸味と、レモンバームの清涼感、そして蜂蜜の上品な甘みが、渇いた身体の隅々までじんわりと染み渡っていく。
めちゃくちゃうまい。
だが、俺は彼女の華奢な指先に、内定辞退防止システム用オンボーディング画面の集中デザイン監修による微かな強張りがあるのを見逃さなかった。
(……いかんな。また俺の経営者センサーが過敏に作動している)
俺はデスクの引き出しから、あらかじめ用意しておいた重厚な桐箱をスッと取り出し、詩織の前に差し出した。
銀座の老舗名門サロンが完全予約制で一日二箱のみ仕立てた『最高級・完熟マスクメロンとフランス産貴腐ワインジュレの極上初夏クリスタルパフェテリーヌ』と、高密度遠赤外線グラフェン温熱と超音波微小振動で指先の毛細血管を深層ケアする最新型コードレスメディカルハンドエステ機だ。
「ほら、白石。これを受け取れ」
「えっ……!? これ、すごく大きなメロンがエメラルドみたいに輝いてるパフェ……! それに、最新のエステ機……!?
湊くん、私がお茶を出しただけなのに、どうしていつもこんなに高価なものをくれるの……?」
「勘違いするなよ」
俺は腕を組み、冷徹な仮面を必死に張り直して早口でまくしたてた。
「中学生でもわかる組織財務とBtoBアップセル調印に伴う人的資本BCP防衛の講義だ。
純資産二億五千万円を突破した我が企業グループの最高アートディレクター(お前)が、初夏の急激な気温上昇によって浅指屈筋および手根管周辺の柔軟性を低下させ、これから即時締結される東証プライム企業向け内定辞退防止AIモジュールの最終オンボーディングUI検収を〇・四秒遅延させた場合、新機能追加ライセンス契約に伴う機会損失は【試算で最低でも月額四千五百万円】に跳ね上がる!
マスクメロンの高濃度シトルリンとカリウムによる血管拡張作用、ならびに超音波パルスによる指先の微細神経機能維持は、グループ中核クリエイターの【中長期的アジリティを担保するための戦略的初夏BCP防衛および役員福利厚生投資経費】だ!
お前への甘やかしなどではない!
今夜生み出される何千万円もの追加SaaS純利益から逆算すれば、このパフェテリーヌ代などROI(投資対効果)は【実に六億%】を超える!
極めて合理的でドライな財務上の防衛支出だから、一ミリも遠慮せず胃袋に収めて手を突っ込め」
息をつかずに言い切った俺の、世界一長くて過保護な言い訳。
詩織は桐箱を胸にぎゅっと抱きしめ、目をパチクリさせて聞いていたが――やがて、その桃色の唇をふにゃりと綻ばせ、クスクスと愛おしそうに笑った。
「ふふっ……あはは! シトルリン……? ROIがろくおくパーセント……?
湊くんの言い訳、本当に世界一長くて……世界一甘くて幸せだよ!」
「な、何がおかしい。純粋な企業防衛だぞ」
「うん、そうだね! じゃあ私、湊くんの『防衛経費』で美味しく手をポカポカにして、六億パーセントのお返しができる世界一可愛いデザインを描き続けるね!
……あ、湊くん! パフェテリーヌ、メロンがすっごくジューシーでジュレがキラキラだよ! はい、あーん!」
フォークにみずみずしいマスクメロンの果肉と透き通ったジュレ、特製バニラクリームをたっぷり乗せ、夕陽に照らされた満面の笑顔で差し出してくる詩織。
至近距離から漂う芳醇なメロンのアロマと上品な甘美な香り、彼女自身の透き通るような白い肌、潤んだ茶褐色の瞳。
「お、おい……自分で食える……」
「ダメー! 追加アップセル大成功の景気づけなんだから! ほら、あーん!」
観念して口を開けると、濃厚で芳醇なメロンの果汁が口いっぱいに弾け飛び、上品な貴腐ワインジュレの香りが鼻腔をくすぐった。
めちゃくちゃうまい。
そして――心拍数が異常なスピードで跳ね上がり、俺の脳内プロセッサが完全に一時停止しかける。
(……ダメだ。この女の『あーん』の破壊力は、資本主義のどんなアルゴリズムをも一瞬で溶かしてしまう……)
「ふふっ、美味しい? 湊社長!」
「……ああ、最高だ。……よし白石、本題に入るぞ」
◇ ◇ ◇
「白石、今から中学生でもわかる、SaaSビジネスの究極のマネタイズ――【ネガティブチャーンと『内定辞退防止AIモジュール』の追加アップセル】の算数をしよう」
俺はノートPCを開き、ホワイトボードの前に立った。
「前話(第72話)で、東証プライム上場企業三十五社と年間ライセンス契約(ARR2億1,000万円)を締結した。
だが、六月一日を迎えた今、企業の人事部長たちが最も胃を痛めている最大の課題……何だと思う?」
「えっ……? 内定を出した学生さんが……他社に行っちゃうこと……?」
「その通りだ、白石! 完璧な経営感覚だな」
俺はホワイトボードに、採用市場の歩留まりグラフを描いた。
「優秀な学生ほど、メガバンク、大手商社、大手ITなどから複数社の内定を重複して獲得する。
企業からすれば、一人あたり百万円以上の採用コストをかけて選考した学生に、六月から十月にかけて『他社に決めましたので辞退します』と逃げられるのが最大の悪夢なんだ。
