EP 10
第5章クライマックス「純資産3,000万円(アッパーマス層)突破!日本の全世帯上位13%へ」
九月下旬、爽やかな秋晴れの空が高く澄み渡り、工場の敷地内に植えられた銀杏の葉が、微かに黄金色を帯び始めていた。
正午のサイレンが鳴り響いた三晃紙器工業の第一工場・社員食堂。
だが、その一角からは、まるで地獄の底から這い上がってきた亡者のような、重苦しいうめき声が漏れ出ていた。
「……お、終わった……。金子拓海、完全に人生終了したってよ……っ」
パイプ椅子に突っ伏し、脂汗にまみれたスマートフォンを握りしめながら、カタカタと震えていたのは同期の山岸だった。
深夜バイトの皿洗いと工場のダブルワークで頬は痩せこけ、目の下の隈はどす黒く変色している。
その指先が、高校時代の同級生たちの裏アカウントのタイムラインをスクロールしていた。
「おい山岸、人の不幸を覗き見ている暇があるなら、飯を食えよ」
俺――倉科湊が、母が持たせてくれた栗ご飯と鮭の西京焼き弁当のフタを開けながら声をかけると、山岸は目を剥いて俺のテーブルへすがりついてきた。
「飯どころじゃねえよ倉科ぁぁぁっ!
東京に行った拓海のやつ、消費者金融の借金五十万とリボ払いで首が回らなくなって、ついに親に全部バレたらしい!
しかも、夏休みの間に単位を落としまくって【留年確定】! 奨学金の継続審査も落ちて、授業料が払えなくて大学除籍寸前だってよ!
アパートも家賃滞納で追い出されて、親に田舎へ強制送還されるらしいぜ……!
佐伯凛も、サマーインターン全落ちのショックでノイローゼになって、大学の友達全員から縁を切られたって病みポスト連投して鍵垢に引きこもりやがった……!
あいつら……東京でエリート気取って、俺たち高卒を見下して笑ってた連中が……全員、ゴミクズみたいに散っていきやがったんだよぉぉぉっ!!」
他人の転落を語る山岸の口元は歪み、狂気じみた笑みを浮かべていた。
だが、その山岸自身も、手取り十四万の給料と物価高、ステルス増税に追い詰められ、毎月の口座残高は数千円の綱渡りを続けているのだ。
俺は水筒の冷たいほうじ茶を一口含み、静かに視線を落とした。
「山岸。中学生でもわかる、資本主義の答え合わせの算数をしよう」
「算数だと……? ざまぁみろって笑ってやればいいじゃねえか!」
「笑う価値すらない。
自分の市場価値を磨かず、借金という名の未来の前借りで身の丈に合わない見栄を買い続ければ、遅かれ早かれ破滅するのは数学的に確定していた未来だ。
他人の破滅を指差して溜飲を下げている間にも、お前の口座からは毎秒、インフレと社会保険料で実質的な購買力が奪われ続けているんだぞ」
「うぐっ……! 正論ばっかり言いやがってぇぇぇっ!!」
耳を塞いで食堂から逃げ出していく山岸。
その背中を見送りながら、俺は胸ポケットから静かにスマートフォンを取り出した。
(さて……正午を回ったな)
画面に表示させたのは、合同会社ミナト・キャピタルの法人口座、およびStripeのリアルタイム売上ダッシュボードだった。
前話(第54話)の時点で、大手上場企業からの年間スポンサー契約(六百万円一括前払い)が確定し、税金プール金を差し引いた確定総純資産は【2,979万5,520円】に達していた。
純資産三千万円――日本の全世帯上位十三%しか入れない【アッパーマス層】の頂まで、あとわずか【二十万四千円】。
ピロリロリーン♪
ピロリン! ピロリロリーン♪
画面を開いたその瞬間、小気味良い通知音が連続で鳴り響いた。
『【Stripe決済完了】29,800円(完全自動エバーグリーン教材:成約)』
『【Stripe決済完了】29,800円(完全自動エバーグリーン教材:成約)』
『【Stripe決済完了】29,800円(完全自動エバーグリーン教材:成約)』
『【入金確定】月額コミュニティ「ミナト・キャピタル・アカデミー」新規入会決済:9,800円 × 15名=147,000円』
『【確定アフィリエイト報酬】A8.net格安SIM特単成約:+240,000円』
「……午前中だけで、売上約五十万円の自動着金」
俺は息を呑み、資産管理スプレッドシートの最終統合ボタンをタップした。
普通預金口座のキャッシュ。
新NISAで毎月積み立てている全世界株式とS&P500の時価評価額。
そして、法人の金庫にプールされた潤沢な事業余剰金。
液晶画面の中央に、堂々と、黄金の光を放つ数字が表示された。
【合同会社ミナト・キャピタル&倉科湊 資産集計(9月25日正午)】
・普通預金+運転資金キャッシュ:23,850,000円
・新NISA運用資産(世界株・米国株時価評価額):3,180,000円
・法人口座内部留保純資産(納税引当金控除後):3,320,000円
★ 確定総純資産残高:【30,350,000円(祝・純資産3,000万円突破!)】
「……さん、ぜん……さんじゅうごまん……!」
喉の奥が、熱く震えた。
『30,350,000』。
高校卒業のあの日、ポケットの中にあったのは、バイト代の残りわずか三万二千円。
同級生たちから「高卒の工場勤務とか無理w一生ライン工頑張れよw」と嘲笑されてから、一年と六ヶ月――五百四十日。
手取り十四万の食品工場ライン工が、
時給労働のバイトには一秒も逃げず、
資本主義のルールと税法の盾を極限までハックし続けた結果――
ついに、世間の八割が一生抜け出せないマス層の檻を完全に粉砕し、日本の全世帯上位十三%に君臨する【純資産3,000万円(アッパーマス層)】の頂きへと登りつめたのだ!
