98.【祝福のシャワー】 改
レオさんから手渡された白いワンピースを手に、私は脱衣所に入った。私が早く食堂に行かないように引き止める事といい、この白いワンピースといい、彼はどうやらサプライズが苦手みたい。
それに今まで一度だって、お化粧をして欲しいなんて彼に言われたことなんてない。だけど不器用なりに一生懸命隠そうとする彼が可愛くて、私は気付いていないフリをしてあげることにした。
彼が騎士服に着替えていることを少し大げさに驚き、ちょっと意地悪く質問をすると透かさずノアが助け舟を出す。
どうやらノアも共犯みたいね。
私と目が合うとレオさんは目を泳がせ、明らかに挙動不審になっている。これで隠せていると思っている彼が可笑し過ぎる。込み上げてきそうな笑いを堪え、平静を装うのが辛くなってきた時「そろそろ行こう」と手を差し出してくれたレオさん。
真っ暗な外に出ると、肌を刺すような透き通る空気と青い月の光に照らされて、私は足を止めて空を見上げた。日本では殆ど見る事のなかった星空は、凍ったように星がキラキラと輝いている。
「ユイ、行くぞ」
彼の言葉に黙って頷き、私は食堂棟へと歩みを進める。
食堂棟に入ると両開きのドアを、待機していたキャロルさんとケントさんが開けてくれた。ノアは私から離れ、キャロルさんの下へ。
レオさんと私が入ると、そこには自分が想像していたより遥かに多くの人達がおり、私は驚いて言葉を失った。騎士さん達だけではなく、クックさん達食堂のスタッフさんも殆ど揃っている。
お祝いをしてくれるのだろうと予想はしていたが、ここまで盛大に祝ってもらえるとは思っていなかった私は、ただただ驚き目を見開いた。
「レオ、ユイさん、婚約おめでとう」
隊長さんの声を合図に「おめでとう」のシャワーを浴びながら、私は中央の空いたスペースへ案内された。予想外の状況に込み上げてきた涙を堪えたが、それは無駄な抵抗に終わり、私の頬をいくつもの涙が流れる。
レオさんから差し出された白いハンカチを受け取り涙を押さえると「そこは、拭いてやれよ」とウイルさんが揶揄うように声を上げた。
苦笑いをするレオさんに「ほら、レオ。ちゃんと挨拶しろ」隊長さんが声を掛ける。
「えっと、第三部隊だけでなく、討伐部隊の殆どの隊員、そして食堂の方にまで祝福していただき感謝しています。婚約したと言っても、知り合ってからの期間も短く、色々迷惑とか心配とか掛けるかもしれませんが、温かく見守っていただけたらと思っています。......すまん。これくらいで勘弁してくれ」
自分の感情を言葉にすることが上手ではないレオさんが、珍しく顔を赤くしながら一生懸命に言葉を紡ぐ。私はその隣で殆どの席が埋まった食堂の風景を眺めながら、胸の奥から溢れ出す幸せを噛みしめて涙を拭った。
私の方を向き「挨拶するか?」と問い掛ける彼に、頷いて答える。
「今日は普通の飲み会だと思っていたのですが、ここに来る前のレオさんの行動があまりに不自然で、もしかしてお祝いされるのかも? ってちょっと感じてました」
「え~!! 副隊長なにやってんすか」
ケントさんの声に皆が笑い声をあげる。
「だけど、想像してたよりたくさんの方が集まってくれてて、本当にびっくりしました。
ここで暮らしていく中で、たくさんの制限があったり、怖いこともあったりして、皆さんに本当にたくさん迷惑を掛けてしまって申し訳ないと思ってます。だけど......」
涙で言葉が詰まって出てこない私の、腰にそっと手を添えるレオさん。
「異世界から来て、何も分からない私を支えてくれたレオさんや、キャロルさん。優しく温かく迎え入れてくれた皆さんに本当に感謝しています。
......まだまだ、知らないことが多くて、たくさん迷惑かけてしまうかもしれませんが、これからもどうぞよろしくお願いします。それと、ノア。レオさんとのこと認めてくれて本当にありがとう」
少し離れたところから私達を見ていたノアに感謝の気持ちを伝えると、皆の目がノアに向いた。
『僕は、ユイの幸せを考えただけだよ』
──── うん、知ってるよ。
いつもノアは一番に私の事を考えてくれてる。誰よりも私の側にいて、誰よりも私の幸せを願ってくれている。ノアと一緒に過ごせる時間は限られているけど、その限られた時間を大切に過ごそうね。
「おい、幸せいっぱいのお二人さん。ここにいる全員の前で、絶対に幸せになるって誓いを見せてもらいてえなぁ......と、俺は思ってるんだけど」
ウイルさんの言葉に、私は嫌な予感がした。私と顔を見合わせたレオさんもきっと同じだろう。
「ここは、誓いのキスとか......どうですかね。みなさん?」
「「「そうだ、そうだ。誓いのキスくらいしろ!!」」」
悪ノリをするように騒ぎ立てる騎士さん達を見て、額に手を当て溜息をつくレオさん。ウイルさんはしたり顔を私達に向ける。
私の腰に添えられたレオさんの手に力が込められ、思わず後ずさりしようとしたのだが。
「仕方ないよな?」
レオさんの言葉に固まってしまう。
「少しだけ我慢しろよ」
顔を近づけ小さな声で囁く彼に、フルフルと首を振って答える。腰に添えられた手を支点にして仰け反るようにキスを躱すと、騎士さん達からブーイングが起きてしまった。
腰に添えた手とは反対の手が私の首の後ろに回され、逃げる事の出来ない状況で私はぎゅっと目を瞑る。
一瞬触れるだけのキス。
になると思っていたのに......。
長いではないか! こらぁ~!!
彼の胸を強く押し離れると、騎士さん達からは「「「ひゅぅ~!!」」」と揶揄うように口笛を吹かれ、私は思い切りレオさんのお腹にパンチした。
「信じらんない」
顔から火が出そうなほど頬は熱を持ち、両手で顔を覆った私を見てクツクツと笑うレオさん。レオさんは時々こうやって、意地悪になる。
「ウイルさんのせいだからね!」
一番近い席に座っている彼を睨みつけた。
「いやいや、俺はみんなの代弁をしただけで......」
「知りません!」
私はその場を離れ、赤い顔をしたままクックさん達、食堂のスタッフがいる席まで移動した。
「皆さん、明日も朝早いのにありがとうございます。これからも、どうぞよろしくお願いします」
「皆もお祝いしたかったんだべ。これから、大変なこともあるだろうが、がんばんべな。俺達に出来る事は、なんでも協力するでな」
クックさんの言葉にキャシーさんも笑顔で頷いてくれた。
「そう言えばイベンツさんが見当たりませんが、彼は来てないんですか?」
仲良くしてくれている彼が来ていない事を少し不思議に思って問いかけると、思いも寄らない言葉が返って来た。
「それがな、昼前から姿が見えねぇんだ。どこいっちまったんだか」
「やっと少し使えるようになったところなのに、何考えてんだか」
ゲイルさんはイライラを隠さずに文句を口にしている。
今朝までいつもと変わらない様子だった彼が、突然いなくなった事に不安を覚え、レオさんの所に戻った私はそれを伝えた。すると彼は眉間に深い皺を作り、ノアの方へと視線を向けた。
彼はノアと、一体どんな会話をしているのだろう。