そこで俺たちが本日、導入済み企業三十五社に対して電撃リリースした追加機能――
――【内定辞退予測&内定者オンボーディングAIモジュール『ES-Master Retain』】だ!」
「内定辞退予測……!?」
詩織が大きな瞳を見開いた。
「そうだ。
内定を出した学生に対して、自社の内定者専用コミュニティアプリ(詩織がデザインしたゲーム感覚のアプリ)を配布する。
学生がアプリを開く頻度、メッセージの返信速度、提出する課題の熱量、AIとのチャット相談内容を自然言語処理でリアルタイム解析。
『この学生は他社と迷っており、内定辞退確率が78%に達しています』『至急、若手エース社員とのカジュアル面談を設定してください』と、人事部のダッシュボードにアラートを飛ばすシステムだ!」
俺は電卓アプリをタップした。
「一人辞退されるだけで百万円以上の損失が出る企業にとって、内定辞退を未然に防げるこの機能は『いくら払ってでも欲しい神ツール』だ。
既存の三十五社に対して、年間追加ライセンス【一社あたり年間300万円】でオファーを出したところ――
本日だけで、導入済み三十五社のうち【全35社が即日満額で追加オプション調印】を完了させた!」
カタカタ、ターンッ!
俺はエンターキーを叩き、追加契約の着金ダッシュボードを大画面に映し出した。
【『ES-Master Retain』追加アップセル実績(本日確定)】
・導入企業数:【東証プライム企業 35社(追加契約率100%!)】
・追加年間ライセンス料:【3,000,000円 × 35社 = 1億500万円(年間一括前払い!)】
・サーバー・API追加コスト控除後 純利益:【+9,800,000円(月割換算 +816万円/月)】
「……えぇっ!? いちおくごひゃく万円……!? 今日一日で、また一億円が入ってきちゃったの……!?」
詩織の息が止まった。
「そうだ! これがSaaSビジネスの最強の奥義【ネガティブチャーン(既存顧客からのアップセルが解約率を上回り、放っておいても売上が勝手に膨らむ現象)】だ!
さらに、五月に買収した温泉旅館『翠月亭』のインバウンド予約完売、古民家茶房『花咲庵』の初夏パフェ特需、D2C定期便、メディア連合の収益が全方位から雪崩れ込み――
今夜、俺たちの総資産は前人未到の領域へ到達した!」
俺は資産管理スプレッドシートの最終統合ボタンを力強くクリックした。
画面の中央に、黄金の光を放つ数字が表示された。
【合同会社ミナト・ホールディングス グループ連結資産集計(6月1日時点)】
・前回までの確定総純資産:256,817,000円
・『ES-Master Retain』35社追加アップセル前受純利益:+42,000,000円(納税引当後実質プール分)
・老舗旅館『翠月亭』確定純利益:+15,800,000円
・古民家茶房『花咲庵』初夏特需純利益:+7,100,000円
・個人向け就活SaaS+メディア連合+D2C定期純利益:+22,500,000円
・月額アカデミー(MRR 520名分純利益):+5,100,000円
・コア資産運用配当&米国債利息:+740,000円
・法人税・消費税追加納税引当プール金:▲41,000,000円
★ 確定総純資産残高(純資産ベース):【309,057,000円(祝・純資産3億円完全突破!)】
★ グループ運用総資産規模(バランスシート総額):【4億2,905万円(総資産4億円突破!)】
★ グループ月間経常純キャッシュフロー:【+62,290,000円(月利6,200万突破!)】
「……さん、おく……きゅうひゃくごまん……!」
息が止まった。
『309,057,000』。
高校を卒業したあの日、ポケットの中にあったのは、バイト代の残りわずか三万二千円。
「高卒の工場勤務とか無理w一生ライン工頑張れよw」と同級生たちに嘲笑されてから、二年と二ヶ月。
手取り十四万の食品工場ライン工が、
資本主義のルールを完璧にハックし続けた結果――
ついに、日本の全世帯五千四百万世帯のうち、上位わずか【0.3%】しか存在しない超絶特権階級――
――【純資産3億円】の巨大な頂上へ、完全に到達したのだ!
「中学生でもわかる、純資産三億円の圧倒的な真実だ……」
俺は電卓アプリを立ち上げた。
仮に、この三億円を手堅く【年利5%】でインデックス運用したとする。
『3億円 × 5% = 【年間1,500万円】』。
月額に直せば、毎月【約125万円】の完全なる不労所得が、寝ていても、遊んでいても口座に勝手に湧き出てくる計算になる。
「年間一千五百万円……。
俺の工場の年間の手取り給料(約百七十万円)の【約九年分】が、俺自身の労働ではなく、資産が生み出す配当と利息だけで毎年勝手に手に入る水準だ」
生きるための労働からの完全な解脱。
十九歳の元負け組少年は、資本主義のゲームを完全に支配し、世間の九十九・七%を見下ろす絶対王者の城を手に入れたのだ!