「中学生でもわかる、アッパーマス層の圧倒的な真実だ……」
俺は電卓アプリを立ち上げた。
純資産三千万円を超えた人間が手にする、資本主義最大の特権――
それは【基礎的FIRE(サイドFIRE)の完全成立】だ!
仮に、この三千万円を手堅く【年利5%】でインデックス運用したとする。
『3,000万円 × 5% = 【年間150万円】』。
月額に直せば、毎月【約12万5,000円】の完全なる不労所得が、寝ていても口座に湧き出る計算になる。
「年間百五十万円……。
俺の工場の年間の手取り給料(約百七十万円)のほぼ全額が、俺自身の労働ではなく、資産が生み出す配当と利息だけで完全にまかなえる水準に達したんだ」
もう、生きるために働く必要はない。
会社に媚びる必要も、上司の顔色を伺う必要もない。
資本主義という名のサバイバルゲームにおいて、俺は完全に「一生食いっぱぐれない無敵の自由」を手に入れたのだ!
十七時零二分のサイレンが鳴り響いた瞬間、俺は迷うことなくタイムカードを切り、実家の作業部屋へと自転車を走らせた。
◇ ◇ ◇
午後十七時三十分、合同会社ミナト・キャピタルの作業部屋。
ドアを開けた瞬間――。
パーーーンッ!!
色とりどりの金と銀の紙吹雪が、夕暮れの光の中でキラキラと舞い散った。
「湊くん……! アッパーマス層、純資産三千万円突破……本当におめでとうぅぅぅっ!!」
クラッカーの煙の向こうで、満面の涙と笑顔を咲かせていたのは、白石詩織だった。
淡いアプリコットオレンジのサマーニットワンピースに、清楚な白のシフォンボレロ。
ショコラブラックの髪をハーフアップにまとめ、黒縁メガネを外した大きな茶褐色の瞳が、宝石のように潤んでいる。
部屋に入った瞬間にふわりと漂う甘いバニラと金木犀の香りに、俺の心拍計がピクリと跳ね上がる。
デスクの上には、詩織の手作りの特大ボードが掲げられていた。
そこには、詩織の美しいレタリングと最高峰の神イラストで描かれた、二人のこれまでの歩みと、黄金の文字が刻まれていた。
『祝・純資産3,000万円&アッパーマス層到達!世界一のCEO湊くんへ』
「白石……これ、お前が……?」
「うんっ! お昼休みに湊くんから『三千万円超えた』って連絡もらった時、嬉しくて……涙が止まらなくなっちゃって……!
湊くん、本当にすごいよ……! 十九歳で三千万円だよ!? 日本の全世帯の上位十三パーセントだよぉぉぉっ!!」
詩織は飛び跳ねるように駆け寄ってくると、勢いよく俺の胸元へと飛び込んできた。
柔らかな温もりと、甘いアロマの香り。
ぎゅっと俺の背中に回された細い腕の感触に、俺の脳内プロセッサが心地よい熱を帯びる。
「白石、お前のおかげだ。
お前のデザインとイラストがなければ、自社教材も、月額サブスクも、上場企業との年間スポンサー契約も、絶対に成し得なかった」
「ううん、湊くんが私を信じて、手を引いてくれたからだよ……っ!