「きゃぁぁぁぁぁぁっ!! 湊くん、三億円だよ……! 純資産三億円突破だよぉぉぉっ!!」
画面を見つめていた詩織の大きな瞳から、大粒の涙が滝のように溢れ出した。
彼女はそのまま、勢いよく俺の胸元へと飛び込んできた。
柔らかな温もりと、想いが報われた最高のカタルシス。
「十九歳で三億円……! 毎月のお金も、六千二百万円入ってくるんだよ……!?
私の『スタジオ・シオリ』の口座にも、もう【二千五百万円】以上の純資産があるんだよ……!?
湊くんと一緒に歩んできて、本当によかった……! 湊くんは、私にとっても、世界中の誰にとっても、最高で世界一のヒーローだよぉぉぉっ!!」
詩織は俺の胸に顔を埋めたまま、嬉し涙で服を濡らしながら抱きしめてきた。
俺はそっと手を回し、彼女の柔らかな髪を優しく撫でた。
「白石……お前のおかげだよ。お前の神デザインとUIがなければ、東証プライム企業との契約も、この三億円も絶対にあり得なかった。ありがとう、白石」
「湊くん……っ!」
詩織は顔を上げ、耳まで真っ赤に染めながら、潤んだ瞳で俺を見つめてきた。
夕暮れのオフィスに、二人だけの温かく甘い至福の時間が流れていた。
◇ ◇ ◇
午後二十一時、地方都市の小高い丘の上に建つ、九条源蔵の屋敷。
欅の一枚板テーブルの前で、俺が提示した『309,057,000円』と刻まれた最新の資産管理スプレッドシートを見つめていた源蔵が、ふっと老眼鏡を外した。
そして――。
「……カッカッカッ!! ワッハッハッハッ!!」
屋敷の梁を揺るがすほどの、豪快な大爆笑が初夏の夜空に轟いた。
源蔵はバシバシと自分の太ももを叩き、テーブルを揺らした。
「内定辞退防止SaaSで追加一億を毟り取り、十九歳で【純資産3億円】の扉を蹴破りやがったか!
ワッハッハッハッ! 上等だ湊!
世間の九十九・七%の有象無象を遥か雲の下に見下ろす、本物の怪物に化けやがったな!」
「ええ。月間純キャッシュフローは六千二百万円ペースへ拡大し、グループ運用総資産は四億二千万円を突破しました」
「ケッ! 月利六千二百万か! 工場の初任給の約五百年分を毎月叩き出す計算だな!」
源蔵のぎょろりとした鋭い眼光が、獲物を仕留める直前の猛獣のようにギラリと光った。
「いいか湊。日本の全世帯の上位〇・一%に君臨する【超富裕層(純資産5億円)】!
その神の領域の頂まで、あと残り――
――【一億九千九十四万円】だ!!」
ドカンッ、と源蔵の拳がテーブルを叩いた。
「住民税の天引きで手取り十三万に泣く山岸や、高架下で空き缶を拾う金子拓海、歌舞伎町を彷徨う佐伯凛どもが、何万回生まれ変わっても拝めねえ【三億円の絶対王者の頂】へ、てめえは十九歳にして到達したんだ!
五億円の超富裕層の頂上は、もう完全に手の届く場所にあるぞ!
このまま怒涛の勢いで突き抜け、来年の卒業式を前に、一撃で【超富裕層5億円】の頂へ旗を突き立ててみせろ!」
「はい、じいさん!」
俺の力強い咆哮が、初夏の夜の静寂を切り裂いた。
窓の外を見上げると、初夏の澄み切った夜空に、神々しいまでの満月が輝いていた。
同級生たちが大学を卒業し、社会に出て自らの市場価値の低さに絶望するまでの、残り五百九十日。
手取り十四万の食品工場ライン工社長と、覚醒した天才美少女絵師。
純資産三億円を完全突破し、月利六千二百万円の領域へ突入した二人の快進撃は、いよいよ最終目標【純資産5億円(超富裕層)】の完全制覇へ向けて、最後の怒涛のラストスパートへと突入していく!
【現在の倉科湊ステータス】
・年齢/肩書:19歳/食品工場ライン工・合同会社ミナト・ホールディングス 代表社員(祝・純資産3億円突破!)
・総資産残高:309,057,000円(前話比:+52,240,000円 ※内定辞退防止SaaS前受金+旅館+MRR)
・グループ運用総資産:429,057,000円(バランスシート4億2,000万超え!)
・月間不労/事業キャッシュフロー:+62,290,000円(グループ連結月間純利益・過去最高益更新!)
・【今日の源蔵のマネー格言】:「内定解禁で一喜一憂する学生を横目に、企業が最も恐れる『内定辞退』の防止システムを売り捌いて追加数千万円を抜く。市場の痛みを先回りして解決する奴が真の資本家だ。純資産3億円を超えた奴から、5億円の超富裕層の頂上はもう目と鼻の先なんだよ!」
読んでいただきありがとうございます。
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