私、一年前は時給六十六円で買い叩かれて、暗い美術室で泣いていたのに……
湊くんと一緒に歩んできたおかげで、私の『スタジオ・シオリ』の口座にも、もう【六百万円】以上の純資産があるんだよ……!?
お母さんにもお父さんにも最高の親孝行ができて、美大の学費も全部自分で払えて……!
湊くんは、私にとっても、世界中の誰にとっても、最高のヒーローだよぉぉぉっ!!」
詩織は俺の胸に顔を埋めたまま、嬉し涙をポロポロとこぼした。
俺はそっと手を伸ばし、彼女の柔らかな髪を優しく撫でた。
「泣くな、白石。……ほら、顔を上げろ。今夜はお前に渡す、特別な防衛経費があるんだからな」
「えっ……? 防衛経費……?」
涙を拭い、上目遣いに見上げてくる詩織の前に、俺はデスクの上に置いてあった特大の重厚な桐箱をスッと差し出した。
老舗名門ホテルが完全予約制で一日五個限定で仕立てた『最高級・完熟シャインマスカットと長野パープルの丸ごと贅沢アッパーパフェタルト』と、指先の深層筋膜を温熱とマイクロカレント(微弱電流)で急速ケアする最新型メディカルハンドエステ機だ。
「ほら、白石。これを受け取れ」
「えっ……!? これ、テレビで見た……! 一個一万八千円もする、幻の宝石パフェタルト……!? それに、最新のエステ機……!?
湊くん、今日はお祝いの日なのに、どうしていつもこんなに素敵なものをくれるの……?」
「勘違いするなよ」
俺は腕を組み、冷徹な仮面を必死に張り直して早口でまくしたてた。
「中学生でもわかる組織財務と人的資本レバレッジの講義だ。
純資産三千万円を突破し、アッパーマス層へ進化した我が法人の筆頭アートディレクター(お前)が、祝勝の情動的興奮によって交感神経を過剰に昂らせ、翌日の自社プラットフォーム用新規UIデザインの最終チェックを〇・四秒遅延させた場合、次期スケール計画における機会損失は【試算で最低でも月額六百万円】に跳ね上がる!
糖度十八度以上のシャインマスカットに含まれる高純度ブドウ糖とレスベラトロールによる脳内シナプスの活性化、ならびにマイクロカレントによる手指の腱鞘疲労の急速除去は、組織の基幹クリエイターの【中長期的アジリティを担保するための戦略的アッパーマス到達記念BCP防衛および役員福利厚生投資経費】だ!
お前への甘やかしなどではない!
今後生み出される何億円もの法人純利益から逆算すれば、このタルト代などROI(投資対効果)は【実に五千万%】を超える!
極めて合理的でドライな財務上の防衛支出だから、一ミリも遠慮せず胃袋に収めて手を突っ込め」
息をつかずに言い切った俺の、世界一長くて過保護な言い訳。
詩織は桐箱を胸にぎゅっと抱きしめ、目をパチクリさせて聞いていたが――やがて、その桃色の唇をふにゃりと綻ばせ、クスクスと愛おしそうに笑った。
「ふふっ……あはは! 脳内シナプス……? ROIがごせんまんパーセント……?
湊くんの言い訳、本当に世界一長くて……世界一甘くて幸せだよ!」
「な、何がおかしい。純粋な企業防衛だぞ」
「うん、そうだね! じゃあ私、湊くんの『防衛経費』で美味しく手をポカポカにして、五千万パーセントのお返しができる世界一可愛いデザインを描き続けるね!
……あ、湊くん! タルト、ブドウがキラキラしてて宝石みたいだよ! はい、あーん!」
フォークに大粒のシャインマスカットとサクサクのパイ生地、上品なカスタードクリームをたっぷり乗せ、満面の笑顔で差し出してくる詩織。
至近距離から漂う甘酸っぱい果実の香りと、彼女自身の透き通るような白い肌、潤んだ茶褐色の瞳。
「お、おい……自分で食える……」
「ダメー! アッパーマス層到達の記念なんだから! ほら、あーん!」
観念して口を開けると、パリッとした皮の食感とともに、信じられないほど濃厚でジューシーな果汁が口いっぱいに弾け飛んだ。
めちゃくちゃうまい。
そして――心拍数が異常なスピードで跳ね上がり、俺の脳内プロセッサが完全に一時停止しかける。
(……ダメだ。この女の『あーん』の破壊力は、三千万円の資産をもってしても一ミリも防ぎきれない……)
「ふふっ、美味しい? 湊社長!」
「……ああ。最高にうまいよ」
見つめ合う二人。
夕暮れの作業部屋に、温かく甘い至福の時間が静かに流れていた。
◇ ◇ ◇
午後二十一時、丘の上の九条源蔵の屋敷。
広大なリビングの欅の一枚板テーブルの前で、俺は通帳の残高コピーと最新の資産管理スプレッドシートを源蔵の前に差し出した。
「じいさん、報告に来ました。
純資産三千万円――【アッパーマス層】を完全に突破しました」
源蔵は老眼鏡をかけ、無言で画面をスクロールした。
『30,350,000円』。
その数字を確認した瞬間、老人のぎょろりとした鋭い瞳が、細く、深く見開かれた。
そして――。
「……カッカッカッ!! ワッハッハッハッ!!」
屋敷の天井を揺るがすほどの、豪快な大爆笑が轟いた。
源蔵はバシバシと自分の太ももを叩き、テーブルを揺らした。
「やりやがったな、青二才が!!
手取り十四万の工場ライン工が、一銭の借金もせず、誰からも施しを受けず……
資本主義のルールと己の頭脳だけで、十九歳にして【アッパーマス層(純資産三千万円)】の扉を完全に蹴破りやがったか!!」
「教えの通り、時給労働は捨てました。
自社コンテンツ、エバーグリーン、MRRサブスク、年間スポンサー契約……商流の最上流を支配した結果です」
俺が胸を張ると、源蔵は笑いを収め、湯呑みを置いて居住まいを正した。
その顔には、これまでに見せたことのない、一人の真の『一流資本家』として俺を認める真剣な光が宿っていた。
「いいか湊。日本の全世帯五千四百万世帯のうち、純資産三千万円未満の『マス層』は実に【約七十八%】だ。
世間の約八割の人間が、一生この檻の中で、給料明細と物価高に怯えて死んでいく。
だがな、純資産三千万円を超えた『アッパーマス層』は、上位わずか【十三%】の選ばれた人間しか入れねえ領域だ!
てめえはもう、世間の八割の有象無象とは、住む世界が完全に分断されたんだよ!」
源蔵は立ち上がり、リビングの壁に掲げられた巨大な日本地図を指差した。
「金子拓海は借金と留年で自滅し、佐伯凛は就活全滅で心を病んだ。
東京の同級生どもが就職活動という名の奴隷市場で他人に頭を下げている間に、
てめえは十九歳にして年間百五十万円の不労所得(サイドFIRE)を手に入れた。
――だが湊、これで終わりだと思うなよ」
「もちろんですよ、じいさん。目標は最初から【純資産一億円(富裕層)&完全FIRE】です」
「そうだ! よく言った坊主!」
源蔵の口元に、獰猛で兇悪な笑みが浮かんだ。
「次なる第6章のターゲットを叩き込んでやる!
――日本の全世帯上位六%に君臨する【準富裕層(純資産5,000万円)】、そしてその先にある【純資産1億円の完全制覇】だ!
同級生たちが大学を卒業し、社会に出て『手取り二十万の現実』に絶望する前に、
てめえは資本家の頂点へ駆け上がり、圧倒的な富の絶対王者として君臨してみせろ!」
「はい、じいさん!」
俺の力強い咆哮が、秋の夜の静寂を切り裂いた。
窓の外を見上げると、夜空には神々しいまでの満月が輝いていた。
高校卒業から一年と六ヶ月。
同級生たちが大学を卒業し、社会に出て自らの市場価値の低さに絶望するまでの、残り八百三十日。
十九歳の食品工場ライン工社長と、覚醒した天才美少女絵師。
純資産三千万円を突破した二人の成り上がりストーリーは、ここから【純資産5,000万円(準富裕層)】、そして最終目標【純資産1億円&完全FIRE】へと突き進む、次なる超絶怒涛の第6章へと突入していく!
【現在の倉科湊ステータス】
・年齢/肩書:19歳/食品工場ライン工・合同会社ミナト・キャピタル 代表社員(第5章完結・アッパーマス層到達!)
・総資産残高:30,350,000円(第5章累計:+14,110,280円 ※自社教材+MRR+スポンサー契約)
・月間不労/事業キャッシュフロー:+5,800,000円(ブログ特単+自社教材自動販売+MRR+スポンサー)
・【今日の源蔵のマネー格言】:「純資産3,000万円を超えた瞬間、人間は労働の奴隷から完全に解放される。世間の8割のマス層を見下ろすアッパーマス層の頂に立ったてめえに、もう二度と貧乏の影は踏めねえ。次は準富裕層5,000万、そして1億円の山を獲りに行くぞ!」
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




